25話 報告しよう、そうしよう
前回のあらすじ
・卯月君と相模ちゃんが頑張った
・画家さん
すべてが終わり、卯月は相模と手を握り合い、絵画の住人達に見送られて絵画の外に出た。
一瞬の暗闇の後、酷く眩しい光に目をつむれば、次の瞬間、吹く涼しいエアコンの風に、固いタイルの地面。
卯月は深く息を吸い、ゆっくり目を開けると、相模と顔を合わせる。緩く編み込まれた三つ編みの髪に、浮かべられた柔らかい表情。
ぼうっとしていたらしい相模は、軽く息を吐くと、あたりを見て、口を開く。
「あっ、ソーケンさん」
その言葉に、卯月は顔を上げる。
どうやら、ここは先ほど卯月が触った絵の前であるらしい。壁にもたれかかって二人を待っていたらしい創剣は、軽くあくびをすると、仰々しい態度で口を開く。
「うむ、二人とも、大事ないようだな」
「……ああ、まあ。ただ、浅井に報告しないといけない案件が出てきた」
疲れた様子でそう言う卯月に、創剣は面倒な表情を浮かべると、軽く体を伸ばして持たれていた壁から立ち上がる。
「ほう、そうか。とかく、さっさとこの展示場から出るぞ」
「はいはい。相模さん、行こうか」
「……あっ、はい」
突然声をかけられて少し驚いたのか、一瞬だけ声を裏返させた相模は、卯月の手をしっかりと握り、足を踏み出した。
そんな二人を見て、創剣はさも面白そうに笑みを浮かべ、そして、二人よりも先を歩き始める。
戦いは、終息へ向かっていた。
突入から早くも数時間。
次は第一展示場入り口で彫刻からの妨害を受け、自衛隊はたたらを踏んでいた。
そんな中、浅井からチケットを受け取っていたノアは、彫刻たちからの静止を受けることなく、普通に入ることができた。
ノアは、困惑しながらチケットを見る。
__クーも、ブラウも入ることはできなかった……でも、僕だけ、展示場の中に入れた。それは、チケットのおかげ……?
外の本部につながったカメラを回し、美術館の中を探索しつつ、ノアは思考を続ける。
チケットをくれた彼女は、一体何者だ?
どうしてチケットを持っていた? そして、何故自分にチケットを渡した?
すべては浅井の気まぐれにも近いことであったが、何か理由があると思い込んでいたノアには、理解できていなかった。
記憶を漁り、一人の召喚士に思い当たる。多分、というか、仲間を見ても、黒の魔法少女だろう。
__同類とは、どういうことだ?
ノアは考える。互いに、幼少ながらに召喚士をしていること? それとも、門の破壊を目指していること?
前者なら警戒する必要などないが、後者だとすれば、何故彼女はこの美術館に入ることのできるチケットを渡したのだろうか? 本人が言っていた通り、壊せない門だから?
金の髪の毛にそっと触れ、少年は足音を殺して前に進む。散発していく思考に、背負った無線機が妙に重く感じられた。
美術館のタイルの上には、誰一人として人間がいない。その代わりに、よくわからない彫刻作品がタイルの上をすべるように動き回り、そのうちの一つ、妙にとげとげな彫刻が、ノアのそばに寄りそう。
目も耳もないそれが、どうやって自分自身の存在を感知しているのかと一瞬悩んだノアだったが、そんなことを考えていては、目の前の現状が理解できなくなるだけだとそっと思考をやめる。常識など、門が開いた日から一変してしまったのだ。固定概念にとらわれていたところで、意味などない。
レストランのそばの広場にたどり着いたノアは、お土産屋を修理しているらしい男性の彫刻像を流し見、そして、真っ黒な彫刻を見て体を凍り付かせた。
『応答せよ、応答せよ 状況報告を!』
急に動かなくなったノアに、無線から行動の催促が入る。ノアは、少し緊張をしながらも無線に返答する。
「美術館のものらしき作品が動いている。そして、廃棄物らしい存在を発見。拳銃の使用許可を」
『生存者がいる可能性があるため、許可できない』
「……。」
ノアは、眉間にしわを寄せて無線機の奥からの冷徹な判断に深くため息をつく。廃棄物相手に、仲間もなしでどうやって戦えというのだろうか。
困ったように眉を下げると、黒色の彫刻の様子を確認する。彫刻は、何故か肘から先の手が存在しておらず、ふらふらと歩いては、通常の色のままの彫刻たちに近づき、そしてそのまま追い払われるという行為を繰り返していた。
__見つからずに、普通に歩いて行けば問題はないか……?
そう判断したノアは、カメラを構えたまま、壁に背中をこすり合わせるようにして黒色の彫刻の視界から外れ、足音を殺してレストランの方へと歩く。
広々としたレストランの中には、既にたくさんの避難者たちであふれかえっていた。
状況を把握するためにも、避難者たちに指示をしたり、怪我人を集め、治療などを行っている美術館の職員に声をかける。
「すいません、自衛隊所属の二等召喚士、浅井ノアです。避難救護者の確認をお願いします」
「は……?」
あまりに幼い自衛隊員に、女性職員は一瞬間の抜けた声を上げる。
ノアは一瞬不愉快そうに表情を歪め、そして、背中に背負っていた無線を彼女に渡し、説明をする。
「こちら、自衛隊本部とつながっている無線です。僕はまだレストランに来れていない避難者を捜索するので、こちらで預かっていてください」
『待て、ノア二等召喚士。本部との連絡をどうするつもりだ?!』
無線から叫ばれる声に、一瞬、避難者たちの視線がノアに注がれる。
動きを阻害する、重苦しい無線機を背中からおろし、ノアは無線に向かって言う。
「携帯電話は使える様子ですので、これからは山本一尉と電話をしながら探索します」
『だが……!』
まだ口を挟もうとする隊員に、ノアは短く言う。
「人命優先ですので。応急手当の講習は受けましたが、僕一人がそれに参加するよりも先に、この異常事態の原因究明を急ぎ、一人でも死傷者を減らすことが最優先かと」
『まて、君はまだ……!』
言葉を言いかけた隊員。わずかに心配のにじんだその声を押しのけるようにして割り込んできたのは、まるで強欲さを隠しきれてもいない野太い男の声。
『おい、ガキ! てめえ、浅井家の養子である分際で、願いの権利を独り占めするつもりか?!』
「……浅井特別准尉……。」
ノアは、うんざりだという表情を浮かべ、おそらく何の考えもなしに無線の会話に乗り込んだ特別准尉に、ため息をつく。少年の脳裏に映されるのは、おおよそ無能を体現した、浅井財閥の現代表次男、浅井 光樹の姿である。
髪を茶色に染めたという報告を最後に、ここ二週間は連絡を取らずにすんでいたが、ついに作戦に口を挟んでくるようになったのか。ノアはあきれた表情を隠しきることもできずに、ただただ頭を抱えた。
とにかく、早く捜索をしたかった。もちろん、門の破壊を狙わなかったわけではない。だがしかし、それを今言うのは違うだろう。
無線機の奥から聞こえてくる、下品極まりない罵倒に、意味不明な文句。ちらりとこちらを伺う避難者たちを見て、ノアはきまり悪そうに眉間に深いしわを刻んだまま棒読みで言葉を続ける。
「申し訳ありません、無線の調子が悪いようです。さっそく、山本一尉に電話します」
軍服のポケットから支給品のスマートフォンを取り出し、山本一尉の電話番号に電話を掛けようとしたその時。
しばらくノアに向かって怒鳴り声を上げていた男が、とある言葉を吐き散らす。
『逃げるな、薄汚いみなしごめ!』
次の瞬間、ノアは無線機の通信素子をつかみ、怒鳴り返した。
「黙れ、虎の威を借る狐が! その言動で避難者に不安を与えることしかできないのなら、口を閉じていろ!!」
そして、プラスチック特有の鈍くも高い打撃音を立てながらも、容赦なく通話終了のボタンを叩き押し、通信子機を無線機に投げつける。
ノアは、奥歯を噛みしめ、どうしようもない怒りを嚥下しようと深呼吸を繰り返す。
ただただ、怒りの感情しかわかなかった。侮辱されたことも、彼の空気を読まない罵倒も。伝わらないと理解しているため、母国語での罵倒を飲み下し、ノアは舌打ちをして気持ちを切り替える。
先ほどのやり取りで既に避難者からの視線は多く、気まずい思いをしながらも、彼は無線機を預かってくれるらしい女性職員に軽く敬礼し、レストランを出る。
ストレスからキリキリと痛む腹部を抑え、少年は山本一尉に電話をかけた。
「……一尉、ノアです」
憔悴したノアの声に、一尉は小さくため息をつき、返答する。
『……状況は把握している。最優先事項は人命救助。次点で他隊員を館内に安全に侵入させるための方法探し、可能ならば廃棄物の討伐及び門の破壊だ。最後は一番優先度が低い。無理だけはせずに、危険だと判断したら即座に撤退してくれ』
はっきりとしたその指令に、ノアは確かな安堵感を覚えながら、背筋を伸ばし、短く応答した。
「了解しました。あと、そちらにいるはずの浅井光樹に、僕の分の今月の学校給食費の請求をお願いします」
『上司遣いが荒いな。謀反か?』
「いえ、この時期ですので、反抗期かと」
『そう言うのは、君が言うことじゃあないんだよ……』
あきれたように、楽しそうに答える通話口の向こうの上司に、ノアはわずかに安堵の笑みを浮かべる。そして、小さく傷んだ胸の奥に、奥歯を噛みしめて感情を押し殺す。
__早く、家族に会いたい。
この気持ちを、尊敬できる上司に言えるわけがない。言うわけにはいかない。お人好しで、あまりにも優しいあの上司なら、規律違反だと分かっていても、願い事の権利を行使してしまうだろうから。
ノアは、山本一尉に規律違反をさせたくはなかった。彼に、娘二人と息子一人の家庭があると知っているからだ。己のために、彼の家族を傷つけたくはなかったからだ。
深く深く息を吐き、いつの間にかまた足元に近づいてきていたとげとげの彫刻とともに、ノアはこのおかしな美術館の探索を再開した。
ノアが中庭までたどり着いたころ、ふと、手元から先ほどまでビデオ通話していたスマホが消えたことに気が付く。
「?!」
驚いてあたりを見ると、そこには、まるで山羊のような角を生やした、燕尾服の男。
『ノア二等召喚士! ……っ、ノア君! 応答せよ! 応答せよ!』
突然反転した画面に、一尉は動揺を隠せず、スマホに向かって大声を出す。だが、ノアはただただ困惑するしかなかった。
スマホを盗んだ彼……黒の魔法少女の仲間である執事は、しばらくスマホを眺めた後、彼の後ろに立っていた少女にそのスマホを手渡したのだ。
数分ぶりに顔を合わせた黒の魔法少女に、ノアは背中の弓に手を伸ばし、そして、大きく手を弾かれ、驚きで小さく声を上げた。
目を丸くする少年に、半笑いを浮かべる山羊角の執事。黒の魔法少女は、そのスマホに向かって言う。
「初めまして……一応、黒の魔法少女と呼ばれている者です。できれば、これからは冬美とお呼びください」
『……? ノア二等召喚士はどうした』
一瞬首を傾げた山本一尉だったが、はっとして冷静な声で質問する。浅井は、その問いに対し、短く答えた。
「彼自身には指一本触れておりませんので、怪我一つありません。今回は、どうしてもお伝えしたいことがあります」
『……何だ』
「まず最初に、今回稲日市立美術館に現れた門は、破壊することができません。門自体が絵の中に存在しているため、絵画の中に入れたとしても摂理の微妙な差異が発生し、人がふれても門の破壊まで至ることができないためです」
『……何が言いたい?』
「結論を急がないでください。こちらとしても、一般人の安全は優先事項です。まず、第三展示場に避難していた人たちを入り口まで案内し、完全撤退してもらいました。そちらで保護をお願いします。怪我人は傷口は塞ぎましたが、手当てが必要な人が数名居ます」
『近藤! 確認して来い!』
『はい!』
浅井の言葉に、山本一尉はそばに待機していた部下に命令を下す。聞こえてきたバカでかい返事の声に辟易しつつも、浅井は言葉を続ける。
「避難を指示した方々の中に、美術館職員がいます。その方に、チケット売り場の業務をお願いしてください。チケットを持っていれば、一般の美術品たちから妨害行為を受けることはありません」
浅井はそう言って、カメラに美術館のチケットをうつす。
ノアは、浅井の言葉に、ようやく点と点がつながる感覚を覚えた。
「まさか……美術館のルールが適用されている?」
「あァ、ようやく思い当たりましたか」
つぶやくように口を開いたノアに、執事は口元にニタニタと笑みを浮かべながら言う。ノアの言葉が聞こえなかったらしい山本一尉は眉を顰め、浅井に質問する。
『何故だ? まさか廃棄物どもが人間との交渉に応じると?』
「今回の問題点は、そこです」
顎に手を当て、浅井は言う。
「あくまでも、予想でしかありません。ですが、絵画の住人と話をして、ほぼ確信しました。今回、廃棄物は『ゴースト』と呼ばれる存在のみです。
人間と敵対するゴーストは、既存の美術品にとりつくほか、パンフレットにとりつき、掲載されていた写真から作品の虚像を生み出すこともできるようです。
パンフレットから生み出された虚像は、黒になった作品群と比べ、極端に強度が下がり、戦闘した感覚としては、弱くてスライム、強くて空を飛ばないワイバーン程度と言ったところでしょうか」
『待て、戦った感覚と言ったか?!』
目を見開き、そう言う山本一尉に、浅井はこともなさげに言う。
「私は召喚士ですから。廃棄物から一般人を守るのがその役目です。
館内では、稲日美術館のルールが適用され、武器の使用及び持ち込みは不可能となっています。チケットを入手せず、無理やり侵入した場合は武器を持ち込むことができるらしいことが分かりましたが、彼__ノアさんを見たところ、使用はできないらしいですね」
『武器もなしで、どうやって……?』
「魔法を行使しました。建物を損傷する可能性のある土魔法や、作品を傷つける可能性のある火魔法には多少の制限があるらしいですが、対廃棄物に限っては問題なく行使することができます。
ああ、あと、召喚した仲間は人であると判定されない場合に限り、チケットなしで入館及び戦闘できるようです。もちろん、武器の持ち込みと使用に制限はかかるようですが」
浅井は、ちらりと執事を見てそう言う。
メフィストフェレスの武器は、魔法と黒傘である。傘は武器と判定されなかったようだが、浅井の拳銃……魔法の発動体としては行使できるものの、本来の用途、拳銃としてはまったくもって使うことができない。引き金を引こうとすると、手を弾かれるのだ。
軽く息を吐き、棒立ちしているノアに軽く視線を送ってから、浅井は言葉を続ける。
「要請は二つ。一つは、一度入り口まで戻り、チケットの購入をしてから再度人名救助をしてください。
もう一つは、美術品たち……人間と敵対しない廃棄物とは、戦わないでください。彼らには、仲間意識と知性があり、現在は人間に対して友好的ですが、こちらが好戦的に出れば、関係は変わります」
『待て、そうなら入り口の彫刻は__』
「事情を知らない事故に近い状況ですし、許してもらえる……と思いますが、正直知りません」
無責任にもそう言い切る浅井に、山本一尉は頭を抱える。
通話口の向こうの山本一尉に、浅井は淡々と言う。
「私には望みがあります。そのため、自衛隊には所属しません。罪は償います。__願いを叶えた後に」
はっきりと言い切った浅井。
そんな彼女に、ノアは目を丸くした。
__ああ、同類とは、こういうことか。
叶えたい願いのある、彼女。圧倒的な才能を持ち、不可能を可能に捻じ曲げる強引さと、執念と、そして、実力がある。
ノアは、かすかに奥歯を噛みしめ、決意する。
__今の僕じゃ、あの子に勝てない。でも、でも!
しばらく山本一尉と話をした浅井は、伝えるべき事項を伝え終わったのか、スマホをノアに返す。
ノアは、スマホの画面をタップし、マイクを切る。
その様子を見た浅井は、驚いたようにノアを見る。かすかに警戒した執事は、左手にかけていた黒傘に手を伸ばし、目を細める。
そんな二人を気にすることなく、ノアは口を開く。
「僕も、叶えたい願いがある。だから、だから、君に負けない」
その宣言を聞いた浅井は、少しだけ驚いたような表情を浮かべた後、フッと微笑んで、言う。
「……そう。なら、頑張って」
真夏の日差しは、ぎらぎらと暑く、鋭く、地面を焦がし、そして、空は青に澄み切っていた。




