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ロードテール  作者: ooi
五章 門前雀羅
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4話 世界を滅ぼすタイプのヤンデレ

前回のあらすじ

・形槍VSメフィストフェレス

・引き分け……?

 安須や松里を小学校の校舎近くの中庭に避難させた杉田は、周囲を見回して、敵も廃棄物も存在しないことを確認し、そのまま走り出そうとする杉田。そんな彼の服をつかみ、松里は口を開く。


「待ちなさい。あなた、何を考えているの?」

「……松里先輩。放してくれませんか?」


 アルカイクスマイルを浮かべる杉田、そんな彼に、松里は再度言う。


「何を、考えているの? 卯月に何かするつもりなら、幼馴染として許さない」

「……。」


 目を細める杉田。その瞳には、負の感情に近い何かが渦巻いていたが、口を開くことなく、彼は肩をすくめる。


「言ったっスよね。センパイの過去を正すだけッス」


 大鎌を地面におろす。アスファルトと金属が擦れ合う音が一瞬だけ耳に触り、されどもすぐにその音も静寂に変わる。

 黙って杉田の言葉を聞いた松里。杉田は服のすそをつかむ手に力がこもるのを感じた。


 眉間にしわを寄せ、怒りの感情にせっつかれながら、松里は杉田に言う。


「……ねえ、それって、今の卯月を否定するってことと何が違うの? アンタは知らないかもしれないけどね、卯月は彼女もできて、今を幸せに生きているのよ?」


 松里は、確かに確信していた。杉田は間違っていると。


 何がどうあろうとも、過去は変えてはいけない。それは、過去に生きていた人を否定することになるから。彼女が、そう信じているから。

 しかし、杉田は首をかしげると、小さく笑って両手を広げると、松里に言う。


「……だからどうしたんっスか? 間違った世界で、間違った選択の末、幸せに見える何かを見ているだけじゃないっスか」

「!!」


 半笑いに言われたその言葉に松里は表情を歪める。

 しかし、先に行動を起こしたのは、安須だった。


 突然、無表情で杉田を殴り飛ばす安須。

 突然の暴力に、杉田は受け身をとることも回避することもできず、右ほおを拳で殴られた。鈍い打撃音と、杉田の小さなうめき声。


 安須は、冷ややかな目で杉田を睨むと、言う。


「……お前はさ、本当に過去を変える意味を理解しているのか?」

「……いきなり何するんっスか、安須先輩」


 握った拳を左手でさすりながら、安須は言う。


「過去を変えるってことは、『今』には絶対にならないってことだ。俺だって、卯月が夢を諦めることになったのは、本当に良くなかったと思っている。だけどな、それを変えるってことは、前に進もうとしている今の卯月を否定しているってことになるんだよ!」


 怒鳴る安須に、杉田は目を丸くする。ここまで激高した安須の姿は、幼馴染である松里ですら見たことがなかった。ひりつくような痛みのはしる頬と安須の様子に、杉田はほんの少しの動揺を瞳ににじませ、口元をわななかせる。

 そして、一瞬黙り込んだ杉田だったが、無理やり笑みを浮かべると、安須に言う。


「安須先輩に何を言われたところで、やることは変わらないッス。卯月センパイの過去を修正するために、オレは召喚士になったんっスから」

「……自首しろよ、杉田。卯月だってそんなこと望んじゃいない」


 口の端をうっすらと赤く腫れさせた杉田を睨み、安須は言う。

 そんな安須の言葉に、杉田は自傷気味に笑う。


「無理っスよ、安須先輩。だってオレ、形槍と契約するために願いの権利を使っちまいましたから」

「……!」


 驚く松里。召喚士として自衛隊に所属する場合、前提として願いを使っていないことと言うものがある。諸外国の門による混乱の7割ほどが、願いによる混乱であることも踏まえると妥当なことなのだ。

 願いの権利を使った杉田は、犯罪者として追われる未来しかない。


 安須は少しだけ目を伏せ、薄く唇を噛む。召喚士の事情を知らない安須は、もはや、何を言うこともできない。杉田を知っている安須は、彼がよほど利己的な願いをしたとは思えないが、正当性も感じられなかったのだ。


 黙り込んだ安須と松里に、杉田は小さく肩をすくめると、大鎌を担いで踵を返す。


「待っ……!」

「待って、何があるんですか?」


 伸ばした松里の手を振り払い、杉田は振り向くことなく体育館の方に足を向ける。そんな杉田に、安須は言う。


「……ない、わけじゃあない」

「……へぇ? 何ですか、安須先輩。オレ、卯月センパイを探しに行かないとなんっスけど」


 安須の言葉に興味を持ったのか、杉田は足を止める。

 安須は、なんとなく直感していた。このまま彼を行かせてしまえば、取り返しのつかないことが起きると。何も知らないが、何もわからないが、故に、勘が本能が、訴えていた。


 軽く拳に力を籠め、安須は口を開く。


「……あの惨状で、卯月が体育館の中に残っているわけがない。いるのだとしたら、まだ小学校の敷地内だろ」

「……それも、そうですね。オレも、ちょっと頭に血が上っていたみたいッス」


 大鎌の柄を滑る杉田の指に緊張感を覚えつつ、安須は言葉を続ける。


「体育館から外に逃げた人の大部分は、校門前に待機している自衛隊に保護してもらっているはずだ。そこを探す方が、体育館に戻るよりかははるかに効率がいい、そうは思わないか?」


 その言葉に、杉田は細めていた目を薄く閉じ、小さく頷くと鎌を地面におろし、その場に立ち止まる。どうやら、考えを変えたらしい。

 校舎に寄りかかると、ちらりと顔を上げて校門の方を見る。少し離れたとはいえ、体育館からはいまだに耳障りな笑い声や破壊音が響いている。


 安須は、ただ唇を引き締め、変わってしまった杉田を見守ることしかできなかった。





 杉田を追いかけるために体育館の外に出た卯月は、体育館の入り口で待機していた飯田と合流する。


「い……ライダー! 悪い、一緒に来てくれ!」

「どうした?」

「杉田を探す!」

「わかった。一応チャットに連絡は入れておく」


 バイクに寄りかかるようにして待機していた飯田は、スマホで連絡を入れつつ、すぐに用意を終える。動作の速い友人に感謝を覚えながら、卯月は周囲を見回す。


 体育館から逃げ出した人々は、困惑しながら校門前に集まっていた。見る限り怪我人はいないが、数人が家族とはぐれたのか、大声で母を呼ぶ男の子の声が聞こえていた。


「バッター、さっさと行くぞ!」

「! 悪い、ライダー!」


 飯田に声をかけられ、はっとした卯月は慌てて顔を上げる。とにかく、過去を変えられるわけにはいかない。卯月にとって、現状こそが幸せだったのだ。

 もっと言うならば、卯月にとって杉田は大切な後輩だった。だからこそ、間違ったことはしてほしくない。なぜ彼が自由派に所属しているかは知らないが、とにかく、召喚士でいたいならば、自衛隊に所属していてほしかった。


 少しの混乱のある広場に少しだけ後ろ足を引かれつつ、卯月はバイクを押す飯田を追い越し、杉田を探し始める。

 ただただ、奇妙に悪い予感が心を曇らし、めまいにも近い感覚を覚えていた。





 商店街から程離れた道路の中央。創剣との戦いの舞台となったその場所で、造斧とノアはその場に座り込んでいた。ノアはやや落胆の表情を、造斧はなかなか埋まらない傷口に不満の表情を浮かべる。


 あたりに散乱していた剣は、ほとんどが勝手に創剣の倉庫に戻ったためか、アスファルトの上には大きめの金属片か完全に破壊された剣しか残ってはいない。自衛隊の装備をしているノアは、小さな金属片くらいならば問題ないため、怪我には気を付けながら座っているが、造斧は何を考慮しているとも思えないようにその場に胡坐をかいて頬杖をついていた。


 自衛隊の通信と安全確認の定時連絡を聞き流しながら、ふと、ノアは造斧に質問する。


「あの、造斧様は魔法が使えるのですよね? 何で、回復魔法は使わないのですか?」


 ノアの質問に、造斧は一瞬ピクリと体を震わせると、けだるげに頬杖をやめて顔を上げる。


「とうに使った。だが、我は特異体質でな。強化魔法の類なら効くのだが、どうも回復系統の魔法の効力が極端に落ちる。よって、止血はできたが完治はしておらん」

「なるほど……魔法って、全てが全て一定に作用するものだと思っていました」


 パトロールから帰ってきたブラウを腕にとめさせながら、ノアは待機命令解除を待つ。一応ノアと仮契約を結んでいる造斧もまた、彼に従うような形で待機中である。もちろん、足の怪我が治りきっていないから、と言う理由もあるが。


 造斧は軽く肩をすくめると、ノアに言う。


「魔法は魔力があれば使えないことはない。しかし、この世界(ちきゅう)では平均魔力量が低いせいで、基礎的な魔法すら出力不足になるような人間が多い。創剣のところの小さな魔術師は、ある種の例外のような物だ」

「……なるほど、だから、どれだけ術式を教えてもらってもできない人がほとんどだったのか……」


 魔術の訓練の凄惨たる結果を思い出したノアは、そっと目を逸らす。ノア自身は魔法を行使することができたが、召喚士部隊の八割五分は構築された魔道具すら動かせないことが多かった。

 自衛隊においての魔力量は木原とノアが上位層に入るが、そこから考えても浅井とは隔絶した差がある。


__そう考えると、あの子が明確に自衛隊と敵対しなくてよかった……のかな?


 疑問詞つきにそう考えながら、ノアはそっとオオカミを撫でる。ノアが行使できる魔法は、基礎の強化魔法と武器に対しての一時的な魔術付与のみである。当然、大量の魔力と膨大な知識、そして技巧の必要なテレポートなど、習得できる気配すらない。


 そんなことを考えているノアに、造斧は斧を軽く布で拭いながら口を開く。


「何、貴様にもそこそこの才があろう。あの弓はなかなかによかったぞ?」

「……エルフの、ル・エルバ様に教えてもらいました。彼なら、僕の倍以上の距離からでも、創剣の頭を射抜いていました」


 肩を落として言うノアに、造斧は呆れたような表情を浮かべる。

 彼にも落胆されたか、と無表情になるノア。そんな彼に、造斧は言う。


「たわけ。いくら上には上がいるとはいえ、弓の名手の種族とあくまで人間の身である貴様を比べるでないわ。エルフの連中よりも弓がうまいものなぞ、我の知る限り、弓の友しかおらぬぞ」

「……そう、ですか」


 雑にノアの頭を撫でる造斧。彼なりにノアを慰めているつもりなのだろうが、いささか力が強いらしく、撫でる造斧の腕の向きにノアの頭が揺さぶられていた。


 すっかりぐちゃぐちゃにされてしまった髪に、少しだけ不機嫌そうな表情になったノア。そんな彼に、造斧は言う。


「……貴様はよく頑張っておる。というか、むしろ誇れ。仮とはいえ、この我と契約しているのだぞ? 凡夫や愚民ならば提案するだけで首を切り落としておるわ」

「……しないでください。自衛隊の敷地内で殺人がおきると、何故かマスコミが僕の通っている小学校にも来るんです」

「しょうがっこう、というと、確かこの世界の学び舎だったか……件の弓のも学園を経営していてな。いつ過労死するかで賭けをしておるが、存外しぶとくてな。まだ金を受け取るには至っておらん」

「友……? 僕、まだ日本語の勉強が足りていないのかな……?」


 造斧の言葉にノアは困惑を隠せない。造斧にとっては不死者ジョークのようなものだが、一般的な感性を持っている人間には、やや通じにくかったようだ。もちろん、彼の言う弓の友も、七武器である以上もれなく不死者である以上、過労死はしない。


 微妙な空気になった二人。しばらく双方がい沈黙を貫き、そして、造斧の方が先に口を開いた。


「……貴様、さっきのは笑うところだぞ?」

「えっ」


 困惑の声をだすノア。その反応に、造斧は深くため息をついて頭を抱えた。


「やはり、文化の違いか、文明の差か……」

「すいません、僕の勉強不足ですかね?」


 中途半端に通じているのか通じていないのかわからないような状況が続く。しかして、その比較的平和な時間も、ふと、造斧が目を見開いたことで終了した。


 何かを言おうと口を開きかけた造斧は、突然、体を硬直させる。そして、困惑したように視線をさ迷わせ、しまいには慌てて立ち上がろうとして足の痛みで小さくうめき声を上げる。

 造斧の突然の奇行に、ノアは困惑しつつ質問する。


「えっと、ジョークですか?」

「……緊急事態だ、世界が滅びる」

「……ジョークでしたか」

「違うわ、たわけ!!」


 巨斧を杖代わりにして無理やり立ち上がり、造斧は困惑したように周囲を見る。

 なんの異変も、なんの代わり映えも、魔力以上も、天変地異が起きる未来も見えない。しかし、この世界は数分後に滅びる可能性が浮上した。


 造斧は、ただただ、空を睨みつけることしかできなかった。

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