2話 共通項はどちらもお嬢様を傷つけたクズ
前回のあらすじ
・小学校体育館に移動
・おや……? 杉田の様子が……?
・おめでとう! 杉田は、ヤンデレ(重症)の後輩に進化した!
床に広がる、どす黒い絵の具の水溜り。
鎌を持った杉田の、明らかにトんでいるその目に、卯月は困惑を隠せない。
ともかく、早く相模たちを避難させなければならない。召喚士の戦いに巻き込むのは危険すぎる。そう判断した卯月は、早歩きで彼らの方へと歩み寄る。
体育館の中は既に騒然としており、何人かの避難者たちは外へと逃げ出している。もちろん、門は既に破壊されているため、それでも大丈夫なのだが、誰も指示をするものがなく、てんでばらばらに逃げているその様が安全だとは言えない。
そうこうしているうちに、背後からすさまじい殺気を感じ取り、卯月は反射的に足を止めてしまった。
まるで油の切れたブリキ人形化のように、卯月はゆっくりと後ろを振り返る。そこにいたのは、まさしく『悪魔』だった。
瞳を怒りと殺意に燃え上がらせ、人前であるにも拘らず、頭の雄羊のような角を隠す気配も見せない執事。手に持った傘は魔力がこめられているのか、禍々しい気配が漂っていた。
__何でキレて……!
視界に入ったのは、宙に浮く天使の姿。忘れることはない、アレは、アザエルだ。
執事の怒りの正体に気が付いた卯月は、反射的に周囲の人間の避難誘導に動いていた。小学校の体育館であるため、ステージ側と出入り口側にそれぞれ二つずつの出入り口がある。しかし、そこは冬も近づき、外も寒いため締め切られたままであった。
卯月は慌ててそこを開けると、眠りこけていたおじさんを起こし、外を指さす。とにかく、体育館を空にしなければ、被害者が出る可能性がある。
突然空気の流れができたことに気が付いた形槍は、やや眉をしかめあたりを見るが、段ボールの区切りに阻まれ、卯月の姿を見るには至らなかった。
しかし、確かな殺気と悪い予感を感じ取った形槍は、憎々し気に絵の具の水溜りを睨みつけている杉田に声をかける。
「あー、ショックを受けているところ悪いのだが、主、さっさとここから逃げたほうがいいんじゃないのか?」
「……逃げる? 何でだ? センパイを探さないとだろう?」
「絵画があったってことは、もうここにはいないだろ。悪い予感がするんだよ、とっととここから逃げたほうがいい」
赤色の髪を手でかき回しながら、そう言う形槍に、杉田は少しだけ首を傾げた後、薄く笑みを浮かべて言う。
「ああ、確かに、そうだね。こんなところにいたって、センパイとは会えない。早く、センパイを見つけないと」
何故かくすくすと笑いながら言う杉田に、空気を読めないアザエルが口を挟む。
「ん? 卯月幸は近くにいると思うけど?」
「……へ?」
「……ふぅん?」
青い顔で間抜けな声を上げる形槍に、笑みを深めて首をかしげる杉田。
__まずい、まずいまずい。めっちゃ悪い予感する……!
反射的に未来を読む能力である造斧の瞳に切り替えると、槍の穂先で軽く指の先を切り裂く。そして、青い顔をさらに青く……と言うよりかは、白に変えた。
「悪いことは言わねえ、主! さっさと逃げるぞ! 願いは後からでも使えるだろうが!」
「すぐに使わない意味もないだろう? しかも、センパイは近くにいる__この距離じゃダメなのか、アザエル?」
「できれば、接触しているくらいがちょうどいいね。過去を変えるのだから、縁が深い人が近くにいるほうが処理が楽なんだ」
天使はそう言うと、空中で足を組んだ。
その隙が、時間が、災厄を生んだ。
「滅べ、天の使い!」
「うわぁぁあ?!」
増した殺意と魔力撃による一撃が、天使の腹部を襲う。傘の先端が腹部をとらえ、そのまま貫通……するかと思えば、それを止めたのは、意外にも杉田だった。
杉田は、鎌を軽く伸ばし、執事の一撃を絡めとる。その影響で、執事の黒傘はアザエルの左わき腹すれすれを貫通する。
刺突の風圧と、凄まじい殺気で顔を真っ青にしたアザエル。そんなアザエルに、執事……いや、メフィストフェレスは凶悪な笑みを浮かべ、言う。
「久しいですねェ、アザエル。今回の門の件では、ついに職務放棄ですか」
「……っ! 門の情報開示は義務じゃない! 努力範囲だ!」
「なら努力をすると良い。お嬢様は貴様に侮られるほど脆弱な存在ではない」
メフィストフェレスはそう言うと、まるでピエロのようにきれいに一礼し、そして、両手を広げると、高らかに宣言する。
「お嬢様との契約に基き、お嬢様を傷つけたアナタを抹殺いたします。契約によるものですので、遠慮も手加減も致しませんとも」
「……執事。俺様は町に被害が出るなら殺してでも止めるぞ?」
「大丈夫ですとも、創剣様。ちょっとあの羽を使って羽ペンを造り、ついでにお嬢様のお屋敷に物干しざおが無いので、いただくだけですから。派手な銀色で随分悪趣味になってしまいますが、そこはまあ、ご愛嬌としましょう」
「……えっ、俺?! ってか、俺の槍、物干しざおにすんの?! もったいなくねえか?!」
突然の会話のデッドボールに、形槍は一瞬びくりと体を硬直させ、困惑したように表情を凍り付かせる。
執事は、当然だというように大きく頷くと、口角を上げて答える。
「もちろんですとも。アナタも、お嬢様を傷つけましたからねェ? 最低限、同等かそれ以上程度の負傷はしていただかないと」
そう言って、傘の柄を爪の長い指で撫でるメフィストフェレス。その瞳は、一切笑ってはいなかった。
形槍は表情を引きつらせ、槍を構えて杉田に言う。
「主、悪いことは言わねえ。さっさと下がれ」
「でも、センパイが……」
「そのセンパイも、悪魔の狩りに巻き込まれたらまず死ぬぞ。とっとと願いを叶えてこい。幸い、お前さんはまだ対象になっていないらしい」
形槍はそう言うと、すっと立ち上がり、その瞳を紫に染め上げる。
戦闘態勢に切り替わった形槍に、杉田はかすかに表情を歪めると、鎌を持ち替え、撤退の体制を取り出す。
「あそこで日令を切ったの、不味かったか……」
「後の祭りだ。ほら、お仲間つれて、さっさと行け」
「わかった。先輩たち、外に行きましょう。ここにいると、死ぬッスよ?」
そう言って松里と安須に声をかける杉田。
二人は、困惑しながらも、現状が危険であると判断したのか、立ち上がって開いていたステージ前の出口から外に脱出する。卯月は少しだけ迷った後、まずは相模を助けようと、軽く創剣に手を振っておく。
創剣は無言で目くばせをすると、体育館の壁に背を持たれ、長い足を組んだ。どうやら、戦いに参加する気はないらしい。
卯月は警戒しながら相模の方へと歩み寄り、茫然とにらみ合うメフィストフェレスと形槍を見つめる相模の肩をたたき、その手をつかむ。
「……! あ、ありがとうございます、う……トップバッターさん」
一瞬驚くも、卯月の手を握り返して言う相模。絵筆や画材はすでに鏡を介して絵画世界に置いたのか、貴重品だけの入ったバックだけをつかむ相模に、卯月はメモ帳を見せる。
『大丈夫。とにかく、危ないから逃げて』
「……ちなみに、トップバッターさんは、どうするつもりですか?」
『杉田の願いを阻止する。』
「そう、ですか。絶対に、怪我しないでくださいね」
相模はそう言うと、一瞬だけ卯月の手をぎゅっと握ると、そのまま卯月が開けた舞台側の出口へと駆け出した。
相模の、己よりも小さな背中を見つめ、卯月は前に向き直る。いくら門による地球の破壊が防がれたとはいえ、七武器が本気で戦えば町など簡単に吹き飛ぶ。創剣があくまで見届け人であることを維持しているのは、街に被害を及ぼさないようにするそのためだけである。
いきなり人が減った体育館。そんな中で、真っ先に動き出したのは、メフィストフェレスだった。
「さて、お嬢様に怪我をさせた方のクズ。お嬢様にもお教えしなかった……いえ、人間には行使できない、悪魔の魔法と言うものはご存じですか?」
「……あのさぁ、俺もなんだかんだ言って女の子に怪我をさせたのは不本意なんだけど?」
「ご存じないようで。ならば、お教えいたしましょう」
『はい』か『いいえ』以外の言葉を聞く気がないらしいメフィストフェレスは、それなりに罪悪感があるらしい形槍の言葉を無視して言葉を紡ぐ。傘がゆらりと動き、先端がワックスやら何やらでつるつるにコーティングされた床材に向けられる。
「悪魔の行使する魔法は本来、自分の生命の糧である魔力を消費して構築されます。ですので、悪魔は基本的に魔法を使ったりするのを渋る傾向にあります。__まあ、ワタクシのように、名前持ちの悪魔となれば、そんな細かいことを気にはしないのですがね」
「ああうん、知っている知っている。基本的に悪魔連中は法外な要求をするからな。見つけたら殺すようにはしていた。だから、説明を省いてくれ」
「いえいえ。そこにワタクシの話を聞かずに天界に逃げようとする不届き物がおりますので、警告の意味も含めていますとも」
「ひっ!」
小さく悲鳴を上げるのは、こっそり逃げ出そうとしていた天使アザエル。その表情は青く、体は小さく震えていた。
卯月は小さく首をかしげる。都合が悪ければ、ルマエル同様さっさと逃げてしまえばいいにも関わらず、アザエルはどうやら物理的にメフィストフェレスから距離をとろうとしていたのだ。
皮膚をひりつかせる戦いの気配に、卯月はこっそり外に出る。とにかく、杉田を止めに行く必要があると判断したのだ。
消えた卯月の気配に、遠慮をする必要がなくなったと判断したメフィストフェレスは、狂ったように笑い声をあげ、そして、魔法を行使する。
「我が名をメフィストフェレス。捧ぐは命 魔力を対価として、契約を成就するための魔術を構築する!」
「うっげぇ……!」
形槍は小さくうめくと、槍を構え、警戒する。
悪魔魔法とは、往々にして理不尽な魔法が多い。なぜならば、文字通り命を削って行使する魔法であるからだ。
メフィストフェレスはケタケタと笑い声をあげると、短く詠唱する
「【テレポート】」
「?!」
突然背後後方に転移したメフィストフェレスに、形槍は目を細め、油断なく振り返る。
そこにいたのは、文字通り悪魔のような笑顔を浮かべたメフィストフェレスが、アザエルの左翼をつかんでいる姿であった。
「ひっ、は、放せ悪魔!」
「対価も提示されずに命令を遂行する悪魔など、おりませんとも。__苦しんで死ね、【爆発せよ】」
短い詠唱。あまりにも簡単な命令文。
その効果は、即座に現れた。
ずどん
腹を震わせるような爆発音。短い絶叫に、仕切りのために建てられた段ボールに飛び散る鮮血。
「ああああああああああああああああああああ!! 翼が、翼が!!」
アザエルの絶叫に、空に舞い散る純白の羽根。
天使の返り血を正面から浴びたメフィストフェレスは、狂ったように笑うと、つかんでいた左翼だった部位から手を離す。
魔法による爆発によって無残にも破壊された翼。肩甲骨のあたりから生えていたその翼は、背中の皮膚ごと爆破によって抉れ、もぎ取られていた。
翼を失ったアザエルは、そのまま重力に負け、体育館の地面に墜落する。
「このまま放っておけば、いずれ失血死してしまいますねェ? どうです? ワタクシと取引でもしますか?」
「……誰が……! この、悪魔め!!」
睨むアザエルに、メフィストフェレスは見たりと笑う。そして、ねっとりとした声で答えた。
「ええ、ワタクシは悪魔ですとも。ワタクシこそが、悪魔メフィストフェレスですので!」
ねじくれた角が、禍々しい魔力で彩られる。瞳は殺意と狂気がその歪んだ輝きを増し、一つ一つの執事らしい精錬された所作が、メフィストフェレスのその立ち居ふるいを象る。
黒々とした傘はシンプルなデザインであるがゆえの機能美と造形美を発揮し、うっすらと血に濡れていてなお、その美しさを保っていた。
そこにいたのは、執事ではない。悪魔の、メフィストフェレスだった。
絶望と怒りと怨嗟の悲鳴に恍惚の笑みを浮かべ、メフィストフェレスは形槍に言う。
「さて、天使の魂は何度か喰らったことがありますが……ワタクシ、本当に清廉で純白の魂の方が好みなのですよねェ。なので、魂も廃棄しましょう。もちろん、薄汚れた魂のアナタも、ね?」
そう言って形槍に視線を投げかけるメフィストフェレス。形槍はうっすらとその額に汗をかきながら、挑発をする。
「……悪魔の癖に、お前さんの瞳は節穴か? 俺ほど清廉な魂も少ないだろ」
「フム、アナタ様の魂が清廉なら、お嬢様の魂は最早神の領域なのでは……? お嬢様が女神なら、多少は神も好きになれそうですねェ」
中途半端に話の通じていない形槍とメフィストフェレス。
形槍は肩をすくめると、創剣に声をかける。
「おい、創剣。いいのかコイツ」
「何、こやつは今、正式な契約者がいるからな。地上の人間すべての魂を食らいつくすような真似はできぬ故、別に気にしなくても良かろう」
「ああ、うん、まあ、ひも付きならいいか……」
協力を諦めた形槍は、無造作に槍を突き出す。
ノーモーションで突き出された槍に、元より後衛のメフィストフェレスは回避することもできずに心臓を射抜かれる。
噴水の如く胸からあふれるドス赤い液。しかし、形槍は油断することなく槍を引き抜くと、その首を刃で薙ぎ払う。無防備に攻撃を受けたメフィストフェレスは、それすらも回避せず、その首を切り落とされる。
ごとん、と重い音が響き、体育館の床にメフィストフェレスの生首が落ちる。
しかし、その首は突然笑い出す。
正気を削られそうなその笑い声に、形槍は眉を顰めると、いまだに立っているその体を槍で切り刻む。
銀の残光に従い、五分刻みになった肉体は、体育館の床を赤く汚すが、メフィストフェレスの笑い声は止まらない。
形槍は盛大に舌打ちをすると、動き出したメフィストフェレスの左手を槍で弾き飛ばす。いくら切り刻んでも、首が切り離されても、心臓が穿たれても、メフィストフェレスは生きていた。
「しかし、動けないのは困りますねェ。【治れ】」
短い命令の直後、形槍によって刻まれた肉体は、まるで動画の逆再生のように戻る。しかし、遠くに弾き飛ばされてしまった左手は治らなかったのか、メフィストフェレスは小さく肩をすくめると、別に魔法をかけて左手を再生した。
形槍は「うげっ」と小さく声を上げると、頭を抱えた。
__これだから、不死者との戦いは嫌いなんだよ!
いつ終わるのだかわからない戦いの始まりに、形槍はただ貧乏くじを引いたと渋い表情を浮かべるしかなかった。
【悪魔魔法】
メフィストフェレスが使っていた魔法。基本的にメフィストフェレスが使えるのは、肉体から魂を奪うため、人体から余計な肉と骨を弾き飛ばすための【爆発せよ】と、砕け散った肉体をもとに直すための【治れ】である。短編で執事が虐殺に使っていた魔法は、【爆発せよ】。
基本的に悪魔によって使える魔法は異なり、魔力が足りない悪魔は、悪魔魔法を使うと寿命が尽きてしまうため、あまり使わない。
しかし、命を削る対価とあって、効果は絶大である。それこそ、地球上全ての魂を食らいつくした悪魔ならば、神に等しい悪魔魔法を行使することができるほどには。




