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 揺れる馬車の中で、私たちは話し合っていた。

 主にはプランツの国内情勢などだ。


「国王陛下は健在でいらっしゃいます。クレイオス殿下は正式に立太子されました」

「良かった。お兄様、そういう事は教えて下さらなかったから」

「影を通してやり取りなさっていたのでは?」

「いいえ。いつもあちらから一方的に。多分どんな嫌がらせを受けるか心配で、やり取りの回数も情報量も極限まで絞ってらしたのね」


 その他にも、ナンディア宰相からもたらされた近況はほとんどが喜ばしい事だった。

 お兄様が教えてくれなかったのは意地悪ではないと思う。


「きっと、私に対して後ろめたいと思っていたのでしょう。報告で私がどんな暮らしをしているか知っていたからなおさら。兄はそういう人ですから」


 マルスの事も。


 お兄様は私の気持ちを知っているから、余計に心乱す事がないように教えなかった。

 マルスが将軍にまで上り詰めていたと知ったら、嫌でも彼の隣に女性の姿を思い浮かべてしまっていただろう。


「しかし将軍も困ったものですな。我々が縁談をまとめようとしてもいつも断ってしまうのですから」


 宰相の声がやけに大きく聞こえる。

 つとめて平静を装いながらちらりと彼の方を見ると平然とした顔で、しかし目だけは楽しそうな色をしていた。

 補佐官のへーべ氏は何も聞こえていない風で動揺の欠片も見えなかった。


「マルス様には、どのくらい縁談が持ち込まれたのですか?」


 嬉々として知りたがったのはベルだ。

 情けない顔をしそうになって、私は慌てて表情を作る。


「私も知りたいわ。候補にはどんな方が上がったのかしら」


 あくまでも私は関係ありませんよ、という態度を装ったがナンディア宰相の前では小娘の虚勢という事はばれているだろう。


「クレイオス殿下の護衛騎士だった頃から人気はありましたから、将軍になった途端多くの家が手を挙げましたよ。下は子爵家から上は侯爵家まで。有名どころで言えば、トラノ侯爵家のベロニカ嬢ですかな」

「まぁ、ベロニカが」

「リリー様のご学友でしたでしょう。仲が良かったと存じております」

「ええ。私が嫁いでからは手紙のやり取りができなかったから、そういう話があったとは知らなかったわ」


 まあ、ベロニカの事だから手紙のやり取りをしていても一切そんな事を教えてくれなかっただろう。

 男女の愛情より親友との友情を取る、と息巻いていた彼女は在学中告白してくる貴族の子息を片っ端から振っていた事で有名だった。


 そして彼女にも、私の気持ちは筒抜けだった。

 「リリー様がマルス殿に向ける笑顔は、特別なのねぇ」とおっとり言われた時は冷たい汗をかいた。

 その後「誰にも言いませんわ。私はその笑顔を近くで見ていたい側なので」と言われて脱力してしまったのは仕方がない。


「トラノ侯爵は婚約にこぎつけたかったようですが、ベロニカ嬢の方が乗り気でなくて破談になったかと」


 ぼそりとへーべ補佐官が誰にともなく呟く。

 マルスに向かって「貴方と婚約するくらいなら天地がひっくり返った方がまだましです」と言い放つ親友の姿が思い浮かんだ。


 その後も宰相の口から出て来るのは美人で有名な貴族令嬢たちの名前だった。

 けれどそのどれもが破談になったと聞いて私の頭には疑問符が浮かぶ。


 将軍ともなると結婚はもはや義務に近い。

 マルスの家は辺境伯で結婚相手はある程度自由にできるとはいえ、パートナー同伴の夜会などは今までどうしていたのだろうか。


「そんなに沢山の縁談を断られるなんて、マルス様はどなたか心に決めた方でもいらっしゃるんでしょうか」


 ベルの呟きが私の胸にどけられない重石のようにのしかかった。

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