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真知子の青春  作者: ロッドユール
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診察

「・・・」

 美由香たちとの病棟内探検から帰って来たその日の午後、私の初めての診察があった。

「どうですか。病院での調子は」

 医師は榊さんではなかった。若い眼鏡をかけた真面目そうな男の人だった。

「はい、なんとか・・、大丈夫です」

「食事は食べれてる?」

「は、はい、なんとか・・」

「過食や嘔吐は?」

「なんか、大丈夫です・・」

「そう、よかった。環境が変わっただけで割かし調子のよくなる子はいるんだよ」

「そうなんですか」

「うん」

 話した感じ、やさしそうな人で私は安心した。

「不安は?ある?」

「はい・・、少し・・」

 私が答えると同時に、医師はカルテに何かを素早く書き込んだ。

「夜は眠れてる?」

 だが、また、すぐに顔を上げて私を見た。

「え、あ、はい・・」

 私はなぜかとっさに嘘をついてしまった。

「眠れないようだったら、お薬出すよ」

「はい・・、あの、眠れはするんですけど・・、まだ昼夜逆転していて・・」

「そうか、じゃあ、睡眠薬を出すから、それを使って睡眠時間をコントロールしてみたらどうかな」

「はあ・・」

 なんか違うような気はしたが、そんなもんかと私はうなずいた。

「じゃあ、お薬出しとくね」

「はい・・」

「精神安定剤も出しとくから」

「え、あの・・」

 それはいいと言おうと思ったが、そのまま診察は終わった。

「・・・」

 ものの十分も経たずだった。診察と聞いてあれやこれやと訊かれるものと思っていた私は、なんだか肩透かしを食らい、拍子抜けしてしまった。

「こんなもんなのか・・」

 私はあまりに簡素な問診に少し、茫然とした。


 ――中学三年の夏を過ぎたあたりには、私の精神状態は最悪になっていた。もともと勉強は得意で、普通に百点近い点を主要五科目全教科でとっていた。進学校しか行くところがないくらいだった。しかし、中学二年の終わりごろから私の成績はグングン落ち、遅刻や無断欠席も増え、内申点も下がり、中堅の公立高校すら危ぶむ状態になっていた。

 そして、私は妥協して受験したその中堅の公立高校に落ちる。私は二次募集のあった、ヤンキー高校一歩手前のかなりレベルの低い公立高校にかろうじて受かり、そこに通うようになった。だが、高校に通うこと自体が最初から無茶だった。私の精神状態はまともに勉強のできるものではなかった。そして、すぐに学校にすらいけなくなる――。 


「お母さんがいらしたわよ」

「えっ」

 診察室を出ると同時に、看護婦さんが私に声をかけてきた。

「面会室で待ってるわよ」

「・・・」

 看護ステーションの隣りにある面会室に入ると、そこに母さんがいた。真っ白い部屋の真ん中にただ置かれた小さな机の前の椅子に小さく座り、入って来た私を見て何とも言えない、うれしそうな、そして心配そうな顔をして私を見た。

「・・・」

 一人、見知らぬ病院で心細く、母さんが会いに来てくれたことは正直うれしかった。

「元気?」

 母が少し怯えたように言う。

「・・・」

 でも、そんな思いとは裏腹に、私は冷たい態度をとる。私は母の向かいの椅子に座ると、ふてくされたように黙ってうつむいた。

「これ荷物。着替えとか色々入っているから」

 母さんが大きく膨れたスポーツバックを、テーブルの上に置き、おずおずと差し出す。

「どう、病院は」

「別に」

 私はうつむいたまま冷たく言った。私の冷たい言葉に母が傷ついているのが分かった。それが快感でもあり、でも、同時に自分も堪らなく傷ついていた。

「ごめんね」

 母が泣きそうな声で言った。その感じがイラっと来た。母は何も悪くない。悪いのは私だ。でも、イライラは止められなかった。

「ごめんね・・」

 母は泣き出した。憐れみを誘うようなその言い方に、私のイライラはマックスに達した。

「私を病院に捨てたんだ」

 わざと意地悪な物言いが口から飛び出す。

「そうじゃないの。お父さんと相談して病院の先生とも相談して・・、真知子のために・・」

「捨てたんだよ」

 そうじゃないと分かっていた。私も救いを求めていた。もう自分の力ではどうしようもないところまで来ていた。それは自分自身が一番よく分かっていた。病院に入院することが分かった時、私は心のどこかでほっとしていた。

「違うのよ」

 私は母のいいわけを無視し、乱暴に立ち上がる。そして、バックを持って、そのまま母を突き放すように面会室を出て行った。その背中で母が深く傷ついているのが分かった。そして、私も堪らなく傷ついていた。胸の奥がグサグサと痛んだ。自分自身が切り刻まれるように痛んだ。でも、そんな自分を止められなかった。

「うううっ」

 私は自分の部屋に帰ると、自分のバカさ加減と、母に冷たくしてしまったことの自責に、ベッドに沈み込むように一人泣いた。

 私はなんでこうなんだろう。私はなんで・・。

「うううっ」

 やさしくしたかった。やさしい人間でいたかった。誰に対してもやさしい人間でありたかった。みんなと仲よくやりたかった。でも、私は・・。

「うううっ」

 どうしようもない感情のうねりに私は振り回され、どうしようもなく自分を見失っていく。私は最低だ。最低だ最低だ最低だ。

「うううっ」

 死にたい衝動が湧き上がって来る。

「私は最低だ」

 なんで私はこうなんだろう。なんで私は、自分の思う通りにやれないんだろう。学校でもうまくやれず、家でも兄から疎まれ、両親ともまくやっていけない。なんで私はこうなんだろう。

「なんで・・」

 私は泣いた。苦しくて苦しくて私は泣いた。


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