19.最悪の気付き
このエッセイ、始めた頃にはなかなかいい感じが続いていたんですけど、世の中の流れや、なろうの流れのためにふとん自身がよろしくない方向へ流れ、今日ついに最悪の気付きをしてしまいました。
小説家になろうに、折れかけています。
見て見ぬふりをしていたかった。けれどもう、気づいた瞬間に言葉に出るほど「そう」だったみたいです。
ふとんは折れかけている。もう、燃えつきから復活するとかそういう次元じゃないかも。
さしみの気配が出現した辺りで気づいてお休みしてりゃ良かったかな……
『今日も電波塔で龍が死んでいる』が大変な反響をいただき、その余波にも思えるとあるものを目撃し、それでうわっとしつつ、実力と運さえあれば読まれるということを再確認し、そして、そして……
ずっと我慢してきたけれど、もう、その我慢のせいでしんどいので、やめます。素直に言います。
このところふとんは「相互クラスタ」と呼ばれてしまう界隈に、もやもやとした気持ちを、抱き続けていました。
そしてこのところ話題の事柄や、上記のような自分の経験で、今まで持っていた「互いのファンだから」という擁護じみた印象を失いました。自分の変化は悲しく、しかし諦念に満ちています。
好きな作家さんがいます、同じ作品を追っているファン仲間がいます、私の作品のファンだと言ってくれる多くの方がいます、エタっているけれど絶対先を読みたい作品があります、好きなものは沢山です。
けれど、小説家になろうのことは、嫌いになってしまいました。
私には、そうした知識がありませんので「相互クラスタ」を発生させないシステムの構築は難しいのだろうとしか分かりません。けれど、別のサイトにいて、活動報告がない空間にいて、作品と、たまに来るコメントだけに一直線になる、その幸せを久々に感じたことで、SNS的機能に疑問を持ってしまいました。
ここはフォロワーを増やして、いいねの数を増やして競う場所だったっけ?
こんなにもSNSじみた場所だったっけ?
フォロワーさえいれば独り言ですらバズる、それって本当に物を書くということ?
そういうことができない自分が悪いの……??
……弱っちゃいます。なんだろうね、この変化。
小説家になろうは、限界なのかもしれないな、と思います。他サイトへの移籍すら考えるこの頃です。
ねこかぶるのも、つかれた。
さしみはそざいそのまま、なまのにく。
ひらいてくらえば、どくもはむ。




