17話 過去を映す鏡(剣を持った魔王第一形態)
前回のあらすじ
・過去を映す鏡
鏡の中に引きずり込まれた卯月は、足を引きずられるまま奥へ奥へと連れていかれる。
しばらくは足をつかんだ手から逃れようともがく卯月だったが、あまりの力に、結局は打ち付けられないように両手で頭を守り、できるだけ体を丸くして地面と体をすり合わせる面積を減らすことしかできない。
そのまま数分間引きずられ、ようやく足から手を離された。
「……ってぇ!」
固い地面とすり合うことになった腕から、かすかに血がにじむ。擦り傷などかなり久々だった。
小さくうめき声を上げながら、卯月は体を起こす。
そして、周囲の環境に首を傾げた。
そこは、既に美術館の中ではない。
いや、美術館のように豪華な大理石が積み上げられた壁や、磨き上げられた床、センスと見栄えを意識した金と赤のタペストリーなどは素晴らしく、気品や高潔さに溢れてはいる。だがしかし、卯月は半ば本能的に理解していた。これだけの美術品を、ただがた市営美術館程度が購入できはしないと。
柱に施された、剣を模した彫刻を眺めながら、卯月は周囲を眺める。
既に複数の豪華な衣装をまとった大人が忙しく歩き回る、広々とした長細い部屋。卯月のすぐ後ろには、気品あふれる赤に塗られた扉。そして、前方中央には、一つの玉座。
「……?!」
その玉座に座る人間を見て、卯月は思わず目を丸くした。
卯月が立っている場所よりも、階段によって高所に作られた玉座に座り、書類を確認しては判を押すその王。流れるような白銀の髪に、陰った氷の瞳。その美貌は、まるで人でないかのような美しさ。
そこにいたのは、王冠を被った創剣だった。
茫然と見つめる卯月をすり抜けるように、たくさんの人々が創剣のもとに訪れると、書類や商品を献上し、様々な報告をなしていく。
淡々と王としての職務をこなしていく創剣。忙しそうだとはいえ、平穏に過ぎていく日常。
その日も、平穏に終わる。
次の日も、その次の日も、そのまた次の日も、季節が変われど、年を越ども、平穏に。
気が狂いそうなほどの、『変わらない日常』。しいて言うならば、老いない創剣に変わって秘書や商人、貴族たちが老いて代を変えていく程度。
そして、五世紀ほど『理想の王』であり続けた創剣は、やがて口を開いた。
『飽きた』
ただただ、つぶやかれたその言葉。その瞳には何の輝きもなく、日々に忙殺された創剣は、ひたすらに弱っていた。
王としての誇りはある。職務の重要性は理解できている。
だがしかし。自由を知っているその体は、現状をよしとはできなかった。
満足に食事はできぬかつてと比べれば、豪華かつ高級な食事がとれるものの、息が詰まる城での生活。自由に外を歩けず、友と会うこともできぬ毎日。
襲い来る魔物も獣もなければ、敵もいない代り映えのない平穏に、平和。
吐き気を覚えるほどの、死にたくなるほどの『退屈』。
職務で使われぬ剣はただ倉庫に放置され、鎧も長らく装備してはいない。
せめて、放浪している槍が来れば、心休まっただろう。しかし、ここ最近、気に入った街があったのか、それとも遭難したのか、槍は行方不明である。
弓や斧、杖は創剣同様に仕事から手が離せず、盾は引きこもり。拳は何とか連絡を取り合うことが出来てはいるものの、弟子探しで各国を旅してまわっているため、会うことはできない。
流れる情報を、ただただ見つめていた卯月は、ふとあることを思う。
__何で創剣は、自分から友達に会いに行かないんだ?
卯月の疑問に応じて、場面は移り変わる。
かつての創剣は、己の国を蔑ろにして__と言っても、己が必要な業務ができる人間と権限を能力ある人間に貸して__様々な国を旅して周っていた。
そんな状況を知ったとある国が、創剣不在の時を狙い、創剣の国の領土を侵した。
村を焼き、人を攫い、その土地に住んでいた人々の文化をことの如く破壊した、軍。普通の軍であれば、創剣の国に存在する軍でも十分に追い返せた。
だがしかし、軍を率いていたのは、神から加護を得た存在である、剣聖のルシファーであった。
「……は?」
卯月は、目を丸くして目の前の光景を見る。
『神の反逆者である創剣を許すな! その創剣を王とするこの国も、国民も許すな! 神の名のもとに!』
剣を天に掲げながらそう叫ぶ彼女に、軍も応じるように時の声を上げる。
金に輝く髪。背負った巨大な剣には、教会のシンボルが刻まれ、女騎士として堂々たる態度をとりながら、村を焼き払う剣聖。
しかし、それは、卯月の知っている木原と契約した剣聖とは別人である。
確かに、彼女は木原の仲間の剣聖に似ている。だがしかし、瞳が全く違った。深い海のような青色だった彼女の瞳は、まるで熟れた小麦畑のような輝かしい茶色である。そして、双方整ってはいるものの、顔つきもまた、彼女とは異なる。
__どういうことだ?
首をかしげる卯月。だがしかし、目の前の光景は止まることなく動き続ける。
創剣の国を蹂躙した剣聖は、創剣によって討ち取られたものの、人とは乖離した存在である剣聖によって国を荒らされ、多数の愛する国民を失った創剣は、それ以降旅をすることはほとんどなくなった。
今後、同じ過ちを繰り返さないために、己の『大切』を失わないために、自由と欲求を殺してでも国にしがみつくことを選んだのだ。
だがしかし、元より自由と旅を愛する創剣は、それに耐えきれなかった。
死さえも望みたくなるような『退屈』に首を締め上げられ、しかし、その『退屈』から逃げ出すことは『大切』を捨てることになる。そのジレンマに苛まれ、やがて創剣は変わっていった。
まず、心から笑えなくなった。
威厳を示すための高笑いや、好印象を与えるための微笑などは義務としてできはするものの、本当に楽しいと思っての笑いができない。
次に、王としての自分を保つために、他者を見下すようになった。
元より特殊な存在である己は、それなりに誇りはあった。その部分が顕著に表れるようになったのだ。
そして、眠れなくなった。
完全に眠れないというわけではない。ただ、眠りが酷く浅くなり、夢見が悪くなる。そもそもさほど睡眠の必要ない不死身に近い体である創剣は、自室に戻っても書類仕事をして夜を明かすことが増えた。
少しずつ、周りの人間が分からないくらいに、少しずつ狂って行った創剣。
そして、そんな彼に、天使がささやいた。
『現在、異世界が世界が滅ぶ危機に陥っています。助力していただければ、どんな願いでも叶えましょう』
『……。』
疲れ切っていた彼は、その言葉に乗った。
『俺様は__退屈しない環境を、願う。この、死すらも願いたくなるような退屈を払う旅を、戦いを、行楽を、願う』
既に、彼はもう守るべき民も、頼れる友も、己の使命さえも見えなくなっていた。王である理想を追い求め、己を殺し、望みを殺した結果が、この世界からの逃走だった。
『良いでしょう。異世界の文明は、創剣様でも見たことがないはずです。旅をするもよし、争い土地を奪い国を建てるもよし、文明を楽しむもよし。退屈は無いはずです』
誘うような天使の言葉に、創剣はその右手を伸ばす。
そして、気が付くと、卯月は鏡の前に立っていた。
茫然としながらも、卯月は鏡を見る。そこに、己の姿は映りこんではいない。もはやだれもいない鏡を覗き込み、茫然と周囲を見る。
大理石の壁、タイルの床。飾られた美術品は卯月の理解が及ぶ程度の存在。
先ほどの現象が夢か何かかのように、元の美術館である。
半ば夢見心地のまま、卯月はふらふらと周囲を確認する。
気が付けば、隣には鎧をまとった創剣がいた。
「なあ、」
「おい、」
開いた口が、言葉が重なり、卯月は気まずそうな表情を、創剣は盛大に舌打ちをした。
すっと片手を伸ばし、卯月は創剣に言葉の先を促す。
創剣は、顔をしかめると、口を開く。
「貴様の過去を見た」
「そうか。ちなみに、何だ?」
あっさりと言った卯月に、創剣は一瞬だけ口を閉じると、言葉を続ける。
「貴様が、左足に負傷をするところだ」
「あ、それか。俺も創剣の過去を見た。この世界に来る直前くらいのところだな」
「……む」
創剣は眉間にしわを刻むと、深くため息をつく。疲れ切ったその姿は、過去の創剣に似てはいるが、纏う覇気は過去と比べられないほどに明るく、そして堂々としている。
「浅井には言うな。あれでも、俺の娘だ」
「別に、言わねえよ。あと、別に浅井が知ったところで失望しないだろ」
「するしないの話ではない。狂った王の末路なぞ、知るべきではないという話だ」
自暴自棄気味に言い切る創剣に、卯月はそっとため息をついた。
「末路なんかじゃねえだろ」
はっきりと言い切る卯月に、創剣はじろりと睨みつけると、「なら、国民を捨て、この世界に来た俺様を何という」と低い声で聞く。
卯月は、ふらつく頭を押さえながら、少しずつ体を伸ばしつつ、言う。
「これは単なる休暇だ。五百年も休みなしに働いてれば、そりゃ疲れるさ。一年や二年この世界にいたところで、百年単位の労働時間に比べれば誤差だろ」
秘書だとかその辺に何の連絡もなく休暇に入ったのは、さすがに怒られてもいいかもしれないが、と付け加える卯月。一瞬ポカンとした表情を浮かべた創剣は、腹を抱えて笑う。
「フハハハハハハハ! 世界を救うための召喚に応じてみれば、これが休暇だと?! 笑えるではないか!」
「うるせえ、刺激的な休暇でいいじゃないか! 地球だってこうなりたくてなっているわけじゃねえよ!」
腹を抱えて大爆笑する創剣に、卯月はやけくそになって言い返す。だがしかし、その言葉にすら笑い袋がくすぐられたのか、軽く過呼吸になりながらも創剣は笑い続け、口を開く。
「阿呆め、ド阿呆め! ちょっと面白かったではないか!」
「楽しそうで何よりだよ、バカ、バーカ!」
「子供か貴様!」
「御年千歳程度のお前と比べりゃ子供だろ!」
「貴様、俺様が王だと理解してからその言動、さすがに不敬が過ぎるぞ!」
「今は王様していないんだから、いいだろ別に! ってか、俺の法律に名誉棄損はあれど、不敬罪という法律は存在していない!」
「ナポレオンか貴様!」
馬鹿らしい口争いをしながら、二人は鏡の前から移動する。
二人の背には、既に争いをしていたような形跡は残ってはいなかった。
『過去を映す鏡』
技術の応用を用いて作られた、芸術作品。衣装パターンは1000を超え、今なお更新されている。
元々の作品は、カメラで撮った画像をリアルタイムで加工し、鏡のように映しだす液晶画面だが、黒の門の影響で、本当に過去をうつす鏡に変わった。
また、過去を映す鏡は、黒色に侵され切っているわけではないが、比較的危険な美術品である。
具体的には、もし過去の己を傷つけていた場合、その傷が現実世界の自分にも適応されてしまうということだ。
もし、卯月が正しく卯月の過去を見ていたとしたら、彼は、過去の己を生かしておけただろうか? また、もし創剣が正しく己の過去を見返し、王として不甲斐ない己の姿を見て、手を上げずにいられただろうか?
__互いが、互いの過去を見ることとなったのは、存外幸運だったのかもしれない。




