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プランツの至宝。
白百合姫。
かつての私、リリー・プランツは自国でそう呼ばれていた。
色素の薄い金髪と母様譲りの透けるように白い肌と儚げな美貌。そして第一王女という身分が、そんな二つ名をつけるに至ったのだと理解している。
王である父様や王妃である母様からはどこに嫁ぐとなっても困らぬよう時に優しく、時に厳しく王女として教育されてきた。
たまに勉強が嫌になる事はあったけれど、いずれ王位を継ぐお兄様が私よりも倍以上の課題をこなしているのを見たら、流石にやりたくないとは言っていられなかった。
だから国内に留まるとしても国外に嫁がされるとしても、何かしらの役に立てるようにと詰め込めるだけの知識を詰め込んだ。
だがしかし。
「暇ね」
「そうですねぇ」
殆ど人の気配がない離宮の庭で、私と侍女のベルは紅茶を飲みながらぼんやりと空を眺めている。
自国――プランツ王国から見て北に位置するマリーナ王国の王に嫁いだ私は、婚儀こそ大々的に行われたもののすぐに王宮の端に位置するこの離宮に押し込められた。
結婚前から何となく国王陛下が余所余所しいとは感じていたが、結婚に乗り気でないのはともかくまさか愛人を私の替え玉にしようとは呆れてものが言えない。
体格や髪色が似ており結婚式ではベールで顔が見えないのをいいことに、しれっと私を幽閉してさも愛人が王妃本人であるかのように王宮に住まわせているのだから。
私の存在を隠す為に、離宮には監視の衛兵以外は自国から連れてきた専属侍女のベルしか世話役はおらず。
侍女や使用人は我が国で充分なだけ用意する、と申し出て来たのもそういう魂胆だったのねと納得がいく。
「姫様、いえ王妃殿下でしたね。あからさまに害されないとはいえ、この状況はどうしたものでしょうね」
「姫様でいいわよ、ベル。まあ、この縁談怪しいなとは思っていたけれど、お兄様がどうしてもとお願いするから受けたのだもの。お兄様の事だから何か目的があるのでしょうけど」
もう何度目になるかわからない現状についての会話。幼少期から長年私に仕えてくれているベルがついつい姫様呼びしては言い直そうとするのを、私は直さなくてもいいと告げる。
実際、何の公務もしておらず夫婦としても何にもないのだから王妃と呼ばれたって困る。
餓死されると困るのか食材だけは毎日離宮の入り口に置かれているが、もう3年も放っておかれているのだ。
ベルに全ての世話を押し付けるのは申し訳ないのと、手を動かしていた方が気が紛れるという理由で、私は掃除・洗濯・料理などおおよそ王女とは縁のない技術まで身につけてしまった。
ここから逃亡する事も考えた。
けれど兄からの伝言『3年待て』が引っ掛かって、この離宮に留まっているのだ。
「ねぇ、ベル。3年待ったら何があるのかしらね」
「姫様。クレイオス殿下のお考えは私にはよくわかりません」
優しいけれど少し腹黒い所のある兄は、婚儀が始まる前に私にそっと耳打ちしてきた。
「3年だ。何か気に入らない事があっても3年間は耐えてくれ。いざというときの為に影もつけておいてやる」
毎日置かれた食材に毒が入っているでもなく、たまに自国の紅茶缶が紛れているのはおそらく兄が私につけてくれた王家直属の影によるものなのだろう。
他国の諜報員が王宮内部に入り込んでいるというのに、警備が強化された様子はない。
この国、本当に大丈夫なのかしらねと思っているとにわかに離宮の玄関が騒がしくなった。
「何でしょう。少し様子を見てきます」
「気をつけて、ベル。私の方は大丈夫。部屋に戻って鍵をかけておくわ」
私たちは目を合わせてお互いに頷くとそれぞれ玄関と自室に向かう。厄介ごとになりませんようにと祈りながら、私はベルの帰りを待つのだった。