5話 正義正義って言ってるけど、結局正義って何?
前回のあらすじ
・相模ちゃんと晩御飯
・形槍初登場
食事を終えた三人は、しばらく談笑したり絵を描いたりした後、お開きとなった。
夜も遅くなってしまい、卯月は相模を家まで送るため、その手を握っている。
吹く風は数か月前と比べ、幾分か水気の少ない夜風である。気温も少しずつ下がってきており、半そでではやや肌寒さすら感じる。
二人は、澄んだ夜空を見上げながら、蛍光灯が無機質に照らす道を歩く。少し夜遅いということもあり、通行人は酔っぱらいか急いで家に向かうサラリーマンばかりである。
都会の光に覆われ、うっすらと見える星空。
食事のおかげでやや温まった体に、涼やかというにはやや寒すぎる風が吹き抜ける。相模は、反射的に卯月の手を強く握っていた。
少しおどろいた卯月だが、そっと笑みをこぼし、彼女の手を握り返す。
しかし、次の瞬間、卯月は表情をこわばらせた。
「相模、近くにある鏡から絵画世界に逃げてくれ」
「……? 卯月さん、どうかしたんですか?」
「ああ、これからどうかする、と言ったほうが正確だな」
そう呟いた卯月は、すっと近くの銀行を指さす。
そこには、妙に大きなボックスカーと、複数名の男たち。そして、異形の生物。召喚士と、その仲間と言ったところだろうか。顔を雑な覆面で隠しているあたり、おそらく彼らは銀行強盗なのだろう。
卯月は、ポケットの中に何が入っているか確認する。スマホと、入れっぱなしだった薄影のお守りがある。
薄影のお守りさえあれば、バットは呼び出せるため、監視カメラを気にせずに戦うことができる。しかし……
「服が……なぁ……」
靴や野球ユニフォームは壊れてももとに戻る性質や、汚れが付かない性質があるため、多少の怪我や返り血があっても証拠が残らない。あと、何よりも動きやすい。
だがしかし、現在の服装は、相模を送るために私服である。
彼としては、大和町でくだらない悪事を働かそうとしている召喚士を見逃す気はない。大切な町に危害を加えるなら、卯月は彼らを許すつもりなどなかった。
悩む卯月に、相模はゴミ捨て場に捨ててあった割れた姿見に触れ、画材を取り出す。ぬるっと出てきたパレットと絵筆に驚く卯月をよそに、相模は口元に指をあて、言う。
「これ、あまりやると画家さんに怒られちゃいますけど、でも、緊急時なので。できれば、秘密にしておいてください」
「ああ、うん?」
首をかしげて同意する卯月に、相模は小さく頷くと、近くの自動販売機から水を購入し、蓋を開けて絵の具の筆を入れる。
「卯月さんがいつも使っているような効果は出ませんけれども、見た目だけなら同じものができます。荷物は預かっておくので、好きなように戦ってください」
「……! いいのか?!」
卯月の質問に、小さく頷く相模。そして、相模は虚空に筆を走らせた。
相模が描いたのは、いつも卯月が纏っている野球ユニフォーム。それを、今着ている服の上に描き上げる。
動きに違和感はなく、よく確認しなければ、これが偽物であるとは思えないほどである。
数分足らずでユニフォームを描き終えた相模は、ついでに丈夫そうな紐も描き、軽く息を吐いた。縄を卯月に手渡し、そして、鏡の奥に画材を戻すと相模は口を開く。
「とりあえず、これで大丈夫だと思います。でも、結局は絵なので、気を付けてくださいね?」
「縄、ありがとう。こんなところで別れることになって申し訳ないけれども、絵画世界経由で帰ってくれ」
「ええ。大丈夫ですよ。ただ、怪我、しないでくださいね?」
「気を付ける。最後まで送れなくて、ゴメン」
軽く謝罪した卯月は、手元にバットを呼び戻し、軽く準備運動をする。
銀行強盗たちは、何やら銀行のガラス戸に細工をしているらしい。卯月は、改めて彼らの様子を確認する。
強盗5人のうち、召喚士はおそらく二人。理由は、仲間らしき存在が二人いるためだ。
パートナーのうち一体は、類人猿にも似た、紺色の毛を持った筋肉質な生物。目つきの悪いゴリラにも近い見た目をしているが、どこからどう見ても卯月の知っているゴリラと違う見た目をしていた。
脅威はおそらく、その筋肉質な体と、そして、少し開いた口から見えた牙だろう。魔法を使うかどうかは理解しかねる。……服を着ていたら、存外知り合いに似ているかもしれない。
もう一体は、まるで炎でできたトカゲのような存在。周囲が暗いため、火のトカゲだけが妙に明るく、目立っている。これはあからさまに炎の魔法を使ってきそうである。体当たりされても、十分に危険だろう。
ともかく、あの紺色ゴリラを人と判断しなければ、人型の仲間がいなかったのは幸いである。見たところ、二体の仲間たちに召喚士への忠誠はなさそうである。特に敵対する必要性もなさそうだ。
薄影のお守りに意識を向け、卯月は深く息を吐く。手に持った金属バットが、体の熱を帯びていくのを感じる。
初手は、とにかく、誰が召喚士であるかを把握する必要がある。
「そら、サラマンダー、やれ!」
銀行のガラス戸の細工を終えたのか、一人の男が炎のトカゲ__サラマンダーに命令する。一人目は把握した。覆面の中でも長い髪が見えている男だ。
男に命令されたサラマンダーは、口からちろりと真っ赤な炎でできた舌を伸ばし、ガラス戸の細工された箇所を舐める。すると、あまりにも簡単にガラスは融解した。
__炎はまあまあの温度っぽいな……
パタパタと溶け落ちていくガラスの扉に、卯月はすっと目を細める。ガラスの融点は結晶構造によって変ってくるが、おおよそ摂氏600から700ともいわれている。
それをいとも簡単に溶かしてしまっているということは、あの舌はかなりの高温であることが予想できた。もしくは、まったく別の摂理でガラスを熱しているのかもしれない。
ガラス戸を溶かし、銀行内部に侵入した彼ら。それに対し、何やら銀行内に入ろうとしないゴリラ。
強盗たちは、そんなゴリラに対し入るように指示を下すが、ゴリラはそれらの命令を無視した。
「おい! 何のろのろしている! さっさと入れ、このサル!」
__あれ、サルなのか?
首をかしげたくなる罵倒の内容だが、二人目の召喚士を把握した。悪趣味な十字架のネックレスをつけている男だ。
男は、舌打ちをすると。紺色のゴリラの頭の毛をつかみ、強い力で引っ張る。いい加減見ていても気分が悪くなってきた。
卯月は、軽く息を吐くと、手元の金属バットを振りかぶり、思いっきり投擲する。
放物線を描いて空を飛んだ金属バットは、ゴリラに拳を振り下ろそうとしていたネックレスを付けた男の頭に当たる。高い打撃音の直後、男は頭を押さえてうずくまる。
突然の襲撃に、強盗犯たちが凍り付く。
バットを手元に呼び戻した卯月は、大股で歩き、彼等に近づく。そして、サラマンダーの召喚士であろう髪の長い男の背後に回ると、容赦なく金属バットで後頭部を殴打した。
ガコン!
「ぐっ?!」
突然の衝撃に、そのまま卒倒する長髪の男。大きな音を立てた影響で、残り三人に卯月の姿が見えるようになる。
「ひっ! だ、誰だ!」
「……」
卯月は、返答することなく近くにいた男の横っ面をバットで殴る。何の手加減もなく顔をバットで殴打された男は、「ひぎゃっ」と醜い悲鳴を上げ、そのまま銀行のカーペットの床に倒れ伏す。
残り二人。
いきなり三人もの仲間が倒された強盗は、驚きで声を引きつらせながらも腰からナイフを抜き、怒鳴る。
「クソっ、死ね!」
やけくそ気味に男はナイフを腰だめに握り、突進してくる。卯月は、体を半分逸らしてその突撃を避けると、左足を伸ばして足を引っかける。廃棄物たちと異なり、動きが読みやすく、あまりにも薄弱だった。
顔から転んだ男にバットを振り下ろし、最後一人の男に歩み寄る。
「ひっ、く、来るな! こ、こっちには、銃があるんだぞ!」
「……!」
最後の男は、震える手で拳銃をつかみ、銃口を卯月に向ける。卯月は体を硬直させ、目を見開く。
__重火器……!
動きを止めた卯月に、最後に残った手の甲に入れ墨のある男は、拳銃を握りしめ、勝ち誇ったような笑みを浮かべる。
「動くな、動くんじゃねえぞ!」
「……」
怒鳴りつける入れ墨の男。卯月は、黙って行動を停止し男の言葉に従う。
先ほどの焦りようが嘘のように嗜虐的な笑みを浮かべた男は、卯月に命令する。
「武器を床に置いて、手を上げろ!」
「……?」
首を傾げそうになった卯月だが、右手に握っていた金属バットを銀行の床に転がし、両手を肩よりも上にあげる。卯月の行動を見た男は、ニタニタと勝ち誇った笑みを浮かべ、ゆっくりと卯月に近づく。
「はっ、ざまあねえな! 調子乗ったバツだ!」
「……。」
「何か言えよ、クソ野郎!」
怒鳴る入れ墨の男に、卯月は無言を貫く。不用意にしゃべり、監視カメラに映りこんでしまうのを恐れたのだ。
だが、そんな卯月の考えを知らぬ入れ墨の男は、腹立たしそうに拳銃を向けると、さらに一歩足を踏み出す。
距離は、三メートル。ここから引き金を引けば、あやまたず卯月の頭なり心臓なりを撃ち抜くことができるだろう。
しかし、この入れ墨の男は、さらに距離を詰めようと右足を上げ……次の瞬間、卯月は動いた。
手元にバットを呼び戻し、上にあげていたその手でそのままバットを振り下ろす。
空を切る、振り下ろしの音。
「がっ?!」
卯月の金属バットが魔道具であることを知らない強盗は、何の抵抗も、対策をとることもできず、無防備に振り下ろしを食らう。
入れ墨の男は、拳銃を構えていた右手をバットで叩き下ろされる。地面に落ちる拳銃に、うめき声を上げる男。それが、敗北の瞬間であった。
バットを両手で持ち直し、斜め下から脇腹をしたたかに打ち据える。
鈍い打撃音と男の短い悲鳴。そして、男は意識を失った。
一通り強盗犯を退治することに成功した卯月は、軽く息を吐き、そして、相模に描いてもらった縄を手に取る。
強盗が持っていたナイフを借用し、三人の男をきっちりと縛り、召喚士二人には猿轡も噛ませておく。日令や月令を使わせなくするためだ。
そして、強盗を一つの場所に固めておいて置いた後、銀行のカウンターに歩み寄り、メモ帳をちぎり取り、文字を書く。
__『強盗五名、うち二名が召喚士。パートナーに抵抗の意思なし』っと。
そして、カウンターに備え付けられていたセロハンテープを少し借用すると、強盗を縛っておいた縄に張り付ける。
ようやく銀行内部に悠々と入ってきた紺色のゴリラに、長い舌をチロチロと出したりしまったりしているサラマンダー。卯月は、少しだけ考えた後、ポケットから財布を取り出し、自動販売機から紙パックの果物ジュースを二本購入し、ゴリラとサラマンダーに手渡す。
少しの間、警戒したように卯月をじろりと睨んだゴリラだったが、ゆっくりと手をジュースの入った紙パックを受け取ると、上部を破り取り中身を飲む。どうやら、ストローは使わないらしい。ずいぶんワイルドな飲み方だ。
サラマンダーに至っては、この紙パックが何なのか理解できないらしく、大きな口を開けて、一口に紙パックの飲み物に食らいつく。
「……ウホウ」
小さく鳴き声を上げる紺色のゴリラ。
嬉しそうに尻尾を左右に揺らしながら、体の表面の炎の色を変えるサラマンダー。
卯月は彼らにそっと微笑みながら、小声で言う。
「できれば、警察が来るまでこの五人を放置しておいてくれ__お前たちに、いい出会いがあることを祈っておく」
そう言った卯月に、紺色のゴリラは、薄く目を閉じ、そして鳴き声を上げる。
「……ウホッ、ウホウ」
「……あ、うん」
まるで、『お前も無理をするな』とでも言っているかのような紺色のゴリラに、卯月は思わず小さく頷き、そのまま銀行の外へと出ていく。
何故か、妙にイケメンなゴリラだった。
緊張感のかけらもなく、サラマンダーは機嫌よさそうに舌先をちらちらと出したりしまったりして、銀行を出ていく卯月を見送った。
帰路につきながら、卯月はそっと思考する。
__召喚士……【自由派】と繋がっているかはわからないが、ついに大和町にも馬鹿が現れたか……。
卯月は、目をすっと細める。
都会特有の空に弱弱しく瞬く星々。あかやかな町の明かり。時々道端で酔っぱらい、そのまま眠ってしまった人。
美しい光景だとは言わない。珍しい光景だとも言わない。
だが。
卯月は、ちらりと視線を横にずらす。
一軒家には明かりがともり、晩御飯中なのか、子供たちの楽しそうな声が聞こえる。酔っぱらって眠ってしまったサラリーマンを助け起こす警察官とすれ違う。
この平和を、この安寧を、崩したくはない。失いたくないのだ。
夢を失い、希望を見失い、将来設計も何もかもを崩した自分だから。だからこそ、もう、何も失いたくなかった。
深く息を吐いて、夢を失った青年はつぶやく。
「……もし、街に危害を加えるなら、俺の大切を怪我すなら、許しはしない」
その瞳には、確かな決意と、そして、自信があった。
月光が、涼やかな銀の光が、青年に降り注ぐ。
もうすでに、夢を失った青年に、絶望はなかった。
「……これは……。」
警察官は、頭を抱えて監視カメラを見る。映っているのは、銀行強盗らしき男たちが、良く見えないナニカに倒されていく様。ぼんやりとしか見えないそれは、どうやら野球のユニフォームを纏っているらしい。
ちらりとその映像を見たノアは、断言する。
「トップバッターです。飛んできたバットも、奇襲の手段から見ても、ほぼ確実にそうです」
ノアは、そっと映像の時間を巻き戻し、トップバッターが敵をなぎ倒し、拘束する様を確認する。最後にジュースを買って手渡し、そのまま帰っていく。そこからはカメラに映らなくなってしまったため、追跡することは不可能であった。
「__指紋はどうでした?」
質問するノアに、警察官は困惑したように答える。
「トップバッターがふれたと思わしき箇所には、魔石混じりの絵の具の成分が検出されました」
「……?」
首をかしげるノア。なぜ、絵の具?
理由は、相模が描いた野球のユニフォームにあるのだが、彼等がそれを知るすべはない。
__ともかく、トップバッターは、手元にモノを瞬間移動させる能力が……? いや、それなら、敵の拳銃を奪い取ることもできたはず……所有物に限定しているのか?
思考するノア。トップバッターがパートナーだとしたら、それくらいできて当然なのだろうか?
『ユキ』という召喚士は、いったい何者だろうか?
しばらく考え込んだノアに、そっと青色の鳥が寄り添う。まるで、考えすぎるな、とでも言うように。少年は、深くため息をついて、ブラウに言う。
「ごめん、ありがとう。ちょっと、考えすぎていたみたいだ__とにかく、自衛隊未所属の召喚士は、違法です。取り締まり、協力させていただきます」
ノアは、まっすぐと警察官を見て、言う。
警察官は、困惑したようにうなづくことしかできなかった。




