4話 突撃自宅の晩御飯
前回のあらすじ
・浅井ちゃん脱出
・ノア君と造斧さん
今日のアルバイトも終わり、卯月は足早に家に帰る。
今夜は、相模が家に来る日だった。
もちろん、二人は不純なことをするわけではない。というか、双方奥手すぎてできない。晩御飯を一緒に食べるためである。
__とりあえず、相模の栄養状態を考えると……野菜とタンパク質を中心に、バランス良くとれるメニューが良いな。
夕焼けの空に背中を押され、卯月は足を速めながらも、空を見る。
筋雲が浮かぶ茜色の空。ねぐらに帰るカラスたちはやかましく鳴き、山の方へと飛んでいく。やや涼しいとも感じられるような風が、七分袖の服の隙間から遠慮なく体を冷やす。
あたたかいものを作ろうと決めた卯月は、アパートの階段を上り、自宅のドアを開ける。
「ただいま」
「む、絵師の。帰って来たぞ?」
創剣は、ソファを占領して相模に声をかけるが、まったく返答はない。どうやら、集中してしまっているらしい。
「もう来てたのか。さっさと晩飯作っとくよ」
卯月の声掛けに、創剣は軽く手を振って答える。
リビングの机で通常サイズのスケッチブックに鉛筆を走らせている相模。ちらりと目を向けてみれば、テーブルの上に抜き身のグラディウスが置いてあった。
グラディウスは、戦うための剣ではない。創剣曰く、宝石や貴金属には魔術付与がしやすいとのことで、大分過剰な装飾をうまく組み合わせて芸術作品のような剣にしている。目的ありきとはいえ、ごてごてした装飾品は手入れが大変そうだ。
「……もしかして、相模、グラディウスのスケッチ中?」
「そうなるな。フランベルジュを見せたらスケッチが始まってな。あれで五本目だ」
ワインを飲みながら言う創剣。今日は国産ワインの気分なのか、ワイン瓶のラベルは日本語で書かれていた。
卯月は手を洗うと、創剣に質問する。こうなった相模に声は届かないのだ。
「創剣、今日は鮭のクリーム煮でいいか?」
「構わん。あと、冷蔵庫にチーズがあったよな? それを出せ」
「へいへい……今日は時間あるから、ひと手間加えようか?」
「よかろう」
新聞を読みながら鷹揚に返事をする創剣に、卯月は軽く頷いてから冷蔵庫の中のチーズを取り出す。四角いベビーチーズの包装をはがし、フライパンをコンロで温める。
フライパンを温めている間に、ついでに冷蔵庫から出した生の鮭に塩と胡椒を振る。そして、温まったフライパンにベビーチーズをのせる。
チーズを適当にひっくり返しながら、丁度良い焼き色が付いたところでコンロからおろし、皿にとりわけ、相模と創剣に渡す。
「ほら、焼きチーズ。相模も冷める前に食べてくれよ?」
「……はい、わかりました」
「聞いてないな……」
完全にうわの空な様子の相模に苦笑いしつつ、卯月はキッチンに戻り、塩と胡椒を振っておいた鮭の水分をキッチンペーパーでとっておく。そして、温まったフライパンにバターと鮭を入れ、焼いておく。
焦げないように時々様子を見ながらも、卯月はほかのものの準備を始める。
まずは、キノコ類とほうれん草、そして、ニンジン。キノコは石突を適当にとり、サッと水で洗ってほぐす。ほうれん草はゆでて冷凍庫に保存してあるものをそのまま流用。ニンジンは皮をむいてヘタを取ってから、いちょう切り。
野菜の下ごしらえを終えたところで、丁度鮭が焼きあがる。
鮭だけを取り出し、キノコとほうれん草、ニンジンをフライパンに入れ、しっかりと炒める。
香ばしい匂いに、創剣は機嫌よさそうにソファからキッチンを見上げ、料理をしているらしい卯月を見る。絵を描くことに集中している相模は、五感が遮断されているため、気がついてはいないらしい。
野菜類を炒め終わったところで、小麦粉をふり入れ、しっかりと混ぜ合わせてから鮭を戻す。そして、牛乳と顆粒コンソメをフライパンに入れる。煮えるのを待つまでに、卯月は冷凍庫から既に火を通したブロッコリーを取り出し、電子レンジに入れて解凍する。
そして、少し悩んだ後、食パンを取り出し、オーブントースターの中に入れる。表面が軽く焼けたところで一度取り出し、皮をむいたニンニクをおろし金を使うようにして食パンの表面にこすりつける。
片面だけニンニクをすりつけ、もう一度オーブントースターにもどして、今度はバターを乗せてしっかりと焼き上げる。これで、簡単なガーリックトーストの出来上がりだ。
煮えたクリームをスプーンで少し掬い取り、味見をする。
「コショウをもう少し入れたほうがいいか……?」
味の調節をし、出来上がった鮭のクリーム煮を深皿によそい、ガーリックトーストをとりわけたところで、相模の深い深呼吸が聞こえてきた。どうやら、彼女もちょうど一仕事終えたらしい。
スケッチブックからグラディウスのスケッチの描かれたページを破り取り、やや疲れた笑顔で、相模は嬉しそうに口を開く。
「ソーケンさん! 描けました! 装飾、めっちゃ多いですね!」
「相模さん、そろそろ晩御飯だ。手を洗ってきてくれ」
「うひぃっ?! う、卯月さん?! い、いつ帰って来たんですか?!」
あまりにも驚く相模の反応に、創剣は噴き出して笑い声をあげる。
存在を認識されていなかったらしい卯月は、少しだけさみしそうに眉を下げながら、質問に答える。
「んー、三十分前くらいかな? とりあえず、晩御飯だから手を洗ってきてください」
「あ、いい匂い……わかりました!」
まだ完全に感覚を取り戻せていないのか、やや浮足だった歩き方でふらふらと流しに向かう相模。創剣も、ワインの瓶をテーブルに置くと、席に着いた。
卯月は、相模の家に行ったことはあったが、相模を自宅に呼んだことはなかった。理由は簡単である。創剣がいるからだ。
召喚士であることを隠していた以前なら、絶対にできなかったことだ。互いの思いが通じ、そして、互いの心を打ち明けたからこそ、今日の食事会は成立していた。
解凍したブロッコリーをクリーム煮に添え、配膳を済ませる。
「相模さん、今日の晩御飯は、鮭のクリーム煮とガーリックトーストです」
「わぁ、すごい……! お店みたいですね!」
無邪気に喜ぶ相模に、やさしい笑顔を浮かべた卯月は少しだけ照れ臭そうに言う。
「お店だったら、ケチらずにクリームを使ってクリーム煮を作りますけどね。あと、焼きチーズもどうぞ」
「はい! いただきます!」
手を合わせ、言う相模。彼女はまず、クリーム煮に手を伸ばす。
先に焼いておいた鮭は簡単にほぐれ、野菜の甘みの染み出たクリームと混ざり合う。スプーンですくい取り、そっと口に運ぶ。
すると、相模は表情をパッと明るくして言う。
「すごくおいしいです! 鮭って、塩焼きか刺身の印象が多くて。煮物にもできるのですね」
「ええ、まあ。でもやっぱり、手間がかかるので、大抵は焼きかムニエルかくらいですけどね」
よく煮えたニンジンを口に入れながらそう言う卯月。創剣は、ガーリックトーストをかじりながらそっとワインを嗜んでいる。
いつもは適当な食事で済ませてしまう相模だが、美味しい食事が嫌いなわけではない。単純に料理が下手な上、料理をする時間に絵を描いてしまうだけなのだ。
美味しそうにガーリックパンを食べながら、相模は思い出したように口を開く。
「そう言えば卯月さん、ソーケンさんの剣、何本かスケッチさせてもらったんです。模造刀は資料で何度か見たことがありましたが、本物の剣は初めて見ました」
「そうか。満足いくだけ描けたのか?」
「できれば色も塗りたいですけれども……さすがに画材を置いてきてしまったので」
少しだけ残念そうな表情を浮かべながら、相模は食事を続ける。できるなら、生活もある程度は維持して絵を描いていてほしいのだが、おそらく彼女には無理なことである。
ふと、鮭を口に運んでいた卯月は、相模に質問する。
「そう言えば、相模さんは稲日美術館のフリーパスをもらっていたけれども、使った?」
「ああ、はい。鏡経由で行けるみたいですね。魔法みたいでびっくりしました」
「事実、魔法に近いことであろうが……」
あきれたように口を挟む創剣。
絵画の住人たちに認められた相模は、稲日美術館専属の絵師として、フリーパスなるものをもらっていた。相模はそれを使い、定期的に門を封印している壁の点検や、黒に染まってしまった絵と門をつなぐ方法の改良などを行っている。
なお、相模の描いた絵ではコピーであれども強すぎる廃棄物となってしまうため、相模は廃棄物を作り出すための絵はかいていない。だがしかし、相模の描いた絵は、確かに人々を守り、そして、魔石産出のために貢献していた。
相模は困ったように笑顔を浮かべながら口を開く。
「ソーケンさんをモデルに描いた絵、どうやら彼が積極的に美術館の治安維持をしてくれているらしくて。ありがたいのですけれども、怪我人が出ないと良いですね」
「まあ、創……いや、『森の王』って基本的に俺以外の人間はみな平等に下等生物扱いしているから、良く知らないけどさ……」
そっと遠いところを見ながら言う卯月。絵画の住人たちにお付き合いを始めたことを報告したところ、絵の創剣、『森の王』は積極的に卯月を殺しに来るようになっていた。
動機は簡単。『母親をこんな物騒なやつに預けるわけにはいかない』だそうだ。
『森の王』の作者である相模は、彼自身からすると母親同然であるらしい。まあ、簡単に言ってしまえば、『森の王』はマザコンだったのだ。
__いや待て、俺が犯罪者なのは確かだから……案外森の王は正論しか言っていな……いや、アレはマザコンだな。
絵画世界で相模と初めて出会ったときの『森の王』の様子を思い出した卯月は、小さく首を横に振る。モデルと絵画はまた別の存在であることを、あの一件で深く理解させられた。
相模は、卯月の言葉がよくわからないのか少しだけ首をかしげる。その姿にすら愛おしさを覚えつつ、卯月は食事を続ける。
確かな平和を、日常を、三人は分かち合っていた。
「……なあ、お前さん。お前さんって確か、願い事があるって言っていたよな?」
もうすぐ月が満ちようとしている今日この頃。
まるで月光のように銀色に輝く槍を持った男が、ふと、隣でトレーニングをしている青年に声をかける。青年はダンベルをゆっくりと床におろすと、窓辺に寄りかかっている槍を持った男の質問に答える。
「もちろんだ。お前さえ召喚しなければ、オレは即座に願いを叶えていた。……お前さえ召喚しなければ!」
彼は、憎々し気に槍を持った美丈夫を睨む。
そして、首にかけていたタオルで軽く体の汗をぬぐうと、小さく舌打ちをして、言う。
「お前の願いは女だったか? 残念だったね、オレは絶対にお前の不純異性交遊を許可しはしない」
「えー?! 俺の性生活は?!」
「エロ本でも読んでろ。ってか、お前、話聞いただけでも、女性関係が爛れ過ぎだ! 付き合っていた女の人に刺されたところで反省しろよ!」
スクワットキープを始めた青年は、思い出したように言う。
そんな彼に、ふてくされたように目を逸らした槍を持った男は、ふと、思い出したように口を開く。
「そういや、創剣と造斧以外にも、匠拳がいるらしいな」
「……ショウケン……? お前が言っていた、『七武器』の一人か?」
「ああ、そうだな。ぶっちゃけ、タイマンならまだしも、いくら俺でも、七武器二人を相手にするのはちょっとキツイぜ?」
槍を持った男は、赤色の髪の毛をそっと撫でながら、青年を見る。青年は、槍を持った男を見返すことなく言う。
「願いを使う選択ができていなければ、七武器を召喚した人間は総じて死んでいるはずだ。創剣には『ユキ』とかいう召喚士がいる以上、そっちを警戒したほうがいい。『日令』か『月令』による強化が使われると面倒だ」
「俺、アイツが誰かの指示に従っているとか、超意外過ぎて笑える。ここに弓がいたら、絶対煽っていたって」
ニタニタと笑いながら意地悪そうに言う槍を持った男。
そんな彼に、青年は眉をひそめて言う。
「お前もオレの契約者だろうが、【形槍】のマモン」
「フルネームじゃなくて、形槍って呼んでくれよ。ぶっちゃけ、あの六人と違って、俺は神からよこされた名前に不満があるのだから」
槍を持った男、形槍は、肩をすくめて青年に言い返す。青年は深くため息をつくと、言う。
「……そんなの知るかよ、形槍__どっちにしろ、【自由派】が勝つには、お前の働きにかかっているのだからな?」
「ヘイヘイ。」
形槍の薄生返事に、青年は眉をしかめるしかなかった。




