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ロードテール  作者: ooi
三章 登竜門
68/157

幕間 アメリカのお土産って、何があったっけ?

前回のあらすじ

・ないよ

・強いて言うなら、美術館での戦いが終わって少し

 夏休みもあともう半分といったこの日。

 眩しい日差しを浴びながら、卯月は木原の家に向かっていた。当然、創剣はいない。


 うだるような暑さにうんざりとしながら、卯月は額ににじんだ汗をぬぐう。蒸散し体を冷やすこともしない、ぬるついた汗がただただ不愉快で、卯月は眉間にしわを作った。


__せめて、自転車で行くべきだったか……


 後悔する卯月だったが、もう遅い。ぬるい、というよりかはもはや暑いと形容したほうがいいような風に吹かれ、卯月はただため息をつくことしかできなかった。


 だが、その苦役もすぐに終わりを告げる。

 目的地に、ついたのだ。


 一般的な、二階建ての一軒家、小さな庭には布団が干してあり、ベランダには木原のものらしき自衛隊の制服が干されていた。


__あれって、一般家庭で洗濯しても大丈夫なものなのだろうか?


 プラスチックやら何やらで強化してあるだろうその服を前に、卯月は茹った頭でそんなことを考えながら、インターホンを押す。

 軽いチャイム音の後、バタバタという足音と、その直後に玄関の扉が外に開け放たれる。


「暑い中悪い、卯月! 松里と安須はもう来てる!」


 タンクトップ姿の木原は、卯月に向かって花の咲くような笑顔を浮かべ、家に迎え入れる。「おじゃまします」と言いながら、卯月はそっと木原家の玄関に入った。


「汗だくで悪いな、木原。夏休みの宿題は順調か?」

「な、何とか……」


 目を逸らしながらもそう言う木原に、卯月は苦笑いをしながら、背負っていたリュックからファイルを取り出し、木原に手渡す。そして、ついでに北海道から送られてきたブドウの大きな一房を押し付け、そっと口を開く。


「うちの親から送られてきたブドウだ。あと、今回の課題の重要なところをまとめた紙」

「えっ、えっ?! あ、課題とブドウ、ありがとう。__母さん! 卯月からブドウもらった!」


 玄関から、キッチンにいるらしい母に向かって伝える木原。少しの空白の後、木原の母は木原に言う。


「いいからさっさと上げてあげなさい! 玄関だと暑いでしょ!」

「わかった! ゴメン、こっちこっち、とりあえず、部屋来て!」


 木原に手を引かれるまま、卯月は木原の家に上がり込み、そして、二階の自室に向かった。

 ひんやりと涼しいエアコンの風に迎え入れながら、卯月は先に来ていた二人に言う。


「おはよう。」

「どっちかって言うと、こんにちはじゃないかしら?」


 英検の教科書を机に置き、ノートから顔を上げた松里は、そう言いながらも、隣で頭を抱えて机に突っ伏す安須を小突く。

 安須は、小さくうめき声をあげて言う。


「しゅ、宿題、終わらねぇ……」

「その驚きの白さ……まさか、一切手を付けていなかったのか?!」


 驚く卯月に、安須は力なく頷く。


「ちょっと、部活頑張りすぎた」

「いや、宿題のサボりすぎだろ」


 あっさりと言い切った卯月は、小さくため息をつくと、木原に言う。


「俺、勉強会やると思っていなくて、勉強道具なんて一つも持ってきていないぞ?」

「あー……もしかして、勉強したい?」

「いや? 夏休みの課題なんてもう終わっているし、特に取りたい検定も無いからな」


 肩をすくめていう卯月に、木原は眉を下げて力なく笑い、言う。


「なら、俺の宿題、手伝ってくれないか?」

「お、俺も……」


 小さく体を震わせながら、手を上げる安須。そんな二人に苦笑いを浮かべ、卯月は言う。


「ああ、もちろんだ。特に安須、今日はサボれると思うなよ?」

「おう! このまま放置していたら、夏休みの最後の一週間に泣きを見るのは目に見えているからな!」

「胸を張って言うんじゃないわよ」


 あきれて言う松里に、安須はそっと目を逸らした。少なからず、今日一日で進められるところまで進めた方がいいはずである。まだ夏休みは半分残っているのだ。


 部屋の中央に置かれたちゃぶ台の開いている辺を陣取り、卯月は腰を下ろす。そうして四人は、ささやかな勉強会を始めた。




 冷水ポットになみなみと入っていた麦茶がもうあと一杯程度になりだしたころには、既に四人の集中力は切れていた。

 最初に口を開いたのは、今まで追いかけられてきた課題からほんの少しだけ距離をとることができた安須であった。


「そう言えば木原、今日、何で俺たちに声をかけたんだ?」

「あ、そうだった。仕事でアメリカ行って、お土産あってさ」


 木原は、そう言うと部屋に備え付けられたタンスに足を延ばす。なぜそんなところに? と首を傾げかけた卯月だったが、タンスの前で一瞬息を整えた木原は、覚悟を以てタンスを開けた。

 開くタンスの扉。次の瞬間、滑り落ちそうになった品を体で押さえ、短く悲鳴を上げる木原。


「ちょ、ちょっと、木原?!」


 焦った松里は、慌ててちゃぶ台から立ち上がると、木原のそばに駆け寄り、落ちかけたソレを見て、思わず笑う。


「アンタ、どれだけお土産買ったのよ!」


 松里の言葉通り、雪崩の如く滑り落ちそうになったのは、ド派手な色のお土産の箱やら謎の置物やら、とにかく、『アメリカ』を感じる品物の数々だったのだ。


「悪い、笑ってないで助けてくれ! じゃないと、彼女が……!」


 ひきつった声で言う木原に、卯月はようやく立ち上がり、つかつかと木原にみよると、無言で英語のパッケージに包まれた箱を拾い、不安定な体勢だった木原を助ける。

 おおよそ想像ができた。彼女というのは、おそらく剣聖だろう。


 重荷から解放された木原は、大きく息を吐いて言う。


「ごめん、助かったよ、卯月」

「いや。ただ、ちらっと見ただけでも結構な品が交じっていなかったか?」


 卯月は、フローリングに転がった金色に装飾された缶詰を見て言う。諸外国の高級品など、あまり知るところではないが、黒と金のラベルのそれは、どう見ても学生が購入できるようなものではない。

 ちらりと視線を上げれば、木原はそっと目を逸らして口を開く。


「いや、ほら、仕事したら、お礼だって言われて……上司からも断ったら国際問題になるって言われて……」

「……いや、うん。まあ、なんだ。聞いて悪かった」


 言葉を濁し謝罪する卯月に、木原は苦笑いを返す。

 よくよく考えてみれば、木原は日本でもトップに近しい召喚士である。被害の甚大な外国では引く手あまたな人材であろう。つまるところ、これらは賄賂にも近い意味合いの含まされた物品なのである。


 あからさまに剣聖を狙っているのであろう、豪華なダイアモンドのあしらわれた女性もののネックレスからそっと目を逸らし、卯月はそっと木原に声をかける。


「にしても、らしくないな。木原なら、多少国際問題になっても、この手の受け取りは拒否するだろ」

「うん、俺に渡されたものは、全部拒否したよ。これは、自衛隊経由で渡された物。これでも大分受け取り拒否したよ。……剣聖あての下着とか」

「うっわ」


 ドン引きする松里。野郎目線から見ても十分に気持ちの悪い贈り物であるが、女性から見ればさらに気分が悪いのだろう。既に全員の勉強の手は止まっていた。


 興味津々と言った様子で、安須が口を開く。


「剣聖さんでそれなら、木原への引き抜きはもっと露骨だったんじゃないのか?」

「ああ、うん、まあ。大半は剣聖がどうにかしてくれたから、問題ないよ」


 力なく笑顔を浮かべる木原に、卯月は眉を顰める。

 木原が大変そうなのは理解していたが、ここまでとは。本来の彼なら、女性である剣聖に頼りきりになることはあまりなかったはずである。なのにもかかわらず、ここまではっきりと剣聖に助けてもらったというからには、かなりの実害もあったことが容易に予想ができた。


 親友が誇らしいと思える反面、やはり、彼の労働環境に一抹の不安を覚える。もちろん、きちんと病院で治療をしてもらっていたところを見る限り、福利厚生はしっかりとしている気はするのだが。

 腹の怪我を浅井に魔法で無理やり()()()もらったことを思い出した卯月は、そっと木原の脇腹を見る。服で隠れていてわかりはしないが、日常生活に支障をきたしていないのは普段の様子を見ても、十分に理解できる。


__浅井の治療は二度と受けたくないな……


 脳裏によぎる『治療』に、卯月はひきつりそうになる表情をこらえる。まるで蛇でものたうち回っているかのようにうごめく腹部に、意味が解らないくらいの痛覚の消失。そして、何故だか意味の分からないうちに治っていた腹部。

 あまりにも冒涜的な光景を思い出し、卯月は再度身体を小さく震わせる。二度と入院が必要そうなレベルの怪我は負わない。恐い上、相模が心配する。


 ふと、思考が横にそれた卯月は、軽く目を閉じて木原に質問する。


「全部断ったのか?」

「ああ、もちろん。一つ受けたら、多分日本に戻ってこれなくなっていただろうし」

「うっわ、おっかねぇ!」


 体をわざとらしく抱きしめ、安須は言う。事実凄く恐ろしい。

 しばらく苦笑いを浮かべて話を聞いていた木原は、たくさんの箱の中から一つを選ぶと、松里に手渡す。


「とりあえず、これは俺が買った分。シャンプーとリンスのセットだって」

「あ、ありがとう……わぁ、可愛いパッケージね」


 透明なビニル越しに見える、愛らしいオレンジ色のボトルに、松里は小さく歓声をあげる。さすが木原だ。女子力の高い選択を苦労一つなく選びとっている。このセンスを付き合っていた女子にご当地限定ダサTシャツを土産に渡し、真面目に説教をされていた安須に見習ってほしい。


「……なんか、俺、凄く失礼な事を考えられていないか?」


 じっとりとした目で卯月を睨む安須に、卯月は肩をすくめて首を横に振る。

 そんな二人をよそに、木原は次の土産を取り出し、安須に渡す。


「はい、これ。プロのバスケットボールの選手から貰った、サイン入りのTシャツ」

「マジか! マジか木原!! 家宝にする!」


 容赦無く木原に抱きつく安須。抱き着かれた木原は、苦笑いを浮かべてTシャツを安須に手渡す。

 同じTシャツを選んでも、この差である。気配りと考えが段違いだ。


 安須は、Tシャツに書かれた名前を見て、うっすらと涙を浮かべながら呟く。


「よかった、ドレイク選手、生きていたんだなぁ」

「ああ。今回の作戦で大分街の方の領土も取り返せたから、しばらくしたらバスケの試合も再開できるかもしれない」

「ありがとう、木原。スポーツのニュースって、やっぱり現状後回しになっているからさ。生死不明だったから、凄く安心した」


 ほっと安堵の息を吐く安須。木原は、そっと微笑んで、安須の背を撫でる。門が現れた現在、日本がここまで平和なのがおかしいのだ。

 最後に木原は、卯月に一つの箱を手渡す。

 箱には、大きく『パンケーキミックス』の文字。


 首を傾げる卯月に、木原は言う。


「卯月、食べ物は嫌だって言っていたけれども、やっぱコレかなって。バニラ風味とか、チョコ風味とか、いろんなフレーバーがあるから、ゆっくり楽しんでくれ」

「ああ、うん、なるほど。ありがとう木原」


 パッケージを見ると、このパンケーキミックスは随分と長持ちするらしい。最近は肉ばかりの食生活となっていたため、気分転換にちょうどいいかもしれない。笑顔を浮かべる卯月に、木原は嬉しそうに笑顔を返す。


「どうせならパンケーキを焼こうかとも思ったが……この土産の山を見る限り、生ものから消費して行った方がいいらしいな」

「うん。チョコ菓子とか、腐らせちゃうのも勿体無いし、お菓子休憩にしようか」

「わーい、俺現在減量中ー!」

「安須、あんた、タイミング悪いわね……ドライフルーツなら大丈夫なのじゃない?」

「……鉄分補給できそうな干しプルーンだけ貰うわ」


 宿題を放り投げ、幼馴染4人は、楽しそうに語り合いを始めた。


 五体満足で帰って来た木原に安堵を覚えつつも、卯月は三人の会話に混じる。

 ジリジリとアスファルトを焦がしていた太陽は、ゆっくりとその角度を傾け、空をオレンジ色に染め上げようとしていた。

「……ってなわけで、今日の晩御飯はパンケーキと塩漬けドラゴンと目玉焼きだ」

「随分朝食じみた夕餉だと思ったら、そう言うことか」


 リビングのテーブルにつき、堂々とした態度で言う創剣に卯月は苦笑いをして言う。


「俺、朝は基本米派なんだ」

「まあ、俺様は別にコメも嫌いではないが……ふむ、この手のパンケーキは久しいな」


 創剣はそう言いつつ、虚空からナイフとフォークを取り出し、上品な手つきでパンケーキを口に運ぶ。そして、小さくうなづくと、口を開いた。


「なるほど、香りづけがしてあるのか。悪くはないが、無い方が好みだな」

「抵抗なく食べているけど……創剣のところにも、パンケーキってあったのか?」

「パンケーキというか、ケーキもあったぞ。イチゴよりも世界樹の実を乗せた物が多かったがな」

「世界樹の実?!」


 驚く卯月に、創剣は心底楽しそうに高笑いをすると、説明を始める。卯月は、目玉焼きに箸を伸ばしながら、創剣の異世界奇譚を聞いた。

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