7話 お知らせします、五日後に門は開く!
前回のあらすじ
・学校せーかつ
木原と安須の二人から分かれた卯月は、自宅のきしむ玄関扉を開ける。
「ただいまー……って、創剣、いたのか」
少しばかり驚く卯月。長いまつげを伏せ、一定のリズムで息を吸っては、吐く。創剣は酒も飲まず、ソファで眠っているようだった。
卯月は、少し悩んだ後、このまま寝ていては風邪をひくだろうと声をかける。
「おい、創剣。起きろ。風邪ひくぞ?」
「……む? ……貴様か。いつ帰ってきた」
ありえないほど低い低音に、創剣の不機嫌さがにじみ出ている。首をかしげながら、卯月は言う。
「ついさっきだけど……どうした、体調でも悪いのか?」
「……貴様にそれを聞かれるとは……存外、不味いかもしれんな」
「……?」
首をかしげる卯月に、創剣は大あくびをしてから、言う。
「先ほどまで、俺様の国にいた」
「夢の中で?」
「違うわ阿呆!」
卯月の言葉に、創剣は憤慨する。
ソファから体を起こすと、眠たそうに目をこすり、口を開く。
「世界線があいまいになっておる。貴様に声をかけられなかったら、元の世界に戻っていた可能性も無きにしも非ずだ」
「ふーん……え?」
驚く卯月。
窓の外からは、青紫色にもとれるような空の色が部屋に差し込んできている。創剣は、深く息を吐くと、言葉を続ける。
「……おそらく、稲日美術館の門が関わっている。夢の中に、絵画の門が現れ、それを超えたとき、気が付けば俺様の国だった」
「……帰らなくて、良かったのか?」
表情を引きつらせ、そう質問する卯月に、創剣は鼻で笑うという。
「何、秘書に尋ねたところ、国はきちんと回っているとのことだ。剣聖もここにいる以上、俺様不在の国を攻め込む者はいなかろう。今度はきちんと休暇の許可をとって来たのみよ」
肩をすくめ、「秘書にはこってり怒られたがな」と続ける創剣。卯月は軽く肩をすくめつつも、手を洗い、晩御飯の用意を始める。今日は野菜炒めの予定だ。
夕食の用意を始めた卯月に、創剣は退屈そうに言う。
「何だ貴様。俺様が故郷に帰ってしまうかもしれんかったのだぞ?」
「いや、別に……そりゃ、浅井のことを放置していくつもりか、とかいろいろあるけどさ、俺は俺の地元を守りたくて戦っているわけだし、特に変わりはないかな」
「むぅ……貴様、存外愛想がないよな」
「野郎の愛想なんて、あっても気味が悪いだけだろ」
卯月はあっさりとそう言い切ると、野菜室からほうれん草を取り出す。そう言えば、冷蔵庫にはそろそろ使い切らなければならない卵があったはずだ。
出したほうれん草を流水で洗い、しっかりと泥と汚れを落とした後、適当な大きさにカットする。
創剣は再度あくびをすると、サイドテーブルに山積みになっている小説に手を伸ばす。あの本には、卯月も見覚えがあった。きっと、気に入ったか何かして何度か借りているのだろう。
「で、だ。いい加減、次の門はまだか?」
「俺に聞かれたって困る。ルマエルが来ればわかるだろ」
「むぅ……」
退屈そうにうなる創剣。彼は、幾分か調子を取り戻したのか、虚空から何やらクッションを取り出し、それを背中にしいてパラパラと本をめくり始めた。
卯月は、首を傾げつつも、そのまま料理を続ける。
そんなとき、ふと、声がかけられた。
『あれ、今日はギスってない』
「いつもギスギスしているとは限らないだろ」
『だって来るとき、大抵タイミング悪いし』
言いよどむルマエル。そんな彼に、創剣は軽く小説から顔を上げ、口を開く。
「で、貴様今日は何の用だ? 門か? 門だろう?」
『ええ、まあ、門の話ですが……』
ニタニタと楽しそうに笑う創剣に押されるように、ルマエルは言いよどみながらもそう答える。そして、ルマエルはその毛玉のような体をふわふわと宙に浮かせながら、言葉を続ける。
『五日後、また大和町で門が開く。場所は、大和町駅前広場だ』
「五日後……日曜日じゃないか。うっわ、バイト休まないと……」
「……貴様、召喚士業に差しさわりがあるなら、バイトを変えればいいのではないのか?」
「うーん……でもなぁ、お金はな……」
これから必要になるだろう学業用の物品や交通費などの出費を考えると、少なからずお金は必要になってくる。正直、魔石を金銭交換に回すことも考えたが、やはり、出どころの分からないお金は少々怖い。そして、卯月に日本で魔石を媒介する伝手は無いため、正規の方法で取引をすることもできない。
卯月は、少し考え込みつつも、ルマエルに質問する。
「今回の門から出てくる廃棄物は?」
『メインはコボルト、ゴブリン、ワーウルフだ。スライムは出てこないらしい。あと、場合によってはワイバーンも出てくると思う』
「……ゴブリン?」
首をかしげる卯月に、創剣が口を挟む。
「言うなれば劣化類人猿のような物よ。低いながらも知性があり、種によっては対話も可能であるため、それらについては俺様の国では国民として認めている。__まあ、聖教国は知らんが」
「えーっと、要するに、ヒト?」
「まあ、言ってしまえばそうだな」
表情をこわばらせる卯月。廃棄物で、しかも出てくるのは大和町である。危害を加えるならば倒すしかないのだが、しかし、己の倫理観が警鐘を鳴らしていた。
そんな卯月に、ルマエルは眉間にしわを浮かべ、非常に言いにくそうな顔をしてから言う。
『……その、廃棄物だから、基本的に処理しては欲しいけど、きっちり対話して美術館の絵画たち同様の扱いでも構わないからね? 正直、人口の数パーセント以下なら誤差みたいなものだし』
ぶっちゃけ、しっかり討伐してもらえればそれが一番だけど、と言葉を続けるルマエル。
かなりうなりながら言っているあたり、かなりの問題が生じるらしい。だがしかし、その言葉で、ほんの少しだけ卯月の心が軽くなる。
創剣は小説をサイドテーブルに戻すと、口を開く。
「増えてしまえばその限りではなかろう。彼らは確かに良き隣人にはなりえるが、同時に厄介な侵略者に変わることも多い。そも、移民関係は国がどうにかする案件であろうが」
「あー……じゃあ、とりあえず浅井に連絡かな?」
「基本はそうなるだろうな。もしくは毛玉、貴様が神からの啓示という形で為政者に連絡を取るか」
『神託はちょっと上司に連絡しないと……』
言いよどむルマエル。そんなに簡単に神託を扱っていいのかと一瞬困惑する卯月だったが、キリスト教でも仏教でも神道でも、割と雑なことに神託が使われていたことを思い出し、そんなものかとひとりでに納得した。
冷蔵庫から取り出した卵をボウルに開け、溶き卵を作る。ご飯は家から出る前にセットしてあるため、既に炊きあがっている。適当に塩と胡椒で軽く味をつけ、そして、フライパンをコンロで温める。
温まったフライパンにほうれん草を入れ、炒める卯月。そんな彼に、創剣は頭を抱えて言う。
「貴様……欠片の緊張感もないな」
「今緊張したところで、さほど意味はないだろ。だって、五日後だぜ? アップするには短いし、緊張し続けるには長すぎる」
あっさりとそう答えた卯月は、香味ペーストを一すくいフライパンの中に入れ、そして、溶き卵を流し込む。菜箸で混ぜながら炒め上げ、卵がふわふわに焼きあがったところで、大皿にとりわけ、味噌汁をお椀によそう。
「ルマエル、お前も食べて……食べれるのか?」
リビングのテーブルに晩御飯を配膳した卯月は、ふと、口のないルマエルを見て聞く。そもそも、天使は食事するのだろうか。
悩む卯月の視線に、ルマエルはテーブルの方へと移動すると、呆れたように言う。
『食べられないわけじゃないけどさ、基本献上とか捧げものとかそう言うのにあたるから、地上では食べないかな』
「そうか。じゃあ、何か取り分けておくから、持ってけよ。どうせ、余ったら明日の朝ご飯の小鉢か弁当の一品だし」
卯月はそう言うと、さっさとご飯で握り飯を作り、ほうれん草の卵炒めをそえ、キッチンの戸の中に残っていた紙コップに味噌汁をよそい、ルマエルの前において置く。
ルマエルは茫然とした表情を浮かべてから、はっとして卯月に質問する。
『いやいやいやいや、え、捧げるの? 僕に?』
おもちゃのような赤い瞳をさらに丸くし言うルマエルに、卯月は割りばしがないか探しながら頷く。
「まあ、そうなるな。どうやって捧げればいい? さすがに燃やすタイプのあれだったらもったいないから食うけど」
『うん、まあ、その、別に転移魔法陣しけばそのまま持っていけるけどさ、君、神への捧げものの意味って、解ってる? 普通、おかず余ったからいりません? みたいな気軽な感じじゃないからね?』
困惑したように言うルマエル。
だがしかし、卯月にはピンとこなかった。
「つっても、俺無宗教だし、晩御飯が余るのが嫌だからやるだけだから別にいいんじゃないのか? ほら、緩めの神道みたいな感じで」
『雑だなぁ……まあ、いいよ、受け取るね。でも、僕は別に高位の天使ってわけじゃないから、加護とかを期待されても困るからね?』
「晩飯を分けるだけで発生する対価っていったい何だよ」
卯月は苦笑いをして、見つけた割りばしをルマエルの晩御飯に添え、口を開く。
「ほら、どうぞ。口にあえばいいけど」
「そも、あやつ、口が無かろう」
「そういやそうだった」
創剣の指摘に肩をすくめつつ、卯月はちらりとルマエルを見上げる。
「門の情報、ありがとう。とりあえず、浅井にも連絡を入れておく」
『ああ、うん……その、供物、ありがとう』
「どういたしまして。創剣、晩飯にしようぜ?」
「良かろう、粗末だが食ってやる!」
「お前は多分、ルマエルからお礼の文化について学んだ方がいいな」
上から目線の創剣に、卯月は頬を引きつらせて言う。
ルマエルは、一瞬だけ困ったような表情を浮かべた後、いつも通りの顔に戻り、そして、そのまま捧げものの夕飯とともに金色の粒子に変わり、消えていった。
平和な夕食が、始まった。
「……どういうこと?」
「そうですねェ、言うなれば、引っ張られた、といった感じでしょうかァ?」
そう答えるのは、小沢の隠れ家に退避し、しばらくしてから気を失うようにして眠りこけた執事。浅井に起こされた執事は、頭部の角を隠す気力もわかず、眠たそうに目をこすりながら言う。
悪魔に、睡眠は不要である。何せ、魔力さえあれば生きていくことのできる種族なのだから。だがしかし、現状執事は、異常なまでの眠気を感じていた。
顔色の悪いメフィストフェレスは、深く息を吐いてから、浅井に言う。
「言うなれば、強制退去にも近いものでしょうか。……コレ、ワタクシ以外のパートナーも同様に行われていたら、ほとんどすべてのパートナーが地球から消えていますよ?」
「……!」
浅井は表情を引きつらせる。
事実、そうであった。
この日から、諸外国に門は現れなくなり、そして、パートナーの半数以上が、突然消失した。
【強制退去】について
神が、召喚士及びパートナーに対し行った行為。これを受け入れると、地球で成就した願いはそのままに、元の世界に戻ることができる。そして、生物のパートナーを失った召喚士は、無生物の召喚物でそのまま召喚士として活動を続けるか、すぐに召喚士を辞めるかを選ぶことができるようになる。
パートナーは、強制対処を拒む権利がある。しかし、虐げられてきたパートナーに、それらを拒む理由は存在しないだろう。
残るのは、よほどの未練のあるパートナーか、まだ願いを成就させていない者か、それとも……?




