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ロードテール  作者: ooi
三章 登竜門
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23話 再開と遭遇と

前回のあらすじ

・五分耐久

・創剣流魔法の使い方

 創剣によって一掃された通路を通り抜け、卯月は門の出現した絵の前に立つ。

 回された換気扇のおかげで、黒い靄に溢れていた通路は、視界が晴れ、そして、換気扇によって外に出された結果、空気も綺麗になり、比較的マシになっていた。


 重たい腹部を軽く押さえ、卯月はそっと吐き気をこらえる。

 何かと体のダメージが大きな卯月は、遅い足がさらに遅くなっている。が、創剣は文句の一つも言わず、楽しそうに薄く笑みを浮かべたまま、卯月の到着を待つ。


「さて、まずは朗報と行くか。貴様があくせく五分間無駄な戦いをしている間に、いいものを見つけた」

「……いや、まあ、反論はしない。ぶっちゃけ、俺も慢心していたからな」


 嫌味ったらしい創剣の言葉に、卯月は苦々しい表情を浮かべ、言う。結局、五分持ったのは、かなり運に頼ったところがあった。普段の廃棄物との戦いで、今の敵を下に見ていたのだ。


 そんな卯月に高笑いを返し、創剣は言う。


「いやなに、俺様も貴様を少しばかり甘く見ていたらしくてな。三分で死ぬと思っていたが、よもや五分持ち切るとは。無様な幕引きではあったが、見事だったぞ」

「いや、どっちだよ」


 ツッコミを入れる卯月。

 創剣は楽しそうに笑うと、言葉を続ける。


「見つかったぞ、絵師の娘」

「……?! 本当か、創剣!」

「嘘をついて何になる。あと、あの小娘、絵画越しに貴様の活躍を見ていたらしいぞ」

「……えっ」


 あまりにもあっさりとした創剣のセリフに、卯月は、顔からサッと血が引くのを感じた。

 見ていた? 召喚士として、戦う己の姿を?

 グロテスクだとか、ゴア表現が過ぎるだとか、そう言う話ではない。結局、何を目的にしていようが、自衛隊に所属せずに召喚士をするのは、犯罪行為でしかないのだ。


 きちんと、話をしようと思っていた。だというのに、こんな結末、アリか? いや、なしである。


 茫然と頭を抱えだした卯月に、創剣はニタニタを意地の悪い笑みを浮かべながら、言う。


「いやなに、秘密があるのは、貴様のみではない。絵師の娘も、何やらついさっき秘密ができたらしい」

「……ああ、うん、ちゃんと、話し合う」

「さては貴様、王たる俺様の話を聞いていないな?」


 あまりの衝撃に、うわの空の卯月に、創剣は「不敬!」と罵るも、心ここにあらず、と言った様である。


 創剣は軽く咳き込むと、もともとは黒い靄で視界すら定かでなかった通路の奥へと足を踏み出していく。卯月も、黙ってそれに従った。

 数分間歩き続け、たどり着いたのは、A3程度の大きさの絵画のある広場。ちらりと題名を覗き込んでみれば、そこには『笛を吹く少年』の文字。


 背景の草原は描かれているのだが、当の『笛を吹く少年』本体だけがいないらしく、風吹く草原に空しく木の葉が一枚、吹き去っていった。


「……相模さん?」


 ふと、気配を感じた卯月は、つぶやくように声を出しながら、あたりを見る。そして、背後の壁に飾ってあった一枚の絵に気が付き、卯月は目を丸くした。


 そこにいたのは、通り過ぎた絵画の中にいなかった、画家や肖像画の人物、笛を吹く少年たち。ほかの絵画の住人達もその絵に集まっているのか、妙に人口密度の多い絵が、そこにはあった。


 住人たちは、何やら大きな壁のような物を作っているらしく、壁の材料には、コンクリートやら木材やら鉄やら、果てにはガラスに宝石、おもちゃのようなプラスチックさえも使われている。


 まるでちぐはぐな材料をモザイク画のようにつなぎ合わせた壁の前で、まるで指揮をするかのように筆を動かしているのは、一人の女性。みつあみに、チョコミント色のワンピース。

 彼女は、相模その人だった。


 創剣は、ニタニタと笑いながら、卯月に言う。


「絵に触れれば、絵画の中に入れる。出る方法は知らん」

「……創剣はどうやって……?」


 首をかしげて言う卯月に、創剣は砕けたキーホルダーを見せる。


「これにここの座標を覚えさせ、転移魔法を付与した。流石に耐えきれず、砕けてしまったがな。で? 貴様はどうする?」

「……質問する必要なんてないだろ。まあ、強いて言うなら__」


 卯月は、一度言葉を切り、ポケットからハンカチを取り出し、手と口元をぬぐい、見た目を多少整える。少し傷が深かったのか、まだ手のひらからの出血が止まらない。だがしかし、流石にただの美術館見学に治療セットなど持ってきてもいない卯月は、ハンカチで軽く止血し、そのまま足を踏み出す。


 そして、後ろを振り返って、言う。


「__もし、帰ってこれなかったら、浅井の願いを頼む」

「はっ! 貴様に頼まれるまでもないわ、阿呆め!」


 高笑いをする創剣に苦笑いを返し、卯月は迷うことなく、絵画に触れた。


 ずるりと、体が引き込まれる感覚。抵抗することもなく、卯月は絵画に飛び込んだ。






 気が付けば、卯月は風の吹き荒れる荒野に立っていた。

 少し遠くを見れば、モザイクのようにちぐはぐな壁。そして、作業を続ける絵画の住人達。


 卯月は、武器もなく、戦う意志もなく、その集団にゆっくりと歩み寄っていく。


 乾いた土の感触は、現実のものに限りなく近く、空も風も、()()()()()のようだった。だが、結局、現実に近いだけである。


__あくまでも、『絵画の世界』でしかないな……


 絵の具でできた地面を踏みしめながら、卯月はそんなことを考える。理解すれば理解するだけ、心の中に増していく確かな違和感。正直、好きではなかった。


 目の前には、筆を動かし、大きな壁を描いている相模。理解できない状況だが、確かに壁は描かれていた。

 周囲も見えないほどに集中した相模。そんな彼女に、卯月はそっと声をかける。


「……相模さん」

「……あ」


 声をかけられた相模は、一瞬体を停止させた後、こちらを見る。


 卯月は、反射的に目を伏せていた。

 もし、相模の目に、恐怖の色が滲んでいたら。もし、彼女の言葉に棘があったら。卯月は、耐えられるかわからなかった。


 互いに、無言のうちに数秒が立ち、気まずくなった卯月は、そっと口を開く。


「「あの、」」


 どうやら、同じタイミングで口を開いたのか、相模の声と卯月の声が、重なる。驚いた卯月は、ようやく顔を上げ、相模の表情を見た。


 相模の表情には、恐怖も、おびえも、嫌悪感もなかった。ただ、いつもの相模であった。

 視線で言葉の先を譲る相模に、卯月は意を決して口を開く。


「……俺は、召喚士をしている。一応、創剣を召喚してしまったのは、俺だ。創剣と契約を結ぶために願いを使ったから、自衛隊には所属できない」

「……そう、ですか。」


 独白のような卯月の告白に、相模は戸惑ったように返事をする。まだ、はっきりと理解していないらしい相模に、卯月は言葉を続ける。


「法律が変わらない限り、俺は、犯罪者だ。悪いことをしていると分かっていながら、相模さんと一緒にいたいと思った俺は、正直、クズでしかない。どう考えたって、君に悪影響を与えると分かっていながらも、自分の欲求しか見ていなかったから」

「そう、ですか?」

「許さなくていい。君が、創剣と出会いさえしなければ、賞は確実に取れていた。俺が、創剣を呼びさえしなければ__」

「……違います」


 卯月の告白を断ち切り、相模はまっすぐな目で卯月を見る。

 描かれた絵筆を握り締め、今度は相模が告白をする。


「私は、絵を描くことにしか興味がありませんでした。だから、賞や評価は気になりませんでした。……でも、卯月さん。貴方に出会って、価値観が変わりました」

「そう、なのか」

「ええ。絵を描く楽しみは、変わりません。でも、絵を描いた先を、見つめるようになりました。__認めてほしくなったんです。絵を描く手伝いをしてくれた、卯月さんがどれだけすごいか、分ってほしくなったんです」

「そう、なのか?」


 疑問形を口にした卯月に、相模は大きく頷いて、そして、そっと視線を地面に向ける。


「だからこそ、自分が嫌になりました。それでしか、卯月さんに恩返しができないから。私には、絵しか取り柄が無いから」

「……違う。」


 言い切る卯月。その視線には、確かな確信があった。


 再び、沈黙が荒野に訪れる。

 いや、音自体はある。まだ壁は完成していないため、絵画の住人たちは忙しく歩き働き続けているためだ。


 先に、卯月が口を開いた。


「俺は、相模さんの絵に対してのひたむきさに、救われた。呆れるほど絵が好きな相模さんが、カッコいいと思えてた。

 君みたいに、未来を描き続ける人がいたから、俺は召喚士として望む日常を守り続けられた。……君と出会えなければ、遅かれ早かれ、俺は召喚士を辞めたよ」


 卯月にとって、相模は日常の象徴だった。絵を描けるような『普通の日常』が、廃棄物という異物が存在していながらも続けられているという、その実感。

 確かに『日常』が守れているという実感が、彼女の存在そのものであったのだ。


 愛おしい、『日常』。

 卯月は、確かに相模が好きだった。


 しばらく無言で卯月の話を聞いていた相模は、ゆっくりと顔を上げて、言葉を紡いだ。


「私は、卯月さんに出会えなければ、少なからず体を壊していました。絵を描くという行為に溺れて。そして、ソーケンさんに出会えなければ、満足いく絵は描けていませんでした。

 ……卯月さんと出会えて、本当によかった。貴方がいなければ、私は独りよがりに絵を描き続けることしかできなかった。私は、卯月さんと出会えて、変われたのです」


 二人の視線が、かち合う。

 先に、手を伸ばしたのは、どっちだったのだろうか。おそらく、どちらも手を伸ばしていた。


 相模は、泣きそうな笑顔を浮かべて言う。


「好きです、卯月さん。私みたいな、何のとりえもない人でも、好きになってくれますか?」


 その言葉に、卯月は、相模の筆まめの出来た手を握って言う。


「好きです、相模さん。俺みたいな、どうしようもない犯罪者でも、一緒にいてもらえますか?」


 その言葉に、相模は、卯月の血に汚れた手を握り返す。


「はい。一緒に、いてください。いさせて下さい」

「俺も、好きです。好きでいさせて下さい」


 互いに、あまりにも自信のない二人。

 交わされた言葉に、二人はくしゃりと涙目で笑顔を浮かべ、そして、抱きしめ合った。


 その日、二人の思いは、つながった。

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