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昼のドライブ(ある山のダムにて)

 車は走る、自然の中を。ゴールデンウィーク何度目のお出かけであろうか。最早暇でしかなかった。そんな暇をも置いて行く程に車は走っていく。冬子は秋男に訊ねた。

「今日は何でこの山に行きたいって言ったのか……もしかして例の」

「霊のだぜ」

 冬子は盛大なため息をつく。

「分かった、次からは選んだワケも訊くからな」

 助手席でペットボトルの緑茶をひとくち飲み、春斗は言った。

「秋男って心霊スポットのことしか考えてないような」

「ようなじゃない、実際そうなんだ」

 後部座席から助手席を幾度となく殴りながら秋男は笑ってはしゃいで否定してみせる。

「霊のことだけじゃねえよ、酒と金と女の内の金が霊になっただけだっつーの」

「このダメ人間め」

 秋男の冗談を水に流し車は地を走る。右手には木々、左手にはガードレールが頼りなく立つ崖、右から空を隠す木の枝たちは光をも抑え込み薄暗い道を形作っていた。あまり広いとは言えない道の脇に冬子はある標識を見付けた。黄色と黒で描かれたその標識、そのすぐ下にスリップ注意と書かれた長方形が貼り付けられるように固定されたポール。

「冬子、ここそんなに凍るっけ」

 その問いに対しての回答はまさに解答。

「山道なめるなよ」

 冬子の言葉は完璧な真実。さほど標高の高くない山であれども冬はその舗装された道路に氷を張り、運転手たちを悩ませるのだ。

 そんな会話の末に冬子は5月だというのに危うく滑らせた疑惑を張られてしまうところであった。道路の真ん中を年老いた女が堂々とゆっくりと横切る姿を見せていたため思い切りブレーキを踏む。車は摩擦と慣性にアテられて横を向いて止まる。

 止まった事を確認し、無事を確認する。そこまで見てようやく冬子は気を抜いて袖で汗を拭うのであった。

「危ないな、しかし何のために……」

 よくよく考えると崖と森しかない道路を徒歩で横切る事が不自然で、それ以前にそもそもこんな所を歩いている事自体が不自然であった。

 春斗は辺りを見渡し、青ざめた顔で呟く。

「あの人、いないんだけど」

 そんなふたりの様子を見て秋男は笑っていた。

「お前ら演技上手すぎだろ。誰も横切ってないぜ? もしかして俺を脅かすためのサービスか。また断末魔のなんとかとか言うんだろ?」

 明るい表情の秋男を目の端に捉え、そんな言葉を受け取った冬子は突如レバーをパーキングに動かし、サイドブレーキを引く。そしてドアを開けて飛び出し、そして現れた言葉。

「断末魔の残り香……間違いないな、あの婆さん」

 それを確認し、車の無事を確認した上でドライブは続行された。

「さっきの下りなんだよお前らだけ見えてたのかよズリいな」

 不満を喚き嘆く秋男の言葉には耳も貸さずに車を走らせ続ける。

 やがて見えてきた橋、その途中にある看板を指して春斗は車を停めるよう頼む。

 そして確認した事実。

 この山のダムの成り立ちについての事。ある集落に立ち退きの要請が出されてその集落や墓が取り壊されて埋まっているのだという。

 冬子は秋男に訊ねた。

「そういえばお前霊が出るって知ってたよな。それはどんな現象なのか、もちろん知ってるよな」

「この辺はな、事故が多いらしい。故郷を惜しむ霊たちがよく飛び込んでいるらしい」

 冬子は先程の出来事を思い返して確認する。

「で、ハンドル操作を誤り真っ逆さまというわけか」

「間違いねえ、ネットの書き込みにもあるぜ。奇跡的に助かった人によれば助手席に出た事もあったんだとよ」

 冬子は再び車に乗り込む直前、次の言葉でその会話を締めた。

「幽霊もきっと、故郷に帰りたいんだろうな」

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