11話 女好きのクソ野郎
前回のあらすじ
・浅井がやばい?
・造斧とノア
グラディウスで大和町にある浅井の隠れ家に移動した二人。
転移した場所は、卯月も何度か来たことのあるリビング。広いリビングには、何やら砕けた機材や、破れ、抉れた壁紙、割れた窓ガラスなどが散らばっていた。
「……!」
鼓膜を震わせるような崩壊音とともに、浅井の声が響く。
「答えなさい! 誰が、この場所を見つけたのか!」
「……ひぃっ、ちがっ、俺たちは、マサに言われただけで……!」
どうやら、既に勝負は決していたらしい。
情けない男の声と、女の泣く声。
ちらりとのぞき込めば、執事に首根っこをつかまれたぬめった緑の鱗をもつ半魚人と、砕けた銃身が固いフローリングに地面に転がっていた。聞こえていた声の通り、足から出血をしている男と、床にへたり込んで厚い化粧を涙で溶かしている女が一人。双方戦闘継続の意思はないらしい。召喚士は一人だけなのだろうか?
油断なく拳銃を構えた浅井は、深く息を吐いて、口を開く。
「マサって言うと、確か、自由派の代表よね。何を指示されてここに来たの? 妨害? それとも、殺害?」
「!」
「……図星って顔ね」
男の表情変化に、頭を抱えて大きくため息をつく浅井。彼女自身はどこもケガをしていないが、表情にやや疲れが浮かんでいた。部屋の荒れようからしても、かなり激しい戦闘が行われたことは容易に想像できた。
出番のなかった創剣は、複雑な表情を浮かべた後、卯月から手を離し、何とか無事だった椅子に足を組んで座る。突然現れた創剣に、執事は一瞬だけ顔を上げたが、すぐに手元の警戒に意識を向ける。
「さて、お嬢様。この者たち、どうしましょうか? そのまま逃がすわけにはいきませんが」
ニタリと不気味な笑みを浮かべた執事が、浅井にそう質問する。浅井も無言のうちに同意し、すっと手を銃に伸ばし、短く詠唱する。
「【バインド】……二人は警察に突き出して、この隠れ家は放棄ね」
光の縄によって縛り上げられた二人。情けなく悲鳴を上げる男女から目を逸らし、浅井は創剣に一礼する。
「来ていただいて、ありがとうございました。状況は以上のとおりです。どういう手段を用いたのか私たちの隠れ家を見つけています。創剣様がたも、十分お気を付けください」
不甲斐ない限りです、と目を伏せる浅井に、創剣は肩をすくめていう。
「何、大事ない。最悪貴様らが生きていれば、問題なく門と戦えよう。手狭にはなるが、俺様の家に来るがいい」
何がお前の家だ、と思った卯月だったが、口を挟むことはなかった。どちらにせよ、創剣の言う通り、どこにも行く当てがないのなら卯月の家を貸すつもりだったからだ。
浅井はぺこりと頭を下げ、「よろしくお願いします」と言うと、執事に半魚人の捕縛を命令し、荷物をまとめ始める。そして、思い出したように言う。
「そう言えば、あの卵、いつ孵ってもおかしくはない状況ですが、未だに孵化していません。移動の際はどうしても孵化機から出さなければならないので、少々不安ですね」
「ふむ……まあ、ドラゴンの卵は往々にして丈夫なものよ。移動中に落としたり火の中に突っ込んだりしなければ問題は無かろう」
あっさりとそう言った創剣は、驚く男女をよそに、かごの中に入っていたチョコレートをつまむ。
ボロボロに焼け焦げたカーテンを見ながら、卯月は安堵の息を吐く。とにかく、もう、大丈夫そうだ。
そう思っていた彼だったが、予想は、斜め上に外れた。
突如、光の縄にとらえられていた男から、電子音が響く。反射的に傘を突き付ける執事、慌てて部屋から出てくる浅井。涙目の男は、情けない悲鳴を上げた。
なっているのは、どうやら男のポケットに入っていたスマホであったらしい。傘を突き付けたままスマホをスリ盗った執事は、ちらりと伺うように浅井を見上げる。
浅井は小さく頷くと、再度【バインド】を詠唱し、光の縄で男に猿轡をつける。そして、拳銃を片手に左手で喉を抑えると、詠唱する。
「【ボイスチェンジ】、あー、あー」
「フハハハハ、その見た目でその声! 俺様の腹筋を殺すつもりか?!」
大爆笑する創剣。それもそのはず、浅井の声は、男の声そのものになっていた。浅井は居心地悪そうに唇に指をあて、静かにするように要求すると、そのままスマホの通話ボタンを押す。
『こちら、自由派! そっち大丈夫か、ユウ?』
「あー、抵抗されたから殺しちまった。とりあえず俺のパートナーに死体は食わせてる」
『え? ダメだったのか? あっちも願い事あるから自衛隊に所属していないんじゃないのか?』
人の死をさほど何も思っていないらしい電話の向こうの男。浅井もかすかな不愉快を覚えつつも、返答する。
「ああ。何か知らんけど、あのガキ、どれだけ所属しろって言っても反抗するし、魔法使ってこっち燃やそうとするし……面倒だった」
『やっぱり、魔法使ってきたかー。こっちも使えつやつ増やさないとだよな。で、悪魔は?』
「ガキ殺したら消えた。意味わかんねえけど、そんなもんなんじゃないのか? でさ、もう帰っていいか?」
『ああ、うん。殺したなら、いいぜ別に』
妙な間、そして、浅井は、かすかな覚えのある嫌悪感を覚えた。
覚え、そう、まるで、浅井の叔父のような、二面性のあるあの粘着性。
浅井はハンドサインでこの場にいる全員に警戒を促す。
「……なあ、なんか変だぞ? どうしたマサ?」
そう質問した浅井に、男は言う。
『いやあのさ、せめてさん付けしろよ、クソ雑魚野郎。てめえさ、パートナーに逃げられなかったからって調子乗ってない?』
「……は?」
浅井は眉を寄せてちらりと男を見る。猿轡をかませた男も、その電話の内容を聞いて茫然とした表情を浮かべていた。
卯月は首をかしげる。
__パートナーに逃げられる? どういうことだ?
強制退去のことであるが、卯月はそのことをすっかり忘れていた。何せ、創剣はこの世界にいることを望み、さらに言えば彼の知っている召喚士は全員パートナーが残ったからである。
既に男が捕縛されていることにも気が付かず、電話の向こうの男……マサは、げらげらと品の悪い笑い声をあげ、そして言う。
『おまえさ、用済みだから』
「……どういう……」
「娘!」
困惑する浅井に、創剣は虚空の倉庫からエストックを取り出すと、リビングに現れた存在に向かって容赦なく剣を射る。
すさまじい轟音に、振動。
猿轡をかまされた二人は、声なき悲鳴を上げる。
容赦のかけらもない、創剣の不意打ち。
しかし。
「__あっぶねえな、おい」
その存在は、銀に輝く槍を片手に、怪我一つなく気の抜けた声で文句を言う。
まるで血のように真っ赤な髪。うっすらとピンクがかった瞳。引き締まった肉体に、この世のものとは思えないような美貌。
デジャブを感じつつも、卯月は声を出すのをこらえて、その男が発するプレッシャーに耐える。まるで野生の獣が発するような圧に耐えなければ、そのまま足から崩れ落ちてしまいそうだった。
「__ん? 何で創剣?」
「では、俺様も聞かせてもらおうか。なぜ貴様がここにいる、形槍」
怒鳴る創剣。納得する卯月。
あの人並外れた美貌、やはり、彼も七武器か。
形槍と呼ばれた男は、創剣の言葉に首をかしげる。
「俺としてはお前がここにいることが不思議なんだけどな。そこの嬢ちゃんの契約者ってわけじゃないだろう?」
「契約者……まあ、そうでないな。だがまあ、俺様の娘だ」
「……マジか?! うっそだろ、もうこの世界の女に手ェ出したのか?!」
ぎょっとする形槍。既に何らかの勘違いが起きていることは十分納得できた。戦闘態勢に入っていた浅井は、反射的に言い返すこともできず、茫然とするしかない。
もちろん、創剣は現状、浅井の書類上の保護者だ。間違いではないが語弊はある。
形槍は驚いたように創剣と浅井を見比べ、首をかしげる。
「……嬢ちゃん、創剣に似なくてよかったな。あんなねじくれた性格に成長したら駄目だからな?」
「誰がねじくれた性格だ、この淫獣! 娘に近づくな!」
憎々し気に言い放ち、しっしと手を振る創剣。いつだか聞いたが、形槍は女にだらしないのだったか。形槍は、不服だというように言う。
「バカ、流石の俺でも、子供には手を出さねえっての! こういう子はあと十年で輝くんだよ!」
「……【ファイヤストーム】」
「お嬢様、援護いたします。【スペルエンハンス】」
容赦なく形槍に向かって炎を投げかける浅井。執事も額に青筋を浮かべながら魔法を補助する魔法を詠唱する。情けも容赦もなく放たれた魔法に、形槍は一瞬ぎょっとするも、槍の穂先を炎に向けた。
次の瞬間、炎は跡形もなく消え去った。
「あっぶね! さすがは創剣の娘ってところか?」
肩をすくめてそう言う形槍に、浅井は眉をしかめて言う。
「……創剣様は、あくまでも書類上の保護者。私の親は、彼じゃない」
「あー、なるほど、そう言うこと? じゃあ、創剣に『娘さんを僕に下さい』ってやらなくていいのか。ラッキー」
「……数拡大、魔力制御、【エネルギーボルト】」
ニコッといい笑顔を浮かべる形槍に、浅井は容赦なく魔弾を打ち込む。当然、形槍はそれらの魔法をすべてかき消した。
金色の瞳を細め、形槍は言う。
「いやいや、成長したらタイプだろうけれども、今は流石に手出しする範囲から離れてるから。第一、俺の今のタイプは、ワンコ系の年下女子だっての」
「貴様、言うて800年は生きているだろうが。たいていの人類はみな年下ではないか」
エクスカリバーを取り出しながら、創剣は額に青筋を浮かべる。
そんな創剣に、形槍は分かってないな、と言うように肩をすくめてやれやれ、と言った雰囲気をかもすと、口を開く。
「気分の話だっての。そんなこと言ったら、100歳のおばあちゃんだってかわいい幼女だろ。言うて幼女も老女も頭文字一つの違いだろ」
「……いい加減、何の用か答えてもらってもいいかしら?」
頭痛を覚えだした浅井は、油断なく拳銃を構えたまま、形槍に聞く。
質問された形槍は、少し首を傾げた後、普通に答えた。
「ん? いや、普通に今縛られているその二人を始末して来いって命令されたからな。ぶっちゃけ、二人ともどうしようもない行動しかしてなかったし、サクッと殺しとこうかと」
「……?!」
ぎょっとしたように目を見開く男女。あまりにも軽く言われたその言葉に、卯月と浅井はかすかに緊張感を覚えた。七武器は「やる」といえば「やる」し、「できる」のだ。
浅井は緊張を逃すために軽く息を吐き、そして凛とした態度で言う。
「彼らは警察に突き出します。よって、殺す必要はないかと」
「うーん、いや別にさ、俺も二人を始末しろって言われたからさ、どう始末しろとまでは言われていない訳なんだよ。でもさ、何もしないってのは、道理じゃねえよな?」
「……。」
ニッと笑って言う彼に、浅井は口をつぐんで考え込む。
そして、彼の紫色の瞳を見て、言う。
「……なら、貴方がこの場所を警察に通報すればいい。そうすれば、社会的に始末したことになるのじゃあないのかしら?」
この二人、一人はパートナーに逃げられたらしいけれども、召喚士だったのでしょう? と言葉を続ける浅井。形槍は、少しだけ考えた後、言う。
「……まあ、可愛い女の子の頼みだし、別にそれでいいかな。君、甘いもの好きだったりする? 一緒にお茶しない?」
「糖分補給の材料は十分足りている。あと、監視カメラのあるところには行かない」
「えっ、監視カメラのないところでならお茶をしてくれるの?」
「脳が下半身についているのなら、頭部についている飾りは無くても構いませんよねェ?」
にっこりと笑って言う形槍に、執事は頬を引きつらせて言う。明らかにメフィストフェレスは怒っていた。
その現状を収めたのは、意外にも創剣であった。
創剣は深くため息をつくと、口を開く。
「貴様、娘に手を出せば、今度ばかりは情け容赦もなく貴様を造斧のところの宦官にする。俺様の陣営ではない以上、手加減する理由も道理も無いからな」
「げっ……! それ勘弁……!」
『宦官』の言葉を聞いた形槍は真っ青な顔をして両手を上げる。同じ男として理解のあった卯月と執事はそっと目を逸らした。そのテの知識はないらしい浅井はそっと首を傾げるも、二人の反応で完璧に状況を理解し、顔を赤らめて創剣を睨む。
何故睨まれているのかわからないらしい創剣は、一瞬首をかしげるも、さくべき意識はそこではないと判断し、形槍に向き直る。
「何、この世界には匠拳も造斧もおるからな。貴様がやらかしたと分かれば、立場は違えど協力はしてくれるだろう」
「嘘だろ……俺の願いはどうなるんだよ……」
「む? 貴様の願い?」
首をかしげる創剣に、形槍は不貞腐れたように愚痴を言う。
「女だよ、女。なんでも願いを叶えてくれるって言うから、難易度高くていいから俺の好みドストライクの女を頼んだってのに、召喚士は堅物だし、管理キツイからつまみ食いはできないし、好みの女もいないしで最悪だよ」
「その発言が一番最悪ね。女の敵って言葉はご存じかしら」
あきれた顔で言う浅井。形槍は肩をすくめて浅井の言葉を聞き流した。
創剣はため息をついて、浅井に言う。
「諦めろ浅井。こやつはある種病気じみた女狂いだ。子供に手を出すほど落ちぶれてはいないはずだからな。小娘には害は及ばない……はずだ。何かあったら俺様に言え」
「わかりました、創剣様」
即座に返事をした浅井。その言葉には、確かな嫌悪感が滲んでいた。当然、対象は形槍である。
あからさまに警戒されている形槍は、少しだけがっかりしたように目を逸らし、二人を指さす。
「なら、俺が彼ら二人を始末……もとい、警吏に通報して、決められた法の下に裁かれるようにする。それでいいな?」
「はい。では、私たちはここから出ていかなければならないので」
嫌味ったらしく言う浅井に、形槍はニヤッと笑って答える。
「おう、頑張ってさっさと出て行けよ?」
手を振って言う形槍に、浅井と執事は確かに怒りと殺意を覚える。だがしかし、抵抗したところで意味は皆無である。彼が来ようが来なかろうが、どちらにせよ浅井と執事はこの家から撤退しなければならなかった。
だが、浅井は半ば理解していた。__あいつが、この隠れ家を特定したのだと。
「……借りは、いつか必ず返しましょう。倍にして、ね」
口元に飢えた獣のような笑みを浮かべつつ、浅井は形槍に言う。
形槍はただ、薄く笑みを浮かべるのみだった。
__【自由派】……烏合の衆だと思っていたけれども、どうやら、少しは違うみたいね……
浅井は、内心で舌打ちをしつつも、今はただ、荷造りに集中した。
「お前宦官な」
まあ、知っている人は知っているだろうアレ。
要するに、男性にあるべきあそこのない人のことである。
当然、なければなれない役職であり、形槍には、きちんとある。つまりまあ、そういうことだ。




