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3.よしよし





 ――ちゅー、される……!!


 吸い込まれそうな青色を睨め付けてみたけれど、甘南ユズリは怯みやしない。

 うっとりと、頬を紅潮させて、熱に浮かされた青色が私を見る。



「いやあああああああああ!!」



 叫んだ。

 もう一度思い切り肩を押せば、甘南ユズリの身体が揺れる。

 至近距離でうるさくしたから、怯んでくれたのかもしれない。

 まん丸な目が、何が起きたのか分からないと、語っているようだ。


「近付かないでって! いってるでしょ……!」


 ぱちんと、派手な音が鳴る。

 甘南ユズリの頬に、真っ赤な紅葉マーク。

 頬を、叩いてしまった。


 人生で初めて人を叩いた手のひらは、じんじんと痛みを主張している。


 暴力はいけない。

 でもこれは、正当防衛だ。

 襲われそうになった。怖かった。漏らしそうだった。

 口で言っても聞いてくれない。怖かった。


 でも、手を出すなんて、いけない事だ。


 頭の中がぐちゃぐちゃで、私は兎に角、逃げ出したかった。


 甘南ユズリの足は未だ拘束するみたいに、私の足の間にある。

 彼女が呆然としている隙に、私はそいつを何とか跨いだ。


「……待って、イサミちゃ――」

「離して! もう一回、しばくよ……!」


 逃げようとする私の手を、甘南ユズリが掴む。

 私はそいつに、手を振り上げる事で抵抗した。

 そうすると、甘南ユズリはびくりと身体を揺らすんだ。

 酷いことをしている気分になった。

 私だって、酷いこと、されてるのに。


 許可も得ずに唇を奪うのは悪いことだ。

 それなのに、どうしてそんなに悲しそうな顔をするんだろう。


 頬を赤く染めて、今にも泣き出しそうな顔で私を見る、甘南ユズリはまるで悲劇のヒロインだ。

 私だって、怖くて震えて泣いているのに。


「離してってば……!」

「わたし、諦めない」

「聞きたくない……!」

「絶対に、貴方はわたしを好きになる」


 空色の瞳に涙が滲む。

 ぽたりぽたりと頬を濡らす、そんな顔さえ様になる。

 私とは、大違いだ。


 思い切り手を振り払って、私は今度こそ逃げ出した。

 わんわん泣いて、逃げ出した。


 途中で目元を拭ったら、コンタクトが取れて何処かにいった。


 滲んでぼやけて、何も見えない世界で、足をもつれさせて、地面にキスする。


 ――もう、やだ……。



「……大丈夫、ですか?」



 しばらく立ち上がる気力も無くて、寝そべったままになっていると、頭の上から声が降ってきた。

 心配されてる、顔、あげなきゃ。

 でも私は今随分酷い顔をしているはずだ。

 こんな不審者に声を掛けてくれる、優しい人に、こんな顔を見られたくない……。


 頑なに顔をあげずにいると、頭に、何か触れたような気がした。


「よしよし……」


 頭を、撫でられている。

 なんで? どうしてこんな、廊下で寝っ転がっている不審者に優しくしてくれるの?


 恐る恐る、顔をあげてみる。

 そこには、黒いショートヘアの女の子が、正座をして、私の頭に手を伸ばしていた。


 前髪が長くて、真ん中が特に長い。

 凄く足と真ん中の長いMみたいな形で、少し影のある女の子――私と同じで、教室の隅のグループに居そうな、女の子。

 制服は、リボンでは無くネクタイを選んでいるようで、赤いネクタイが胸元に垂れている。

 アホ毛がぴょこりと一本立っているのが可愛らしい、小学生みたいな女の子。

 私から見て右側の横髪を留めるように、猫ちゃんの髪留めをつけていて、それが一層幼さを醸し出していた。


 どぎついピンクの髪と青い瞳の人物に絡まれていた事が、余計にその女の子の好感度を跳ね上げる。



「だいじょぶ、ですか?」



 少し歪に、頑張って笑っていますって感じで、女の子は口角を上げる。

 正座をしたまま私の頭に添えていた手を引っ込めて、小首を傾げる。


 その子の、すべてが、天使に思えた。



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