偶然の目撃
短編で多くの方にご評価頂き、嬉しかったので連載版を始めました。1人でも多くの方に楽しんで頂けると幸いです。
ルディ・クランベルク侯爵令嬢とリザード・カルファン公爵令息の婚約が決まったのは今からおよそ7年前。
政略結婚ではあるものの、ルディはリザード様と過ごすうちに、お互いを支え合えるような夫婦になりたいと願うようになった。あわよくばリザード様も同じ気持ちでいてくれるように、と。
だから、本当に偶然だった。
まさか自分の婚約者が浮気しているなんて想像もしていなかったのだ。あの瞬間までは……
・・・
6月9日の昼休み。
ルディは婚約者であるリザード様と昼食を食べようと用意をしていると、目の前の彼が何かを思い出したように突然立ち上がった。
「そういえば歴史の先生からお昼なったら職員室に来るように言われていたんだった!」
「あら、そうなのですか?」
「ああ、どれくらいかかるか分からないから先に食べててくれ」
「分かりましたわ、食事をしながらここでお待ちしておりますね」
「すまないな」
そう言うとリザード様は食堂を出て行く。ふと机に目を向けると、彼の学生証が目に入った。ルディ達が通うこの学園では学生証を提示しなければ職員室に入室することができない。
リザード様ってば、少し抜けてるところがあるのよね。そうだ、この学生証を届けてあげましょう。今ならまだ近くにいるかもしれませんわ。
彼が忘れて行った学生証を手に、ルディは食堂をあとにした。
たしかこの道を左に曲がって…。
あれ?中庭からリザード様の声が聞こえますわ。
職員室に向かったので、中庭なんかにいるはずないのに…。とりあえず確認してみましょう。
いきなり出て行って別人だった場合、申し訳ないので木陰に隠れながら様子を窺うことにした。
「リド様、忘れ物ってこれで合ってます?」
「そう、それだ。ありがとう、助かったよ。まさかニーナの家に置いたまま帰ってしまうとは。持ってきてもらって申し訳ないな」
「いえいえ、リド様と学園内で会えるなんてニーナ嬉しいです」
リザード様なのか確認をしようと軽い気持ちで覗いただけなのに…本人だったどころか、会話の内容に衝撃を受けたルディは一歩も動けなくなった。
嘘でしょ、どういうこと?
ニーナ様って隣のクラスで可愛いと噂されている子爵令嬢の…。愛称で呼んでるってことは随分と長い付き合いってことよね。まさか、婚約者がいるのに浮気…?
「毎日夜に会っているんだからいいじゃないか」
「それでも寂しいものは寂しいんですぅ」
「拗ねた顔も可愛いな」
これはもう浮気確定ですね。
毎日夜に会っているってことはもしかして…。考えたら吐き気がしてきましたわ。
「早くリド様と一緒になりたいです」
「そう慌てるな。前にも言ったろ?婚約者がいるんだ。だから、婚約解消をしないと」
「婚約破棄しちゃえばいいじゃない」
「破棄は、非がある方が慰謝料を払わなくてはいけないんだ。一応…ニーナとの関係があるからバレてしまうと慰謝料を払わなくてはいけないのは私の方。その点、解消だとお互いに了承した上で別れるため、慰謝料は発生しない」
「なるほどぉ」
呆れて言葉も出ませんわ。どうやら後ろめたいことをしている自覚はある様子。だから、婚約破棄をした後に本当にリザード様に非がないかの身辺調査をされると困るから、婚約解消を狙っているのね。まあ、そもそも破棄されるような理由もないのですけども。
「それに、だ。慰謝料を払わなくて済んだらその分のお金をニーナに使ってやれる」
「本当ですか!私、欲しいネックレスがあったんです」
「ああ、いいぞ。なんでも好きなものを買ってやる。だからもう少し待っていてくれ」
「わかりました」
決めました。絶対に婚約破棄して差し上げましょう。あんなクズ野郎だとは思いもしませんでしたわ。慰謝料をたっぷりとって、子爵令嬢と浮気をした公爵令息のレッテルを貼って差し上げます。そのためには物的証拠を得なければ。
「今夜もそちらに行くから、続きはまたその時に。そろそろ戻らないと婚約者に怪しまれてしまう」
「はーい!お待ちしてまーす」
「ではまた後ほど」
話し終えたリザード様がこちらに向かってくる。急いで食堂に戻らなくては。緊張で固まった足をなんとか動かし、元来た道を駆け抜けた。そして、なんとか食堂に戻ったルディは自分自身に言い聞かせる。
何もなかったかのように平然を装うのよ。学生証もリザード様のカバンの中にしまったし、私はここでリザード様の帰りを待ちながらゆっくりお昼を食べていただけ。よし。
リザード様が戻ってきた。さっきまで浮気をしていた奴だとは思えないほど、清々しい表情をしている。
「遅かったですね、もう用事はお済みになりましたか?」
「あ、ああ。どうやら提出した課題に誤字があったようでね。直してきたよ」
「そうでしたか。お疲れ様です」
この嘘つき。中庭で逢引きしてたくせに。今までもこうやって私のことを騙して、嘲笑ってきたのね。
正直に言えば今すぐ彼を問い詰めたいし、悔しくて泣き叫びたい。内心はぐちゃぐちゃだが、それでも私は必死に笑顔を取り繕ろった。
「おや?全然食べていないじゃないか」
「やはり1人で食べるのは寂しくて。リザード様のおかえりをお待ちしてましたの」
「そうか、悪かったな」
その後何を話したのかは覚えていない。怪しまれないように平然を装いながら会話をしていた…はずである。
昼食を済ませ、2人は教室へと戻る。
ルディは隣で歩く彼の横顔を見ながら、人って何を考えているか分からないわ、と実感した。