12話 共同生活は突然に
前回のあらすじ
・浅井の隠れ家(大和町)がバレた
・形槍と対面
襲撃者がきちんと形槍によって通報されたことを確認した卯月らは、創剣のグラディウスによって一時的に卯月の自宅へ避難することとなった。
物の少ない卯月の自宅を、浅井が興味深そうに眺める。
「これ……あのいつも使っているバットですか? 棚の上に普通に置いてあるのですね……」
「まあ、ぱっと見は普通の金属バットだからな。俺の部屋は創剣に占領されているから、置き場所がここくらいしかなくて」
肩をすくめて言う卯月。元卯月の部屋だった場所は、既に創剣の自室と化しており、どんな剣を使ったのかわからないが、もはや異空間と化している。
浅井の荷物をフローリングの上に移動させ始めた執事。彼は張り付けた笑みを浮かべ、卯月に聞く。
「お嬢様のお荷物はどちらに置けばよいでしょうか?」
「ああ……どうするか。創剣、荷物を全部虚空の倉庫において置いたら、浅井と執事の寝れそうな場所を確保できないか?」
卯月にそう聞かれた創剣は、首をかしげて言う。
「できぬわけではないが……うら若い乙女が男と同じ部屋と言うのも外聞が悪かろう。それ、これを貸してやろう」
創剣はそう言うと、一振りの剣を虚空から取り出す。
シンプルな鋼に、鍵のような文様の描かれた剣。適当な鞘を剣に取り付けると、創剣は執事に剣を手渡す。
「俺様が昔野営の時に使っていた剣だ。魔力を流せば空間魔法で作り出した仮宿に入ることができる。出るときは魔法を解除すればいい」
「便利そうなのに、何で今まで使っていなかったんだ?」
首をかしげて質問する卯月に、創剣は渋い表情を浮かべて返答する。
「その剣、空間魔法の部屋に入っていても、元の剣はその場に残ることになるのだ」
「……剣が壊されたらまずいとか?」
異空間に取り残されたまま外に出られなくなる構図を脳裏に浮かべた卯月は、ややゾッとする。しかし、創剣は首を横に振った。どうやら違うらしい。
「否、壊れただけならば魔法が解除されただけである以上、外に戻るだけよ。問題は、剣を見ず知らずの場所に持ち去られた場合であってな」
どうやら創剣は、剣を野党に盗まれ、外に出てみれば野党集団の拠点ど真ん中、ということがあったらしい。この話で哀れなのは、創剣のいた剣を盗んでしまった野党たちである。
当然野党は創剣によって全滅させられ、創剣は移動三日分を棒に振ることとなった。以降は周囲の様子を確認するためにも、魔物よけの結界を張ることのできる剣を使うにとどめ、普通に野営することにしていたらしい。
肩をすくめた創剣が、浅井に言う。
「何、室内で使う分には問題なかろう。適当なところにおいて使うがいい」
「ありがとうございます、創剣様」
礼を言う浅井。
ふと、今まで黙っていた執事が首をかしげて質問する。
「そう言えば、卯月様の部屋は創剣様が使っているのですよね? 卯月様は今、どこで就寝しているのですか?」
「ん? そこのソファ」
「えっ、創剣様は、何故その剣を卯月さんに貸さなかったのですか?」
驚いて質問する浅井に、創剣は何を言っているのだこやつら、と言わんばかりの表情を浮かべて言う。
「何故、俺様がこの阿呆に、俺様の剣を貸さねばならん。第一、こやつは魔道具をまともに扱えぬだろうが」
「後半に関しては仕方ないと思えるけど、おまっ、前半!」
「何がだ、ド阿呆! 家から追い出さなかっただけ恩情だと思え!」
「ここ、俺の家だぞ!?」
ツッコミを入れる卯月に、創剣は高笑いを返す。そして、すっと真顔になる。
「よく言うだろうが、貴様のものは俺様のもの、俺様のものも俺様のよ!」
「ひでぇジャイアニズムだなこの野郎!」
「王とは得てしてそういうものだ!」
諦め、深くため息をつく卯月。呆れたように創剣を見る浅井。えげつない量の付与のなされた剣にひきつった表情を浮かべる執事、三者三様の表情を浮かべる彼らに自信ある笑みを返した創剣は、浅井の頭を撫でると言う。
「案ずるな。そも、この家は七武器の連中でもある程度苦労するほどの探知結界を施してある。ここが見つかるということは、七武器が最低でも二人は結託したことになる故、問題はない」
「へえ、そんなのしてあるんだ」
「家主が知らないのですが、大丈夫なのでしょうか?」
あきれたようにそう質問する執事に、創剣は「問題なかろう、結界は結界だ」と言い切ると、思い出したように虚空からカギを取り出し、浅井に投げ渡す。
投げ渡された鍵を受け取った浅井は首をかしげる。見たことがないカギだった。
「この家の鍵よ。なくしたらこの阿呆に一応相談しておけ」
「……おい待て、創剣、いつの間に鍵を……?!」
一瞬考えてから、卯月は頭を抱える。創剣は基本、グラディウスで内外へ行き来するため、アパートの鍵を必要としていないのだ。だがしかし、倉庫から出てきたということは、既にコピーも作ってあるはずである。
余計なことに使われないことを祈りながら、困惑している浅井に言う。
「……うん、大丈夫だから。浅井はそのカギを自由に使ってくれ。ただ、どうやって入手したのかが気になるだけだから……」
「だ、大丈夫ですか、卯月さん」
がっくりとうなだれている卯月に、浅井は心配そうに卯月の背を撫でる。妹よりもはるかに年下の少女に慰められた卯月は複雑な表情を浮かべ、笑顔の仮面二枚を張り付け腹黒い雰囲気を醸す執事からそっと目を逸らす。野郎の嫉妬は醜いだけである。
苦笑いを浮かべる卯月に、創剣は言う。
「何、問題はなかろう。俺様がちょちょいとコピーを作ったのみよ。複雑なつくりでもない故、時間はかからんかったぞ」
「ああ、うん、次からは一声かけてくれれば、スペアの鍵くらいよこすから、勝手にコピーを作るのは止めてくれ。心臓に悪い」
「考えておこう」
卯月に背を向け、ソファに腰かけた創剣は両手を広げてそういう。絶対に声をかけることはないだろう。卯月は、深くため息をついた。
荷物を整理していた執事が、ふと卯月に声をかける。
「卯月様、ドラゴンの卵はどうしますか?」
「あ、そう言えばそうだったな。創剣、部屋においても大丈夫か?」
「構わんぞ。適当なところにおいて置け」
俺様寛大だろ? とでも言いたそうな顔をしている創剣。まあ、創剣が楽しそうで何よりである。
ともかく、荷物を移動させようと執事からドラゴンの卵を受け取った卯月。しかし、次の瞬間、卵の置き場は気にしなくともよくなった。
卯月が卵を抱えたその時、唐突に何かが割れる音が響いた。
「な……?!」
「む……!」
驚く卯月と創剣。浅井は目を見開く。
ぱきぱき、と、かたい殻が破れる音が、卯月の腕の中から響く。慌てて卵を抱えなおす卯月。
卵に大きなひびが入り、そして、それがついに割れる。
生暖かい粘液がこぼれ、砕けた白っぽい卵の破片から、古ぼけた布地のような黄色っぽい白の鱗。まだ折りたたまれた翼は弱弱しく、体も細い。しかし、確かに、この卵の中身は、小さなドラゴンであった。
「きゅー!」
小さく高い鳴き声を上げ、ドラゴンは瞼を開ける。綺麗な翡翠色の瞳が卯月の顔を認識すると、小さなドラゴンは嬉しそうに卵の殻から出ようと翼を振る。だが、まだ弱い翼では、空を飛ぶどころか移動もままならない。
卯月は慌ててドラゴンを抱えなおすと、創剣に言う。
「悪い、タオル、タオルとってきてくれ!」
「……チッ、くれてやる、使え!」
創剣は舌打ちをすると、虚空の倉庫からバスタオルを取り出し、卯月に投げつける。高級品であるのか、驚くほど手触りのいいタオルに、一瞬困惑した卯月だったが、殻から出ようと動き回るドラゴンに、慌ててタオルを使う。
「ありがとう! 執事、お湯用意してくれ! 桶は風呂場にある! 浅井は悪いけど、爬虫類の幼体の育て方を調べてくれ!」
「わかりました! 執事、早く!」
「かしこまりました、お嬢様」
動き出す二人を前に、卯月はドラゴンにへばりついていた殻を取り外すと、創剣から受け取ったタオルで包み込むように持ち上げ、体についた粘液をふき取る。
赤子のドラゴンは、楽しそうに一鳴きすると、まだ柔らかい爪の生えた細い手を伸ばし、卯月に触れようとする。輝く翡翠の瞳に、卯月はドラゴンにつられるようにして笑顔を返す。
ドラゴンを抱えた卯月は、とりあえず椅子に座ると、執事が用意してくれたお湯でタオルを濡らし、しっかりと粘液を落していく。首の下をぬぐっていると、こそばがゆいのか尻尾が左右に揺れていた。
スマホで調べものが終わったらしい浅井が、かいがいしくドラゴンの世話をしている卯月に言う。
「爬虫類……トカゲですと、昆虫を主に食べるようです。蛇は小動物、時々果物も食べるとのことですので、肉食寄りの雑食、と言ったところでしょうか。……ドラゴンにも適応されるかはわかりませんが」
「ドラゴンは肉食だ。住む地帯によって食性も多少は異なるが、幼いうちは親が狩った獲物を食らう。鶏肉か何かをくれてやっていればよかろう」
ソファに座ったまま、創剣が浅井の答えに付け加えをする。
卯月は少し考えた後、あたりを興味深そうにきょろきょろと眺める小さなドラゴンを抱え上げ、晩御飯に使おうと思っていた鶏むね肉を取り出し、キッチンバサミで少しだけ切り取る。
ドラゴンの口元に近づけてみれば、少しだけ匂いを嗅いだ後、小さな歯の生えた口で肉に噛みついた。
「きゅきゅー」
「よかった、普通に食べられるみたいだ」
肉をほおばり、嬉しそうに鳴く小さなドラゴンに、卯月はほっと息を吐く。食事はできるらしい。
創剣はあきれたように言う。
「阿呆、召喚されたパートナーなら、食事なしでもなんとかなるであろうが」
「そんなこと言われても、何も上げないのはかわいそうだろ」
「お人好しめ。言っておくが、ドラゴンに刷り込みの本能があるというのは、嘘だぞ。俺様が育てたときにはそうはならんかった」
「! 創剣、ドラゴンを育てた経験があるのか!」
驚く卯月に、創剣は眉間に深いしわを刻む。
「気にするなとだけは言っておく。ドラゴンは殺したことも育てたことも食ったこともある」
「……家畜扱い?」
「違う。騎獣扱いだ」
小さなドラゴンに恐る恐る触ろうとしていた浅井は、不安そうな目で創剣を見る。流石に否定した創剣だったが、ドラゴン自体は卯月自身も食べたことがあるため、特に何も言うつもりはない。
卵の殻の中にあった粘液を綺麗にふき取られたドラゴンは、嬉しそうに卯月の首筋に顔を摺り寄せる。なかなか人懐っこいドラゴンであるらしい。
おずおずと小さなドラゴンに手を伸ばす浅井。指先が背中に触れると、ドラゴンは一瞬驚いたようにピクリと体を硬直させたが、浅井の姿を見止めると、嬉しそうに鳴き声を上げる。浅井は、少しだけ嬉しそうに頬を緩ませると、そっとドラゴンを撫で始めた。
「……人懐っこいな?」
「……個体差だろう。小娘、指を食いちぎられる前に、さっさと撤退したほうがいい。小さかろうとドラゴンはドラゴンだ」
不貞腐れたようにそう言う創剣。浅井は、困惑しつつも創剣の言う通りドラゴンから離れ、創剣に貸してもらった魔道具の剣に手を伸ばす。
「えっと、ともかく、今日から門が開くまでの間、よろしくお願いします」
「ワタクシもよろしくお願いいたしますとも」
「あ、うん。気にしないでくれ」
そんなこんなで、数日限りの奇妙な共同生活が始まった。
【ドラゴンの飼育に関する事項】
ドラゴンは、基本的に強者には従う性質を持ち、家族には信愛を示す。
例外として、誇り高い生物であるため、己のプライドが傷つけられるようなことには敏感であり、拒否反応を示す。
具体的には、自分よりも圧倒的な強者にまるで愛玩目的のように飼われたり、弱者に煽られたり、と言ったことに拒否反応を示しやすい。
つまるところ、創剣はドラゴンを飼うには少々上から目線……否、少々強すぎたということである。
ドラゴン「可愛がられてふざけた一生を過ごすくらいなら、貴様を殺して自由になる!」
創剣「むう……やはりなついてくれんか…」




