13話 バイトとごはん
前回のあらすじ
・浅井ちゃんと共同生活をすることになった
・ドラゴンの卵がかえった
あの後、バイトに遅刻しかけ、情けないことに浅井のテレポートを借りてバイト先まで直行し、事なきを得た。
アルバイトを続けながら、卯月は深くため息をつく。次からはきちんと時間を確認しながら行動しなければならない。
荷物を運びながら自転車を運転し、駅前に移動する。
日も暮れはじめ、街灯の電気もつき始めたこの時間。いつもなら家に帰る子供やら学生やらで人手が多いはずの駅前も、門の影響か閑散としていた。
「あ、卯月じゃない!」
突然かけられた声に、卯月は驚いて後ろを振り返る。
そこにいたのは、松里だった。
「松里。どうしてここに?」
「母さんに頼まれて、買い物に来たのよ。突然休校になって、びっくりしたわね」
手元の買い物カバンを卯月に見せ、そう言う松里。卯月も同意するように苦笑いを浮かべた。
「というか、出された課題もなかなか鬼畜だったよな。夏休みの宿題状態になるやつ、結構出るんじゃないのか?」
「……うん、特に、安須が心配ね。あいつ、課題ため込みがちだし……」
深くため息をついて言う松里。卯月は肩をすくめる。
お調子者の安須は、良く課題をし忘れる。そして、連休最終日に泣きを見るのである。夏休みも残り一週間で助けを求める電話が来たときには、またかと思ったほどだ。
さすがに、この連休は部活動もなくなる以上、真面目にやっていると思いたいが……一応、土曜日に課題をやっているかの確認の連絡だけでも入れておくか。
そんなことを考えていた卯月だったが、ふと、松里が卯月に言う。
「避難、小学校だったけど、卯月もよね? 木原は召喚士だから、多分いないだろうけれども、安須と一緒に行動しない?」
「……あっ」
小さく声を上げる卯月。そうだ、避難。
卯月は、門との戦いに参加するため、避難した後、避難場所から抜け出さなければならない。その時に一緒にいれば、確実に怪しまれるはずである。少し考えた後、卯月はあいまいな笑みを浮かべて言う。
「悪い、その日は、彼女と避難することになっててさ。相模さん、ギリギリまで絵を描いてるとかなんとか言っていたから、まず家から引きずり出さないといけなくて。合流出来たら合流するよ」
「あ、そう言えば、彼女出来たのよね! 写真とかないの?!」
まるで近所のおばさんのようなにやにや笑顔を浮かべる松里に、卯月は苦笑いして言う。
「今はバイト中だから、あとでな。避難、気を付けてくれ」
「あ、足止めさせちゃってごめん。そっちも気を付けて」
小さく手を振って家へと帰る松里を見送り、卯月はアルバイトを再開した。
背後で気配が薄くなっていく松里に、卯月は深くため息をついた。何も考えていなかった。そもそも、身分証明書と見合わせることとなるなら、点呼やその他チェックも行うはずである。それのための対策も考えなければならない。
__電話……は普通使えるよな、設備さえ壊されなければ
少しだけ考えこみながら、彼は仕事を続ける。とにかく、さっさとノルマを終わらせてしまわなければならない。気分を切り替え、卯月はアルバイトを再開した。
自宅に戻った卯月は、リビングで卯月の持ち物だった倫理の教科書を読んでいる創剣を流し見してから、フローリングを這うようにして帰ってきた卯月を迎える小さなドラゴンの頭を撫で、さっさとキッチンに戻る。たしか、創剣のリクエストは和食だったはずだ。
時期は秋ということもあり、野菜がそこそこ安かった。
__煮物とキノコご飯でいいか。タンパク質は鮭の切り身を焼いておこう。
ざっと献立を決めた卯月は、準備を始める。
まずは、湯の準備だ。水をはった鍋をコンロの上に置き、火にかけておく。そして、冷蔵庫からコンニャクとレンコン、ニンジンを取り出し、それぞれ一口大に切っておく。ついでに安かったシメジとマイタケも取り出し、石づきを切り離してからサッと洗う。
まだ湯が沸いていなかったため、先にキノコご飯から。
米をサッと洗い、必要な分だけ水を入れてから、キノコと麺つゆを入れて炊飯器のスイッチを押す。これで、あとはご飯が炊けるのを待つだけでキノコご飯の出来上がりだ。もう少し手を込んだ作業をすれば、より美味しくなるのだろうが、卯月は基本これで済ませていた。
湯が沸いたところで、コンニャクとレンコンを軽く下茹でする。そして、ざるに開け、まずはコンニャクを炒める。
適当なところで油を足し、レンコンとニンジンも一緒に炒める。軽く火が通ったところで、砂糖、酒、めんつゆ、みりんを入れ、酒が煮立ってきたのを確認してから、少しだけ味見し、しょうゆを少しだけ足して、蓋をした。
味がしみ込めば、煮物の完成である。
まだ炊き込みご飯はできていないようであったため、ついでに味噌汁と冷蔵庫にストックしてあった野菜を小鉢に盛り、テーブルに配膳を済ます。今日は、四人分である。
ある程度支度が済んだところで、卯月はソファに寝転がって教科書を読んでいる創剣に声をかける。
「なあ、創剣。浅井たちを呼ぶのって、どうしたらいいんだ?」
「む? 夕餉か? よかろう、声をかけておく」
創剣はそう言うとソファから起き上がり、場違いにもテレビの横に立てかけられた剣に手を伸ばす。
その直後、一瞬の閃光とともに創剣がその場から消えた。どうやら、剣の中の空間に入り込んだらしい。
「便利だな、魔道具って」
物置に使えそうだ、と場違いな感想を思い浮かべながら、卯月は配膳を続ける。幸いにも、ここに来るかもしれないと用意した椅子が家族の人数分、つまり、四つはあった。座席に困ることはない。
ドラゴンに小さく切った鶏肉を与え、四人分の箸を配膳し終えたところで、創剣と浅井たちが家に戻ってくる。
「卯月さん、晩御飯ありがとうございます。……次からは、私も手伝いましょうか?」
「ん? 無理はしないでくれ。バイトで晩御飯の時間は結構ばらつくし」
卯月はそう言いながらも、浅井に席を案内する。椅子は少し高かったようだが、座れていないわけではなかったので、今はよしとしておく。
執事は申し訳なさそうに口を開く。
「ワタクシは戦力になれませんねェ……」
「ああうん、執事はできれば手伝ってほしくないな……」
思い出すのは、意味の解らない味に変わった紅茶。味覚は共通しているはずなのに、どうしてあんな味になるのか、わかったものではない。
全員が食卓に着いたところで、卯月と浅井は手を合わせて小声で「いただきます」と言う。神に祈らないらしい執事はそもそも祈らず、創剣は軽く手を合わせるにとどめている。
卯月はまず、キノコご飯に手を伸ばす。
麺つゆの色を帯びたご飯はほんのり茶色で、キノコとだしの香りが食欲をそそる。口に含めば、マイタケのシャキシャキとサクサクの中間あたりの触感。コメの柔らかさとシメジの香りが相まって、なかなかに美味しい逸品となっていた。
__やっぱり、めんつゆって万能だな……
卯月はそんなことを思いながら、次は煮物に手を伸ばす。
短時間でサッと作ったものだが、それなりに味は染みていたらしい。あまじょっぱいニンジンを嚥下しながら、キノコご飯を口に含む。思ったよりもおいしい。
ふと、浅井を見てみれば、彼女は目を輝かせて食事をしていた。野菜の小鉢が空っぽになっていたところを見て、卯月はハッとして浅井に言う。
「浅井、食べ物でどうしてもダメなものとかってあったりするか? 作ってからで悪かったけど……」
「好き嫌いは特にないです。ただ、ファーストフード以外の食事が結構久しぶりで……」
温かいお味噌汁、インスタントじゃないものは久しぶりに飲みます、と言った浅井に、卯月は目元を抑えて言う。
「……明日からは、手抜きじゃない料理、できるだけ作るようにするよ……」
「……何か食いたいものはあるか? 材料ならかってやる」
創剣も煮物を小皿にとりわけながら言う。「買ってやる」なのか「狩ってやる」なのかわからないところに一抹の不安を抱えつつ、卯月は小さくため息をついた。
そうだ。執事は、壊滅的に料理が下手なのである。そして、浅井自身、あまり食事に頓着していないふしがある。そんな二人が共同生活していれば、当然料理などしないだろう。
プロの野球選手を目指していた関係で、栄養学についてある程度学んでいた卯月は、幼少期の栄養の大切さをよく理解していた。そこから考えても、ファストフードやデリバリー、レトルトばかりの食事は良くない。
相模しかり、天才という人種は何故、食事に頓着しないのだろう。せめて栄養バランスはしっかり考えておくべきである。
困惑している浅井に、卯月は言う。
「……あのさ、門との戦いが終わった後も、食事はうちでしてくれ。さすがに、子供がまともな食事をとれていないことを看過できない」
「……? 栄養失調にならないよう、サプリメントで補っているので、大丈夫ですよ?」
「大人ならまだしも、子供の内からサプリに頼るのは良くない。食事の基本は、栄養バランスよくきちんと食べることだ」
こういうことは、周囲の大人がきちんとサポートすべきことである。だがしかし、浅井には『頼ることができる大人』がいなかった。もっと早く気が付くべきだった、と反省する卯月をよそに、創剣が口を開く。
「阿呆、これは誘いではなく、命令だ。最低限、お前が料理をできるようになるまで、この阿呆の料理を食せ。嫌なら料理を覚えろ」
「ですが、そこまで卯月さんに迷惑をかけるわけには……」
困惑する浅井に、卯月は言う。
「悪いが、今ばかりは創剣に同意だ。料理は教えるし、調理器具の使い方も説明する。ぶっちゃけ、執事にも料理は習得してほしいけれども、執事の場合は原因が意味不明すぎるから期待はしていない」
「……自覚はありますので、反論はしませんが、ワタクシの扱い、ひどすぎませんかね?」
「茶に苦みとうまみ以外に、辛みと妙な甘みを魔術付与できる執事は黙っておけ」
執事の言葉を、創剣がばっさりと切り捨てる。そう言えば創剣は、執事から出された茶を飲んだことがあったはずである。執事は肩をすくめて目を逸らした。
普通に食事をしているあたり、味覚は共通しているはずなのに、どうして執事が関わるとあれほど料理が不味くなるのか。考えたところでさほど意味はないため、軽く首を振ってから卯月は浅井に言う。
「あと、正直料理するなら二人分よりも四人分の方が作りやすい。というか、二人分作るのも四人分作るのも、さほど変わらない。ただで食事をもらうのが嫌だって言うなら、マッチをいくつか融通してくれ」
「……いいのですか?」
不安そうに卯月を見る浅井に、卯月と創剣は大きく頷いて断言する。
「当たり前だ」
「当然だ」
浅井は、困惑と喜びを混ぜ合わせたような表情を浮かべながら、温かい味噌汁をすすった。箸使いは、とても綺麗だった。
悪魔の味覚について
悪魔の味覚は、種類によってさまざまである。
特に、人間から悪魔に変わった存在は基本的な味覚は等しく、魔力も美味に感じることが多いがしかし、悪魔として生まれつき、人の美食と言うものを知らない悪魔もまた、存在している。
メフィストフェレスはもともと魔力を美味と感知するものであったが、召喚の影響で通常の食事も魔力同様美味に感じられている。しかし、美味に感じられることと、再現できることはまた、別の話であるのだ。
そのため、メフィストフェレス基準の美味、つまり、魔力のこもった料理を悪魔の用いる調理法で行うため、メフィストフェレスの食事は人間にとって美味とは感じられなくなっている。
悪魔にとっては魔力を行使して日常生活を送る、と言うのは人間にとって呼吸をしながら日常生活を送る、と言う行為と差異がないため、百パーセント魔力を使わずに生活することは不可能である。
なお、創剣も魔力のこもった食材を美味と感じるきらいがあるが、元より通常の食事も美味と感じられるため、メフィストフェレスの料理はまずいとは断言しきれないが、地球基準の味覚に引っ張られ、妙な感覚になっている。
執事「……そんなに不味いですかね?」
創剣「そもそも、地球の食材と魔力の組み合わせが悪い。食材に魔力が影響して、妙な味になっておるのだ」
執事「魔力を使わない料理って、どうすればいいのでしょうか?」
創剣「……無理であろうな」




