1話 撤退と合流と追跡と
前回のあらすじ
・大和町駅前戦の直後
・形槍の召喚士が、野球部の後輩の杉田 昴だった。
黒の門が塵に変わる。
心底満足そうに微笑んだ杉田。彼は、形槍に言う。
「センパイのところに行くぞ。これで、センパイを救える」
狂喜のにじんだその瞳に、形槍は肩をすくめると、茫然としている卯月から距離をとる。
「へいへい。怪我させちゃって悪いな、お嬢ちゃん」
「……!!」
形槍はそう言うと、さっさと杉田の首根っこをつかみ、テレポートの詠唱をする。貧血と痛みでまともに動くことすらできなかった浅井は、奥歯を噛みしめて形槍を睨むことしかできない。
浅井を抱えた執事は、油断なく二人が消えるまで傘に手をかけたままだった。
魔力の残光を少しばかりのこし、二人は消える。
圧力が消えたところで、卯月は慌てて二人の方へと駆け寄る。正規の召喚士たちがこっちに来てしまうと判断したからだ。
身振り手振りで絵画世界に避難することを示し、執事は無表情でそれに従った。
「……申し訳ありませんでした、お嬢様」
「……貴方は、悪くない。相性と運が悪かっただけ」
鏡を通り抜け、食堂へ移動しながら、二人は話す。
それよりも、確かな問題があった。
「……不味いと思う。割と、本気で」
「どうしました、卯月さん?」
血色の悪い顔を卯月の方へと向け、言う浅井。そんな彼女に、卯月は答える。
「あいつ、俺の後輩だけど、願いは『過去を変えること』って言っていたよな?」
「……? そう言えば、そんなことを言っていましたね」
「ワンチャン、俺が今の俺じゃなくなる」
「……は?」
困惑する浅井。一番早く事態が理解できたのは、意外にも創剣であった。
「む……それは不味かろう。もしかしなくとも世界が滅ぶぞ?」
「う、卯月さんの過去って、そんなに壮大なのですか……?!」
執事の腕の中でかすかに眉を顰める浅井。少々、というか、それなりの自覚があるため、卯月は浅井に言う。
「……最初の門で創剣がやる気を出していなかったら、少なからず大和町は焼け野原になっていた。当時あのドラゴンを倒せたのは、創剣だけだ」
「今なら造斧やら匠拳やらがおるが、あの時は俺様だけだったからな。人類ごときがあの竜にあらがおうなど片腹痛い。まあ、それだけでなく、貴様のことだ。夢破れて判断力が鈍っていなければ、貴様は召喚士などにはなっていなかっただろう」
「あー……そうかもしれない」
頭を抱えて言う卯月。
美術館の鏡でかつての卯月を知っていた創剣は、あれだけ自信もそれなりの良心も持ち合わせている人間が召喚士になるとは思えてはいなかった。そうなれば、創剣はそもそも召喚されていなかったことになる。
「どっちにしろ、かなり不味い。ぶっちゃけ、俺はあの事件で後悔しなかったって言ったら嘘になるけど、今を否定したいかって言ったらそれは違う。過去も今も、否定されたくはない」
ズタボロになった金属バットを抱えながら言う卯月。しばらく何やら考え込んでいた執事が、ようやく口を開いた。
「なら、さっさと行かないとですねェ? あっちはテレポートを使っていましたし」
「……! いいのか?!」
浅井をダイニングの椅子に座らせ、傘を片手に言う執事。卯月は思わず顔を上げて問いかける。執事の行動原理は、基本的に浅井中心なのだ。そんな彼が、協力を自ら申し出るとは思ってもいなかった。
執事は肩をすくめて言う。
「もちろん、お嬢様には待機していただきますとも。それと、魔力不足でダウンしている大谷様も。飯田様は__ついてきていただきたいですが、人が多いところに行きますので、身バレの可能性が付きまといます」
「世界の危機っていうか、友達が困っているなら俺も行く。ガソリンはまだ大丈夫そうだからな」
キーホルダーを片手でいじりながら言う飯田。大谷がそっと目を逸らしていたところが気になるが、手伝ってくれるらしい。
卯月は、薄影のお守りを確認してから、創剣に声をかける。
「__頼む、創剣」
「構わん。さっさと行くぞ。貴様らも来い」
「すいません、俺、バイクがあるんで……」
「バイク程度で使えなくなるほどこの剣はやわでないわ、たわけ」
あっさりと言った創剣は、軽く外を指さすと、バイクを持ってくるように指示する。飯田は慌ててバイクをとりに行く。卯月はその間に持ち込んでいた水を飲み干し、軽く体のチェックをする。
足はまだ持つ。七武器レベルとなるとどうしようもないが、戦闘も可能。金属バットの修復率は九割越え。問題なしだ。
「お待たせしました! もういけます!」
バイクを押して持ってきた飯田に、創剣は自信あふれる笑顔を返すと、グラディウスを起動させた。
絵画世界には、浅井と大谷、そして、困惑しているゴブリンたちだけが残された。
グラディウスで移動した先は、卯月の避難予定地であった小学校の体育館。入り口の時点で、警護の自衛隊員が数名、地面に転がされており、もうすでに杉田がここにきているのであろうことが予想できた。
「貴様は薄影の守りを有効に使え。飯田……いや、ライダーは入り口待機、執事は俺様と行動だ」
『著しく常識はずれな行為をしそうなグループが出来上がったが、これ、大丈夫か?』
思わずメモ帳にそう書きこんだ卯月に、創剣は言う。
「ふむ、一人だど心細かったか?」
『……さんざん移動にも使っているわけだし、鏡を知らないわけじゃあないよな?』
「そんなことをしている暇じゃないだろ!」
にらみ合いになった卯月と創剣に、飯田は思わず突っ込みを入れる。そして、飯田は創剣に聞く。
「ちなみに、ライダーってのは……?」
「本名で呼ぶのは不味かろう。貴様は仮面をつけていないからライダーだ」
「さては日曜日の朝を満喫しているな?」
日本屈指のヒーロー特撮を毎週欠かさず見ている創剣に、飯田は思わず突っ込む。創剣は「そうだがどうした」と言わんばかりの表情を返す。無駄に整った顔が妙にイラっと来た。
創剣は小さく息を吐いて空気を換えると、言葉を続ける。
「いずれにせよ、緊急時には支給されたスマホを使え。俺様と執事は基本的に形槍の対処がメインになる。カバーは各自で判断、ライダーは戦闘は極力避け、自衛と状況判断に徹するように__あと、姿隠しの剣だ」
創剣はそう言うと、虚空の倉庫から剣のキーホルダーを取り出し、飯田に投げる。
「貴様の魔力が地球の平均程度とはいえ、この程度の魔道具なら起動できるだろう。それを使って、万が一の時まで姿を隠しておけ」
「……剣? っていうか、どうやって……?」
『それを握って、姿が見えなくなることを想像する。鏡に映らなくなったら成功』
「へ、へえ?」
困惑する飯田。卯月としても、魔道具の使い方と効果が今一つでないことはよくわかっていたため、執事にちらりと目線を向ける。しかし、角を隠してもいない執事は、首を横に振った。
「一応、魔石で効果の増幅はできますが、魔力の代わりにはなりませんからねェ。起動だけはどうあがいても自力でするしかないでしょう」
「あ、はい。とりあえず、やってみます」
飯田はそう言うと、剣のキーホルダーを握り、目を閉じる。しかし、完全になくなるということはなく、まるで幽霊のようにうっすらと見えるようになったところで透過は止まってしまった。
創剣は少しだけ眉をひそめた後、深くため息をつき、言う。
「とりあえずはこれでよかろう。というか、これだとライダーというか、ゴーストライダーと言ったところか?」
「俺、生きているのですけど?」
「言葉の綾だ。ともかく、その調子なら隠れるのも容易かろう。自衛隊どもに捕縛されんよう気をつけろ」
「……あ、そういや、そうか……」
創剣の言葉に、表情を暗くする飯田。
召喚士でない飯田には、そもそも武器がない。自衛隊の行動を阻害できるような方法はなく、撤退手段も鏡とバイクのみ。薄影のお守りで完全に姿を消せる卯月や、テレポートやグラディウスで瞬間移動できる執事と創剣とは全く異なる環境にあるのだ。
卯月は少しだけ考えた後、メモ帳に文字を書く。
『大丈夫、体育館の正面と、入り口すぐのところに鏡がある。もしものことがあったら、そこから撤退を』
「ああ、力になれなくて悪いな、うづ……いや、トップバッター」
飯田はそう言うと、ヘルメットを深くかぶり直し、体育館の入り口前で待機する。卯月は軽く手を振ると、そのまま体育館の中に足を踏み入れた。
体育館の中は、段ボールで仕切りが設けられており、入り口で身分証明書と統合した人間は、その仕切りの一つに割り振られる仕組みになっている。
卯月と相模は入り口で申請し、もしもの時のために同じしきりに割り振られているのだが、そこに、彼はいた。
小学校の体育館で卯月の帰りを待っていた相模は、卯月の友人である安須と松里とともに待機していた。
途中、いきなり地震が発生し、凄く驚いたが、小学校に起きた被害はその程度であった。はぐれの廃棄物が来ることもなく、警備員たちの気も緩み始めたその時。
「センパイ! 会いたかったッス!」
満面の笑みで絵画の卯月に抱き着いた男が、現れた。
驚く相模。突然のことに、まず最初に口を開いたのは、安須だった。
「スバル?! どうしたんだ、そんな格好して!」
「ああ、安須先輩。大丈夫です。これでセンパイを助けられる」
廃棄物の返り血を浴びた杉田にそう言った安須だったが、どうにも話が通じていないらしい。杉田はその黒い瞳をどろどろにとかし、形槍に言う。
「願いを行使しよう。センパイの過去を、変える」
「?!」
事態が理解できず、困惑する相模。松里は杉田に向かってあきれた表情を浮かべて言う。
「アンタ、何を言っているの?」
「松里先輩、お久しぶりです。大丈夫ですよ、間違っている今を変えるだけですから」
「だから、それが何だって聞いているの! あと、貴方の持っているその鎌は何?!」
そう詰問する松里に、杉田は首をかしげる。
杉田の様子は、もはや普通ではなかった。その表情も、瞳も、何かにとり憑かれたように濁り、そして、狂気に満ちていた。
困惑している絵画の卯月に同情しつつ、相模はそっとスマホに手を伸ばす。どうにも、卯月の知り合いらしいが、様子がおかしいと判断したのだ。
しかし、バックの中からスマホを取り出したところで、そのスマホは帰らぬものとなった。
「あー、お嬢さん、駄目駄目。今応援呼ばれると、ちょっと面倒なんだ」
「?!」
銀の槍がスマホを貫き、電子媒体は完全に沈黙した。相模は驚いて顔を上げると、そこには赤髪の男がにっこりと軽薄な笑みを浮かべて立っていた。
紫色の瞳をのぞかせ、少しだけ困惑したような表情を浮かべた形槍だったが、何故かすぐに納得したような表情を浮かべ、杉田に声をかける。
「ほら、主。さっさと願いを叶えたらどうだ?」
「ああ、そうだな。__大丈夫ですよ、センパイ。オレが、貴方を救うッスから」
うっとりとした表情でそう言う杉田。ちょうどのタイミングで、人型の天使、『アザエル』が現れた。
「おめでとうございます。貢献度一位になりましたので、願いの権利を手に入れました。二人も貢献度一位を出すことができて、ボクも鼻が高いです」
「口上はどうでもいい。さっさと願いを叶えてくれ」
「__わかったよ。じゃあ、君の願いを叶えようか」
肩をすくめるアザエル。その姿に、かつて浅井の願いを空費したという後悔は存在してはいなかった。
アザエルの言葉に、杉田は薄く笑みを浮かべると、願いを口にする。
「卯月 幸センパイの過去を変えたい。」
「その願い、受領し……」
そこまで言ったところで、アザエルはふと首をかしげて言う。
「その人、本物の卯月幸じゃあないよ?」
「……は?」
目を丸くする杉田。表情を引きつらせる相模。
空気を読めないのか、読む気がないのか、アザエルは首を横に振って、「やれやれ」と言わんばかりの態度をとると、口を開く。
「過去を変えたい人の対象を連れてきてくれますか? そうじゃないと、正確に願いを行使することができないので」
「……?」
形槍は、無言で絵画の卯月に銀の槍を突き立てる。槍が貫通した左手。回避することもできず、絶叫する絵画の卯月。突然の凶行に、体を硬直させる安須と松里。
そして、形槍は表情をひきつらせた。
「おい主、こいつも絵だ!」
「……!!」
杉田は表情を歪ませると、鎌を握り替え、そして、痛みで絶叫している絵画の首を鎌で刎ね飛ばした。
「ひっ?!」
「スバル?!」
悲鳴を上げる松里に、表情を引きつらせる安須。
すると、次の瞬間、卯月の絵画は崩れ去り、絵の具の混ざった水たまりに変わる。
あまりの光景に、目を丸くする二人。そして、警戒を解かない形槍と杉田。
しだいに、杉田の瞳に狂気と殺意が滲みだす。
「……センパイ、何でオレから逃げるんっスか?」
願いは、まだ成就しない。
【絵画術】について
地球において、絵画の中に門ができるというバグでできた技術。本質的には魔力を使っていないため、魔術、魔法とは異なる。しかし、便宜上絵画魔法と呼ぶことも多い。
絵画世界の絵の具を現実世界で使うことで、現実世界において絵にそっくりな媒体を実体化することができる。欠点として、正体は絵の具であるため、水に溶け、火で燃え上がってしまうということである。さらに、正体が絵画だと判明してしまうと、絵画術の効果は皆無になる。
主な使用手段として、相模のように絵画世界とつないで描いた絵で新たな絵画世界を作り出したり、画家がしたように、攻撃手段を描いて一時的な攻撃とすることなど。
描写の技術が絵画術の威力、効果につながるため、基本的には一朝一夕に行使できるようなものではない。また、絵画世界の絵の具はそれなりに貴重であるため、よほどのことがない限り、絵画世界の住人達も絵の具を分けることはない。




