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ロードテール  作者: ooi
五章 門前雀羅
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3話 女好きの不死者VS有限の不死者

前回のあらすじ

・メフィストフェレスがアザエルを爆破する

・悪魔魔法

・形槍VSメフィストフェレス

 __いつだか、メフィストフェレスは言っていた。

「首が落ちてもいきていられる」と。


 実のところ、それは正しくはない。メフィストフェレスの不死性は、あくまでも所持している魔力量__寿命に左右されるため、悪魔魔法を行使し続けていれば、いずれはその命は尽きる。往々にして、悪魔とはそういう存在だった。

 まあ、おおよそ200年は何をしなくとも生きていけるだけの魔力は所持しているため、一度や二度首を落されても、十分生きていられるのだが。


 形槍の銀一閃がメフィストフェレスの腹を貫く。

 飛び散る血液、響く悪魔の狂気に満ちた笑い声。


 対峙する二人の姿は、醜悪な悪魔を打ち払おうとする槍兵と言ったところだろうか。


 常人なら幾度となくその人生を終えていたであろう一撃を受けながらも、生きながらえるメフィストフェレスに、形槍は眉間にしわを作ることしかできない。存外弱点があるかと彼の過去を覗いたが、しかして彼はただの悪魔でしかなかった。


__殺し続ければいずれは死ぬが……時間がかかりすぎるな。


 繰り出された悪魔の爪の一撃を避けながら、形槍は思考する。床に転がっている天使をさっさと助けなければ、主__杉田の願いが叶わなくなる可能性がある。隙を見て天使に治癒魔法をかけたいのだが、メフィストフェレスの攻撃によってそれを妨害されていた。


 悪魔が死ぬまで殺し続ければ、天使は死ぬ。

 天使を救おうとすれば、少なからず悪魔からの一撃をもらうことになる。


 振り抜かれた爪が、敷居の段ボールを切り裂き、その破片を宙に漂わせた。まるで薄いコピー用紙か何かのように引きちぎられた段ボール。もしもこの敷居の中に誰かがいれば、無事では済まなかっただろう。


 いくら不死身とはいえ、四肢欠損すれば即座には動けなくなる。

 形槍の不死性は、創剣の劣化版の、依存しているものが剣ではなく、今手に持っている不朽不壊の銀槍であるというものだ。しかも、その再生速度も、槍が己の心臓から遠くにあれば遠くにあるほど、遅くなる。国一つ離れた場所に槍が置かれてしまえば、再生するには年単位の月日を要することになるだろう。


 そして、形槍が何よりも恐れていたのは、脳の破壊だった。

 実のところ、形槍は脳を破壊されても槍によって記憶を読み直すことができる。ほかの七武器との大喧嘩で目玉から頭を射抜かれたときも、そうやって記憶を読み直したことがある。


 しかし、形槍は、その行為が嫌いであった。なぜならば、心の奥底に封印した、忌々しい記憶も、能力の自覚も、そして、己の正体さえも直視しなければならないからだ。

 最初に記憶を読み直したとき、形槍は発狂して自害した。それほどに、封印した記憶は重く、悪意に満ちていた。


 形槍は自覚していた。ほかの七武器は、能力についてきちんと把握しきれていないと。過去を見るだけの能力を持つ己の身が、この事実を知りえているのだと。

 残酷な真実を把握してなお正気を保っていた盾は、引きこもりになったため、この罪悪を共有するものはない。そして何よりも、盾はこの世界に来てはいないため、発狂した形槍を抑えられる人間はいれども、正気に戻すことのできる存在は無いことになる。


 それが不味い。しいて言うなれば、契約者である杉田なら形槍を止めることができるかもしれないが、実のところ、魔術を習熟している形槍では月令であれども抵抗できてしまう可能性があった。

 そうなれば、国が、もしくは世界が滅ぶ。実際、かつて発狂した形槍は、大喧嘩の舞台となった孤島を跡形もなく消滅させてしまった。


 過去の形を、己の正体()を知る形槍は、友を狂気にさらしたくはない。晒すわけにはいかない。

 だからこそ、この戦いでは頭を、脳を怪我するわけにはいかない。


 頭を狙って突き出された傘の先端を避け、すれ違いざまに悪魔の腕を切り落とす。当然のように悪魔の使う魔法によって腕は治る。

 とにかく、天使を治してから戦線離脱をしたい。いくら初見の技術だったとはいえ、トップバッター(うづき)に不覚をとる程度の技術しかない形槍にとって、一撃で頭を吹き飛ばされかねない悪魔との戦いは気の抜けるものではなかった。


 不用意に接敵したメフィストフェレスの腹に、形槍は容赦なく蹴りを加える。宙を回転しながらも着地する悪魔。

 口端から薄く血を流すメフィストフェレスの頭を槍で断ち切り、伸びた右腕を槍で貫く。


 骨の砕ける音と、鈍い水音が音の反響しやすい体育館に響く。

 人間ならば複数の神経と動脈を断ち切られ、絶叫どころか痛みで即座に気絶してしまいそうな攻撃に、メフィストフェレスは狂気の笑みを浮かべ、黒傘を握っていた左腕で形槍の喉を突こうと差し伸ばす。


 左腕で傘の先端をつかみ、ギリギリのところで直撃を回避。

 すり抜けた黒の防水布が首の薄皮数センチを撫で、形槍はかすかに目を細めた。


 伸ばされた左腕を逆につかみ取り、逆間接にへし折る。

 しかし、おおよそ痛覚やら感覚やらが人間とは異なる悪魔に、関節技の効果は薄く、悲鳴も痛みを訴えることも無く回復の悪魔魔法で腕を治し、そのまま流れるように戦闘続行する。


 不死者の戦いは不毛であると創剣は言っていたが、まさにそうである。対人戦ならとっくの昔にどちらかが死んでいてもおかしくないような怪我を負えども、双方が戦い続けるためだ。


 伸ばされた腕に、形槍は距離をとり、牽制のために銀の槍で軽く弧を描く。遠心力によって壁際まで飛ばされた血液に、創剣は不愉快そうな表情を浮かべた。


 負傷したらすぐには治らない形槍は防御に徹し、逆に、首を断たれようが腕をもがれようがさほど気にも留めないメフィストフェレスは攻勢に出る。


 銀の一閃がメフィストフェレスの傘を打ち据える。どうせなら武器破壊をしてしまうかと思ったのだが、想定外に固い黒傘に形槍は一瞬表情を歪めた。

 メフィストフェレスは、その隙を逃さず、鋭い爪の付いた腕を伸ばし、形槍の左太ももにつかみかかると、短く詠唱する。


「【爆発せよ(イクスプロード)】」

「ぐぅっ……!」


 爆ぜる左足。形槍は即座にメフィストフェレスから距離をとり、左足を引きずりながらも槍を構える。


 形槍の返り血を浴びながら、メフィストフェレスはニタニタと笑い、形槍に問いかける。


「おや、足を治さなくてもいいのですかァ?」


 その質問に、形槍は不敵な笑みを浮かべて答える。


(わり)ぃな悪魔。俺はこの程度の怪我で動けなくなるほど雑魚じゃあない。つーか、あのお嬢ちゃんもこれに似た怪我をしてたし、ある種の報いだろ」


 戦う覚悟のあるものは、己が死ぬ覚悟もしなければならない。戦士として当然の心構えである。強がり半分、元より持ち合わせていた覚悟半分で形槍はメフィストフェレスの目を見る。


 形槍の言葉を聞いたメフィストフェレスは、一瞬目を丸くした後、退屈そうにため息をついて、傘を下ろす。


 突然失せた殺意に、形槍は一瞬肩透かしをくらうも、眉をひそめて執事を見る。執事は退屈そうに肩をすくめると、不満そうに形槍を見つめている。


「あのですねェ、私が申告した言葉、もうお忘れですかァ?」

「申告って……あっ」


 形槍はそこでようやく思い出す。


__『もちろんですとも。アナタも、お嬢様を傷つけましたからねェ? 最低限、同等かそれ以上程度の負傷はしていただかないと』


 あの言葉は、つまるところ、形槍を殺す、とは言い切ってはいなかった。現状、浅井と同じく左太ももを大きく負傷した形槍は、メフィストフェレスの言うところの同等か、それ以上の負傷をしていることになる。


 そして、それを理解した瞬間、形槍は頭を抱えた。


「てめぇ、もしかしなくとも、俺がお嬢ちゃんのことについて言及しなけりゃ、殺す気だったな?」

「当然でしょう。ワタクシは悪魔メフィストフェレス。現在はお嬢様の執事をしておりますが、本来は他者から魂を魔力を奪い取る悪魔です。きっかけからすべてを奪い取るのが悪魔です故」


 明確な報酬を提示せずに仕事をしろと命じた領主から、全てを奪い取るように、と言葉を続けるメフィストフェレスに、形槍は深くため息をつく。


「じゃ、こいつを治して良いか? 主が使うんだが?」


 そう言って地面で半死半生を味わっているアザエルを指さす形槍に、メフィストフェレスは首を横に振る。


「そのクズ天使は悪魔に対しての冒涜をしましたからね。契約に乗っ取らない行動をするものを始末するのは、悪魔の仕事の一つですので」

「うへぇ、天使だってのに、容赦ねえな。後で半殺しにするのでもダメか?」

「だめですとも。というか、ワタクシの魔法で焼き焦がしたので、アナタ様も含め、その傷はそう簡単には治りませんよ?」


 悪魔の魔法は、呪いである。そのため、神に祈りを捧げ体を治癒する魔法の効果を著しく悪化させる。一般人が形槍並みの怪我を負えば、治す暇なく出血多量か、それを堪え切れたところで壊死を免れることはできない。

 悪魔の不気味な笑顔とともに言われたその言葉に、形槍は軽く肩をすくめると、言う。


「俺は別に、足を切り捨ててまた生やせばいいけどな」


 トカゲじみたことを言う形槍に、メフィストフェレスは肩をすくめる。彼なら実際にできてしまうからだ。

 傘を血と肉片が汚す体育館の床につき、執事は小さくため息をつくと、創剣に一礼する。


「では、ワタクシの用事は済みましたので。トップバッター様のお手伝いをしましょうか?」

「む……まあ、そうするか。どちらにせよ、願いの権利をあの男が持っている以上、俺様たちにできることはほぼ無に等しいがな」


 もたれかかっていた壁から背を離し、「俺様、今人殺しはできぬからな」と付け加える創剣。浅井と契約している執事ならまだしも、創剣は杉田の願いを止める手段を持ち合わせてはいなかった。


 虚空の倉庫からグラディウスを取り出す創剣に、形槍はふと、質問する。


「そういや、俺は今の主の過去と性格を気に入ったから指示に従っているけどよ、創剣は何で契約なんてしたんだ?」

「む? 俺様は仮契約だぞ?」


 首をかしげる創剣に、形槍は表情を凍らせた。


「えっ、仮契約って何? そんなのあるのか?!」

「貴様の様子を見ていると、本契約の方が自由がありそうだがな。まあ、あの阿呆に支配されるのはごめんだから契約はせん。何よりも、あやつの法律(じょうしき)がなければ、俺様はこの町を破壊しかねんからな」

「……お前さんが自分の所有物じゃない街を気にいるだなんて、珍しいな」


 悪魔の血が付いた銀の槍をぬぐいながら言う形槍。創剣は肩をすくめると、目を逸らした。世界を救うことに興味はなかったが、大和町周辺なら守ってやってもいいと思っているとは言う気になれなかったのだ。


 執事は全身についた返り血と自分の血を魔法で浄化すると、角と爪を隠し、人間の姿に戻る。

 そして、軽く天使を一瞥すると、そのまま形槍に背を向ける。


「ああ、そうそう。ワタクシ、背後から頭を砕かれても、死にはしませんので」

「……今度、時間があれば殺してやるよ。俺も、今は主が優先だからな」


 卯月に不覚をとったことを煽る執事に、形槍は額に青筋を浮かべて返事をする。その表情はひきつっていた。

 悠々と小学校の体育館から引き上げる二人を見送り、形槍はふと、もはや虫の息の天使に目を向ける。


 天使はひゅうひゅうと今にも途切れそうな呼吸を繰り返しながら、形槍を見上げる。


「……介錯してやろうか?」

「……」


 小さく首を振る天使。その瞳は限りなくおびえており、死を、消滅を、恐れていることがありありと示されていた。形槍は軽く肩をすくめると、槍の穂先を天に向け、瞳の色を桃色に変える。魔術を使う七武器、幻杖の瞳である。


「……まあ、いいか。どうせ天使なんて、替えがいるからな。運が良かったら消滅しないだろ、お前さんも。__【テレポート】」


 魔術を行使し、そのまま体育館から消える形槍。

 無人に変わった小学校の体育館は、飛び散る血液や、すえた臭い、そして、二人の戦いの爪痕によって、地獄絵図が残された。

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