7.いつでも頼って良いからね
「勇ちゃん! 目が覚めたんだね……!」
先に此方へ駆け寄って来たのは甘南ユズリだった。
手を此方へ差し出してきたので、それを思いっきり叩く。
「触らないで」
「ふふふ、嫌われましたね。女性の扱いはボクみたいにスマートであるべきです」
「いや、マホちゃん別にスマートじゃないよね?」
余裕の足取りで此方へ近付いて来たマホちゃんは、自分こそ受け入れられるべきだとでも言う風に此方へ手を差し伸べる。
問答無用で叩いてやった。
「どうして、ですか。ボクの事を好きにならない女性がいるだなんて……やっぱり、貴方は特別な人なんですね」
「いやいや、やめて。その遊び私加わるつもり無いんで」
手を左右にぶんぶん振ってお断りしたけれど、この人たちが話を聞いてくれる人なら、私は苦労していない。
膝でベッドを軋ませて、身を乗り出して来た甘南ユズリが、距離を詰めて囁いてくる。吐息、多めに。
「勇ちゃんが、どう思おうと関係無いよ。わたしは勇ちゃんを連れて帰る」
「ボクのお嫁さんですよ! 離れてください……!」
そうして、そんな甘南ユズリのスカートの裾を、マホちゃんは無遠慮に引っ張り始めた。
それ、スカート脱げたらとんでもないのでやめて頂きたい。
収拾のつかない現状をどうしたものか、頭を抱えて――
……いると、保健室の扉がけたたましく音を立てた。
びっくりしてそちらを見れば、ぶかぶかのスカジャンを着たキツめの顔の女の人が立っている。
目が、切れ長で、鋭くて怖い。
それに、モデル体系……と言うんだろうか。
身長は百七十を越えていそう。
凹凸の無い体にすらりと細い小枝のような足が生えていて、茶色のゴムサンダルを履いている。
ごつごつとした指輪のついた細い指で、透明感のあるグレーがかった茶色の長い髪を耳に掛けながら、女の人は私と他二名を順々に見る。
茶髪に染めた時に教えて貰った、モカグレージュって色に近い気がする。
「アタシの城で、何してんの?」
アタシの、城。
髪の色の事なんて考えていた所にそんな発言が飛んできたもので、私はよく理解出来なかった。
「え、保健室の先生?」
「最近のお子様は敬語も使えないの?」
「――デスカ」
雰囲気に気圧されて口を開く事の出来なかった私の疑問を、そっくりそのまま伝えた甘南ユズリが、しゅるしゅると萎縮する。
ベッドの上に乗せていた足を、床に下ろして、警戒するようにその人に向き直る。
「……白沢先生のクラスの子?」
――シロサワ先生。
誰だったっけと記憶を探れば、そういえば担任の先生の名前がそんな名前だった気がしなくもない。
「そうです」
「ふーん。頭打ったんだっけ、大丈夫?」
「あ、はい。何とも無いです」
「病院行って検査してもらう?」
「いや、そんなそんな」
「本当は動かさない方が良いんだけどね。白沢先生が慌てふためいて保健室に運んだって連絡が来たもんだから」
あ、そんな感じの経緯だったんですね。
「ご迷惑お掛けしました」
「アタシは場所貸しただけだから良いよ。後で先生がアンタの鞄持ってくるってさ」
それだけ言うと、保健室の先生はベッドの脇に立つ二人を、ギロリと睨んだ。
蛇に睨まれた蛙宜しく石化した二人は、大人しく突っ立っている。
「此処は体調が悪い人が来るところ。アンタらは、元気そうだね」
「わ……わたし、失礼します……!」
「ボクも……! お邪魔しました……!」
脱兎の様な逃げ足の速さだった。
一目散に駆け出した二人は、その保健室の先生の横を物凄い勢いで走り抜けて、見えない所に消えてしまった。
身体に入っていた力が抜けて、疲労感に襲われる。
ようやく、いなくなった……。
「なんか、大変みたいね。キミ」
ぱたんと、扉を閉めたその人は、丸椅子を引いてベッドの傍に座る。
値踏みするみたいな視線を投げ掛けられて、居心地は物凄く悪かった。
けれど、あの二人を追い払ってくれたんだから、神様にだって見えてしまう。
「大変、……ですね」
「親御さんに連絡しようと思ったけど、一人暮らしなんだってね。保護者代わりの親戚の方に連絡しておいたから」
ああ、そっちですか。
――ん? というか、私が登校初日から保健室行きになったの、おばさんとおじさんに伝わったのかーー!!
これ、危なっかしいからって一人暮らし解消されたりしないかな……。
頭を抱えて本気で悩んでいると、横から「ははは」と笑い声が聞こえて来る。
隣を見れば、先生が、口元を手で隠して笑っていた。
「ふふ。……ああ、ごめんね。めっちゃ表情変わるじゃんって思ったら、可愛らしくてさ」
美人のお姉さんに、可愛らしいなんて言われた事無くて、頬が爆発したんじゃないかってくらい熱くなる。
何なら多分、私よりも笑っているお姉さんの方が百万倍可愛らしいのに……!
「そんなことないです……!」
「はは、いや。うん。キミみたいに表情がころころ変わる知り合いが居るんだけどね、そいつと被って、笑っちゃったよ」
「お知り合い、ですか?」
「そうそう。キミらの担任の先生だよ」
どうやら、このお姉さん。
シロサワ先生と仲が良いらしい。
一頻り笑い終えたお姉さんは、取り繕うみたいにひとつ咳払いをしてから「まあ、なんだ」と言葉を続けた。
「キミらが安心して勉学に励める場所を作るのもアタシらの仕事だからさ。困ったことがあれば、白沢先生でも、アタシでも、いつでも頼って良いからね」
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