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ロードテール  作者: ooi
四章 門外漢
89/157

20話 ゴリラって森の賢者って呼ばれることがあるらしい

前回のあらすじ

・造斧VS創剣

・事実上創剣の敗北

 創剣たちの戦いの余波で起きている散発的な地震の影響で、自由派の有利は揺らぎ始めていた。


 そもそも、インターネット経由でのつながりである自由派は、結束が甘かったのだ。だからこそ、地震と言う不確定要素のせいで、容易にその結束は揺らいだのだ。


 最初に、誰かが逃げ出した。おそらく、上にある看板を避けるために体を動かしたのだろう。

 それが徐々に伝播していき、ついには一人、叫びながら商店街から逃げていく男が現れる。それを皮切りに、戦線から離脱する人間が一気に増えてきた。


「お、おい! 何で……! 勝利は目前だっただろうが!」


 叫ぶマサ。だがしかし、その声は、人々の叫び声や困惑の声にかき消される。瓦解していく戦線と、困惑するパートナーたちに、このまま放置していても構わないと判断した卯月は、軽く息を吐いて、周囲を確認する。


 冷静に動けている者は、もはや存在していない。指示しているマサ本人ですらも冷静さを欠いているのだから。


__このまま放置でも問題なさそうか……?


 そう思った卯月は、断続的に揺れる地面で転倒しないように気を付けながら、乱戦から抜ける。とにかく、手が空いたなら浅井の手伝いをしたい。

 そう思ったのだが。


「だ__か! た__けて!!」

「……?」


 耳に届いた声。

 反射的に耳を澄ませ、声の元をたどる。

 すると、そこには卯月のバイト先の郵便局があった。


 気が付けば、卯月は足の痛みなど気にせず、郵便局の扉を開けていた。

 郵便局の中は、地震によって棚が倒れ、書類やら小物やら植木鉢やらが床のマット素材の上に転がっていた。掃除が大変そうだと心の中で思いながら、卯月は声の元をたどる。


 声の主は、比較的すぐに見つかった。スタッフルームのまだ電源の付いたパソコンの前。そこに、パートのおばさんが崩れた配達物の下敷きになっている。


「……!」


 卯月は必死に荷物をどかしていく。このままだと、圧死してしまうと思ったのだ。現に、パートの女性は既に気を失っており、時間があるようには思えなかった。


 思いやら命令やらがこめられているであろう手紙をかき分け、大きなケースを山から引っ張り出し、落下の衝撃で角のつぶれてしまった箱を放り投げる。そして、パートの女性の手をつかみ、落下物の山から引き出した。


 ぐったりした女性に、卯月は慌てて脈を確認する。手首を握り、拍動を確認すると、きちんとあるものの弱弱しく、不安定であった。

 卯月はパニックになりかけた。


__回復魔法……ポーションは効くのか?!


 ぱっと見、外傷は無いように見えるが、実のところはよくわからない。なにせ、彼女は気を失ってしまっているのだから。卯月はパートの女性を担ぐと、郵便局から出る。まだ創剣たちの戦いが続くなら、郵便局の倒壊の可能性もあると判断したのだ。


 そして、道の端で負傷者の治療をしていた部隊を発見すると、ゆっくりと歩み寄る。とにかく、彼女を治療してもらう必要があると判断したのだ。


「__!」


 気絶した人間を担ぐのは、意識のある人間を担ぐよりも重い、という言葉がある。原因は、担がれる側が協力してくれていないことにあるのだが、卯月はそれを実感した。


 足に負担がかかり、じわじわと痛みが増していく足首。

 小さく息を吐いた卯月に、その声が聞こえたのか、オオカミのようなパートナーがこちらに突撃してきた。


 反射的にバットを右手に呼び戻し、開いた大口の奥を突くようにバットを突き出す。


「ギャイン!」


 悲鳴を上げるオオカミ。そのオオカミの横っ面を金属バットで殴り、卯月はまた足を進める。

 しかし、それがミスであった。


「__トップバッター! てめえ、裏切りやがったな!!」

「……?」


 オオカミを殴打した音でこちらが認識できるようになったのか、マサが卯月を指さして怒鳴る。もちろん、卯月は自由派を名乗った覚えはないため、首をかしげることしかできない。


 しかし、大声と言うものは、妙に通るもので。

 周囲の視線が一気に卯月に注がれ、そして、いくつかの視線はどこにトップバッターがいるのかわからず、きょろきょろするばかりである。


__まずい……!


 反射的に歩く速度を速め、卯月は自衛隊の医療班のいる場所へと向かう。

 そんな卯月に、マサは怒鳴り声を上げる。


「ゴリラぁ! 月令を行使する! トップバッターを殺せ!」

「__ゴァ……!」


 苦しそうに悲鳴を上げるのは、銀行強盗の時に出会った、あのゴリラによく似たパートナーだ。

 ゴリラは苦しそうにもだえるも、赤くなった瞳は卯月を睨みつけていた。


 卯月は、背筋が凍えた。

 あれだけの大物、タイマンでも勝てるかどうか、と言ったレベルである。しかし、現状はパートの女性を庇いながら戦わなくてはいけないことになる。正直、無謀の一言に尽きる。


 ひきつるような痛みを発する左足をそのままに、卯月はとにかく移動する。自分はともかく、彼女だけはどうにか救わなければならなかった。

 そんな卯月の思いとは裏腹に、ゴリラはのろのろと、しかし、着実に卯月の方へと近づいてくる。


「おいゴリラ! さっさとトップバッターを殺せ!」

「グォッ……!」


 マサの命令に、ゴリラは苦しそうにうめき声を上げる。月令の強制力に体が逆らえないのか、ゴリラは進む速度を速めた。

 自衛隊の医療班に近づく卯月に、彼等からも同様に銃口を向けられる。卯月は、そこではじめて口を開いた。


「手を出さないでくれ。彼女は、一般人だ」

「……?!」


 驚く自衛隊と、ぎょっとした表情をする自由派召喚士たち。

 卯月は少し考えた後、そう言えばあまり召喚士として活動している間に言葉を発したことがなかったな、と思い当たる。薄影のお守りを万全の態勢で使うには、無言無音が基本動作だったためだ。


 向かってくるゴリラの威圧感を感じつつ、卯月は女性を医療班に預け、バットを構える。とにかく、こちらの用事は済んだ。後は自衛隊が何とか出来るレベルであるため、浅井の応援に行きたい。


「ホホウ!」


 ゴリラは悲壮に顔を歪めながら、赤く染まった瞳を卯月に向ける。卯月は深く息を吐いて気分を整えると、ゆっくりと足を踏み出す。

 目を丸くするゴリラに、卯月は端的に言う。


「落ち着け。そもそも、俺の名前は『トップバッター』じゃない。殺すべきトップバッターは、俺じゃあない」

「ホゥ?」


 首をかしげるゴリラ。

 そんなゴリラに向かって、卯月は言葉を続ける。


 かつて、日令と月令について、執事から直接話を聞いたことがあった。月令日令は、基本的にパートナーに言うことを聞かせるためのものであるが、解釈次第ではその言うことを聞かせるための余力を行動に乗せることができるため、強力なバフになることがあるという。

 もちろん、命令をそのまま聞いてもらうには、相応の信頼関係や絆が必要であるわけなのだが。

 当時は、結局創剣は仮契約のパートナーに過ぎないため、さほど重要な意味があるとは思っていなかったが、今ならその重要性がはっきりと見えた。


「日令、月令は要するに解釈の仕方だ。だから、落ち着いてくれ。俺は、『トップバッター』じゃあない」


 繰り返して言われたその言葉。

 しばらく茫然と牙をむいていたゴリラだったが、やがてその赤の瞳を、ゆっくりと元の色に戻していく。

 そして、にっこりと笑うと、牙を収め、その場に胡坐をかいて座った。……本当にゴリラなのか?


「おい! てめえ、何で命令を……!」


 怒鳴るマサの言葉を無視し、ゴリラは目を閉じ、その場に留まる。完全に月令の効果は切れているらしい。

 卯月は小さくため息をつくと、完全に瓦解した自由派の戦線を横目に、路地に入り込む。慌ててこちらを追いかけてくる自衛隊を横目に、卯月は鏡に入り込んだ。


 まだ、戦いは完全に終わったわけではない。





 木原と剣聖と交戦中の大谷は、突然の揺れに少しは困惑したものの、背後の殺気よりも目の前の死が優先である。


 揺れでふらついた剣聖の腹に掌底を当てる。金属が軋む音が響き、剣聖は小さくうめき声を上げる。

 即座に銃口を向ける木原に、大谷は剣聖を射線上に運ぶことを忘れない。


 とにかく、実力上は圧倒的に大谷が有利であるが、何分多対一と言う構図の都合上、木原による妨害がとにかく厄介だった。


「……っふ!」


 剣聖の振り下ろしを避け、木原に肉薄する大谷。脇をすり抜けられた剣聖は、必死に大谷を止めようとするが、金属鎧の重さでそこまで機敏には動けない。


 当然ひかれる引き金。半ば本能で体をひねった大谷の腕に、銃弾がかすめて赤い血が舞う。

 しかし、匠拳との修行で骨折やら出血やらの怪我など日常茶飯事の大谷は、さほど反応することなく、握った拳に魔力を込める。

 とっさの判断だったためか、拳に込められた余剰分の魔力が光に変換され、拳が淡く輝く。


「【魔力撃】」

「……っ?!」


 とっさに銃を盾にして身を守る木原。

 しかし、いくら自衛隊の装備をしているとはいえ、魔力なる未知なものには効果は薄い。


 拳の威力で、木原は宙を舞う。


「うわぁぁぁああ?!?!」


 素で驚く木原。目を剥く周囲の自衛隊所属召喚士。

 そして、瞳孔の開き切った目で大谷を睨む剣聖。


「__キサマぁぁぁああああ!!」

「?!」


 剣聖の咆哮とともに、過剰に電流が流された導線の如く赤熱する大剣。


 剣聖は、剣に魔法を乗せなかったのではない。そもそも、剣に魔法を乗せるには、詠唱が必要であり、実践的な戦いの最中にはそんな悠長なことをしていられないため、していなかったのだ。


 しかし、守るべき、もとは一般人であった木原を傷つけられたことへの怒りと、剣聖でありながら不甲斐ない実力しかない己への無力さが、限界を超えさせた。


 属性も能力も付与されていない、ただただ純粋な魔力。それが、ブリューナクに集まる。

 あまりの魔力量に、熱量と放電現象にも近い状態になった大剣。

 普通の剣であれば、それだけで既に剣が崩壊していただろう。しかし、ブリューナクを創ったのは、創剣である。ありえない量の魔力の集中に耐えきったブリューナクが、上段に振りかぶられる。


__まずい……死ぬ……!


「__これが、私の全力だ……!」


 怒りのにじんだ澄み渡った青の瞳が、大谷を射抜く。

 背筋が凍える。この魔力量は、商店街を破壊尽くしてなお、まだ余る。


 もはや、回避はできない。逃げたとしても、この商店街が消し飛ぶ。


「【ビートルスキン】、【ファストバリア】、【リフレクション】!」


 気休め程度の防御を自分に課してから、大谷は地面に手を付け、魔力を流す。流石に、商店街がまるまる更地になるのは問題であると判断し、自分に施された防御魔法の効果を地面経由で商店街に施す。


 一気に体から魔力が抜けていく感覚が体を貫き、ふらりと頭に霞がかかる。そして、どっと眠気が襲い掛かる。


 大谷は、生まれつき慢性的な睡眠障害に悩まされていた。

 睡眠障害と言っても、眠れないわけではない。寝てしまうのだ。

 一日の平均睡眠時間は、平日でも14時間は寝なければ体がもたない。休日に至ってはほぼすべてを睡眠に費やしていた。だから、友人はできなかった。顔の傷も、小学生の時、体育の途中で寝てしまい、倒れたときに怪我をしたのだ。


 だからこそ、友達ができたとき、本当にうれしかった。病院で処方してもらった眠気覚ましを服用して遊びに行き、そして、飯田が死んだとき、本当に気が狂いそうになった。


 時々、大谷は今が夢なのか現実なのか、分からなくなることがある。

 それを払う魔法を知り、大谷はやっと『普通』の生活ができるようになったと思えた。


 飛びそうになった意識を気合いで持ちこたえ、呪文を詠唱する。


「【アーリーバード】」


 大谷が最初に覚えた練技。そして、その練技は、己を睡眠から目覚めさせるというものだった。睡眠障害、過眠症を患っている大谷にとって、その魔法は正に救いだった。


 わずかな魔力の減少とともに、意識がはっきりとする。

 蘇る気力。大谷は前を睨む。


__友達(うづき)の大切なものを守れなくて、何が友情だ!


 怒りに歪んだ剣聖の表情。

 振り下ろされる大剣。


 心の底からの『死』への恐怖と、それ以上の『生』への渇望と、そして、友の大切なものを守るという決意。大谷は、拳に魔力を込め、大剣に合わせて突き出す。


 次の瞬間、凄まじい閃光が商店街を覆った。

 そして、一瞬遅れて、まるで雷が落ちたような、凄まじい爆音が響く。





「がっ……げほっ、げほっ」


 ぐちゃぐちゃになった右腕に回復魔法をかけながら、大谷は盛大にむせる。何が起きたかわからないうちに、全身を痛覚が支配した。


 剣聖の一撃を防ぐために張った防御の魔術が溶けていくのを感じる。集中力が維持できなくなったからだろう。

 周りを見渡すと、多少窓ガラスが割れた程度で、建物は倒壊までには至っていなかった。どうやら、きちんと守ることができたらしい。

 しかし、大谷の体はそうとは言えなかった。


 酷いのは、剣聖の一撃を相殺するためにふるった右腕である。前述したように、『ぐちゃぐちゃ』の一言である。骨は折れ、出血もひどい。皮膚は魔力に焼かれ、酷く爛れている。一ミリも動かせない、と言うどころか、もはや痛覚すらも消え去っている。


 少しずつ冷静になり、周りを見渡せば、大谷は商店街の入り口の郵便局のガラス戸に体をぶつけていた。

 ちらりと体の下を見れば、粉々に砕けたガラスの上に倒れていたことに気が付く。どうやら、ロータリーの前から商店街の入り口まで吹っ飛ばされたらしい。今、大谷が生きているのは、防御魔法の重ね掛けのおかげに過ぎなかった。


__生きてれば、とりあえず、何とか大丈夫……


 激しく傷む全身に、体を起こすことすらできず、激しく咳き込む大谷。


 どうやって戦線に戻るかを思考しては霧散するという状況を繰り返し、そして、大谷は聞き覚えのある音で意識を戻す。

 バイクの排気音、そして、飯田の声。


「生きているか、ファイター!?」

「……うん、何とか」


 何故か大きな板を抱えてバイクを運転している飯田に、大谷は返事をする。ヘルメットを着けたまま、大谷は言う。


「この辺の鏡、大体壊れていたから、無事だったところのやつを持ってきた! とにかく、一時撤退するぞ!」

「あ……それ、鏡か」


 つぶやくように言う大谷に、飯田は板をひっくり返して鏡を見せる。適当な壁に鏡を立てかけると、大谷を抱えてバイクを運転する。

 突然すっ飛んできた人間に困惑する自由派と自衛隊を放置して、二人は絵画世界に撤退した。



 一方、全力の魔力撃を繰り出した剣聖も、大谷同様無事ではなかった。

 圧倒的な魔力不足に、自分の出した魔力によって焼かれた両手。


 そして、冷静になって理解できた、己の蛮行。敵である男が、この町を守る判断をしたことに気が付き、剣聖は危うく木原の故郷を焼き払いかけたことを自覚したのだ。


 この商店街が更地に変わっていないのは、敵のおかげ。

 その事実に、剣聖は目の前が暗くなっていくのを感じた。


 大剣ブリューナクを手から滑らせ、膝をつく剣聖。そんな剣聖に、腹部を抑えながら木原が駆け寄る。


「大丈夫か、剣聖!」

「……申し訳、ありません、木原、さ……ま……」


 魔力不足と、正気に戻った反動で、剣聖はそのまま気を失う。


 剣聖と大谷の戦いは、引き分けに終わった。

【現在の戦況】

・卯月:自由派との戦闘終了→前線に移動

・大谷:剣聖&大谷と戦闘し、引き分け→絵画世界に避難


・浅井&メフィストフェレス:形槍とローブの男と戦闘中

・創剣:造斧との戦いで敗北→グラディウスで絵画世界に撤退

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