18話 局地戦と言うべきかチームワークが取れなかったと言うべきか(2)
前回のあらすじ
・絵画の住人たちが避難誘導中
・浅井と執事が、形槍とローブの男と対面
「っし、ついたぞ!」
商店街の中ほどにたどり着いた飯田と大谷。
先を見ていた大谷は、言う。
「前までたどり着いたら、離脱して」
了承した飯田に、大谷はそう言うと、深く息を吐いて、体内にある魔力を意識する。
匠拳が大谷に継承させようとしている武術は、練技と呼ばれる技術であり、魔術と体術の合わせ技に近いものである。
「……【ガゼルフット】、【ビートルスキン】」
短く呪文を詠唱して練技を成立させ、かなりスピードの出ているバイクの後ろに立つ。強い風が、大谷の頬を撫でる。揺れるバイクの上で、酷くバランスがとりにくい。
「行ってくる。魔法、十分は残るけど、後は分からない」
「了解! 気ぃつけろよ!」
飯田の言葉を聞いた大谷は、バイクから飛び降りる。
固い安全靴が、軽くバイクをたたく。まるで鹿のように軽くバイクから跳んだ大谷は、アスファルトの上を転がってダメージを軽減する。そして、用意されている移動用のあるべきはずの場所を見て、頬をひきつらせた。
鏡が、壊れていたのだ。
壁に貼り付けた姿見は、流れ弾に当たったのか、コンクリート片に叩き割られ、とてもではないが移動に使えるような状態ではなかった。
__結界は……壊すわけにはいかない。
パニックになりかけながら、大谷は次の移動ポイントに足を延ばそうとして……
「木原様! 敵です!」
高らかと宣言されたその声。反射的に足を止めてしまった大谷。それが、判断ミスであった。
木原は二丁拳銃に手をかけながら、言う。
「わかった! 【ディスペルマジック】!」
「……?!」
大谷は反射的に、ポケットの中に入っていた無地のハンカチで顔の下半分を隠した。ディスペルマジックの効果は、魔法の効果を打ち消す、というものである。
大谷の行使した姿隠しが切れ、大谷は軽く息を吐きながら拳を構える。
「敵は……人間……でしょうか?」
「結界の破壊、お願いします! 俺は敵の対処します!」
結界の前で何かをしているらしい前方部隊に声をかけ、木原は大谷と対峙する。
「人間なら今すぐに降伏してください。緊急時ですので、手加減している暇はありません」
「……。」
大谷は無言で全身の魔力を意識する。ほかの移動ポイントに移動するには、結局のところ、この二人を倒してすぐ近くの鏡に駆け込むか、二人から背を向けてしばらく走っての場所に駆け込むかの二択しかない。
どちらにしろ危険であるが、飛び道具を持っている木原がいる以上、後者の方が危険であった。
返事のない大谷に、木原は彼がパートナーであると判断し、最終警告をする。
「今すぐ降伏してください。そうでないなら、処分対象になります」
「……」
大谷は、ただ無言を返事とする。
木原は残念そうにため息をつくと、そばで控えていた剣聖に言う。
「剣聖、前衛を頼む。俺は援護する【フィールドプロテクション】」
「ありがとうございます、木原様。__あなたに恨みはないが、敵対するなら散ってもらいます!」
そう宣言する剣聖は、背中の大剣を構え、大谷との間合いを図る。
__フィールドプロテクション……?
正体不明の呪文に警戒をしながら、大谷は剣聖の横一太刀を下がって回避した。字の並びから見ると、防御魔法か何かだろうか。
木原の発砲を牽制するため、できるだけ剣聖を盾にするように立ち回りながら、大谷は次の手を打った。
「__!」
【ガゼルフット】の効果で体が軽く動くことを利用して、フェイント混じりに剣聖の横をすり抜け、木原本人に殴り掛かる。後衛をすると宣言している以上、狙わない手はない。
「……っうわ!」
拳銃を交差させ、【ビートルスキン】で固くなった拳の一撃を防ぐ木原。
拳と拳銃がぶつかり合ったというのにもかかわらず、金属を打ち合ったかのような鈍く高い音が響いた。
「木原様!!」
剣聖は慌てて向き直ると、大剣での刺突で大谷の背後を襲おうとする。しかし、身軽な拳と重い大剣では速度に差がありすぎた。軽いステップで創剣の刺突を回避し、逆にカウンター気味に足払いをする。
ガキン!
「?!」
「……っ!」
すねを思いっきり蹴ったが、しかし、全身鎧に阻まれ、甲高い金属音が響く。少しはいたかったのか、剣聖は少しだけ顔をしかめた。
「剣聖! 剣聖から離れろ!」
効果はほぼなかったとはいえ、剣聖に攻撃が入ったことに焦ったのか、木原が銃撃で大谷を狙う。
銃口の位置からほぼ本能的に攻撃を避け、半ばバク転をするようにして剣聖の後方に位置を取り直す。
__匠拳と修業をしているときの方が、よっぽど絶望的だな……
大谷はそう思いながら、息を深く吐いて警戒を強める。
仕切り直しの後、またもや先手を取ったのは剣聖であった。重いであろう大剣を振りかぶり、今度は連撃を仕掛ける。
意識的に拳に魔力を集め、腕を硬化させて攻撃をさばく大谷。刺突を足さばきで避け、そこからの切り上げを剣の腹を手で押して牽制し、足を狙った振り下ろしはステップで避ける。最後に、ひらめく銀の弧が顔面すれすれを通り過ぎた。
ひやりと背筋に冷や汗がつたう。当たれば即死、と言うのは正にこのことであろう。もちろん。大谷は回復魔法も使えるのだが。
比較的人間離れした攻防に圧倒されつつも、木原の援護は続く。
「【バイタリティ】! 剣聖、無理はしないでくれ!」
「大丈夫です、木原様!」
__くそ、またわからない呪文だ……!
心の中で舌打ちをしながら、何が来るかを警戒する大谷。
剣聖は相変わらず、愚直な攻撃を続ける。体力も魔力も有り余っている大谷にとって、現状はさほど警戒に値するところはない。しかし、大谷は、警戒していた。一番最初の門の時に使われた、あの光を伴う攻撃を。
__多分、攻撃魔法を剣に乗せて撃っている……だけのはず。なら、なぜ今使わない? 中距離で使われるとかなり困ることになるけれども……
大谷は拳で戦う都合上、超近距離まで接近してから攻撃しなければならない。大剣という武器がある都合上、剣聖の方がリーチがあるのだ。
もちろん、彼女が剣を扱うのが下手だと言っているわけではない。大剣の正しい扱い方、つまり、重さを生かして叩き切るという戦法をとっているため、当たればほぼ即死と言う脅威は付きまとっている。
しかし、その重さと大きさが、素早く動き回ることのできる無手の敵に弱かったのだ。
廃棄物なら、何もしなくても自分に向かってくるため、特に何も問題はなかったのである。しかし、対人戦になれば別だ。
生き残りたい大谷は、大剣の欠点と立ち位置を見極め、『生き残る』立ち回りを意識する。隙さえあればすぐにでも戦線離脱し、鏡がある場所へと向かいたいが、なにぶん周囲の警戒が強すぎて、まだまだ無理そうだった。
__せめて応援を……いや、無理か。
まだまだ欠点があるとはいえ、苛烈な剣聖の攻撃の間をぬって味方に連絡を入れるなど、不可能である。そんなことを考えている間に、木原の撃った銃弾が頬をかすめ、赤い血が空に舞う。
二対一。それも、前衛と後衛がはっきりと分かれ、それぞれがそれぞれの役割を果たしている。なかなかに、攻略しがたい敵であった。
このまま勘の赴くままに動いても、おそらくはギリギリ勝てるだろう。しかし、勝った後はどうなる? おおよそ、体力が尽きたところを別の自衛隊所属の召喚士にとどめを刺されるだけだ。
思考を働かせながら、大剣の振り下ろしを避けた大谷は、そのままカウンターで肘を剣聖の腹部に叩きこむ。鎧によってほとんどの攻撃が守られてしまったが、衝撃はきちんと伝わっているのか、剣聖はうめき声を上げる。
__いまだ
勘が、匠拳の修業によって研ぎ澄まされた戦いの本能が、好機を感じ取った。
よろめいた剣聖の左腕を鎧の籠手ごとつかみ、そのまま逆間接に持っていく。そして、足を引っかけ、背中に持ち上げるように剣聖の体重を移動する。
「なっ……?!」
ふわりと奇妙な浮遊感。反転した視界に困惑を隠せず、ほんの一瞬体を硬直させたその直後。
ガッシャン!
「がっ!」
「剣聖!!」
金属と地面がぶつかる、鈍い音が響く。木原の絶叫が響く。
大谷は、金属鎧をまとっている剣聖相手に、背負い投げをしたのだ。
突然の投げ技に、剣聖は受け身をとることもできずに商店街のタイルに叩きつけられた。鎧の重さと不意打ちも相まって、剣聖には文字通り大ダメージだった。
このまま押し切れば、勝負が決まる。
一瞬でもそう思った大谷だったが、やはりここでも、二対一の構図が足を引っ張った。
「捧ぐは魔力 己が力を対価として、友を救う力を与えたまえ__【ヒール】!」
「……!」
さすがにこの魔法は、大谷も知っていた。回復の魔法である。
魔力の発する光に包まれた剣聖は、まだ脳震盪が治っていないのか少しふらつきながらも、ゆっくりと地面から起き上がった。
大谷は、深く息を吐きながら、全身の魔力を意識する。戦いは、始まったばかりである。
自由派との戦いを続けていた卯月は、ふと、地面が揺れていることに気が付いた。
もちろん、この騒乱でたくさんの人間が同時に動き、声を上げ、戦っている。そのせいだとも考えられるが、しかし、卯月はほんの少しの違和感を覚えた。
__地震か?
首を傾げかけた卯月だったが、しかして、すぐにそんな暇はなくなった。
じわじわと戦線を押し上げいく自由派。やはり、パートナーの有無はかなりの差があったようである。ちらりと周りを見渡してみれば、卯月のアルバイト先の郵便局が視界に入った。
__まずいな、このままだと、自衛隊が押し切られる……
少しずつ戦力を削っていた卯月だったが、ついに勝負に出ることにした。
人波をかき分け、騒乱の中心部分へと移動する。止めようとする人間はバットで薙ぎ払い、目的地へ足を進める。
そして、目的が見えた。
狐面の男は、自撮り棒で自分の姿をうつしながら、叫ぶ。
「見てくれ、自衛隊の横暴を! そして、無力さを! 俺たちの『戦う自由』を侵害しているくせに、雑魚すぎるだろ!」
狐面の男、マサは、大きな身振り手振りとともにそう言うと、周囲の同意を求める。周囲の人間も、まるで催眠にでもかかったかのように、『そうだ!』と大合唱する。
卯月は、呆れた表情を浮かべるほかなかった。
__当たり前だろ、精鋭部隊と召喚士部隊は門の前にいるのだから。第一、彼等はあくまでも商店街の封鎖を目的とした部隊であって、戦うための部隊ではないはずだ。
ともかく、卯月は軽くため息をついてから、バットを投げる。
目標はたった一つ、自撮り棒の先についていた、随分画質の良いスマホである。
__これからの騒動を映像媒体に残されても、困るしな
驚くマサをよそに、卯月はバットを手元に呼び戻し、次の行動を起こそうと足を踏み出し……そして、その行動はキャンセルせざるを得なくなった。
ゴゴゴゴゴゴゴ__
酷い地響きとともに、地面が揺れる。
驚く自由派の面々、そして、その隙に自衛隊の立て直しがはかられた。
__地震か……? いや、違う!
胃を締め上げられるような、迫力。
血の匂いを凝縮させたような、呼吸のしにくい空気。
すさまじい戦いの気配に、卯月は半ば本能的に後ろを振り向いていた。
幾分遠い、商店街の前の大通り。
そこにあったのは、そびえたつ六角柱によって隔絶された、空間。気迫は、恐怖は、この揺れは、そこから来ていた。
結界の光の照り返しによって見えにくかったが、卯月の目には確かに、創剣のあの派手で豪華な鎧が見えた。
__創剣が、本気で戦っている……?
吐き気を覚えるほどの緊張感と気迫。卯月は、全身に鳥肌が立つのを感じた。
もはや、ただの戦いではない。
地を揺らし、人々を気圧すその様は、天災そのものである。
卯月は、バットの柄をきつく握りしめ、恐怖を噛み殺した。




