14話 戦う覚悟、生き残る決意
前回のあらすじ
・バイト
・浅井「お味噌汁久々」創剣・卯月「もっと食っていいから!!」
翌日、朝食を終えた卯月は相模と通話アプリで連絡を取っていた。
理由は、門に関することである。
「もしもし、今大丈夫ですか?」
『あ、はい。大丈夫です。ちょうど、休憩中でして』
「そっか、よかった」
元気そうな相模の声に、卯月は少し安堵しながら返事する。
椅子に座った卯月は、相模に言う。
「大学、昨日から休校になってさ。そっちはどうですか?」
『私のところも同じです。ただ、課題で何でもいいから一枚絵を描くようにとのことで、気が付いたら結構描いてしまって。近所のノラ猫さんを描くの、すごく楽しいです』
弾む相模の声。なかなか充実した毎日を送っているらしい。「それはよかった」と答えた卯月は、本題に入る。
「あのさ、門のことで話があるのだけど、相模さんの避難先ってどこ?」
『避難……ですか? 確か、小学校だったと思いますけれども……』
「! そうか、良かった! なら、頼みたいことがある。実体化する絵の具で、俺の絵を描いてくれないか?」
卯月は、そう言ってから、事情を説明する。
門の破壊をする前に、避難をしなければならないこと。幼馴染がいるが、どうにかごまかさなければならないこと。
話を聞いた相模は、二つ返事をすると、言葉を続ける。
『全然問題ないですよ、写術模写は得意なので。身分証明書も預かりましょうか?』
「薄影のお守りを使って途中で抜け出すつもりだから、頼む。連絡は、浅井から支給された携帯を使うつもりだから、あとでそっちの連絡先も伝えます。……頼り切りになってしまって、ごめん」
謝る卯月に、相模は明るい声で言う。
『全然大丈夫です! むしろ、頼ってもらえてうれしいです!』
「そ、そっか。じゃあ、当日は頼む」
『はい! 卯月さんも、気を付けてくださいね』
明るい声で返事する相模。返事をし、そのまま電話を切ろうとした卯月に、相模は思い出したように言う。
『あの、卯月さん! 死んじゃうくらいなら、逃げてくださいね! 私、卯月さんがいなくなるの、絶対に嫌です!』
「……!」
真剣な相模の声に、卯月は言葉を見失う。
門との戦いは、どうしても命がけになる。ほぼ門を完封で来ている日本ですら、戦いにおいて死者が出た事例があるのだ。今まで漠然としか考えていなかった『死』に、卯月は一瞬、驚きを隠せなかった。
召喚士としての卯月は、基本的に無謀と思えるようなことしか行っていない。最初の門である中央公園では単騎で初回の波を耐えしのぎ、役場では格上相手に無作戦で戦いを挑んだ。
死を恐れていないわけではない。彼は、彼なりに死を恐れていた。だがしかし、心の片隅、ほんの数ミリ、納得していたのかもしれない。死んでも仕方ないと、戦いで命散るなら、それでもかまわないと。
だが、卯月には、守るべき対象に『相模』の存在ができた。添い遂げたい存在ができたのだ。
__だから、創剣は戦いから手を引けって……
納得した卯月。なるほど、相模を残して死ぬわけにはいかない。死にたくはない。
死なないようにするには、目に見える危険を避ければいい。そう、戦いに参加しなければいいのだ。
だが、不思議と卯月は、すぐに答えを言うことができた。
息を吸って、軽く吐く。そして、笑顔を浮かべて言う。
「大丈夫。……相模さんのおかげで、より死ぬわけにはいかなくなった。絶対に、生きて帰る。約束する」
覚悟ができていた。
死ぬ覚悟ではない。戦う覚悟でもない。
生き残る覚悟だ。
どれだけ無様にあがこうとも、敗走することになったとしても、生き残る。
その覚悟が、できた。
心臓に広がる熱と重みを感じながら、卯月は肩の力を抜いた。
卯月の言葉を聞いた相模は、小さくうなってから言う。
『約束ですからね? ……あの、無事に帰ってきたら、今度は私が料理を作ります! あんまり難しいリクエストはしないでください!』
「ははっ、わかった。楽しみにしているよ」
オムライスとか、煮物とかはまだ無理ですからね?! と念を押す相模に笑い声を返しつつ、卯月は手元の課題に目を落す。
とりあえず、今日中に全部終わらせなければならない。時間の余裕はあるに越したことはないのだ。切れた電話を確認した卯月は、そっとスマホの電源を落とし、レポート用紙に手を伸ばした。
そして、来る日曜日。
門が開くのは、今回も正午丁度であるらしい。午前中の内に小学校への一時避難を終えた卯月は、相模と合流する。とにかく、ここからは時間との勝負だ。
浅井はそもそも避難しておらず、創剣は現在、浅井と行動している。確認のためにも案内された小学校の体育館隅の場所で、大谷に電話をかけた。隣にいる相模は、持ち込んでいた大きな画用紙に絵の具を乗せている。
数コール後、電話に出てきた大谷に、卯月は言う。
「もしもし大谷、今どこにいる?」
『ん? 今? 飯田と家にいる』
相変わらず眠たそうな声で言う大谷。
卯月は眉をひそめて聞く。
「……避難指示とかなかったのか?」
『あった。けど、遠いし。飯田、バイク運転できるから、それに乗せてもらう』
「あー、なるほど。事故らないように気を付けてくれ」
『交通事故は……うん、すっごい気を付ける』
願いの要因が交通事故である大谷は、大きく頷いてはっきりとした声で言う。あの事故は、彼にとってトラウマに近いらしい。
今回の作戦は、ある程度確かな身元を手に入れた浅井の采配の元、全員にスマホが配られている。流石に新品ではなく中古ではあるが、確実に使え、また、足が付かないように魔術的、社会的に細工をしてあるとのことだった。
黒のスマホケースの裏には何やら薄く切断された魔石が張り付けてあり、魔力が扱えない卯月や相模にも使えるように細工されていた。普通にありがたい。
ちなみに、今回は飯田も協力をしているが、戦闘には関わらない。召喚士ではないため、廃棄物との戦闘は荷が勝ってしまうためだ。
大谷の配置は、浅井の援護のため、門近くで前衛を張る。
創剣は後衛でほかの七武器を警戒し、執事は浅井の護衛と援護。来るはずのゴブリンは、相模があらかじめ描いておいた絵画世界の一角に一時避難してもらい、保護する。
また、相模に描いてもらった絵画世界には、作戦に参加している人間全員が出入りできるように設定してもらっているため、もし危険な目にあったら、絵画世界に撤退するのが決まりである。
相模自身はたくさんの絵を描けてうれしい、とは言っていたが、本当に感謝である。
当然、絵画世界に入ることのできるポイントは共用しているマップに描きこまれており、卯月自身も前日段階で大きな姿見を壁に取り付けに行ったりもした。もちろん、絵画世界経由で移動もできるため、緊急避難から応援するための通路など、幅広く活用できる。
問題点は、描き手である相模の負担が重い、と言うところだろうか。
絵画世界の設営や定義づけは、あくまで絵の質で決まってしまうため、とにかく描きこまなくてはならない。一点のずれが、絵画世界の定義をずらしてしまうためだ。
実際、相模もこの世界を描き上げるまでに丸二日の時間を費やしたらしい。頼むから健康的な人間生活を送ってくれ。
「描けましたよ!」
「ありがとう、相模さん」
「はい、怪我しないでくださいね!」
笑顔で言う相模。
卯月は、そんな彼女の肩を抱きしめる。突然の出来事に、相模は体を硬直させた。
だんだん羞恥心がこみ上げてきたのか、真っ赤な顔をしている相模に、卯月は言う。
「……絶対に、守るから」
確かな覚悟と、決意のにじんだ言葉。
不可能にも思えるようなその言葉に、相模は確かな安堵と、同時に不安な気持ちが沸く。
そっと卯月の手を握り、相模は儚く微笑む。
「……死なないでください、約束ですからね」
「……うん。相模さんの手料理、食べたいですし」
「……何食べたいですか?」
「うーん……相模さんの得意料理、かな」
「何だかわからないじゃないですか。でも、頑張りますね」
くすくすと笑う相模。卯月はニッと笑みを浮かべ、バックの中から薄影のお守りを取り出す。
「行ってくる」
「いってらっしゃい」
上着を脱ぎ、下に来ていた野球ユニフォームに姿を変えた卯月は、バックから帽子を取り出し、深くかぶる。手元に金属バットを呼び戻せば、既にそこに立っていたのは『トップバッター』であった。
最後まで握っていた相模の手を離し、卯月は歩き出す。
その目には、確かな決意が宿っていた。
「……時間まで、あと十分を切ったわね」
「そうですねェ、お嬢様」
まるで喪服のようなワンピースを着た浅井は、用意した魔石を手の中で転がしながら、まるで緊張感のかけらもない執事を睨む。場所は駅前のロータリーのすぐそば。
自衛隊らは商店街前で警戒網をはり、召喚士たちはロータリー内部で待機していたため、一番乱戦に巻き込まれないであろうこの位置を選んだのだ。
どこに待機していようとも、結局のところ浅井たちには『距離』などさほど重要なことではなかった。しいて言うならば、『時間』はどうしようもないが、時計を見ていればそんなことは関係なくなる。
姿を消す魔法、『ミストハイド』を維持しながら、浅井は執事に言う。
「……あのね、私、貴方のこと、そこまで嫌いじゃないわよ」
「……そうですか、お嬢様」
突然の言葉に、執事は一瞬顔に張り付けた笑みを崩したが、すぐに表情を戻してそう答える。そんな執事の様子を横目で見ながら、浅井は言葉を続ける。
「この戦いに勝てれば、私は家族を生き返らせることができる。……また、父さんと姉さんに会える」
「そうですねェ。まァ、上手くいけば、の話ですがね」
ニタニタと意地の悪い笑みを浮かべながら言う執事。
だが、浅井はフッと笑みを浮かべると言う。
「ありがとう、メフィストフェレス。私、貴方の何考えているのかわからないところとか、いつ裏切るかわからなくて大抵警戒しなければならないところとか大嫌いだったけど、私の力になってくれて、私に魔法を教えてくれて、私と一緒にいてくれて、本当にうれしかった」
「……。」
いつものぎこちない笑顔ではなく、自然な笑顔だった。
あまりに屈託のない笑顔を向けられた悪魔は、ピクリと表情を歪める。
純粋な感情、というものに、悪魔は欲とともに嫌悪を抱く。浅井の魂は、確かに純粋で、汚れ一つない。今現在法を犯すような毎日を送っていながらも、その魂の清廉さはかけらも変異していなかった。
その魂に魅力がないと言えば、嘘になる。だがしかし、その魂を胃の腑に収めたいかと言えば、否であった。
「……お嬢様、死亡フラグと言うやつですかァ?」
「……かもしれないわね。だって、悪魔と契約して、願いをかなえてもらった人の末路なんて、決まったものでしょう?」
薄く笑みを浮かべて言う浅井。
そして、彼女は拳銃に手をかける。
「あのね、メフィストフェレス」
「……どういたしました、お嬢様?」
術式を構築しながら、彼女は笑う。
「貴方になら、私の魂を上げてもいいと、思えたよ」
「……!」
執事は目を見開く。そして、ニタリを嗤うと、腹を抱えて大笑いする。
「ヒヒヒヒハハハハアハハハハッ!! お嬢様、貴女様は最っ高に面白いですね! 聞き覚えのある言葉を、どうもありがとうございますとも、お嬢様!」
「……聞き覚え?」
首をかしげる浅井。そんな彼女に、執事は嗤う。
「アナタが知ることではないですとも。ともかく、お嬢様は願いを叶えるために集中してくださいませェ?」
「……わかっているわよ。後、一分ね。十秒後、結界魔法の構築をする。援護をお願い」
「かしこまりました、お嬢様」
きれいに一礼する執事。
そして、二人は魔法の詠唱を始める。
「捧ぐは魔力 己が力を対価として、敵を打ち払う力をよこしたまえ」
「捧ぐは命 ワタクシの魔力を対価として、契約を成就するための魔術を構築する」
声が、交差する。
手元の魔石に魔力を込める浅井に、その魔力を補助するようにして詠唱を補助するメフィストフェレス。
「全てを拒絶し、全てを守り抜く壁を__【セーブザワールド】!」
次の瞬間、浅井とメフィストフェレスは、商店街の入り口の目の前に転移していた。
悪魔との契約には、代償がいる。
それは、悪魔がその体を保つためである。
悪魔は魔力で体を維持し、魔力を行使することで他者の望みを叶える。契約した対象には、『望み同等以上』の魔力と、対価を要求するのは、自分の体を維持し、進化していくためである。
だからこそ、悪魔との契約は厳密には『等価交換』ではないのだ。




