5話 ゴーストライダー(法定速度違反)
前回のあらすじ
・安須と松里が杉田を足止め
・卯月が飯田と合流
・ワンチャン世界滅びる
安須のささやかな監視を受けながら卯月を探す杉田。しかし、薄影のお守りをもって体育館の入り口で飯田と合流している卯月を見つけ出すことは、当然できない。
そんなことをしているうちに、メフィストフェレスと戦っていた形槍が、テレポートで杉田のそばに戻る。
「わりぃな、主。天使は殺られた」
「……願いの権利は持っている。別にあいつがいなくてもいいことだろう」
「そりゃそうだな」
銀の槍を片手に肩をすくめた形槍。杉田はそんな彼に質問する。
「形槍、人探しの魔法ってあるか?」
「無いわけじゃあないが……あまり得意ってわけでもないな」
形槍はそう言いながら、槍の穂先で軽く地面を削る。突然の行動に困惑する安須と松里をよそに、さっさと円を三つほど重ね合わせた陣をかき終えた形槍は、その中央に石を置き、短く詠唱する。
「あー、詠唱文句は何だったか……ああ、あれだ。【サーチ】」
適当な詠唱の直後、縁の中央に置かれた石が、スッと左下……南東の方へと動き出した。当然、風の影響ではない。まるで摩擦を感じさせないような滑らかな動きに、杉田は一瞬面食らうも、形槍は何もなかったかのように口を開く。
「今いる方角が分かる魔術だ。詠唱した直後の方向が分かるだけだから、移動してたら意味は無いな。もうちょい魔術がうまいやつが使えば、手のひらサイズの紙の上でも同じことができるが、ぶっちゃけ俺は苦手だからしたくない」
「……使えるのだか使えないのだかわからない魔法だな。まあ、センパイは校内にいるはずだからな。助かった形槍」
杉田はそう言うと、ちらりと後ろからついてきていた安須に目を向ける。安須は突然現れた形槍にも、魔術にも困惑を隠せなかったが、未知と対面したところで、決意を変えるそぶりを見せなかった。
かたくなに杉田を止めようとする安須に、杉田は軽く肩をすくめつつ、石の動いた方角を見る。そして、首を傾げた。
「……あっち、センパイの家の方角だけど?」
「いや、知らねえよ。誰が好き好んで野郎の家の場所を覚えなきゃいけねえんだ」
あきれたように言う形槍を無視し、杉田は軽く爪を噛む。もちろん、杉田は卯月がちょうどここから南東の方角に当たる小学校体育館入り口前にいるとは思っていない。
__そもそも体育館にはセンパイがいなかった……? 何故、センパイが絵画に……? もしかして、センパイは……
軽くうつむいて思考する杉田。そんな杉田に、形槍は言う。
「なあ、俺さ、思ったんだけど、センパイとやらはあの時戦った絵と同じだっただろう?」
「……ああ、そうだな。おそらく、センパイは……」
目を細める杉田。
吹き抜ける冷たい風が安須の頬を撫で、体の熱を奪っていく。
「センパイは、浅井が率いる派閥の召喚士の一人……かもしれない」
「まあ、十中八九そうだろ。絵画の連中もアザイたちには従っていたってことは、そういうことだよな。少なからず、召喚士であることは確定でいい」
「なっ……!」
目を見開く安須。
身の回り……まあ、木原は例外なのだが……には召喚士はほとんどいないはずだった。なのにもかかわらず、後輩で友人の杉田が自衛隊に所属していない野良の召喚士であったり、幼馴染の卯月さえもがその可能性を疑われている。
現状に理解が追い付かず、ただひたすら危機感と困惑に苛まれる安須。松里に至っては最早体を硬直させているだけである。
ただ、安須は一つの行動を貫き通そうと判断した。
それは、杉田を止めること。それだけだ。
「とりあえず、示されている方向を道なりに探していくか?」
「……そうしたいところだが、もし召喚士なら、パートナー次第でテレポートが使える。方角がセンパイの家を示しているのも、そういうことかもしれない」
「かもなぁ。少なからず、あのお嬢ちゃんは使えるわけだし、本人が使える可能性もゼロじゃあない」
横やりの魔法弾幕を思い出した杉田は苦い表情を浮かべると、小さくため息をつく。
魔法が使えるとなると、いきなり行動できる範囲が広がる。当然、テレポートにはそれなりの魔力を使うため、連続して使うことはよほど魔力を持っていない限り不可能ではあるが、車や自転車よりもはるかに迅速に目的地に移動することが可能となるのだ。当然、途中の監視カメラに映ることも無いため、どこに移動したかはわからない。
他にも、どうやったのか鏡の中に逃げることができた彼らのことだ。移動手段は地球の常識が通じていると考えないほうが正しいだろう。
少しの間思案した杉田は、自衛隊の装備をちらりと見かけ、目を閉じる。
「もう追手が来ている。木原センパイはこの手のことに関して勘が鋭い。センパイの家に先回りしたほうがいいな」
「了解」
あっさりとそう言った形槍は、杉田のローブのフードをつかむと、呪文を詠唱しようと口を開き__そして、次の瞬間、安須によって妨害される。
安須は、形槍の手首をつかみ、引きはがそうとする。しかし、いくらバスケの部活動で鍛えているとはいえ、パートナーの握力にはかなわない。
「……あ?」
低い声を出して安須を睨む形槍。一瞬ひるみかける安須だったが、食らいついて睨み返す。
睨み返された形槍は、そのあまりにも気迫のない目に警戒すら抱かず、紫の視線の先を襟首のつかまれた杉田にうつす。
面倒くさそうにため息をつく杉田に、安須は言う。
「……杉田、もう一度言う。考え直せ。過去は変えるべきじゃあない」
「安須先輩。またそれっスか? 何度も言いますが、オレは絶対に卯月センパイを救います。そのために召喚士になったんっスから」
肩をすくめて言う杉田。そんな彼に、安須は言いたいことがうまく口を出ず、ただ奥歯を噛みしめることしかできない。
彼が正しいとは思えない。しかし、もう、元の道には戻れない。だからこそ、あきらめてくれと、止めてくれと言えなかった。いったところで、ここまで来たならば引き返せはしないのだから。
そうこうしているうちに、杉田は安須の手を振り払い、形槍に目線をよこす。形槍は小さく頷くと、銀槍の柄で地面を軽くたたき、詠唱を完了させる。
「【テレポート】」
光の粒子に変わり、消えた二人。安須は、ただ口を引き締め、杉田の手をつかむことのできなかった右手を握り締めた。
「……待って、何で俺の家に行く流れになった?」
「いや、うん、まあ、そうだよな」
見つけたにもかかわらず声をかけ損ねた卯月と飯田は、取り残された安須と松里を見ながら、思わずつぶやく。
とにかく、次の行き先は分かった。なら、そこへと移動しなければならない。
「卯月の家に、姿見とかあるか?」
「洗面台に大きめの鏡があるけど、人が通れるほどの大きさではないな。ああ、ちょっと大きめのテレビならある」
「テレビから出るとか、貞子かな?」
絵画世界を経由して鏡からの出入りをする場合、そもそも鏡を通り抜けられなければ出入りができない。創剣の部屋、もとい、元卯月の部屋ならば、存外あるかもしれないが、現状何があるか分かったものではない創剣の部屋に、無断で入れるほど卯月の肝が据わっていなかった。
飯田はバイクのリアボックスから予備のヘルメットを取り出すと、卯月に押し付け、ハンドルを握り締める。
「とにかく、行くぞ。乗れ!」
「助かる!」
ヘルメットを荒っぽくつけ、バイクに乗り込んだ卯月は、ポケットからスマホを取り出す。とにかく、連絡をしなければ。
「えーっと、『杉田、形槍と合流』、『魔法で移動、目的地はおそらく俺の自宅』っと。これでいいのか?」
「ちょっと悪いが、口閉じとけ!」
「……へっ?」
連絡を入れていた卯月は、突然の飯田のセリフに困惑し、そして、次の瞬間、悲鳴を飲み下すこととなる。
ノーモーションでアクセルを全開にした飯田は、凄まじいエンジンの排気音とともに、人の集まった正面の校門とは逆方向に加速する。
「確か、運動場から直に外に出られたよな?!」
「……!!」
声なき悲鳴を上げる卯月。
グラウンドから外に出られるところは、ないわけではない。しかし、そこには当然いつもは閉じているフェンスがあり、現状は閉じている二枚の扉のうち、半分がこれまた半開き程度しか開いていなかったのだ。
もう片方の扉は前に警備員らしき人間が待機しているため、蹴って開けるといったようなことはできない。つまり、飯田は空いているほうの狭すぎる通り道を抜けようとしていた。
反射的に飯田の腰を強くつかんだ卯月。いきなりの加速やら無茶苦茶な進路選択やら突っ込みたいところは山ほどあったが、とにかく、今はこの恐怖に耐え、無事に家にたどり着くことを祈らなければならなかった。
一気にスピードを上げたバイクは、狭い隙間が空いただけのフェンスに向かって突き進んでいく。そして、一切ブレーキをかけることなく、隙間へと突き進み……
「思ったよりも狭いな、おい! 悪い、バッター! これ借りるぞ!」
「__?!」
がなる飯田。悲鳴を噛み殺す卯月の腕からするりととられた金属バット。
猛スピードのバイクを片手で運転し、左手でバットを握った飯田は、フェンスに突撃する__その直前に、フェンスを殴打した。
「っハハ!」
短い哄笑と、盛大な排気音。
ガキィン、という高い金属音とともにこじ開けられたフェンスの隙間を通り抜け、飯田はバットをわきに挟むと両手でハンドルを握り、車体を安定させる。
突然横を通り抜けた半透明のバイクに、警備員は腰を抜かして情けない悲鳴を上げる。
学校から出ていったバイクは、さっそうと公道に移動し、そのままスピードを上げて南東の方向へと走り去っていく。
消えていく二人の姿を、地べたにしりもちをついた警備員だけが、茫然と見つめていた。
「ちょっ、飯田、スピード、スピードを……!」
公道に出て少しばかり直線が多くなり、ある程度余裕が出てきた卯月は、ひきつった表情で言う。しかし、飯田は卯月の言葉を逆に解釈したのか、いい笑顔で口を開く。
「いいぞ! もう少し早く行ける道にする!」
「ちが……!」
卯月の声なき絶叫は、自宅アパートでバイクが止まるその瞬間まで続いた。




