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潜入! 秋男の母校

 静かな夜、5月の始まりの日、メーデーにどこかの国では労働ストライキの様な事を堂々と行うのだという。日本の社会人も見習うべきだと秋男はいうが春斗としてはそれはムリ不可能です。などとしか言えないであろう。日本の体制が立派過ぎるのか外国の政策が自由過ぎるのであろうか。それを考えるのは恐らく春斗の仕事ではないであろう。故にそんなお話は誰も知らないものとする。

 そんな事を軽く考えながら春斗は秋男の後ろを着いていく。ゴールデンウィークという大切な休日の夜に何をしているのだろう。しかも前日、4月30日はヴァルプルギスの夜と言い出した上に「男も魔女になりすませる……女装なら」とのたまって謎の服装で怪しげな儀式をやらされた上に次の朝「メーデーは労働ストライキしてもいい日なんだ、そして航空関係でメーデーメーデーだが悲しいかなメーデーなので空港のみんなスト中でした」と深夜に盛り上がり語るようなような話をして今に至る。

 冬子を敢えて呼ばなかったのは恐らくそれまでの事が理由の大半であろう。

 秋男は閉められた校門を登り乗り越え手招きする。

「今日はなんと昔散々俺の事を叱り付けて来たクソ教師どもは誰一人いませんでした。ってわけだ。カメラちゃんと回せよ、上手く行ったら心霊番組に投稿して今年の目玉かっさらって視聴者どもの間で有名人になってやるからな」

 そう言って秋男は学校へと忍び込む。春斗はそれにしぶしぶ着いて行くのであった。

 窓を見て秋男は激しくニヤつく。

「ガキの頃よくやってたよな」

 窓に手をかけ思い切り揺らし始めるのであった。

「待って俺はそれやった事ない」

 揺らされ無理やり鍵をあけられた窓は素直に開いて入り口となったのだ。

「俺がやってたからいいんだ。中学の頃よく忍び込んでたっけな」

 何のためか、それは敢えて訊かないことにしておいた。今思うと春斗にとって冬子のいない心霊スポットは初めてであった。いつものあの可愛げのない目付きと目のクマ、心強い声と言葉。あれがない今を見て春斗は身を震わせた。

「さあ、行こうぜ」

 その一言と共に窓から夜中の校内へと忍び込む。

 小さな頃から毎日のように通っていた学校。春斗の母校ではないが、学校という存在そのものが春斗の思う母のようなもの。教師という大人がいて社会に出るための勉強という名の子育てと社会のルールというものを教える場。そんな学校も夜の姿はまるで何一つ教える事もない静寂と広くどこまでも闇に満たされ入る人々を闇で飲み込む恐怖の建物のようで、春斗は初めて見るそんな姿に心の底から冷え切っていた。

 秋男が歩く姿を収めるべくカメラを回し、録画をしていた。

 秋男は1度職員室前に向かい、なにやら物色した上で2階へと上がっていく。その足音は唯一その場で立てられる音で、地面を叩く靴の音はよく響いてそれがより一層恐怖を引き立てる。

「何もいないな。ガキの霊どもも祝日で休んでんのか?」

 それからもう1階上がって理科室へと上がって行く。

「良いか、3階から行けば怖がりなお前も平気だろ?」

 そしてたどり着いたそこは理科室。

「定番だよな、よく何かが出る所として」

 鍵が掛かっていて入る事の出来ないはずの理科室。しかし秋男は鍵を取り出しそれを開けるのであった。物色していたものの正体、それは鍵であった。

 開かれた開かずの間。そんな気分になるような部屋へと入って行く。まるで学校の内に潜む狂気に呑み込まれて行くようで春斗は時間の経過が遅く感じる程に怯えていた。

 理科室の中、特におかしなものは何も無く秋男は辺りを見回し笑っていた。

「ほら、何もない。期待外れだな」

 春斗はそれでもまだ落ち着かず震える手で秋男が映るようにカメラを向ける。

 その時。

 どこからか苦しそうな声が腹の底を這うように響いて来た。

「なっ……逃げよう秋男」

「待ってました、これだよこれ」

 呻き声は次第に近付いて来る。春斗はそこかしこに気配を感じていた。というよりは気配しか感じていないようにも思えた。

 底から湧き出る恐怖は計り知れず、春斗は歯が震えて言葉すらも出せない。体に無駄に力が入っている。

「おいおい大丈夫か」

 そう言って秋男が春斗に近付き慰めようとした時、物音がした。全ての行動を止めて視線を集める物音。その音の方へと集まる視線。春斗は見てしまった。人体の骨格標本の右腕が存在していない事に。

「なんで落ちた」

 いやに冷静な秋男は腕が床に落ちたのはすぐに分かったが、その理由は一切分からぬまま。

「これはヤバいかも知れねえ、逃げるぞ!」

 叫び走り理科室に背を向ける秋男と春斗。春斗は秋男の持っている鍵の存在に気が付き、走りながら訊ねる。

「鍵どうする」

 秋男はニヤついて答えた。

「1階に降りたら投げる」

 階段を降りていく。急に落ちるような速度で降りていく春斗にとって床すら見えない階段は恐ろしいものであった。踏み外したら、滑ったら、考えている内に恐怖は増していく。その感情は瞬く間に春斗の心を支配していた。

 どうか転けませんように。

 そう願いながら慌てて降りていく階段。

 願いは通じたのだろうか、特に何事もなく1階へと降りる事が出来、秋男は手に持っている鍵を全て思い切り職員室の方へと放り投げる。

 その様を見届ける暇もなくふたりは窓へと駆け寄りよじ登り、脱出したのであった。

 外に出て走る途中、走りながら後ろを振り返る春斗の視界をお迎えしたのは右腕のない子どもであった。



 コンビニに駆け込み荒い息を落ち着かせようと深呼吸する春斗。しかし上手く息を吸い込めず、未だに少し苦しい。

 持っていたカメラを止めて秋男に差し出す。秋男は満足そうな表情でそれを手に取った。

「さて、どうだろうな。これは楽しみだ」

 その言葉と同時に再生された映像。

 窓から忍び込むその時点、春斗と秋男の会話の間に無邪気な笑い声と苦しみの声、そして怒りの声と様々な感情が混ざり合い、まるで児童たちがいるような騒がしさ。

 そんな場所を平気な顔をして歩いていたのだと知った春斗の全身に鳥肌が立ち、それは止まらない。

 やがて理科室の映像に切り替わる。相変わらず騒がしい校舎の中、一つの呻き声が流れて来た。それを発していると思しきそれは右腕のない子ども。春斗と秋男を恨めしそうに睨み付けながら近付いて、しかし途中で右へと曲がり、骨格標本の右腕を引きちぎり地に叩きつけたのであった。それから逃げる秋男と春斗。その姿を追いかけて、どこまでもどこまでも着いて来る子ども。窓から出ても尚、苦しみ唸りながら追いかけて来る姿は恐怖以外の何者でもなかった。

 そして映像はここで途切れ、心霊スポット探索は終わったのだ。

 最後の最後まで続いた呻き声、それは未だに耳に残っていた。

「気持ち悪いな……ボツだ。帰ろうぜ」

 そう言って振り返り、途端に叫ぶ秋男。

 耳に残っていると思っていた呻き声。

 右腕のない子どもはまさに今そこに立っていた。

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