束の間の幸せ(リザード視点)
昨日ニーナの家に忘れてきた手袋を取りに中庭へと向かう。ルディには食堂で待っておくように伝えたし、見られる心配はないだろう。
中庭につくと、すでにニーナがベンチに座って待っていた。私の姿を見つけると、ぴょんと立ち上がってこちらに向かって来る。
「リド様、みーっけ!」
ルビーのような赤く愛らしい瞳がこちらを覗き込む。薄いピンク色の綺麗な髪がポニーテールにまとめられており、歩くたびに毛先が跳ねるのがとても可愛らしい。
・・・
ニーナと初めて出会ったのは3年前の春。学園の構造に慣れようと1人で放課後に散策をしている時だった。
空き教室の窓から1人外を見つめる彼女を見つけた。哀愁漂う彼女の後ろ姿に惹かれ、思わず声をかけてしまった。どうしたんだい?と。
最初、少し驚いたように見えたが、すぐに笑顔になり、『空を…見ていたんです』と彼女は答えた。
「空か、ああ…ほんとだ。夕焼けが綺麗だな」
「そうなんです。ここからみる景色が素晴らしくて。時間がある時はつい見に来てしまうのです」
「そうなのか…うん、たしかに素敵な場所だ」
今考えると一目惚れだったのだろう。ルディという婚約者がいながらも彼女に対して強く心を揺さぶられてしまった。
別にルディのことが嫌いなわけじゃない…が、だからといって好きというわけでもない。幼い頃に親同士が決めた政略結婚のため、物心つく前から一緒に過ごして来た。
しかし、私はルディといても特別な感情を抱けなかったのだ。きっと彼女も同じはず。いつか大人になったら円満に婚約解消すると思っていた。…だからだろうか、目の前の彼女に惹かれることに全くの罪悪感を感じなかった。
「名前を聞いてもよいだろうか?」
「申し訳ありません、自己紹介がまだでしたね。ラスカルト子爵家が娘、ニーナと申します」
「ニーナ嬢だな。私はリザードだ。一応は公爵家だが、そんなことは気にせず気軽に接してくれ」
「分かりました、リザード様ですね。よろしくお願いします」
「…またここに来てもいいだろうか?」
「もちろんです、お待ちしております」
彼女と別れてから、リザードは今までにないくらい鼓動が高鳴っているのを感じていた。
初めて出会ってから約半年後。完全に打ち解けた2人はお互い堅苦しい喋り方はしなくなった。
「あ、リド様!こんにちは」
最近は初めて出会ったあの空き教室で夕焼け空を見ながらお喋りをし、日が暮れたら帰るという流れがほとんどだ。
「今日もニーナの方が早かったな」
「リド様が待ってるかと思って急いで来ましたの」
「相変わらず可愛いやつだ」
この頃にはリザードはニーナと呼び捨てするようになり、ニーナはリド様と愛称で呼び合う仲になっていた。
そして、一年後には学園外でも会うようになった。ルディとの約束がない休日はもちろん、放課後だって一緒に過ごし、楽しい時間を過ごした。
人目を浴びることはできないため、会うのはニーナの家か放課後の学園の2択だが、かえってその方が距離を縮められた。もう将来自分の隣に立つのは彼女しか考えられないほどに。
・・・
そして現在。
「リド様、忘れ物ってこれで合ってます?」
「そう、それだ。ありがとう、助かったよ。まさかニーナの家に置いたまま帰ってしまうとは。持ってきてもらって申し訳ないな」
「いえいえ、リド様と学園内で会えるなんてニーナ嬉しいです」
喜ぶ彼女が可愛くて、思わず抱きしめそうになる。毎日夜は会っているのに、それでも寂しいと拗ねる彼女の表情すらも愛らしく思う。
どうにかしてルディと婚約解消をしたい。でも、そのためのいい理由が思い浮かばなくて毎日頭を悩ませている。早くニーナを安心させてあげたいのに…。
今日も夜、そちらに行くことを伝えると彼女は心から嬉しそうに待っていると言ってくれた。
たった数分だが、ニーナと会えたことで幸せを味わえた。重い足取りでルディが待つ食堂へと戻った。