9話 バイトと課題とパトロール
前回のあらすじ
・学校がお休みになった
・会議
午前中の内に切りのいいところまで課題を終えた卯月は、昼食の用意をした後、パトロール兼廃棄物討伐のための用意を始めた。
__とりあえず、今日は商店街中心に見回りをして、時間があれば住宅街に向かうか……
そう決めた卯月は、家の中で軽く準備運動しておき、外へ出る準備を終える。
「創剣、お前は今日、どうするんだ?」
「む? 俺様は……そうだな、たまには喫茶店にでも行くか」
「わかった。俺は、パトロールしたらそのままバイトに直行する。晩飯は何がいい?」
「どうせなら和食が食いたい」
「了解」
卯月はそう言うと、最後にシューズの靴ひもをしっかりと結びなおし、薄影のお守りがポケットにあることを確認する。
バットは家に置いたままバットケースだけを持ち、卯月は家の外に出た。
矢や風の涼しい、秋晴れの空であった。
「……。」
ゴミ捨て場に繁殖していたスライムを狩りつくした卯月は、腰を軽く伸ばし、深く息を吐く。いつの間にか増えるスライムは、定期的に間引かねば社会問題に発展するレベルの繁殖力なのである。
やや酸で溶けてしまったバットを片手に、商店街を目指す。
商店街は、避難時に必要となる物品の買い物客が多くなっており、いつも以上の賑わいを見せていた。道を行く人々も、いつもよりも多い客足に浮足立ち、日常で非日常な買い物を楽しんでいた。
__廃棄物なし、不審者なし、トラブルなし。問題はなさそうだな……
卯月はそう思いながらも、人とぶつからないよう道の端を歩きながら、商店街を歩いていく。
威勢よく客引きをする魚屋に、色とりどりな野菜の並べられた八百屋。いつもはシャッターの降りていることの多い茶器屋も今日は空いており、見目美しいティーポットがガラス越しに輝いていた。
さざめく人並みに、まるで祭りのような空気を感じた卯月は、少しだけ歩く足の速度を速める。この先の災害が理由だとしても、この賑わいをうれしく思わない理由はなかった。
だがしかし、そんな平和もすぐに終わってしまう。
「ひ、ひったくり!」
驚く女性の声。顔を上げれば、前から走ってくる、フードを深くかぶった男。彼の手には、おおよそ彼の持ち物とは思えない、ピンク色の革鞄が握られていた。
卯月は、反射的に左足を横に伸ばし、正面から来た男の足を払う。
何も見えない場所から足払いをされた男は、あまりにも簡単に顔からすっ転ぶ。
「こらぁぁぁあああ!!」
茶器屋から出てきた店主が、縄を片手に転んだひったくりを取り押さえる。あまりの迫力にビクッと体を震わせた卯月だったが、ふと、ひったくりが転んだ拍子にバッグを投げ飛ばしてしまっていたことに気が付いた卯月は、驚きさざめく周囲をよそに、ピンク色の革鞄を拾い上げる。
そして、困惑している様子の女性に手渡す。
突然手元に現れた自分のカバンに驚く女性は、顔を上げて小さく悲鳴を上げた。
「ひっ、ご、強盗犯……?!」
「……?!」
あまりの不名誉な悲鳴に、卯月は困惑を隠せない。
集まる視線に卯月は驚いて手元を見る。すると、悲鳴を上げた女性の革鞄の長い持ち手が、手に振れていたことに気が付く。
__もしかして、これのせいで薄影のお守りの効果が……!
キッと卯月を睨んだ女性は、慌ててバッグから携帯を取り出すと、どこかへ電話を始める。卯月は慌てて路地へ入り込もうとするが、しかして時遅し、と言った様であった。
突き刺さる周囲の視線に、魔の悪いことに、卯月と同様のことを考えていた公的機関の敵対者が現れてしまったのだ。
「……! トップバッター!? 皆さん、離れてください!」
「……」
大声につられてその場を見れば、そこには銀色の腕輪を左手にはめた、自衛隊所属の召喚士の姿。おそらく……というよりかは、ほぼ確実に、彼のそばに控える二股のしっぽを持つ狐は、彼のパートナーなのだろう。
明らかに警戒している様子の召喚士に、卯月は深くため息をつく。とにかく、ここまで騒ぎになってしまった以上、とっとと逃げなければならない。
だが、周囲を見回しても、野次馬と興味本位の観衆とほんの少しの当事者がいるばかりで、逃げようにも人垣が邪魔でしかなかった。
誤解は解きたいが、どうすべきか困惑する卯月をよそに、正義感に駆られた召喚士は怒鳴る。
「その女性から離れろ、トップバッター!」
「……?」
卯月からしてみれば、別に彼女に近づく意思はない。しいて言うなら、何故かこちらを睨む女性が、この場から離れないだけなのである。困惑したように首を傾げた卯月は、彼の指示に従って、一歩女性から離れる。
召喚士は、高らかに宣言する。
「自衛隊未所属のパートナーは、討伐対象だ! 銀行強盗の件も含めて、お前を退治する!」
「……」
ビッと指をさし、そう宣言する召喚士に、卯月は困ったように眉を下げることしかできない。
観衆たちはまるでヒーローショーが始まったように……否、これはもはやヒーローショーと何も変わりがない。自衛隊所属の召喚士という名前の正義のヒーローが、銀行強盗の疑いのあるトップバッターという悪を退治しようとしているのだから。
門やら廃棄物やらとは少しばかり質も熱量も劣るものの、確かにひりつく空気を感じた卯月は、そっとバットを握る手を強くし、召喚士を油断なく見る。
先に動いたのは、召喚士だった。
彼は、そばに控えていた二つ尻尾の狐に言う。
「双葉! トップバッターを焼き払え!」
「きゅうううん!」
召喚士の命令に従うように、狐は高く鳴き声を上げると、炎の弾を作り、卯月へと投げ込む。
__おい馬鹿、冗談だろ……!!
避けることも簡単そうな速さの炎の弾に、卯月はほぼ条件反射気味にバットを振るい、炎の弾をかき消した。
現状、人垣は卯月らを囲むようにして存在する。つまり、卯月があの炎の弾をよけてしまっていれば、直線状にいた人物が怪我をしていた可能性が高いのだ。
とても正気とは思えない攻撃に、卯月はかすかな怒りを覚える。
もし、誰かが怪我をしていたら、どうするつもりだったのだ。
卯月は、ポケットの中に手を突っ込むと、メモ帳とペンを取り出し、文字を書く。突然の行動に困惑する召喚士。
すぐに文字を書き上げた卯月は、つかつかと召喚士に歩み寄ると、メモを見せる。
『周りを見て魔法を使え、ド阿呆』
「……だ、誰がアホだ! 双葉、いまだ!」
数メートルの距離に指示されたその攻撃。だがしかし、間髪入れずに手元にバットを呼び戻した卯月は、その炎の弾を防ぐ。そして、二つ尻尾の狐を睨む。
格上の存在に睨まれた狐は、ビクッと体を震わせると、召喚士を守るように尻尾を広げ、卯月を威嚇する。
硬直状況とも取れる現状に、周りの観衆たちは無責任にヤジを投げ込む。
「がんばれ、召喚士!」
「強盗を倒せ!」
「負けないでー!」
状況は、あからさまに卯月が悪役であった。投げられた石やゴミは卯月を狙っているらしい軌道を描く。重量感のありそうなもののみ避ける。多少の汚れは、魔道具の野球ユニフォームが勝手に綺麗にしてくれるのだ。
卯月は眉を顰めると、召喚士に向かってさらに言葉を続けようとメモに手を伸ばし……卯月は反射的にバットを前に突き出した。
無謀にもつかみかかろうとつっこんできた召喚士は、卯月の突き出しをよけることもできず、そのまま腹にバットが食い込むような形になる。
驚くというよりも、もはや呆れの勝った卯月は、何を考えているのだかわからない彼を見る。
正義が己にある召喚士は、がっしりと卯月のバットをつかむと、高らかに宣言する。
「日令を行使する! 双葉、今のうちにトップバッターを倒せ!」
「……きゅぅぅぅぅうう!」
「……!」
召喚士の命令に答えるように、二つ尻尾の狐は雄たけびを上げると、突然炎を体にまとい、卯月に突っ込んでくる。
卯月は、ほぼ反射的にバットから手を離し、その突撃を避ける。
ごうっ!
赤々と燃え上がる業火を纏った狐のしっぽが、ほんの少しだけ手元のグローブを撫で上げる。それだけで、あまりにも簡単にグローブは焦げた。
素手になった状態で、卯月は冷や汗をかきながらも狐の行く先を見る。
即座に方向転換した狐は、主を危険にさらす可能性のある敵を焼き尽くさんと荒い息を吐きながら、赤の瞳で卯月を睨む。
卯月のバットをしっかりと取り上げた召喚士は、不敵な笑みを浮かべる。
そして、もう一度命令する!
「今だ!」
「……」
叫ぶ召喚士、周囲との距離を目測する卯月。あの程度で停止ができるなら、全然普通に躱せる。別に、当たれば即死など、今に始まったことではないのだ。
顔面を狙って突撃してきた炎狐を躱し、逃げ道を探る。何度か攻撃を受けてわかったが、彼等は敵ではない。自衛隊所属の召喚士だからこそ、治安を乱すようなことはしないだろうし、そもそも攻撃が当たらないならこちらとしても怖くはない。
__適度に戦って、さっさと戦線離脱をしよう。
そう判断した卯月は、足に力を入れる。今日は調子がいいのか、多少の痛みはあれど、走れないほどではない。
攻撃が当たらないことに苛つくように低くうなる狐。少しずつ瞳の赤が薄れていっている。同時に、纏う炎の量も減り、時間に比例して脅威が下がっていくのを感じていた。
腹部を狙った突撃を躱し、卯月は周囲を確認する。白熱する観客、固唾をのんで狐を見守る召喚士、そして、少しずつ狭くなっていく輪。
近くの路地裏への入り路を探し、最短距離をはじき出したところで、卯月は逃げるためにも足に力を入れ__
そして、想定外が起きた。
「やめて! おにいちゃんを、いじめないでよ!」
「?!」
響く、幼い子供の声。そして、人垣から小さな子供が現れ、両手を広げて卯月を庇う。
驚く卯月。
目を丸くする召喚士。
卯月を、トップバッターを守ろうとしたのは、小さな女の子だった。
少女は、炎を纏った狐に向かって言う。
「このお兄ちゃんは、ミーちゃんを見つけてくれたお兄ちゃんなの! だから、いじめないで!」
「……っ! 君、早く離れなさい! 危ないよ!」
「いーじーめーなーいーでー!」
先に正気に戻った召喚士は、少女に向かって言う。しかし、少女は聞く耳を持たない。
__浅井といい、ノアといい、最近の子供って、たくましいな……
卯月は頭を抱えて深くため息をつく。
頬を膨らませて怒る少女。彼女には見覚えがあった。たしか、迷いネコを探していた少女である。
子供が乱入したことで、先ほどまでは遠慮も考慮のかけらもなくヤジを飛ばしていた大人たちも、困惑したようにその口をへの字に開いたまま茫然とする。
少女に庇われる形となった卯月は、しばらく困惑した後、しゃがんで少女と目を合わせてから、メモ帳に文字を書いて見せる。
『きみ、お母さんは?』
「おかあさん? おいてきちゃった!」
元気よく答える少女に、卯月は頭が痛くなってくるのを感じてきた。よくよく声を聴いてみれば、彼女、「負けないで」と言っていた子供ではないのだろうか?
とにかく、現状この場にいるのは危険である。応援の召喚士が来る前に、さっさと撤退してもらわないと。
そう判断した卯月は、紙に文字を書き、再度少女に見せる。
『ここは危ないから、早くお母さんの所に戻って』
「えー、ヤダ。だって、お母さん、可愛いノート買ってくれないもん」
__それとは関係ないだろうが……!
ツッコミどころしかない返答に、卯月はがっくりと肩を落とす。
助けを求めるようにちらりと召喚士の方を見てみれば、彼はそっと目を逸らした。逃げたな。
卯月は困惑しつつも、とにかく優先順位は、この場から逃げることである。攻撃の手がやんだのなら、ここにいる意味はない。
そんなことを考えているうちに、さらに状況は混乱していく。
「……む? 何だ、騒ぎがあると思えば、貴様か。というか、小童、何故ここにいる?」
「あー、剣の人……そーけんさんだー!」
Tシャツにジーンズ姿の創剣が現れたかと思いきや、まさかの顔見知りである。
自衛隊所属の召喚士の彼も、突然現れた創剣に驚きと困惑を隠せない。
状況を把握しきったらしい創剣は、少女に向かって言う。
「足名 こもも。貴様は疾く母の元へ帰れ」
「だめだよ! だって、あのお兄ちゃんが、お兄ちゃんのこといじめるんだもん!」
「うーむ、主語をはっきりせぬか、分りにくい」
何故か少女のフルネームを知っているらしい創剣。まあ、気にしたら負けだろうと納得する卯月だが、召喚士はそうではなかった。
「えっ、……えっ?!」
困惑して少女と創剣を交互に見る召喚士。
召喚士の知るところではないが、創剣は何かとこの町の知り合いが多い。商店街にも割と来ることが多いため、知り合いはまあまあいるのだ。
創剣は、堂々とした態度で少女に言う。
「言っておくが、トップバッターは貴様に庇われんでもこの程度の些末な敵に殺されたりなどせぬ。というか、そうだったら俺様がとっくの昔に殺しておる」
「えー……でも、トップバッターのおにいちゃん、一人でみんなにいじめられているんだよ? いじめはダメってせんせーも言ってたし」
みんな、という言葉に首を傾げた卯月だったが、ふと気が付く。
__ああなるほど、ヤジたちのことか。
たくさんの人からブーイングをされ、卯月を倒そうと指示する召喚士は、彼女から見れば悪者であったらしい。その行動力は評価……いや、してはダメだろう。
創剣は少女の話をしっかり聞いたうえで、答える。
「小娘。力を持つものは往々にして賛否両論別れるものよ。そも、あの召喚士がトップバッターを狙うのは、トップバッターとその周りが決まり事を守っておらんからなのだぞ?」
「……そうなの?」
驚いたような表情の少女に、卯月は頷く。当たり前だ。自衛隊に所属していない召喚士は違法なのだから。
「もちろん、あやつにもあやつの事情があり、破った法も後出しのような物ではあるが……俺様からしてみれば、曲がったことはしていない以上、無罪も無罪よ。もちろん、前々からの不敬罪を許すつもりはかけらもないが」
「ふけーざい? おにいちゃん、悪いことしてるの?」
「ああ、悪いことだとも。王たる俺様を敬わんなぞ」
『その話はまた別のことじゃないか?』
思わずメモに文字を書いて反論した卯月だったが、創剣に一瞥された後は、鼻で笑われておしまいであった。
創剣は、少女と目を合わせ、口を開く。
「ともかく、トップバッターとそこな召喚士は双方に双方の言い分があり、そして、双方正しい。故にいじめている云々の責は周りの観衆よ。ろくに事情も知らずしてヤジを飛ばし、双方は彼らの存在のせいで互いの決闘に集中することもできぬ」
創剣の言葉に、野次馬たちは居心地悪そうにしだす。中には、なかったかのように逃げ出すものも現れだした。
「あの、俺、決闘しているつもりは……」
「ああ、貴様からしてみれば、自衛隊未登録パートナーの処分であったな。できるものならしてみればいいが、こやつとて無き罪を押し付けられ死ぬのは不本意であろう。故に言っておく。こやつは銀行強盗及び、強盗の罪はない」
「えっ、そうなんですか?!」
純粋に驚く召喚士。卯月は、創剣の言葉に大きく頷いた。
創剣も「もちろんそうだが?」と言った後、少女をさりげなく安全な位置に避難させ、二人を指さし言う。
「ほら、邪魔者は消えたぞ? 疾く決闘を再開せぬか」
『子供の前でバイオレンスはするつもりはない』
「貴様が何と言おうと__いやまあ、話しておらんが__関係なかろう。俺様がやれと言っている」
創剣の言葉に、卯月は深くため息をつくと、ちらりと召喚士とそのパートナーを見る。商店街の奥の騒がしさから考えても、もう限界である。少なくなった人垣に向かって走り出し、最短距離で路地裏に逃げ込む。
「……むぅ、賢いがつまらん選択をしおって……」
人が少なくなったことで、今まで取ることができていなかった逃走の手段を真っ先に選んだ卯月に、創剣は軽く舌打ちをしつつ、そばにいた茶器屋の老人に言う。
「それはそうと、そこに飾ってある茶器、なかなかいい品だな。そこな罪人を警吏に引き渡したら、数点見せろ」
「お、おう?」
ひったくり犯を取り押さえたまま、困惑したようにうなづく茶器屋の主人。あくまでも自由な創剣は、軽く体を伸ばすと、近くで不安そうにあたりを見ていた少女に言う。
「案ずるな、足名 こもも。先も言ったが、あやつは簡単には死なぬ。生き汚さだけは超一流だからな」
「そうじゃなくて……あのね、」
しかし、少女の言葉が最後まで言われることはなかった。
「創剣貴様ァァァアアア!」
「むぅ?!」
聞き覚えのある女性の咆哮。創剣は、反射的に倉庫から剣を取り出すと、強烈な振り下ろしを受け流す。
直後、凄まじい破壊音とともに、商店街のタイルが大きく割れた。
「殺す……殺す!」
「いい加減にせよ、この阿呆!」
容赦なく攻撃を仕掛けてくる剣聖に怒鳴りながら、創剣もまた、路地裏へと撤退を決めた。




