1話 風評被害は良くないって
前回のあらすじ
・夏休み終了、秋はじめ
あれだけ暑かった夏もすっかり勢いを衰えさせ、気が付けば時期は秋へと移り変わっていた。
七分袖の服を着た卯月は、さっさと朝食を作り、昨夜のうちにタイマーをセットしておいたご飯をよそう。今朝は、安く手に入った秋刀魚だ。晩御飯に使おうかとも思ったが、創剣の伝手でいいイカとブリの切り身をもらったため、それを使えばいいと判断したのだ。
サッと大根を使う分だけすり、皿の上に乗せる。
いい具合に焦げ目の入った秋刀魚は、油が乗っているらしくつやつやと輝いていた。
「む、今日は魚か」
相変わらず、眠たそうに大あくびしながら卯月の部屋から出てきた創剣。彼は、今日はズボンだけはいて、上半身は半裸であった。ツッコミどころのある恰好ではあるが、創剣との生活が半年を超えた卯月は、そろそろ慣れてきてしまっていた。
「あ、おはよう、創剣。ご飯適当によそったけど、これくらいでいいか?」
「適当で構わん。ああ、大根おろしは多めで頼む」
「わかった。さっさと身支度整えて席についてくれ」
「わかっておるわ、阿呆」
寝ぼけながらも憎まれ口をたたく創剣は、ふらふらと洗面所へと足を延ばす。その間に、卯月は作っておいた味噌汁を茶碗によそい、配膳を済ませる。今日は、メインが秋刀魚であるため、野菜たっぷりの味噌汁だ。
朝の身支度を終えたらしい創剣が席に着き、二人は黙って手を合わせ、食事を始める。いつも通りの、慣れた朝だ。
脂ののった秋刀魚をつつきながら、卯月はふと、テレビに目を向ける。そして、眉をしかめながらも電源を入れる。確認したくもないが、しなければならないのだ。
電源の入ったテレビが最初に映し出したのは、朝の情報番組。ちょうどいい、これで話を済ませてしまおう。
朝っぱらだというにも拘らず、ニュースキャスターは大げさに言う。
『一体何件目でしょうか?! 野良召喚士による、迷惑行為、暴力行為です!』
その言葉にしたがい、画面が切り替わる。現場は隣県の名前も知らないような街である。数字の描かれた紙が地面に張り付けられ、現場を確認しているらしい警察官たちが忙しそうに動き回るVTR。
内容を大まかにまとめると、どうやら、召喚士が仲間を用いた喧嘩を行い、一般人に重症の大けがを負わせたらしい。馬鹿な人間もいるものだ。
それだけで済むなら、卯月も気にも留めていなかった。ライバルは減るだけ楽になるのだ。勝手に自滅するなら、卯月も歓迎である。できれば、他人に迷惑をかけずに自滅してくれたならもっと歓迎しただろう。
だが、問題はそこだけではない。
ニュースキャスターは、門の現れない現状、大部分のストレスを口にする。
『犯人の青年は、自らを【自由派】と名乗り、召喚士の地位向上のために戦ったと主張しており、反省の様子はないとのことです』
「……また自由派か」
うんざりだというようにつぶやく卯月。
稲日美術館での戦いの数日前から現れた【自由派】を名乗る召喚士集団。彼らは、召喚士は神に選ばれた人間だという主張を掲げ、自衛隊による支配に抵抗しようと日々活動を行っている。同じく野良の召喚士である卯月と浅井たちにとっては胃痛の源である。
美術館での戦い以降、浅井は自衛隊と足のつかない魔術による定期的な連絡のやり取りを行っている。主なやり取りは、門の情報や特異個体の居場所、魔法の技術指導などである。
浅井からしてみれば、自衛隊が力をつけるのは、貢献度の関係から見ても問題ではあるが、このまま有象無象のままだと家族を生き返らせた後まで日本が残っているかどうか、不安になりだしたのだ。
正直、自衛隊の召喚士たちの練度は、まちまちである。
そもそも、強力な仲間を呼び出した召喚士にしか活躍の場はない。何せ、弱い仲間では、コボルト、ワーウルフでの戦いですらおぼつかなくなるのだ。星3のみを率いながらも戦果を挙げているノアはかなり例外的であるらしい。
その点だけで見れば、自由派は良い言い方をすれば勇気のある、悪い言い方すれば向こう見ずな戦い方をするため、現段階では自衛隊の召喚士と自由派の召喚士が戦えば、自由派有利の状況であるのだ。
一応、まだ大和町には自由派の連中は来てはいない。卯月にしてみれば、来たとしたら容赦をするつもりはなかった。
深くため息をつきながら、卯月は味噌汁を口に含む。たくさんの野菜が入っているため、ほんのり甘みのある汁が、体に染みる。
ニュースキャスターは言葉を続ける。
『【自由派】のユキを名乗る女性は、私どもの取材に対し、「これが私たちの自由だ」と発言しており、これからの動向に注意がなされています』
「……自由の履き違いしているよな、あいつら」
ふと、口を開いた卯月に、秋刀魚の骨を外していた創剣は顔を上げて卯月を見る。
「日本は法治国家だから、法律ありきの平和でしかないのに」
「貴様に言われるようではあのたわけどもも救われんな。貴様とて法を犯しておるだろうが」
「俺は別に、自由は望んじゃいないよ。大切なものが守れたら、それで十分だ」
目を逸らして言う卯月を鼻で笑う創剣。
創剣自身は、法を破っている自覚があっても、さほど気に留めることはない。少なからず、卯月の認める法律が己を縛らないから、というのもあるが、一番は自分が信じる信念は曲げていないためだ。
脂ののった秋刀魚に箸をつけながら、創剣は口を開く。
「あれほど愚かしい行為をしているたわけを、貴様は放置するつもりか? 仮にでも貴様の名と二つ名、どちらも騙られているのだぞ?」
「まあ、正直最近は目に余るけどさ……大和町の人たちは、俺があんなことをしないって理解してくれているからさ。別にいいかなって」
大和町で召喚士として活動する卯月は、時々人助けもする。薄影のお守りを持ってさえいれば顔はバレることはないが、流石に特徴的な野球ユニフォームは覚えられてしまうらしく、トップバッターの存在は既に町中の人に知れ渡っていた。
だからこそ、時々お礼を言われるのが、ほんの少し、ほんの少しだけ、卯月の喜びになっていた。その他の暴言や、誹謗中傷からが気にならないくらには。
「というか、むしろこれ、浅井の胃痛案件だろ。俺は別に気にならないが、浅井にとっては『トップバッター』と『ユキ』は手札の一つだろ? 自衛隊との交渉材料にもなりえるって言っていたじゃないか」
「貴様の自覚のなさも浅井の臓腑を痛めつける要因となっているのだがな?」
ワイバーンの単独討伐の記録を持ちながらも、己の実力を把握していない卯月に、創剣はあきれたように言う。基本的に召喚士とは、往々にして仲間たよりの存在である。卯月や大谷のように、単独行動で廃棄物の討伐を行っているほうが異質なのである。
首をかしげる卯月に、創剣は深くため息をついて話を変える。
「貴様、そんな調子で絵師の小娘ときちんとできているのか?」
「んぐぅ! いや、も、問題ないよ……うん」
盛大に動揺しながらも、卯月は答える。
美術館で互いの思いを告白してから、二人は正式にお付き合いを始めた。だがしかし、双方恋愛初心者……というよりかは、素人である。結局、手をつなぐ以上の発展はしていない。
相模と一緒に公園で散歩をしたことを思い出し、うっすらと頬を赤らめ目を逸らす卯月に、創剣は軽く舌打ちをすると、口を開く。
「ヘタレか貴様」
「どーせヘタレだよ、悪いかこの野郎。大切にしたくて何が悪い!」
「逆ギレするな阿呆! 廃棄物の討伐は愛想つかれん程度にとどめておけよ?」
「もちろんだ。っていうか、最近はあんまり強い廃棄物が大和町に流れ込んでくることは無いからな。昨日も子供の飼い猫探しを手伝っただけだったぞ?」
そう言いながらも、食事を続ける卯月。既に食事を終えた創剣はテレビのリモコンに手を伸ばし、つまらないニュースを垂れ流すテレビの電源を消した。
季節は、秋へと移り変わっていた。
【トップバッター】に関する住民たちの感想
・いきなり現れて驚いたけれども、普通に優しい人だった(30代男性)
・本当に野球のユニフォームを着ていて、ちょっと笑った(20代男性)
・普通にカッコいい顔をしていた気がするけど、どうしても顔が思い出せない(40代女性)
・ネコちゃんを探すのを手伝ってもらった!(10代女性)
・ゴミ捨て場のスライムを退治してもらった。気味が悪かったから、本当にありがたかった(50代男性)
「貴様、こやつらの記憶に覚えは?」
「あー……ネコ探しは覚えている」
「存外適当よな、貴様」




