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ロードテール  作者: ooi
三章 登竜門
63/157

21話 絵画戦争という名前の実質物理戦(1)

前回のあらすじ

・ハシビロコウ撃破

・浅井ちゃん、ノア君と遭遇する

 第二展示場に移動した、卯月と創剣。


 卯月は、第一展示場と似た雰囲気でありながら、微妙に細部の異なる第二展示場を眺め、そして、小さくつぶやいた。


「とにかく、俺は『笛を吹く少年』のところに行く。創剣はどうする?」

「俺様は……そうだな、貴様に付いて行ってやらんこともない」

「どっちだよ」


 苦笑いをしてツッコミを入れる卯月に、創剣は軽く鼻で笑うと、手の中で剣のキーホルダーを弄ぶ。

 美術品を保護するため、間接照明が薄暗く照らす、荘厳な室内。その中には、既に数体の黒色の染まった彫刻がうごめいている。


 まだ見つかっていないが、素手である現状、あまり彼らと敵対をして消耗していたくはない。


「最低限、武器があればいいけどな……」

「阿呆め。その点で言えば、俺様なぞ丸裸もいいところだぞ?」

「胸張って言っていいことか?」

「フハハハハ!」


 高笑いでごまかす創剣。何かと武器の性能頼りの彼は、少なからず縛りが大きいのだ。

 そんな彼に、卯月は盛大な溜息を吐いた。


 結局のところ、双方ノープランである。現状で手に入れた断片的な情報と、勘だけで第二展示場に足を延ばしたため、解決方法や、そもそもどこに門があるかなど、知りもしないし、わかるわけもない。


 だがしかし、二人に不安はなかった。


 敵が現れれば、ねじ伏せればいい。

 理解不能な状況が起きれば、吹き飛ばせばいい。

 不利になれば、隣の人間に頼ればいい。

 なぜなら、(やつ)なら、裏切らないから。裏切らないなら、背を気にせずにいられるなら、全力で戦える。


__立ちふさがる敵を、薙ぎ払う。美術館の品である以上、無限に出現することはないはずだ。これしきの事で俺様はどうにもならんが、億に一……いや、兆に一があっても、あやつがいる。


 涼しい館内で、軽く体を伸ばしながら、そう考える創剣。

 その思考ははるかに傲慢である。だがしかし、確かに卯月を()()していた。


__とりあえず、創剣の足手まといにならない程度に立ち回り、相模のいる絵を探す。補助できるところなんて、百に一つ……いや、千に一つもないだろうけれども、創剣がまずそうだったら援護なりなんなりした方がいいか。


「行くぞ、貴様」

「わかっている、創剣」


 どこかずれていながらも、確かに通じた信頼に、二人は互いに笑みを浮かべる。

 澄み切って、凶悪で、純粋で、そして、裏表のない笑顔を。


 投げ渡された薄影のお守りをノールックで受け取った卯月は、深く息を吐いて、先に足を踏み出す。当然、足音を立てぬように、しかし、一定以上の速度を保って。


 黒色に染まった女性の石像の横を通り過ぎ、そして、絵を確認していく。


__『青』、『まつり』、『無題』……よくわからない作品ばかりだな……。


 美術関連に疎い卯月は、さほど注視することも、足を止めることもせずに流し見ていき、そして、曲がり角一歩手前で足を止め、後ろを振り返る。

 ここまでは、なかった。


 それを判断した卯月は、ポケットからペーパーウェイトを取り出し、大きく振りかぶって、一投。


 久々の投球だったが、肩はまだ錆びきってはいなかった。

 まっすぐな直線を描き、徘徊していた髪の長い女性の石像の頭部に当たり、甲高い音を立てる。


『____!』


 突然の衝撃に、黒色に染まった像は、周囲を睨みつけるように見回す。油の失われた機械のように、随分といびつな動作がより一層恐怖と奇妙さを際立たせるが、卯月は声を上げることもなく、その場に立って警戒だけをする。


 ガラスのはめられたその瞳で、くまなく周囲を見る石像だったが、誰を見つけることもできない。当然、薄影のお守りがその効果を表しているためだ。


 あらぬ方向を向いた彫刻の隙を、創剣は見逃さない。

 鎧をまとっているとは思えないほど軽やかであり、そして、まっすぐにのばされた籠手は、容赦なく石像のうなじをつかみ取った。


『___?!』

「……むぅ、思ったより硬いな」


 言いたいことを噛み殺し、卯月は深くため息をつく。ため息の音が、声と判定されないのが唯一の救いだった。


 創剣に素首をつかまれた女性の彫刻は、当然背後にいる創剣から逃れようともがき暴れる。

 振り回された腕が近くの絵画をかすめ、中にいた神輿を背負った男たちが悲鳴を上げて、必死に神輿を絵の奥へと運んでいく。


 動く絵に一瞬驚いた卯月だったが、それを気にしているよりも先に、創剣が動いた。


 右腕で像の首をつかんだまま、開いた左腕で石像の胴を殴る。

 砕ける石像に、創剣の籠手から伝う血液。


 目を見開き、思わず歩み寄った卯月に、創剣は短く言う。


「案ずるな、俺様の血だ」

「……!」


 卯月は出そうになった声を噛み殺し、パンフレットの隅にボールペンで文字を書き殴る。


『だからどうしたって話だ! 怪我、どうするつもりだ?』

「怪我? 阿呆め。この程度かすり傷にも含まれんわ。俺様が意識する以前に自己治癒する程度だ」


 あっさりと言い放つ創剣に、パンフレットに文字を書き殴ろうとペンをきつく握りしめた卯月。

 だが、そんな卯月に、創剣は涼しい顔で言い放つ。


「ところで貴様。悠長にしておってよいのか?」

『?』

「いやなに。これだけ大きな音を立てたのだ__」


 創剣の演説の最中。

 すさまじい音共に、それらは()()()()()()


「?!」


 そっと顔を青ざめさせる卯月。

 高笑いをしつつも、未だ微妙に動く女性の石像を踏みつけ、拳を構える創剣。


「来るぞ!」

「……!」


 そう叫ぶ創剣。

 そんな創剣に、卯月は容赦なく文字を書いたパンフレットを、どや顔を披露するその尊顔に叩きつける。


「__!!?!」


 あまりの想定外に、創剣は声を上げることすらもできず、ただ茫然とそんな凶行を行った卯月を見る。

 創剣の足を甲冑越しに踏みつけた卯月は、ポケットの中に入れたままだったメモ帳を取り出すと、さらさらと文字を書いて、見せる。


『無用な戦いは避ける。OK?』

『何がOKだド阿呆! 不敬! 語彙力を失うほどには不敬だ!』

『了承してくれてありがたい』


 顔に張り付いた律義にもメモ帳に書きなぐり、言葉を返す創剣に、卯月は同様にメモ帳に文字を返して見せ返す。双方、存外通じていなかった未来像に、額に青筋を浮かべつつも、声を出さず、それらが来るのを見守る。


 集まってきたがらくた(廃棄物)たちは、砕けた同類に驚きの感情さえ浮かべず、文字通り熱のない表情で音の元を探すように、その体を歪に動かす。中には、大蛇のようにうねりながらこちらに近づいてくる、洗濯機の排水ポンプのような物も交じっていた。


『芸術って、よくわからないな』

『俺様に言われても困るわ、阿呆め』


 呆れたような表情を浮かべ、籠手で書きにくそうにペンをつまんで文字を書く創剣。

 気の抜けるようなやり取りをしつつも、ずるずるとその場を後にしていく黒色の彫刻群に、二人は軽く息をつき、そして、体を硬直させた。


 理由は簡単である。

 薄影のお守りを、二人で共有する方法を考えていなかったのだ。


 もともと、薄影のお守りは持っている本人と、その本人がふれた人間に効果が出る。現状は、卯月が創剣の足を甲冑越しに踏んでいるため、効果が出ているのだが、足を踏んだままだと当然、歩けない。


 一番簡単な方法は、手を握ることだ。

 だがしかし、創剣はもちろん、卯月も、野郎二人でおててをつないで美術館巡りなどしたくもなかった。というよりかは、単純に、手を握った状態だと戦いにくい。


 ひきつった表情を浮かべる創剣に、創剣が血を流したときよりもサッと顔を青くする卯月。

 二人の、無言のうちの葛藤は、誰に見られるでもなく、しばらくの間、不気味に変貌した美術館で攻防を繰り広げた。






 何の変哲もない明るい部屋。

 涼しい風の吹き抜ける草原。

 潮の香りが漂ってくるような海辺の町。


 笛を手にした少年に引き連れられ、相模は絵画の中を歩き回っていた。


「すごい……! 夢みたい……!」


 画家の肖像画があったのか、相模も良く知る有名画家が絵を描くところをまじかで見ながら、相模は小さく感嘆する。


 絵画の世界。

 そこは、たくさんの絵画をつなぎ合わせたような、歪でありながらも美しい世界だった。

 案内役を務めてくれる『笛を吹く少年』は、ここの絵画たちが本当に好きなのか、相模の質問に一から百まで答えてくれる。


 無邪気に喜ぶ相模に、『笛を吹く少年』は嬉しそうに笑うと、歌うように言葉を紡ぐ。


「君ガ気ニ入ッテクレテヨカッタ。オ絵描キガシタカッタラ、ソコノ画家ニ声ヲカケルト良イヨ」

「そう、ですか」


 楽しい、見たこともない世界に、相模の創作意欲は掻き立てられていた。

 だがしかし、同時に、胸の中にとある感情が浮かんでいた。


「あの、すいません。絵画の外に出る方法って……」

「外ニ出タイノ? ココナラズットオ絵描キガデキルノニ?」


 不思議そうに首をかしげる少年。

 そんな少年に、相模は少しだけ申し訳なさそうに言う。


「そのお話も、大変……すごく魅力的ですが、でも、やっぱり、外に戻りたいです」

「ナンデ?」


 詰め寄る少年。

 そんな『笛を吹く少年』に、相模は少しだけ驚きつつも、少しだけ悩んだ後に答えを言う。


「やっぱり、向こうには、卯月さんがいるから、ですかね?」

「ウヅキ?」

「はい、卯月さんです」


 ほんの少しだけほほを赤くし、そう言う相模。

 笛を吹く少年は、幼げな眉を疑問に寄せ、相模に問う。


「ジャア、ソノ人ガココニ来テクレタラ、君モココニイテクレル?」


 その言葉に、相模は小さくうなり声を上げ、悩む。


 少しだけ考えた後、答えはすぐに出た。


「__私は、卯月さんと一緒にいたいです。でも、卯月さんはここにずっといたいとは思わないと思います。多分彼は、……うーん、説明が難しいな……『日常』が好きなんだと思うんです」

「……ニチジョウ?」

「はい、『日常』です」


 相模は、そう言うと周囲を眺める。

 広がる青空は、よくよく見れば絵の具で描かれ、いかに写術的でも、この世界が『偽物』であることは否定できない。吹く風も、足に触れる青草の柔らかさも、意識すればするほど、『つくりもの』なのだ。


 彼はおそらく、『偽物の日常』を、『つくりものの世界』を好みはしない。論理的に説明しろと言われれば、感情的な、それこそ直感的な判断でしかないためできない。だが、相模は確かにそう思っていた。


 深く息を吐き、相模は考えをまとめる。


「卯月さんは『日常』が好きで、そんな卯月さんが、私は好きなんです」


 言ってしまえば、存外簡単なことだった。

 するりと出てきた自分の言葉に、少々の驚きと想定以上の納得が染み渡る。


__そうだ、私は、卯月さんが好きだったんだ。


 自覚した好意の正体に、相模はふっと心が軽くなるような感覚を覚えた。

 納得してしまえば、言葉に出してしまえば、至極簡単なことだ。その簡単なことが、導き出せた。それだけで、十分この世界への未練は消えうせていた。


 晴れやかな表情を浮かべ、相模はまだ疑問を抱いているらしい笛を吹く少年に、言葉を紡ぐ。


「私、卯月さんと一緒にいたいのです。絵を描くのとは、別の『好き』だから。」

「……モシ、ソノ人ニ嫌ワレタラ?」

「その時は、その時ですかね。多分。今、自分に非があって嫌われたと分かっていても、すっぱり諦められるかなんて、分らないです」


 彼が私を好きかなんて、分らないのですけれども……と言葉を濁す相模。

 既に、相模の中では人生をかけて愛した絵と、卯月を天秤にかけられるくらいには、『好き』であった。


 すがすがしい笑顔を浮かべる相模に、笛を吹く少年は言葉を続けることができない。


「お願いします。私、()()()()()()。まだ、元の世界に未練がありますから。この気持ちを、卯月さんに言えないのは、嫌です」


 はっきりとした、相模の要求。迷いのない、その言葉。

 笛を吹く少年は、小さくたじろぎ、そして、その目に薄く涙を浮かべた。


 突然泣き出してしまった少年に、相模は驚いて駆け寄る。


「ご、ごめんなさい!」

「違ウ。違ウヨ。君ハ悪クナイ。デモ、僕ガ()()ダカラ。ダカラ、ミンナヲ守ラナクチャ。ソノタメニモ、画家ハ絶対ニ必要ナンダ!」


 ぽろぽろと泣き出す少年。

 不安そうな眼付きで見守る画家に、そっと少年に寄りそう楽器を持った妙齢の婦人。老若男女様々な『絵画の登場人物』が集まり、そして、不安げな表情を浮かべる。


 しゃくりあげながら、少年はとぎれとぎれに言葉を、弱音を吐く。


「黒イ門ガ現レテ、僕ラガ動ケルヨウニナッテ、デモ、人ガ好キダッタ。危害ナンテ加エタクナカッタ。ソレデモ、黒色ニナッチャッタ仲間ハ、人ヲ、僕ラヲ襲ウンダ。僕ラハ、人ヲ幸セニスルタメニ生マレテ来タノニ! 産ンデモラッタノニ!」


 絵画は、ぽろぽろと絵の具の涙を流す。本物ではないが、その感情がつくりものであるようには、相模にはとても見えなかった。

 笛を握り締め、少年は言葉を続ける。


「絵ガ描ケル人ナラ、アノ門カラ出テクル黒イどろどろカラ、ミンナヲ守レル。オ姉サン、オ願イ。壁ヲ描イテ。アノ門カラ、ミンナヲ守レル壁ヲ」


 相模に縋り付く少年。顔を上げれば、祈るような視線で、相模を見つめる絵画の住人達。


 少しも考えることもなく、相模は、口を開いた。


「絵を描いて、皆さんを助けられるなら、いくらでも協力します。ただ、壁を描き終わったら、元の世界に返してください」

「……! イイノ?!」

「当たり前です。あと、この世界を見せてくれたお礼だと思ってください。現実世界だったら、こんな魔法みたいな世界、見ることなんてできませんでした」


 笑顔を浮かべて言う相模。

 そんな相模に、笛を吹く少年は、泣いたせいで少しだけ晴れた目をこすり、笑顔を浮かべて言う。


「オ願イ、オ姉サン!」

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