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ロードテール  作者: ooi
四章 門外漢
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幕間 女子会というべきか、クライアントと下請け関係というべきか

前回のあらすじ

・なし

・しいて言うなら、門との戦いの準備期間中の話

 浅井から避難と移動用の絵画世界の構築の話を聞いた相模は、まず最初に、モデルとなる場所を探すことにした。一から想像するのは難しいと判断したのだ。


 大学が休校になっていることもあり、相模は自由に動ける時間も増えていた。そのため、城や屋敷の構造を調べ、その通りにラフを描いてみたりもしたのだ。だがしかし、五枚目のラフを描き上げたところで、相模は何か違うと思い始めた。


 城は確かに、つくりも効率的で、広さも十分だ。しかし、絵画世界に攻めてくる人間はいないため、城として描く意味はない。

 そう考えると、屋敷を絵画世界に落とし込むのがいいのだが、調べて出てくる屋敷は基本的に身分の高い人間が身分を高い人間を呼ぶための、所謂歓待用の城に近いものが多い。


 しばらく悩んだ相模は、結局、浅井に質問をすることにした。



 そして、数時間後、相模と浅井は、メフィストフェレスの運転する自動車に乗っていた。


 左ハンドルの外国製高級車に、相模は好奇心と緊張を隠し切れない。

 相模と同様、後部座席に座っていた浅井は、きょろきょろと車の中を見る相模に言う。


「そんなに緊張しないでください。とりあえず、屋敷を見たい、とのことですので、わが家を案内します。それでもまだ違和感があるようでしたら、博物館や美術館、図書館を見に行きましょう」

「は、はい! ありがとうございます」


 落ち着き払った態度で言う浅井に、相模は背筋を正し、ちらりと運転している執事を見る。現在の彼は、角を消した人間に擬態した姿であり、オートマチックのこの高級車を快適に運転している。


 相模の視線に、執事はにっこりと笑うと、口を開く。


「事故は起こしませんとも。今日はカーチェイスの予定もございませんので、安心、安全に移動を楽しめますよ?」

「カーチェイスの予定があるときがあるのですね……」

「ええ、たまには」


 いけしゃあしゃあと嘘をつく執事に、浅井は深くため息をついて言う。


「くだらない嘘は止めて。私たちは【テレポート】の魔術が使えるから、基本的に車で移動なんてほとんどしないでしょうが」

「……フフフ、そうでございましたねェ」


 肩をすくめて言う執事。今日、テレポートの魔術を使わないのは、端的に、その場所に浅井がメフィストフェレスに血を売って作り出した、魔法干渉の結界が張られた場所であるからだ。


 致死量まであと半分程度の血液と髪の毛少しを売り払って守護しているその場所。浅井は、その場所を相模に案内しようとしていた。

 後部座席にいる浅井を思いながら、執事はそっと目を細める。


 よもや、屋敷を案内するのが、卯月よりも先に別人になるとは。かつての彼女……信じていた親族に裏切られ、命を失う可能性すらあったあの手負いの獣のような時の少女だったころには、まずありえなかった。いやそもそも、信用していた卯月すらも、あの屋敷に招いたかどうかも怪しい。


 しかし、そんな彼女は今、卯月(信用できる人間)恋人の相模(他人)を自分のテリトリーに入れようとしている。余裕ができ始めていることの表れだろう。


 執事は口元に薄く笑みを浮かべ、そして、到着したその屋敷に車を止める。


「つきましたよ、お嬢様。当然、不埒な侵入者はおりません」

「ありがとう、執事。さあ、相模さん。これから、()()()を案内します。バレても悪魔の取引で作った結界があるのでおそらく大丈夫ですが、できれば他言無用でお願いします」

「は、はい! 誰にも言いません!」


 謎に不慣れな敬礼をする相模に首を傾げつつ、浅井は執事が開けた車のドアから外に出る。そして、車から出た相模は、小さく歓声を上げる。

 少しだけ誇らしげに、浅井は口を開く。


「ようこそ。ここが私の家、浅井家の本館です。今はもう、誰も住んではいませんが、もしものことがあれば、ここが最後の砦になることでしょう。そして、願わくば、ここでまた家族と暮らせる日が来ることを、祈っている場所でもあります」

「……」


 かすかな笑みを浮かべて言う浅井。だが、相模はじっと屋敷を見ていた。

 コンセプトは、まさしく住むため、そして、来た客を歓待するためのつくりである。そこに戦いの意志はなく、迎え入れるために、帰るために作られているのが、この屋敷だった。


 執事が開く門に続き、浅井はちらりと庭を見る。様式はフランス式の左右対称を重んじたつくりに、ハーブやバラなどの香りのよい植物がバランスよく植えてある、そんなつくりであることがうかがえた。


 しかし、この庭にも親戚による略奪の爪痕が残されており、もともとは置かれていただろう庭の飾りがいくつかなくなり、左右対称性を失っている箇所がいくつも見て取れた。

 特に、薔薇のアーチは酷く壊されており、希少種の薔薇の植えてあった箇所は根っこごと持ち去られ、芝生がえぐられていた。


 浅井はそっと、入り口近くの寒さに強くなるよう品種改良されたジャスミンの木に触れる。夏ごろに咲く花の下で、姉や父と一緒に昼食をとったことを思い出したのだ。それに使っていたテーブルセットも、もはや残されてはいない。机を固定するために使われていた太い棒の後が、うっすらと芝生に残されているばかりだった。


 庭をくまなく見てから、浅井たちはついに屋敷の中に入る。

 現状維持のための結界が張られたこの屋敷は、しばらく放置されていたにもかかわらず埃一つない。しかし、同様に、部屋の調度品も家具も一つたりとも残されてはいなかった。


 靴を履いたまま屋敷に上がった浅井たちは、ゆっくりと屋敷を見て回る。二階建て地下付きのこの屋敷は、広さもつくりも申し分ない。


「とりあえず、こんな感じです……って、聞いていないですね……」


 最後に食堂を案内し、地面に固定されていたおかげで略奪から免れたダイニングテーブルの椅子に座った相模は、既に持ち込んでいたスケッチブックにラフを描き始めていた。


__構造はそのまま……ただ、ゴブリンさんが暴れたときに、木材だと強度に不安が出る……大理石に置き換えて、カーペットも作っておこう。


 迷いなく動いていく下書きの鉛筆。浅井はそっとその絵を覗き込んで、目を丸くする。相模が描いていたのは、玄関の絵だったのだ。


「玄関を起点に、絵画世界を展開します。__この屋敷は、家人来客者のどちらも、帰るために作られた場所ですから、出入り口から設計したほうがいいですね」

「__帰るための……?」

「あと、屋敷の外を無限に作るのが難しい関係上、庭は地下室に置き換えます。天井はそのまま空にしてしまうため、かなりおかしな空間にはなりますが、そこは幻想絵画ということで。

 一階部分には医療施設と、休憩、食事をとるための設備を中心に展開し、基本的な日常生活やプライベートの生活空間は二階に作ります」

「……あ、あの……?」


 驚く浅井をよそに、相模は一枚目のスケッチブックを破り取り、二枚目に入る。次に描いているのは、どうやら庭の絵らしい。荒らされた部分は想像で補い、元あっただろう形に描き上げ、そして、玄関の下にその絵を置く。


「イメージできたので、後は時間をください。多分、本番前には完璧に調整できていると思います」

「……! 本当ですか! ありがとうございます」

「医療品も一応描いておきますが、アルコールや薬などの消耗品は持ってきた方がいいです。結局、どれだけうまく描いていても、絵画であることには変わりませんから。食事も同様です」


 相模はそう言いながらも、今度は一階の食堂エリアを描いていく。医療専門の部屋も描いておきたかったが、あまり現実の屋敷と乖離する部屋は造りたくなかった。

 構造でわからないところは、スマホでとった写真を確認しながら、完璧に構造を真似る。そうして、絵画世界のラフを描きあげた。


「__ざっと、こんな感じです。後は着色と、美術館で実装するために住人達と相談するくらいですかね」


 ダイニングテーブルにラフ案を並べ、そう言う相模に、浅井は思わず口を開く。


「……すごい、魔法みたい……」

「ソーケンさんも認める魔法使いに言われたら、ちょっとうれしくなりますね」


 はにかんだ笑顔で浅井の称賛を受け止める相模。彼女は、少しだけいたずらっぽい笑顔を浮かべた後、そっと手鏡から絵の具を取り出し、さらさらと絵を描く。そして、出来上がったそれを、浅井に手渡した。


 相模から渡されたのは、銀に輝くティアラ。ところどころ柔らかく発光する宝石が彩るそれは、妖精の持ち物と言われても信じてしまえそうなほどに幻想的だった。


「どうぞ、浅井さん。私、一人っ子だったので、妹にあこがれていたんです」


 相模は優しく微笑みながら、おずおずとティアラを身につける朝井の頭を撫でる。ぎこちなく、しかし、確かに嬉しそうに笑う浅井に、相模はにっこりと笑いながら、鏡から絵筆を取り出す。


「時間も余りましたし、せっかくなら、おしゃれしましょう! あまり絵の具を使いすぎると怒られちゃうので、どんなお洋服がいいか、教えてもらってもいいですか?」

「えっ、あ、あの……私は魔道具の服があるので、着替えとかは別に……」

「ずっと黒い服でも飽きてしまうでしょう? たまには、お姫様みたいなドレスも来てみませんか?」


 ニコニコと笑いながら言う相模。

 あまりに突然の申し出に、浅井は困惑して執事の方を見る。食堂の隅で控えていた執事は、浅井の視線にニタリとした笑みを返した。


__だめだ、味方がいない……!


 浅井はしばらく、相模とともに着替えをすることになった。







 何着目かのドレスに着替えた浅井は、楽しそうに次の服を描いている相模にたいし、思い出したように質問する。


「そう言えば、相模さんは、どうやって卯月さんと出会ったのですか?」

「ぷひゃっ?!」


 間抜けな声を上げ、絵筆を取り落とす相模。

 その様に、思わず執事が噴き出した。


 顔を真っ赤にした相模に、浅井は少しだけ意地悪そうな笑みを浮かべる。


「……卯月さんへの気持ちって、どの辺で分かったのですか?」

「や、ひ、秘密です!」

「相模さん、私にさんざんフリフリのドレスを着せて、そんなことを言うのですか? 私、さみしいです」

「むぅううう……!」


 わざとらしく口元に手を当て、悲しみを表現する浅井。耳まで真っ赤にした相模は、少しのためらいの後、恥ずかしそうに口を開いた。


「……う、卯月さんと初めて出会ったのは、合格発表の日です。晩御飯の買い物に行ったら、持ってたスケッチブックとぶつかってしまって」

「ふむ、運命的な出会いですねェ?」

「止めてください、執事さん!」


 ニタニタと笑いながら言う執事に、相模は思わず裏返った声で叫ぶ。洋服を描いていた手は、完全に止まってしまっていた。

 浅井は、少しだけ興味深そうに頷くと、そのまま質問する。


「第一印象はどうでした?」

「だいっ、……か、カッコいい人だな、としか……あ、あと、筋肉ある人ですので、人体の解体図のアレを思い出しました」

「貴女のそれ、職業病なのか貴女だけの癖なのかわからないのよね……」


 あきれたように言う浅井。相模が言っているのは、人体図のデッサンのための解剖図のことである。ヒトの体つきを学ぶための、筋肉の付き方が骨の可動域などを学ぶ教本で、美術解剖学とも呼ばれている。

 確かに、筋肉質な卯月は、それなりに教科書通りの肉体だったと言えるだろう。


 相模は少しだけ恥ずかしそうに、絵筆を水で洗いながら言葉を続ける。


「その後、図書館とかでまた会って、話すようになって、食事を作るのがへたくそだって話になって、卯月さんにご飯を作ってもらうようになりました」

「……なるほど。胃袋をつかまれたのね?」

「言い方……っ! まあ、そうですけど!」


 卯月が作った味噌汁の味を思い出しながら言う浅井。栄養学を嗜んだ卯月の食事は、バランス見た目味ともに、良好な食事を作ることが多かった。一人暮らしだとどうしても食事が適当になるというが、卯月には当てはまらないらしい。


 絵を描きながら、相模は頭を掻く。


「お恥ずかしいことに、私、絵を描いている間は時間を忘れてしまうことが多くて。だからこそ、卯月さんと食事をとるようになってから、比較的健康な生活を送れるようになったんです。

 で、一緒にいるうちに、やっぱりかっこいいな、とか、思うようになってしまって……」


 言っているうちに恥ずかしくなってきたのか、だんだん小さな声になる相模。目をキラキラさせて相模を見る浅井に、彼女は首を小さく振って、無理やり明るい声で言う。


「そんな! 感じです! それだけです!」

「へえ……やっぱり、いいですねェ。初々しい感じが」

「執事さん、止めてください! 今考えても、私、凄いヘタレでしたし!」

「ヘタレ度合いは卯月さんとどっこいどっこいじゃあないですか? 卯月さんもなんだかんだ言ってマイナス思考ですし」


 ラフを確認しながら言う浅井に、相模は首をかしげる。


「マイナス思考……そうですかね? ちょっと考えすぎてるなー、ってときはありますけど、そこまで根暗な感じはしませんし……」

「えっ」

「えっ?」


 浅井の驚く声に、相模の困惑する声。

 そして、浅井は呆れたような表情を浮かべ、言う。


「……相模さん、悪い男の人に騙されないでくださいね?」

「どうしてそんな風になったのですか?!」


 自分よりもはるかに幼い浅井に心底心配された相模は、心外だというようにそう言った。


 そうやって、絵画世界は創られた。

「へっくしょん!」


 大きくくしゃみをした卯月に、リビングのソファで寝転がって本を読んでいた創剣は、本から顔を上げて言う。


「どうした貴様。風邪か?」

「いや、ちょっと鼻がくすぐったかっただけ……っていうか、日が出ているうちからワイン飲んでいるんじゃねえよ」


 鼻をこすりながら、創剣に文句を言う卯月。創剣は肩をすくめて言う。


「阿呆、やることも無いのだし、いいだろうが。」

「飲み過ぎは体に悪いだろ。せめて水も定期的に飲めよ」


 課題を進めながら言う卯月に、創剣は肩をすくめて聞き流す。

 そんな、平和な日常だった。

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