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ロードテール  作者: ooi
三章 登竜門
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20話 正門での攻防

前回のあらすじ

・チケットのあまりが二枚

・パシられるルマエル

 ルマエルの手に二枚のチケットが手渡されたところで、浅井は軽くため息をついてスマホから目を離し、周囲を見る。

 現在いるチケット売り場から少しの距離。そこにいるハシビロコウは、未だ自衛隊所属の召喚士たち相手に無双をしている。何度かその体を砕かれたり焼かれたりもしたが、そのたびに復活し、不届き物の侵入者を返り討ちにし続けていた。


 怪我人多数ではあるものの、死人が出ていないなら浅井に関わり合いは無い。


__ルマエルが来るまでは待機……


 そこまで考えたところで、浅井はふと、目を見開く。


「……ねえ、執事。ちょっと、入り口から中に入ってもらえないかしら?」

「お嬢様、随分唐突なクビ宣告ですね?」


 両手を広げ、大げさに悲しみながら言う執事。

 ハシビロコウの彫刻と殴り合いになれば、双方ほぼ無限に復活する以上、メフィストフェレスが不利……というよりかは、不毛である。

 だがしかし、浅井は首を振る。


「違う。まだ新しい人材が見つかっていないから、クビにするつもりはない。いいから、入ってみて」

「新しい人材が見つかればクビになると」

「現状私の執事なら、さっさと行ってくれないかしら?」

「かしこまりました、お嬢様。ですが、お嬢様に危険が及ぶとなれば、ワタクシ、必ず戻ってまいりますので」


 いっそ腹立たしいほどきれいに一礼した執事は、黒色の傘を片手に正門の方へと歩み寄る。そして、ついにハシビロコウの前を通過し、そして、門を踏み越える。


 一瞬だけじろりと執事を睨みつけたハシビロコウだったが、進路を妨害することはなく、執事はそのまま門を超えた。


「……フム、これは……?」


 茫然と周囲を眺める執事に、浅井は言う。


「……メフィストフェレス。貴方、悪魔でしょう? 天使のルマエルは、チケットを持っていないにもかかわらず美術館の中に転移できていた。なら、人間ではない貴方なら、美術館に入れるのじゃあないかって、予想したの」

「なるほど。ですが、ワタクシ、お嬢様を置いて単独行動するつもりはございませんよ?」


 執事はそう言うと、両手を広げ、わざとらしく大仰な態度をとる。

 いくら不可視になる魔法をかけているとはいえ、他人とぶつかればその限りではない。執事の左手がハシビロコウと戦っている自衛隊員にぶつかりそうになり、浅井は驚きで声を噛み殺した。

 決意の固そうな彼に、浅井は軽くため息をつくと、執事に言う。


「ルマエルがチケットを持ってくる。だから、一枚余るだけ」

「そうですか、そうですか。まあ、()()()()()()()()()()()

「……。」


 含みのある執事の物言いに、浅井は無言を貫く。


 執事(メフィストフェレス)は、悪魔である。だからこそ、浅井は彼を信用し、そして警戒していた。


 メフィストフェレスは、狂人でありながら、忠実な執事である。たとえ浅井が外道になり下がろうとも、おそらくは忠実なる執事としてその道を付いて行くだろう。もちろんそこに、浅井を堕落させようという意思はない。

 家族を生き返らせるためなら、法を破ることも厭わない浅井だが、外道に堕ちるつもりはない。そこの部分で、執事はストッパーになりえない。

 だからこそ、浅井は、彼を警戒しなければならなかった。


 自分が正しい道を進んでいるかなど、他人から見なければわからない。その他人に、一番身近にいるメフィストフェレスは含まれない。そして、現在書類上の保護者となっている創剣も、部分的には正しいものの、正しさのベクトルが基本的に地球基準ではない。

 結局のところ、己が目指すべき『正しさ』を見失わないためには、自分で自分自身の行動を見つめなおさねばならないのが現状なのだ。


 もともと、チケットが一枚しか手に入らなかった場合、浅井は、日令を行使して執事を創剣の補助に向かわせるつもりだった。魔法が行使できる環境なら、メフィストフェレス一人で何とでもなるためだ。

 だがしかし、執事は言った。『単独行動はしない』と。


__今回の目的は、あくまでも門の破壊。貢献度一位は目指してはいないけれども、死者は出ないに越したことはない。初動が遅れてしまった以上、その遅れを取り戻すためにも、戦力は速めに送らなくてはならない……


 優先順位を頭で組み立てつつ、浅井はルマエルの到着を待つ。


 浅井には、あまりに効率的でない執事の発言が、理解しきれてはいなかった。

 リスクなくして門の破壊などできやしない。チケットなしで美術館に侵入できるなら、最適解は、魔法の使えるメフィストフェレスが先行し、創剣や卯月、大谷の補助をすることである。


__創剣様、もとい、ルマエル曰く、門は絵画の中。彫刻作品に描かれた絵を除けば、絵画が存在するのは第一、第二、第三展示場内の特設展示場のみ。第一展示場の探索は、創剣様が行ったため、可能性は第二展示場か第三展示場の特設展示場。


 だがしかし、執事は浅井の最適解を却下した。そこにどんな理由があるか、何も告げることはなく。

 理解の及ばない解答と、妙にむず痒い感覚。知っているようで、理解できない感覚に、浅井はただ困惑した。


 まるで、父に叱られたときのような、お姉さんに心配されたときのような、あの気恥ずかしい感覚。

 血のつながりどころか、人ですらない執事に、そんな感覚を覚えるなど、ありえない。おかしい。


__第二展示場は、カメラが使えない危険性がある。なら、第三展示場の特設展示場から確認すべき。予測される事態は……


 分裂する思考に、浅井は軽く首を横に振る。

 今、無駄に考えたところで、さしたる意味はない。


 軽く息を吐いて、浅井は空を見上げる。

 皮肉に感じるほどに雲一つなく快晴な、空。じりじりと地面を焼き尽くすような日光に、濃い緑に変わった街路樹。

 夏めいたこの空気に、浅井は居心地の悪さを覚える。


 とにかく、ルマエルさえ到着すれば、ここに用事はない。


 そう判断した浅井は、じっとりと浮かぶ汗を、手でぬぐう。あまり外に出ていなかったため白かった肌は、じわりじわりと紫外線に赤く焼かれていく。

 ふと、そんな浅井の視界に、自分と同い年程度の子供が入り込む。


__危ないわね……


 そう思いつつも、視線を逸らそうとしたその時、彼の手首に銀色の輝きがあることに気が付く。


「ブラウ、ゴー。クー、ステイ。本田さん、突入許可を」


 無線に向かって言うその少年。

 輝く金の髪に、澄んだ蒼の瞳。装備は自衛隊の装備品をそのまま子供用に無理やり変えたような姿。特筆すべき装備は、やはり、その近代的な装備とは正反対の、弓と矢筒だろうか。


 少年は、無線から二、三話しかけられ、それに対し適当に返答を返すと、後ろから大きなポリバケツの乗った台車を押し、そばに控えていた尖った耳の仲間(パートナー)に声をかける。


「作戦開始します。よろしくお願いします、ル・エルバ様」

「かしこまりました。我が主に変わり、その命令を遂行いたします。__我が祖先の神々よ、力を貸し与えたまえ 【セイクリッド・シールド】」


 ル・エルバと呼ばれた白の祭服をまとったその男性は、手に持った六角形の銀色のモニュメントをそっと手の前に出すと、短く詠唱する。

 すると、次の瞬間、青色のポリバケツを薄く金色の光が包み込む。

 それを確認した少年は、頭を下げてお礼を言う。


「ありがとうございます、ル・エルバ様。できるなら、強度維持をお願いします」

「かしこまりました。ノア様も、ご武運をお祈りいたします」

「異世界の神官様に祈られるとは、光栄です」


 冗談めかして言う少年、ノアに、ル・エルバは軽く一礼すると、少年を見送る。即座に切り替えたノアは、目をすっと細め、口を開く。


「行くぞ、()()とも」


 少年の言葉に答えるように、青色の鳥と、オオカミが吠える。


 浅井はその少年に目を奪われる。

 あふれる自信に、輝かしい才気。


 浅井は、半ば本能的に直感していた。彼なら、あのハシビロコウの彫刻をどうにかできると。


 やって来たルマエルの言葉も聞けず、無言で二枚のチケットと創剣のスマホを受け取った浅井は、門の前から戻ってきた執事にすらも気が付かず、ただただその少年を見つめていた。


「お嬢様?」

「……。」


 声をかけてきた執事にそっと手を突き出し、見守るように促す。


 ノアは、空で全体を見守る青い鳥にハンドサインを送り、足元で待機していたオオカミに短く命令する。そして、自身も弓矢をつがえ、戦闘準備を行う。

 磨き上げた弓を片手に、狙いを定める。


 そして、極限まで弦を引き絞ったところで、その弓矢を放つ。


 スパン!

「……。」

「……ふむ……」


 無言で結果を見る浅井に、関心の声を上げる執事。

 矢は、あやまたずハシビロコウの目を射る。しかし、固い大理石でできたハシビロコウの目は、少し削れただけでさほど大きなダメージを与えたようには見えない。


 即座にハシビロコウの目は復活し、じろりとノアの方を見たが、すぐに目を逸らし、美術館に侵入しようとした不届き物に蹴りを放つ。


 無事に矢が当たると判断したノアは、次の行動に出た。

 鏃に布を巻き付けたものを取り出し、それをポリバケツに軽く先端だけをつける。

 シュワシュワと、妙な消化音が響く。

 液体が手に触れないように気を付けながら、ノアは再度矢を弓につがえた。


「……なるほど」

「どうしました、お嬢様?」


 つぶやく浅井に、執事は問う。気が付いていないらしい執事に、浅井は言う。


「あのハシビロコウの彫刻、大理石でできているでしょう?」

「ええ、そのようですが……?」

「大理石ってね……」


 液体を含んだ布の巻き付いた矢を、ノアは放つ。

 矢は、自衛隊員を吹き飛ばさんと開かれた翼の付け根に、()()()()()()


『?!?!』


 声を上げず、悲鳴を上げるハシビロコウ。

 穴が開き、脆くなった翼が、他の自衛隊員の手でへし折られる。が、すぐに復活し、また三人の自衛隊員が吹き飛んだ。


「……酸に弱いの」

「……なるほど?」


 浅井の言葉に、執事はそっと目を細める。よく見ると、ノアのつがえた矢の布は、薄青色に濡れている。アレは、スライムの酸だ。

 焦りを覚えたハシビロコウを、ノアは見逃さない。

 今度はまとめて二本の矢を弓につがえ、放つ。


 空を切る音と、その直後に再度ハシビロコウの声なき悲鳴。

 地球に存在する酸とはまた別の、しかし、王水に近い酸度を誇るその酸が、ハシビロコウの首筋と足の付け根を溶かし、ヒビを入れる。


 押さえつけようと殺到する自衛隊員の雄叫び。抵抗するハシビロコウの声なき絶叫。少しずつ、門から引きはがされる守護像に、数名の隊員が美術館に入り込もうと駆け出す。


『……!!』


 次の瞬間、ハシビロコウの動きが変わる。

 広げた翼から、羽根が射出される。遠心力によって加速されたその大理石の羽根は、美術館に侵入しようとしていた隊員の後頭部と背を容赦なく打ち付けた。


「がっ」

「ぐぅっ?!」


 急所に突き刺さったその羽根は、自衛隊の最新鋭の装備をまるで無視し、容赦なく隊員の意識を刈り取った。


 天に響く鳥の声に、ノアは慌てて左に飛びのく。

 次の瞬間、大理石の破片がノアの立っていた場所を貫通した。


「青い鳥は、周囲の警戒……?」


 声を上げた上空を飛ぶ青色の鳥に、浅井はつぶやく。


「いえ、どちらかというと、予知に近いものがありましたね」


 浅井の疑問に返答するような形で言う執事。

 執事の冷静な言葉に、浅井は思わず眉を顰める。


__予知ができる……味方にはしたいけれども、敵には回したくないわね……


 主用武器が拳銃である浅井にとって、飛び道具が躱されるのはかなり致命的である。召喚した服の効果が、防汚と自動修復、魔力強化程度でしかない浅井は、接近戦はお世辞にもうまいとは言えなかった。


 浅井がそんなことを考えているうちに、状況は変わっていく。


 振り回した翼に、前衛を張っていた隊員が吹き飛ぶ。

 響く悲鳴と、鈍いうめき声があたりに満ちる。


 しかし、戦士たちは諦めない。


 再度隊列を組み、ハシビロコウに突撃する前衛部隊。

 抵抗するハシビロコウが、大きく翼を振り回そうと広げれば、その付け根を射抜くように放たれる酸の矢。


 雄叫びと、悲鳴と、そして、圧倒的な決意。

 ヒトの熱量がハシビロコウを気圧し、そして、その隙を作った。


「クー、gehen(行け)!」

「ぐるるぁぁぁああ!」


 オオカミの、咆哮。

 そして、次の瞬間。

 ハシビロコウの首はオオカミによって噛みつかれ、ハシビロコウは声なき悲鳴を上げる。


 抵抗するハシビロコウの蹴りをその腹に受けながら、オオカミは、ハシビロコウの首を加えこみ、大きく跳躍する。


 そんなオオカミに、ノアは命ずる。


「日令を行使する! クー、その像を、このポリバケツの中に!」

「……!!」


 ハシビロコウを咥えているため、返事を返すことはできなかったが、ノアの命令は、確かにオオカミに届いた。


 暴れるハシビロコウを抑え込み、オオカミはその力の限り、スライムの酸で満ちたポリバケツの中に大理石でできたハシビロコウを投げこむ。


 少しの浮遊の後、ハシビロコウの石像が、ポリバケツの中に叩き込まれる。


『……!!!!』


 声なき悲鳴とともに、少しの間、暴れるハシビロコウによって、バケツ内部の酸がまき散らされるが、数分足らずで暴れる力は収まり、そして、ノアがポリバケツに蓋をすることには、抵抗はほぼなくなっていた。


「おおおおおおおおおおおおおおおおお!!!」


 勝鬨が、上がる。

 そして、自衛隊が、美術館に突入した。


「……お嬢様。ワタクシたちも、美術館に入りましょう」


 執事の言葉に、浅井はハッとして顔を上げる。

 だがしかし、少し考えた後に、執事に言う。


「……ええ、分っているわ。ただ、少し、待って」

「?」


 首をかしげる執事を置いて、浅井は一戦終え、息をついているノアに歩み寄る。


 当然のように、警戒の鳴き声を上げる青い鳥。

 困惑したように、周囲をきょろきょろと見るオオカミ。


 そして、浅井は、弓に手をかけ、警戒する少年の軽く服の裾を引く。


「……っ?!」


 突然目の前に現れた浅井に、ノアは小さく悲鳴を上げ、距離をとろうと袖をつかんだ浅井の手を払う。

 想定以上に強く手を払われた浅井は、少しだけ驚いた表情を浮かべつつも、無言で睨んでくるノアに、ルマエルから手渡されたチケットを一枚、手渡す。


「……何?」


 チケットを受け取り、訝し気に短く質問するノアに、浅井は言う。


「ここの、チケット。多分使えるから、持っておいて」

「誰?」

「……君が、予想する通り。浅井家の、新しい養子さん」

「……!」


 浅井の言葉に、ノアは目を見開く。

 随分驚いたらしいノアに、不敵な笑顔を返す浅井は、そっと言う。


「ここの門、絵の中。壊せないらしいから、無理しないで」

「……何で、君は僕に忠告を?」


 警戒しているノアに、浅井は言う。


「同類だから」

「……同類?」


 疑問符をつけてオウム返しするノア。

 浅井は、そんな彼に言う。


「気にしなくていい。でも、私もやるべきことがあるから。がんばって、応援している」

「まっ……!」


 慌てて手を伸ばす少年よりも先に、浅井は拳銃に手をかけ、詠唱を終える。


「【ミストハイド】」


 短い詠唱の直後、霧のように消えた浅井。

 伸ばしたノアの手は、何もつかむことができず、空を切った。

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