6話 よくある日常シーンに見えなくもない
前回のあらすじ
・銀行強盗退治
銀行強盗を捕まえた翌日。
朝食を終えて登校した卯月は、少々居心地悪い思いだった。
理由は簡単。
電気屋の前で展示されているテレビに、ちらりと視線を移す。それも、大和町の銀行強盗に関するニュースを取り扱っている。
別にいいのだ。正体さえバレなければ、『トップバッター』のことが多少報道されても。だがしかし、今回の問題の本質は、別のところにある。
『この銀行強盗未遂事件には、通称トップバッターと呼ばれているパートナーが関わっているとみられ……』
その言葉を聞いた卯月は、深くため息をつく。
問題の本質は、何故か、トップバッターが犯人の仲間扱いされているところにあるのである。もちろん、事実は異なるが、編集と放送の仕方、悪意ある話し方で銀行強盗が仲間割れし、トップバッターのみが逃走したように放送されているのだ。
__悪意しかない……何かが介入したのか?
首をかしげたくなるような内容の報道に、卯月はただ胃に負担がかかってくるのを感じていた。自衛隊はこんな内容を発表しないだろう。なんだかんだ言って、自衛隊の発表には公平性があるのだ。
卯月は、最後深いため息をつく。背負っているリュックサックの妙な重みを感じながら、登校した。
学校にたどり着いた卯月はまず、焦ったような表情を浮かべた飯田に手を引かれ、教室の隅に移動した。大谷も、眠たそうな目をこすりながらも、起きている。
「……大谷が、起きてる……?!」
「驚くことはそこか? いやまあ、俺も驚いたけどさ!」
突っ込む飯田は、声を小さくして聞く。
「で、今日のニュース、あれ、どういうことだ?」
「ああ、それか……」
苦虫を噛み潰したような表情を浮かべる卯月。気を利かせた大谷は、小さく詠唱する。
「【ロストノイズ】……これで小声なら大丈夫」
「助かる、大谷。やっぱ、魔法って便利だよな……」
うっすらと魔力が自分たちを覆ったのを感じた卯月は、小声で大谷に礼を言う。飯田は困惑したように体をちらちらと見ている。
「魔法って思ったよりも地味……?」
「うん。普通、戦い以外、使い道がない」
あっさりと言い切った大谷に、飯田は少しだけ残念そうな顔をする。実際、日常生活に魔法必須な場面はほとんどないため、使えても使えなくてもさほど意味はない。使い道は、それこそ法にそれるようなことばかりだろう。
卯月は小さく息を吐いて、言う。
「偏見報道だ。ぶっちゃけ、何であんな風に俺が悪役じみた状況になっているか、理解できない」
「ネットニュースだけかと思ったけれども、国営放送もあの内容ママだったからな。テレビ出演おめでとうって言ったほうがいいか?」
「……初出演は、最初の門の時に済ませちゃったからな……」
「そういう問題か?」
あきれたように言う飯田。
すると、安堵したようにため息を吐き、大谷が衝撃的なことを口にした。
「よかった。もし、卯月が道を踏み外していたなら、俺が卯月を倒すように師匠に言われてて。戦いたくなかったから」
「うっわ」
卯月は小さくうめく。正直、大谷とは戦いたくない。まともに戦ったら勝てるわけがないからだとか、そう言う話よりも前に、大谷は卯月にとって大切な友達だからだ。
友達と命の削り合いは、できない。足の怪我の都合上、『逃げる』という選択肢がとりにくい卯月にとって、匠拳の命令はあまりにも致命だった。
苦笑いした卯月は、言う。
「俺はそこまで外道なことはしないよ。金にも困ってないし」
「……えぇ……召喚士、おっかねぇ……」
つぶやくように言う飯田。きょとんとした表情で飯田を見る卯月と大谷。
そんな二人を信じられない、というような目で見て、飯田は言う。
「だってさ、二人とも、もしも自分たちが道を踏み外したら、問答無用で互いを殺そうとしてたってことだろ? ぶっちゃけ、怖えよ、二人とも」
「「……あ」」
飯田の言葉に、卯月と大谷は茫然と顔を見合わせる。
恒常的に命を懸ける現状と、異世界から来た人間の常識に長く触れ、二人とも、互いの価値観が日本の基準のそれとはずれ始めていたのだ。
一般的な視点を持つ飯田の『恐怖』に、卯月たち二人は思い出す。普通の人間は、約束に命を懸けたりはしない。決まりを破ったからと言って、相手を殺したりはしない。
「……ごめん、そう言えば、そうだった。戦いに、染まりすぎていた」
謝罪する大谷。
卯月は、何を言えばいいかわからず、茫然と視線を泳がせることしかできない。そんな彼に、飯田は言う。
「いや、あの、別に、二人を責めているわけじゃないんだ。あんまり思い悩まないでくれ」
「……ああ、うん。飯田。俺、だいぶ感覚がずれてたみたいだ。指摘してくれて、ありがとう」
礼を言う卯月に、飯田は居心地悪そうに目を逸らす。
そんな飯田に少しだけ申し訳なさを感じながらも、卯月は口を開く。
「ともかく、銀行強盗の件は、俺は銀行強盗たちを拘束しただけで、それ以外は何もしていない。少なからず金は盗んでいないし、強いて言うならジュース二つ買って二百円使った」
「ふーん? ジュース何て、何に使ったんだ?」
「銀行強盗たちのパートナーにあげた」
「どういう使い方……?」
首をかしげる大谷に、苦笑いする飯田。
先ほどまでの気まずい空気は、少しずつ薄れて言っていた。
相変わらずいつも通りな講義も終わり、家に帰ろうとする卯月。
そんな卯月にふと、声がかけられる。
「よう、卯月」
「安須。どうした?」
ラフなワイシャツに、スキニーパンツ姿の安須に、卯月は軽く手を上げながら言う。安須はニッと笑いながら、言う。
「今日、木原が召喚士の仕事休みだって言うから。一緒に帰ろうと思ってな」
「松里は?」
「残念だけど、同好会が忙しいって」
「そうか……で、本人は?」
質問した卯月に、安須は苦笑いして答える。
「あいつ、遅れている分のテストを受けているからさ。あと五分で終わるらしいし、LL教室に行こうぜ?」
「LL……あんなだだっ広い教室をただがた一人のテストのために?」
首をかしげる卯月。
LL教室とは、『ラージリスニング教室』の省略であり、資格試験や学年合同の説明会で使われる、結構な広さの教室である。確かに、再試の時にも使われることはあるが、その時だって学部合同で行う程度には余裕のある教室なのだ。
そんな卯月に、安須は肩をすくめて言う。
「テレビの取材だってさ。召喚士に関する何たらを報道するどうたらって言ってた」
「ふーん。木原も大変そうだな」
「反応薄っす!」
ケタケタと笑いながら言う安須に、今度は卯月が肩をすくめた。
「だって、別に俺たちに関係あることじゃないだろ。むしろ、木原、テレビ取材受けながらテストなんて、集中できるのか?」
「それな。余計なことになってないと良いけれども」
そう言いながら、LL教室に歩く二人。
しかし、案の定その不安は的中してしまった。
「貴様ら……いい加減にしてください! 撮影だからと言っても、優先は木原様のテストです! 静かにしてください! 木原様にしゃべりかけないでください!」
「……!」
目を丸くする、卯月と安須。
安須は、黙ってポケットからスマホを取り出すと、録画をはじめ、LL教室のドアの前に隠れ、ガラス部分からそっとカメラを向ける。
スマホ越しに室内の様子を確認する二人。そして、二人は目を丸くした。
そこには、困ったように木原をみる試験監督と、何故か席を立って頭を抱えている木原。ディレクターらしき男につかみかかる剣聖。そして、木原の筆記用具とテスト用紙をカメラで撮っているカメラマン。当然のように、カメラマンたちは木原の席を陣取り、引きと寄せの絵をしっかりと撮っている。
「……マ?」
「……正気か?」
顔を合わせ、表情を引きつらせる卯月と安須。どこからどう見ても、木原はテストの最中である。解き終えた直後に文字の埋まったテスト用紙をとりたかったのかもしれないが、見直しという大事な作業をすっ飛ばされることとなっている事実には気が付いているのだろうか?
剣聖は、苛立ったようにテレビクルーたちを睨みつけ、さらに衝撃的なことを言う。
「木原様のテストはまだ途中じゃないですか! 今すぐどいてください! 試験時間は決まっているのです!」
「……は?」
「……はぁ?!」
二人は、出そうになった大声を噛み殺し、LL教室に聞き耳を立てる。
怒る剣聖をなだめるように、木原は口を開く。
「いや、あの、大丈夫だよ、剣聖。一応、合格できる程度には問題解けたし……」
「教授! 再々試験を要求します! こんなの、明らかに公平ではありません!」
「ああ、確実に行うと約束させてくれ。というか、今回の試験は無効にする」
「いや、教授。大丈夫ですよ。問題作るのも手間でしょうし……」
「木原様は黙っていてください! こんなの、ありえない!」
叫ぶ剣聖。困ったように眉を下げる木原。
そこで、卯月の何かが切れた。
「……安須、撮影続けていてくれ」
「どうした、卯月?」
「さすがに見ていられない」
「いやいや、試験中に入室するのって、不味いんじゃないのか?」
「だから、こうする」
卯月はそう言うと、ニッと微笑み、リュックサックから大きめのスケッチブックを取り出す。相模と一緒に絵を描くこともあるので、リュックサックに大抵入れていたのだ。
それを見た安須は、一瞬首をかしげたが、卯月がさらさらと文字を書き始めたことで納得したように口元に笑みを浮かべた。
卯月は、一枚の紙をちぎると安須に手渡し、卯月自身はスケッチブック本体を手に取る。そして、反対側のドアに歩み寄ると、ドアを軽くノックして、スケッチブックをLL教室の廊下につながる窓に見せる。
ノックの音に、剣聖はかすかな警戒を、木原は驚きを、テレビクルーたちは興味を覚える。
卯月は、『俺は木原の友達です』と書かれたスケッチブックをもって、廊下の窓の前に立ったのである。興味を示したらしいカメラマンは、ディレクターの指示で廊下に出てきた。
張り付けた笑顔で、卯月はテレビクルーたちを見る。
そして、最後のカメラマンが廊下の外に出たところで、卯月は怒鳴る。
「木原ァ! 学科一位様が勉強教えてやったんだ! 平均点以下とるんじゃねえぞ!」
「……! 卯月、ありがとう!」
木原の言葉とともに、剣聖によってLL教室の扉が閉められ、ついで、『がちゃん』という音が廊下に空虚に響く。卯月は、右手の親指を立てると、ニッと笑う。
驚くテレビクルーと、悲鳴を上げるディレクター。
「コード、コード! ドアに挟んでいるから! 開けろっての!」
「静かにしてくれるか、部外者たち。テスト中は黙っているなんて、小学校から学ぶことだろ? もしかして、義務教育も受けていないのか?」
煽る卯月。そんな卯月の様子を、テレビカメラはしっかりと映す。
召喚士として、廃棄物たちの前に出るのに比べれば、欠片の緊張感もない。命の危機が無いのだ。緊張する意味がない。
卯月に煽られ、顔を真っ赤にしたディレクターは怒鳴る。
「君! 嘘をつくのは……」
「悪い、アンタ、もしかして耳が聞こえない人か? 俺は、静かにしろって言ってる。あと、俺はこれっぽっちも嘘をついてはいない。事実、俺は木原とは保育園からの親友だ__あ、親友だから、友達じゃないな。嘘だったか」
数秒前に言った言葉に否定の語を重ねる卯月に、ディレクターは眉を顰める。だが、卯月は依然として不敵な笑みを浮かべたままだ。
そんな様子の卯月をディレクターは不気味に思いつつ、一つ咳払いしてからいう。
「ともかく、君に質問をしてもいいか?」
「ああ、かまわないですよ。小声で話す限りは、ですが」
そう返事をした卯月に、ディレクターは質問する。
「じゃあ、普段の木原君の様子について、聞いてもいいかい?」
「学校生活では、非常にまじめに授業を受けております。もちろん、召喚士の活動で講義に出られなくなることもありますが、学校側もきちんと理解を示しているため、追加講義や再試、出席扱いなど、他の学生と差が出ないようにきちんと対応しています」
なお、卯月は学業特待で、運動部の特待の授業とは全く違うことを受けているため、前半は適当である。だが、そんなことを知らないディレクターは、さらに質問を重ねる。
「君の友達、命がけで戦っているわけだけど、どう思う?」
「どう思う、とは? しいて言うならば、彼は彼自身の選択で日本、もとい、世界を守るために活動しようと決意しています。そこについて、俺は応援こそすれども、憶測で何か言えることはないですね」
微笑みながら言う卯月。ディレクターは小さく頷いて、次の質問をする。
「なにか、友達ならではのエピソードはあるかい?」
「そうですね……木原は、もともと部活動推薦で東都大に入学しました。そのため、野球が特技なのですが、木原の打率、めちゃくちゃに良い時には0.7超えてましたね」
「打率0.7! すごいね!」
驚くカメラマンに、ディレクターはムッと眉を寄せてシッシッと手を振る。カメラマンは申し訳なさそうに小さく謝罪をすると、口を閉じた。
卯月はまだ余裕の笑みを浮かべたまま、言葉を続ける。
「あとは、木原自身、何かとトラブルに巻き込まれやすい体質らしくて……待ち合わせに来ないなーと思っていたら、来る途中で五回も立て続けに道案内を頼まれていたこともあったんです」
卯月のエピソードに、ディレクターは顎に手をあて、言う。
「うーん……もっと、何か……ほかのは無いのかい? 例えば、何か悪いことをしていたりとか……」
「無いですね。彼は品行方正を地で行く人間ですから」
あっさりと言い切る卯月。迷う素振りすらも見せないその返答に、ディレクターは眉間にしわを寄せる。そんなディレクターに対し、逆に卯月は言う。
「もしかして、貴方は木原のあら捜しをしたいと?」
「あら……いや、違うよ? 命がけの仕事をしているから、彼も大変だろうな、って思っただけで……」
言葉を濁らせるディレクター。卯月は、完璧な笑顔を張り付けたまま、言う。
「木原のあらを探すのは、多分裸眼の人が太平洋の中に落とした気になっているコンタクトレンズを探すよりも難しいと思いますよ。探すならせいぜい頑張ってください。ああ、捏造はしないでくださいね?」
「……。」
事実、木原は何の罪を犯したこともない。逆恨みはまだしも、正しく恨みを持たれることもほぼない。完全に沈黙したディレクターに、卯月はにっこりと笑った表情を張り付け、木原の再試が終わるのを待つ。
十分後、テストを終えたらしい木原が、いい笑顔で卯月に言う。
「ありがとう、卯月! 多分、満点だと思う!」
「おっと、慢心か?」
「いや、だって、卯月が教えてくれたところがそのまま出たから! 山張りうますぎない?!」
「お前はちゃんと過去問を見るべきだな。今回のテスト、ほぼ過去問と同じ範囲だからな? __ああ、安須、帰ろうぜ?」
「おう! 大丈夫大丈夫、卯月のインタビューは全部撮っといたから!」
「……?!」
安須の言葉に、ディレクターは、露骨に顔を青くした。




