15話 チャッ〇ーかア〇ベルか蝋〇形の館か
前回のあらすじ
・美術館の絵の中に門が出現
「絵の中……?」
首をかしげる卯月に、ルマエルは深くため息をついて言う。
『ああ、絵の中だ。人間は絵の中に入れないだろ? だから、門は壊せない』
「その絵を燃やすなり壊すなりするのは?」
『意味ないね。そもそも、門はこの世の存在として定義されていないから、門の存在する絵は壊せないし、燃やせない』
あっさりと言い切るルマエル。
しばらく何やら考え込んでいた創剣が、ふと口を開く。
「絵の中に書いた餅は食えぬ、というように、絵の中で多少廃棄物が増えたとて、意味はないのではないのか?」
『いえ、絵の中だろうと何であろうと、摂理汚濁は行われてしまいますし、今回門から出てくるのは、コボルトやスライムなどではなく__』
言いかけたルマエルの言葉が、子供たちの歓声で掻き消える。
「すごーい! ふわふわが動いた!」
「とげとげもー!」
無邪気な喜びの声とともに、親の元で一緒に歩いていた子供たちも、一斉に形容詞彫刻群の元へと走っていく。
つられるようにして子供たちの視線の先を見た卯月は、驚きのあまり茫然と口を開けた。
そこにあるのは、床に固定されていたはずの彫刻。それらが、ゆらりゆらりと動き出していたのだ。
驚いた卯月だったが、不味いことに気が付き、慌てて手元にバットを呼び出そうとし……不発に終わる。
「……な?!」
何も握られていない手に、驚いたように声を漏らす卯月。こんなこと、今までなかった。
「……ふむぅ……」
創剣も、虚空に手を伸ばし手いたが、その手には何も握られてはいない。
武器が呼び出せない。
困惑したように顔を見合わせる創剣と卯月に、ルマエルは説明を続ける。
『今回の廃棄物は、ゴーストと呼ばれる浮遊体だ。生物以外の存在にとりつき、その物体の記憶を以て行動を起こす』
「……つまり、どういうことだ?」
『だから! 絵を媒介にして、美術館全体にゴーストがとりついたってこと!』
ルマエルは、ふわふわと浮遊して子供たちと彫刻群を指し示す。
ぺたぺたと触れてくる子供たちに、心なしか彫刻たちも嬉しそうに体を揺らしている。攻撃の意志はなさそうに見えた。
そんな中、創剣は首をかしげてルマエルに聞く。
「では、あの黒いものはどうした?」
「ん?」
『へ?』
すっと伸びた創剣の指の先。そこには、奇妙に震える黒に染まった人型の彫刻。あの黒をみて、卯月は背筋を氷が撫で上げたような感覚を覚える。アレは、廃棄物だ。この世にあってはいけないモノだ。
その黒色にすら、無警戒に近づこうとする子供たちに、卯月は反射的に体を動かしていた。
興味と驚きを混ぜ合わせ見上げるその瞳に、間接照明の柔い光が反射し、小さな彼は黒色の彫刻に近づく。
伸びる幼い手。ゆらりと動く彫刻。
そして、次の瞬間、卯月は子供を庇うように立ち、振り下ろされたその拳を両手で受け止めた。
ひどく重い衝撃に、軋む左足。そして、割とヤバめな感覚が脳髄へと伝わる。
「ぐっ……!」
驚き、声すら上げることもできずその場に座り込んだ少年を抱え上げ、卯月は即座に戦線離脱をする。力量差がシャレにならない。しかも、武器を持ち出せないというのも最悪だ。
黒の彫刻から離れたところで、少年を離し、怒鳴る。
「逃げろ!」
一瞬の空白の後、涙声混じりの悲鳴とともに、一斉に人々が動き出す。
卯月は、黒色の彫刻に向きなおり、軽く足を肩幅程度に広げ、警戒する。拳を受け止めた腕は、しびれて使い物にならない。
視線を外すことなく、卯月はルマエルに言う。
「何だコイツ!」
『ゴーストの一種! ただ、ちょっとタチが悪いやつだ』
「ちょっと?!」
ぎしり、ときしむ音が響くとともに、今までピクリとも動いていなかった首が、持ち上げられる。そして、瞳孔も黒目もないその瞳が、細められた。
背筋がぞわりと冷えるのを直感し、卯月は反射的に痛む腕を構える。
まるで動くはずのない人形が動いているような、奇妙な感覚。受け入れたくない現状に吐き気を覚えるほどの違和感を感じるも、弱音を吐いている暇などは存在してはいない。
腕に叩きつけられたその拳の感覚から、材質は石か何かであることは直感している。が、石を壊せる道具など持ち合わせていない以上、そんなことが分かったところで絶望以外に何を抱けるだろうか。
ちらりと後ろを見てみたが、すでに創剣は見えなくなっていた。
薄影のお守りが効果を表していることは十分理解できたが、しかして意味はない。ともかく、創剣が手を貸してくれないことだけは予想できる。
卯月は小さく舌打ちをしながら、再度振り下ろされた拳を避け、ギシギシときしむ音が聞こえるような挙動をする黒色に染まった彫刻から距離をとる。
勢いよく振り下ろされた拳は、容赦なく美術館の床を割り砕き、彫刻は顔だけをこちらに向け、次の攻撃の準備を始める。動作の一つ一つに何か叫びたくなるような恐怖を覚えた。
__人形系のホラー映画、しばらく見たくないな……
そんなことを思いながら、卯月は周囲の気配を探る。気が付けば、ルマエルもどこかに消えてしまっているらしく、味方の気配はなかった。
あまりに最悪な状況に、卯月は軽くため息をつくと、土産店の方へと駆け出した。とにかく、武器がないことには始まらない。
既に店員の逃げ出した店内に滑り込んだ卯月は、金属製の三角錐型のペーパーウェイトを一本ととにかく頑丈そうな使用用途のよくわからない丸い石をつかみ、財布から千円札を二枚取り出してレジカウンターに置いておく。
次の瞬間、土産店に黒色に染まった彫刻が乱入してくる。吹っ飛ぶ陳列棚に、踏み潰されるクッキー缶。彫刻は、何の感情もうつさないその瞳を卯月に向け、首をガクンという音が鳴りそうなほどに動かす。
卯月は、軽く息を飲んで、黒に染まった彫刻と対面する。
あまりに大きな振りかぶりの直後、彫刻はまたも大ぶりの拳を卯月にめがけて振り下ろす。
拳を前に出ることで避けた卯月。
重みのあるその一撃は、卯月の背後のレジキャスターを叩き壊し、間抜けな音が後方で響く。
そして、卯月は先のとがった三角錐のペーパーウェイトを伸無防備にさらされた肘内に突き立てる。当然、石材である彫刻には、小さくくぼみができただけでさほど効果はない。
が、卯月は次いで右手に持った石をペーパーウェイトのそこに叩きつけた。
ぱきっ
乾いた音が響く。同時に、表情の変わらない彫刻が、かすかに目を丸くしたように感じられた。
石を砕くミノと同じ要領である。衝撃を一点に集め、大きなヒビの入った右手に困惑をする黒の彫刻。だが、ひるむことなく左手で卯月の頭蓋を割り砕かんと手刀を振り下ろす。
「……っぶね!」
石の冷たい感触が鼻先を撫で、彫刻の手刀はギリギリ空を切断するにとどまる。どうやら痛覚に似た感覚は存在していないらしい。
慌てて距離をとった卯月は、足元に転がったディスプレイのものらしい丸い缶を拾い上げ、後ろを振り向くことなく軽く後方へ投げる。この距離なら、見ずとも目当ての場所に置くことくらいは余裕である。
次の瞬間、面白いように缶で足を滑らせた黒の彫刻が、酷い転倒音と店内の破壊音を響かせ、数秒の、卯月にとっては千金に値するだけの時間を作り出す。
武器を手に入れた卯月は、もう土産店に用事はないとばかりに、狭い空間から逃げ出すと、すでに避難がほぼ済んだ広場に戻り、土産店から飛び出してくるであろう敵に備える。
形容詞彫刻群は人がいなくなった空間でさみしそうにふよふよと動き、目障りではあるものの邪魔にはならない。
なかなかにシュールな空間の中、入店と同じく入り口付近の土産物をあたりに吹き飛ばしながら、ダイレクトな動きで店を出る黒の彫刻。
__どこを壊せば止まるかはわからないが……手さえ壊せればどうにでもなる
すっと目を細め、集中する卯月。
結局のところ、卯月は彫刻の攻撃が一撃でも当たれば大怪我である。逆に言えば、当たりさえしなければ無傷で生還できる。
__そうだ、当たらなければいいんだ、当たらなければ……!
当たればほぼ即死という件からそっと目を逸らし、卯月は不可思議な挙動で歩み寄って来るその彫刻を油断なく睨む。とにかく、勝たねば先には進めない。
ヒビの入った右腕が振りかぶられ、そして無造作にふるわれる。
横なぎの大振りをしゃがんでかわした卯月は、足の曲げ伸ばしの勢いを利用して右手のヒビに三角錐のペーパーウェイトを突き立てる。
そして、追加と言わんばかりに石でペーパーウェイトの背をたたき、黒の彫刻の右腕をもぎ取る。
「……ぅわっ」
グロテスクに動く指先に、卯月はかすかに嫌悪感を覚えつつ、邪魔なそれを形容詞彫刻群のないほうへと放り投げる。流石に彫刻の右手を投げてよこせるほど無害な彫刻たちが嫌いではなかった。
なくなった右手に違和感を感じているのか、右腕の肘上を盛んに上下させつつ、黒に染まった彫刻はまたこちらに歩み寄る。
ワンパターンな攻撃、ワンパターンな行動回路。右腕を失い、攻撃手段が半減した今、卯月にとってはもはや敵には感じられなかった。
左手の振り下ろしで砕ける床に少々申し訳なさを覚えつつ、卯月は容赦なく伸びきった左手に金属製の三角錐を突き立てる。そして、振りかぶった右腕の石をたたきつけ、彫刻の両腕を破壊し終えた。
ただ立ち歩くことしかできなくなった彫刻に、卯月は深くため息をつくと、未だにワシワシと動く左手を眺め、少しだけ困惑した後、土産物店からディスプレイの缶を取り出し、先に放り投げていた右腕とともに閉じ込め、縄を使ってきっちりと封印する。
危機が去ったと分かったのか、形容詞彫刻群の一体、見たところ、『とげとげ』か『ちくちく』のどちらかに見えるものが、卯月に近づき、永細い体をぺこりと下げる。
「お、おう?」
唐突に下げられた頭に、卯月もつられるようにして頭を下げ、しばらく、何とも言えない空気があたりに漂う。
そして、あることを思い出した卯月は、びくりと体を硬直させ、慌てて早足で移動を始める。
黒に染まった腕の入った缶を、美術館の床にたたきつけるようにして放り出して。
彫刻
黒色に染まる前の題名は、『うつくしいひと』という題名の石膏彫刻。
本来なら人に愛され、愛でられてきたその彫刻は、人とともに平穏を望むべき存在であった。




