6話 突撃(物理)!気になるあのセンパイの自宅訪問
前回のあらすじ
・安須と杉田
・バイク移動
「うわぁ……気持ち悪い」
ふらふらした頭をおさえ、卯月はバイクのヘルメットを外し、飯田に返す。二度と飯田の運転するバイクには乗らないと決意しながら。
「行くぞ、バッター!」
「お、おう」
あれだけ激しい運転の直後だというにも拘らず、むしろ元気な飯田にひきつった返事を返しつつ、金属バットを手元に呼び戻して足を踏み出す。自室はアパートの二階だ。
吹き抜ける冷たい風に不穏を感じつつ、卯月は足を進めた。
テレポートで卯月の自宅前まで移動した形槍は、杉田のフードを左手でつかんだまま首をかしげる。
「……んだこれ? 結界が張ってあるな?」
「結界?」
大鎌を担いだ杉田は、首をかしげている形槍に顔を向ける。形槍は小さく頷くと、銀の槍の矛先をアパートに向ける。そして、瞳を桃色に変えると、短く詠唱する。
「【エネルギーボルト】」
一筋の光の矢が、容赦なく二階の一部屋に向かって打ち込まれる。本来なら窓ガラスをたたき割るはずだった光の矢は、窓の一メートルほど手前で何かにぶつかったかのように消失した。
「……なるほど、結界だな。センパイ、もしかして、結構魔法が使えたりするのか?」
少しだけ嬉しそうにそう言う杉田に、形槍は首を横に振ると、瞳の色を元に戻す。紫の瞳は細められ、窓の奥の部屋を睨む。
「いや、違うな。この結界は魔道具によるものだ」
魔道具は本来、効果が道具自体に付与されている。そのため、魔道具の作る結界を破壊するには、外部から魔道具の出力を上回る攻撃を加え破壊するか、どうにか内部の魔道具を破壊するかの2択が基本である。
結界の破壊方法を聞いた杉田は、少し考えた後に形槍に聞く。
「どっちならできる」
「どっちもできるに決まっているだろ、主。ただ、お前さんのセンパイの家を粉々にしないためにも、場所をもう少し詳しく教えてくれ」
「わかった。頼むぞ」
杉田はそう言うと、迷うことなく卯月の部屋へと向かう。卯月が野球部に入っていた時、練習終わりに時々間食を作ってもらったことがあったため、場所は覚えていたのだ。
ボロボロな階段を上り、2階の角部屋。『卯月』の名前の刻まれたネームプレートを確認し、杉田は足を止めた。
「ここか?」
「ああ、ここだ。もしいなくても、ここで待っていればいずれセンパイが来る」
「発想がおっかねえな」
形槍は軽口をたたきながら、木製の扉にそっと銀槍の穂先を当てる。そして、その瞳を金に変えた。
「【解弓】のチカラを、少しばかり借用する。ちぃっと周囲の警戒は頼むぞ」
「わかっている」
形槍の言葉に短く返事を返した杉田は、肩にかけていた大鎌を軽く構え、卯月の部屋の隣の壁に寄りかかる。当然、人々は避難所に逃げているため、通りにも家にもどこにも人影はない。
時折、遠くで何かの羽音やら、鳥の鳴き声やらが聞こえてきてはいるが、あまりにも静かな町の中、金の瞳の形槍は、その槍の矛先で軽く扉をなぞる。そして、詠唱する。
「【アンロック】……よし、成功だ。んでもって、この一見底意地が悪そうでいて警告メインなのは、創剣か?」
「……何で創剣がセンパイの家に?」
「知らねえって言いたいけど、大方、女の子の家に居着くよりかは野郎の家を仮宿にした方がマシだとか、ここを集会所にしているとか、それくらいじゃあないか?」
確か、創剣の主は『ユキ』って女の子だよな? と言う形槍は、扉の開錠に成功したのか、無造作にドアノブをつかむと、そのまま立て付けの悪い玄関を開ける。
きれいに整頓された玄関には、一つの靴も残されていない。卯月の性格が反映され、しっかりと掃除された廊下を通り抜け、リビングに踏み込んだ二人。そして、軽くリビングを見回した形槍は、肩をすくめて杉田に言う。
「創剣で確定だな。あの剣には見覚えがある」
「……生身の剣をテレビ横に置いておくなんて……センパイ、ちょっと不用心すぎないッスか?」
「突っ込むところはそこなのかよ」
形槍は、創剣がテント代わりに使っていた剣に手を伸ばそうとし、結界の存在に気が付いて即座に手を離す。うっかり触れていれば、右腕が持っていかれていた可能性があった。
うっすらと冷や汗をかきながら、形槍は杉田に言う。
「主、余計なものには触らないほうがいいぜ。要所要所に結界が張ってある」
「わかった。……トロフィー、やっぱり、片付けちゃったんっスね」
形槍の忠告を聞き入れた杉田は、剣が置いてある場所にあったはずのトロフィーを思い出しながら、さみしそうに目を伏せる。きっと、どこかにしまい込んでしまったのだろう。
しんみりとしている杉田をよそに、形槍は結界の張っていないソファに腰をおろし、どっかりと座り込む。人の気配がしない以上、しばらく待っておかなくてはいけない。
しかし、彼等の休憩時間はさほど長くはなかった。
突然聞こえてきたバイクの排気音と、激しいブレーキ。明らかにアパートのそばで止まったその音に、二人は警戒する。
「……センパイは、バイクの免許を持っていなかったはずだ」
「じゃあ、センパイとやらの仲間か、敵か?」
「来るのを待とう。もしかしたら、単純にアパートの住人の可能性もゼロじゃない」
「いや、ゼロだろ」
苦笑いを浮かべる形槍。しかし、その瞳は剣呑に細められ、警戒をしているらしいことが十分に理解できた。
足音は、階段を駆け上がり、そして、卯月の部屋の扉の前で止まる。
鍵を開けようとしたのか、ガチャガチャという金属音混じりの動作音の後、一度鍵の閉まる音が響いた。どうやら、開いていることに気が付かず、鍵をしめてしまったらしい。
「……こういうのって、さっそうに突撃がお決まりなんじゃあないのか?」
「くだらないことを言っていないで、警戒しろ」
妙なところで手間取っている侵入者に気が抜けた形槍に、杉田はばっさりと言い捨て、大鎌を構える。センパイの家への侵入者に容赦をする気はなかった。
一瞬騒がしくなった玄関口は、再度鍵の開く音が響き、そして、ゆっくりと玄関が開けられた。
__いない……?!
目を見開く杉田。
しかし、次の瞬間、形槍が目を見開き、杉田に向かって怒鳴る。
「またてめぇか、トップバッター!」
「……。」
その怒鳴り声の直後、玄関口に野球ユニフォームをまとった男が可視できるようになった。
杉田は、冷ややかな視線を向けると、手に持った大鎌に力をこめ、そして、あることに気が付いて、目を見開いた。
「……うづき……センパイ……?」
震える声で紡がれたその言葉。
玄関の靴箱の上に置かれた、赤紐のお守り。姿を隠さなくなったトップバッターのその顔は、その姿は、卯月幸そのものであった。
トップバッターは、野球のヘルメットを外し、廊下の前で大鎌を構えている杉田に、言う。
「……ああ、そうだよ、スバル」
杉田は、ただひたすらに混乱していた。
何で、何で? 何で、センパイは?
玄関の前にいるのは、確かにトップバッターである。そして、杉田のよく知っている、卯月センパイそのひとである。
「センパイ……? 何で、トップバッターの恰好なんか……」
困惑を隠しきれず、杉田は動揺しながらも口を開く。裏返った声が、ただただ不格好で仕方がなかった。
トップバッターは、存外あっさりと答える。
「トップバッターは、俺だ。ついでに言うなら、創剣と仮契約しているのも俺だ」
「?! じゃ、じゃあ、センパイは、生身で門と戦って……?!」
「そうなるな。まあ、割と冗談なしに死にかけたから、マネはしないほうがいいぞ」
肩をすくめて言うトップバッター。
そんな彼に、形槍は眉を顰め、銀槍の矛先をトップバッターに向ける。
「また絵画か?」
「手を出すな、形槍!」
杉田は、やや焦り気味に形槍に命令をすると、何かを言おうと口を開き、そして閉じた。にわかに理解しがたかったのだ。パートナーとされていた存在が、生身の人間であり、そして、その正体が先輩であるという事実に。
何をすればいいかもわからず、思考停止に陥りかけた杉田に、トップバッターは言う。
「とりあえず、上がってもいいか? あと、形槍……だったか? 靴は脱いでくれ」
「あ?」
きょとんとした反応を返す形槍をよそに、卯月は靴を脱ぐと、そのままリビングの方へと進む。そして、茫然としている杉田の頭に、軽くチョップした。
「?!」
無防備に頭に手刀を受けた杉田は、首をすくめて卯月を見上げる。
卯月は、小さくため息をついてから口を開く。
「ついでにお前も靴を脱いどけ。掃除をするのは俺なんだ。土足は止めろ」
「は、はい! はい?」
首をかしげながらも、杉田は玄関で靴を脱ぎ、リビングに戻る。そして、ようやく己の願いについてを思い出す。
まだ警戒しているらしい形槍と、テーブルの横に置いてあった椅子に座っている卯月を比べるように見てから、杉田は口を開く。
「センパイ! えっと、オレ、今回の門の破壊で貢献度一位になっていて! だから、過去、変えましょう!」
笑顔で言う杉田。
そんな彼に、卯月はゆっくりと椅子から立ち上がり、そして、言う。
「杉田。俺は、過去を変えたくはない」
「……えっ?」
卯月の言葉に、杉田は硬直する。
彼は、何と、言った?




