2話 暗中飛躍と言うとカッコいい気もするが、実情はただ影が薄いだけ
前回のあらすじ
・あさごはん
・【自由派】が活動中
朝食を終えた卯月は、大学に向かう。
講義室に入れば、相変わらず眠たそうな大谷と、そんな大谷に話しかける飯田がいた。
「おはよう。相変わらず、眠そうだな」
「あ、おはよう、卯月。大谷、今日教授に指名されそうなのに大丈夫かな?」
「ダメだろ。ノート白紙だし__起きろ、大谷」
卯月は、大谷に声をかけて、軽く肩をたたく。しかし、大谷は眠たそうに首をかくんと下げたまま、目を覚まさない。
あきれたようにため息をつく卯月。それに対し、人のいい飯田は、困ったように眉を下げ、大谷の頭をぱしぱしと軽くはたくも、彼はいまだ眠たそうにしている。
困り果てた飯田は、彼の耳元で、ぼそりとつぶやく
「匠拳」
「……!」
「あだっ!」
短くつぶやかれたその言葉に、大谷は跳ね上がるように飛び起き、彼の耳元に顔を寄せていた飯田は思い切り顎をぶつけた。
顎を抑える飯田を置いて、大谷は目を見開いてかすかに周囲を警戒する。しかし、警戒すべき対象がいないのに気が付くと、軽く息を吐いて、眠たそうな目をして、飯田に言う。
「ごめん、眠かった」
「いっ、いやまあ、いいけどさ……昨日、夜更かしでもしたのか?」
痛みに小さく悶絶しながらも、そう聞く飯田。大谷は、少しだけ首を傾げてから、答える。
「うん、いつもより三時間遅く寝た」
「三時間って、結構長い時間起きていたんだな」
「課題、終わらなくて」
眠たそうに大あくびをしながらリュックサックからレポート用紙を取り出し、そう答える大谷。きっちりと課題はやって来たらしい。飯田はポケットからハッカ飴を取り出す。
「どうせなら歴史の授業に使おうと思っていたけど、やるよ。このまま寝て指名に返答できなかったら嫌だろ」
「……ん、ごめん、ありがと」
小さなプラスチックの包み紙をはがし、大谷はハッカ飴を口に入れる。卯月は、少しだけ席を見回し、卯月は大谷の隣の席に荷物を置いた。いつも座っていた席には、誰もいない。
「今日、ここ座ってもいいか?」
「ん? ああ、いいぜ」
飯田はそう言うと、席に置いていた荷物をどかし、卯月が座れる場所を作る。卯月は軽くお礼を言うと、席に着いた。
そんな様子の卯月に、飯田は少し笑いながら言う。
「卯月ってさ、いつも一人で講義受けてるからさ、そっちの方が集中して講義を受けられるのかと思ってた」
「まあ、そっちでも集中できるけどさ、あんまり変わらないよ。結局、教室静かだし」
卯月はそう答えると、リュックサックの中からルーズリーフと資料を取り出す。資料は使い込まれているが、きっちりと手入れしてあるため、そこまでボロボロというわけではない。
ハッカ飴を舐めてなお眠たそうな大谷が大あくびするとほぼ同時に、講義室の引き戸が開けられ、教授が入ってきた。
ふと、大谷は眠たそうに目をこすり、卯月に声をかける。
「なあ、マッチ分けてくれないか? ちょっと大物が流れ込んできた」
「……! 俺も手伝ったほうがいいか?」
卯月の言葉に、大谷は顎に手をあて、少し考え込む。
マッチとは、浅井が作った廃棄物処理用の魔道具である。ビー玉サイズの魔道具であるため、卯月は大抵二、三個は常備していた。
大谷は、首を横に振って言う。
「んー、あのショタジジイには俺一人で倒せって言われているから、いいや。ただ最近、隣町で【自由派】の連中が騒いで自衛隊が出動した。そっちも気を付けて」
「わかった。そっちも無理をしないでくれ__飯田も、あんまり不用意に外を歩かないほうがいい。家、大和だっけ?」
そう質問した卯月に、課題の確認をしていた飯田は顔を上げ、答える。
「ん? いや、稲日だ。」
「そっちの方が危ないじゃないか!」
現在、美術館は美術品たちとの協議の結果、召喚士による廃棄物の定期討伐契約が結ばれている。
具体的には、黒に染まってしまった絵を利用し、定期的にゴーストを持ち込んだ絵に定着させ、それを討伐するという行為を行うのだ。相模が描いた壁の内側に封印された扉だが、黒が完全に出てこなくなったわけではないための措置である。要するに、黒があふれる前に定期的にガス抜きし、討伐で量を減らすのだ。
絵から生まれたゴーストは、通常の廃棄物たちのように、死体や危険な酸などの副産物を残さず、討伐されれば灰と魔石だけを残す。つまり、魔石採取に出てくる副産物が少ないのだ。
また、絵によっては強い廃棄物が生まれ、それに比例して魔石も大きくなる。そのため、現在は『質のいい絵のコピー』とそれを討伐できる『召喚士』によって、魔石資源の回収が行われているのだ。
もちろん、魔石は野良の召喚士にしてみれば換金手段の一つである。廃棄物からの剥ぎ取りの手間が減るため、美術館に不法侵入しようとするならず者が絶えないのだ。
心配そうに飯田を見る卯月に、飯田は苦笑いして言う。
「今は自衛隊所属の召喚士がたくさんいるから、そこまででもないな。徒歩で数分の距離に大谷の家あるし、あと、単純に、最近はふざけた召喚士たちを出禁にする美術品も増えたから」
「字の並びだけ見ると、本当に意味わからないね」
眠たそうに言う大谷。事実そうである。
講義室に入室した教授は、教卓の前に立つと、特に何もせず講義を始める。卯月たちは、黙って講義を受け始めた。
昼休みも終わり、今日最後の講義の後、ふと、禿げ頭の教授が口を開く。
「最近、野良の召喚士による事件が多発している。危険だと思ったら、すぐに逃げて警察に通報すること。また、万が一にでも召喚士に選ばれたら、願い事を使わずに自衛隊と学生相談室に連絡すること。
大学との協議で、召喚士の活動中は公欠になることが認められているため、なっても焦って願い事を使わないように」
そして、持ってきていたらしいパンフレットを配布し、そのまま解散となる。
周りの学生と同じように、パンフレットを受け取った三人は、さっさと帰路へ着く。
道中歩きながら、ふと、卯月たちはパンフレットを見る。
そこには、『召喚士になってしまったら』という題名の下に、左手に銀色の腕輪をはめた人のイラスト。
おおよそ、自衛隊が発行したのか、行政が発行したのかは定かでないが、自衛隊への所属を促すパンフレットであろう。願いを行使してしまった卯月と大谷には一切関係のない話である。
結局のところ、内容は『召喚士になったら』の話であり、『なってしまい、願い事を使ってしまったら』の話は、刑罰の内容のみである。
だがしかし、一人だけ例外がいた。
少しだけ動揺したようにパンフレットを卯月から借りた飯田は、恐る恐ると言った様子でページをめくっていく。
飯田は、その刑罰の内容の中で、『人を生き返らせた場合』の項目を見つける。刑罰は、20年以下の実刑、事と次第によっては無期懲役である。
湧き上がる罪悪感に、飯田は顔を曇らせる。大谷は、事故で死んだ飯田を生き返らせるために願いを行使したのだ。いくら過失が車にあったとしても、それを立証するすべはなく、また、大谷の正当性を立証する方法もない。
__俺のせいで……
パンフレットを食い入るように見つめる飯田。
そんな彼に、大谷は眠たそうに言う。
「飯田、悪いの、車だよ。あと、俺が飯田を生き返らせた証拠もない」
「……悪い、でも、やっぱさ、不安になって」
そう言う飯田は、そっと目を伏せ、眉を下げる。
そんな彼に、卯月は言う。
「別にいいだろ二人は。飯田に限っては死亡届が出されたわけでもないし、ひき逃げをした車は警察に通報していないから連絡もない。すぐに生き返らせたわけだから、死体も残っていない。実刑になるかどうかも怪しいだろ」
「……そう言えば、卯月も野良の召喚士だったか……」
顔を上げてそう言う飯田。一応、大谷経由で浅井を含めた事情を伝えてあるのだ。
卯月は小さくため息をついて声を潜めて言う。
「通報しないでもらえると嬉しいけどな。流石にあの願いで実刑が付くのは腑に落ちないし、一応地元を守りたいからさ。っていうか、願い使ったのに仮契約って何なんだよ」
「仮でも契約できてるなら、いいと思うよ。俺、仲間契約してない」
「えっ」
驚く卯月に、大谷は首を横に振る。
「安全柵叩き壊して、弟子になれって命令されて、それで終わり。代償は命がけの修業くらいかな?」
「ああ、うん……あの修業はな……俺に魔法の才能がなくてよかったって思えるレベルだからな……」
大谷曰く、匠拳の願いは『自身の技を引き継げるような弟子』であり、その弟子に該当する大谷は、匠拳直々の修業を受けているのだ。何度か大谷の修業を見学したことがあるが、アレは人間がやってもいい動きではなかった。
「何だっけ、アレ。魔力を体に循環させて、身体能力を上げるんだっけ?」
卯月の言葉に、大谷は小さく頷く。
「もっと具体的に言うと、魔力と気力を混ぜ合わせて武術に落とし込んでいる。腹が立つけど、あのショタジジイから習っているのは、まだあの異能の片鱗にも届かない領域」
そう答える大谷は、げっそりとした表情で目で遠くを見る。
卯月は、創剣から匠拳について教えてもらっていたことを思い出す。
匠拳の能力は、『超近距離の間合いで対象を自分の思う結果にする』というものである。要するに、創剣同様、様々な縛りはあれど、触れた相手を即死させたいと思えば、即死させることもできるのだ。
ただ、創剣のように、能力を付与したものを他人に貸し与えることはできないため、汎用性はさほど高くない(創剣基準)らしい。
だがしかし、この技術は説明不可能な創剣の能力とは異なり、一定のロジックがあるため、他人に技を伝授させることが可能であるという。だからこそ、大谷は匠拳に修業をさせられているのだ。
飯田は首をかしげて大谷を見る。彼は、大谷の修業を見たことがないのだ。
「俺も見ちゃダメなのか?」
「……単純に危ない。卯月、召喚士だから、防具になる服と武器を持ってる。でも、飯田はないだろ?」
「見学でも武器必須なのか?!」
「必須だな。持ってないと流れ弾飛んできて死ぬ」
大谷に同意した卯月。その表情は少しばかり青く、額にはうっすらと冷や汗をかいている。
そんなことを話しているうちに、三人は駅前にたどり着く。
放課後ということもあり、学生も多いこの時間。駅前のカフェには学校帰りなのか、数名の女子高生たちが談笑していた。
足を止めた卯月。
そんな卯月に、大谷と飯田は手を振る。
「じゃ、俺たちはこれで。気をつけて帰れよ?」
「マッチ、ありがとう。また、明日」
笑顔で手を振る二人。
ありふれた『日常』に、卯月もそっと微笑んで、右手を軽く振る。
「また明日。二人も、気を付けて」
この『日常』を、この『平和』を、守りたい。
心の奥からの望みを、卯月はそっと噛みしめた。
大谷 健司
年齢:18歳 性別:男
身体特徴:顔に大きな傷(額半ばから左頬にかけて)
特技:武術(匠拳の影響)
趣味:運動、睡眠
備考:重度の睡眠障害を患っており、無口
誰にも話していない秘密:実は、二人が初めての友達




