14話 こんな(肉体的に)平和なのはおかしいと思っていたんだ!
前回のあらすじ
・問題が向こうからやって来るスタイル
警備員からもらった絆創膏を口元に張り付け、卯月は相模と合流した。
心配した様子の相模に頭を下げ、創剣を見て嫌な顔をした卯月は、改めて特別展示場の中に向かう。
そして、入り口の前でパンフレットを二枚もらい、相模に笑顔で手渡した。
「絵、飾っていないみたいだけれども、大賞だって」
「……?」
きょとんとした表情を浮かべる相模に、卯月はパンフレットを開く。
パンフレットには、特設展示場に展示された絵についてが一枚にまとめられていた。絵の横にはその絵がどんな賞をとったか、作者がどんな思いで書いたのか、絵の概要などが描かれ、その中に、相模の絵が大賞の欄に書かれていた。
卯月も写真で見た、森の中にたたずむ一人の男の絵。
説明欄には、諸事情により現在展示されていない旨が描かれているが、相模の思いや絵は、そのままに掲載されている。
幅十センチにも満たない大きさでありながらも、圧倒的な描きこみと技術力と努力の垣間見える相模の絵画。パンフレットの写真を見た相模は、驚きで目を丸くする。
「大賞おめでとう」
「……ありがとうございます、卯月さん」
はにかんだ笑顔を浮かべる相模に、卯月は笑顔を返す。
創剣は退屈そうに二人を眺め、軽く舌打ちする。
「おい小娘。この二人、まだ付き合っておらんのだぞ?」
『……さすがに創剣様が哀れに思えてきました。すごいですね、お二人』
仕事を再開しながら、浅井は創剣に同情の表情を浮かべる。
ややのけ者にされ、暇だったからか腹が立ったからか、創剣はさっさと館内に入り、二人に言う。
「入り口でイチャコラするな、絵師と阿呆」
「いちゃっ……! してねえよ!」
顔を真っ赤にして否定する卯月。あまりの指摘に、視線をバタフライ並みに泳がせる相模。
そんな二人に高笑いを返し、三人は展示品を見て回った。
特設展示場を見終えるころには、丁度正午を回り、昼食をとるため一度第一展示場に戻った。
何かとジャンクフードも食す創剣は、美術館のブルーサファイアハンバーガーなるものを果敢にも購入し、普通の食事を選んだ二人とともに昼食をとる。
どんな着色料を使っているのか、青色のバンズに挟まれた紫色の肉を気にすることなく食らいつく創剣に引きつつ、卯月は普通のラーメンをすする。相模はカレーを選んだらしい。
少々のハプニングはあったが、午後もこの調子で第ニ展示場を見て、それで終わりになるだろう。
楽しそうに学校での話をする相模に相槌を打ちつつ、卯月はそっと創剣に目を向ける。ドス青色のハンバーガーは存外普通に食べられる味だったのか、すでにハンバーガーは半月になっている。
「そう言えば、卯月さん。この後、どこ見ます?」
「うーん、普通に、まだ見ていない展示場を見に行きますか? 屋外展示見に行くには暑いし……」
「そうですね。明日ももっと暑くなるってニュースでやってました」
これだけ暑いと、絵の具が溶けやすくなっちゃうので、嫌です。と、続ける相模に、少しだけ申し訳ない思いを抱きながら、卯月は同意の返事をする。
彼女をこれ以上、不幸な目に遭わせるわけにはいかない。だからこそ、卯月は己が召喚士であることを明かしたかったのだが、創剣と合流してからというものの、そのタイミングをつかみかねていた。
__よくよく考えれば、浅井のこともあるから勝手に行動すべきじゃないのだけど……
狐が大好きすぎるあまり、高級車を狐の痛車にし、奥さんに怒られたという美術の先生の話を聞きながら、卯月は思考する。
最悪、『薄影のお守り』を使って雲隠れするしかない。よくよく考えれば、廃棄物が存在している限りは召喚術式で現金は手に入る。バイト先や学校に迷惑をかけてしまうかもしれないが、視野の一つに入れておかねばならない。
くだらない思考を重ねる卯月を、創剣は面倒なものを見る目で眺め、ハンバーガーの包み紙をぐしゃぐしゃに握り、近くのゴミ箱に投げこんだ。
不器用な恋の行く末を見守るのは、別に嫌いではないが、ここまで卑屈だと腹が立つ。だが、口を挟むには周囲の視線が面倒だ。
創剣は足を組んで周囲を軽く探る。いつもの剣の保護がないため、ややさく的能力が落ちているのが業腹ではあったものの、確実に敵と言える存在数名と、どちらとも言えない不穏な存在に眉をしかめる。
別に、剣がなくとも戦えないわけではない。流石に剣聖やらほかの七武器やらを相手にするのであれば話は別だが、ただがた武器を持った人間程度に負ける気はなかった。
しかし、視線が気に入らない。
まるで値踏みをするような視線に、挑むような敵意。軽率に歩み寄る命知らずは存在していないが、放置するには面倒な類の気配に、創剣は小さく舌打ちをした。
防音効果のある剣のキーホルダーを起動し、創剣は浅井に声をかける。
「俺様がここに来ることがバレていたらしいな」
『……SNSのトレンドになってますよ?』
「む……俺様のアカウントが凍結されていると知っての言葉か?」
あきれたようにため息をつく浅井は、創剣にパソコンのスクリーンショットを送る。それは、パンフレットの写真と甚平姿の創剣を並べて撮った一枚で、様々なコメントが付いていた。
創剣は面白そうにその写真を眺める。
「ほう、なかなか良く撮れているではないか?」
『創剣様なら写真を撮られない程度に細工するなど、容易だったのでは?』
「いやだって、面倒だし」
『……。』
無言の通話口の向こうから、浅井の不服が感じられる。おそらく、絶対零度の視線をしているはずだ。
そんな浅井を気にすることなく、創剣は肩をすくめて言う。
「キーホルダーごときに三重付与は少々きつくてな。不可能とは言わんが」
『……だとしても、私は介入しませんからね。このご時世、どこから情報が洩れるかわかったものではないのですから』
深くため息をついて言う浅井に、創剣は高笑いを返す。
その笑い声に、不安や恐れなぞひとかけらも見えない。傲慢とすらもとれるような、堂々たる態度であった。
「そも、俺様は多少敵に目をつけられたとて、さほど意味はない。雲隠れする方法なら山ほどあるからな」
『……日本の山の数は一万六千少しです』
「そう言うことを言っているのではないわ、阿呆」
浅井の言葉に、呆れたように言い返し、創剣は軽くため息をついた。
食後、一度わかれた相模と卯月。
しばらく黙って相模を待っていた卯月だったが、容赦なく形容詞の彫刻に触りに行く創剣が気になり、ろくに思考がまとまらない。
「見ろ、貴様! ぶよぶよだ! 驚くほどぶよぶよだぞ!」
「……知らない人扱いしてもいいか、創剣」
渋い表情を浮かべ言う卯月に、創剣はその無駄に整った美貌で笑顔を浮かべ、言う。
「何、今更遅いわたわけ。貴様もろとも注目を集めた今、何を気にすることもなかろう」
「……!」
あっさりと言い切る創剣に、卯月ははっとして周囲を警戒する。
既に数名の明らかに一般人ではなさそうなナニカが、こちらを注視している。
反射的に力みかけた卯月に、創剣は剣のキーホルダーを投げ渡す。
「貴様でも起動できるはずだ。フランベルジュを使う要領で防音をイメージしろ」
「防音……いや、どんなイメージだよ?!」
「ふむ、半分くらいはできてるな。及第点としてやろう」
卯月の反応に、鷹揚な態度で言う創剣。
そして、彼は彫刻から手を離すと、肩をすくめて口を開く。
「貴様、門との戦いから身を引いて構わん」
「……?!」
ぎょっとした表情を浮かべる卯月に、創剣は言葉を続ける。
「いや何、召喚士を止めろとは一言も言っておらん。ボランティアなり何なり続けるがいい。俺様に願いの権利を奪われたという体で自衛隊に所属しても構わん」
手元であまりにも安っぽい剣のキーホルダーをもてあそび、創剣はその氷のような瞳をニヤつかせ、言う。
茫然と聞いていた卯月は、思わずと言った様子で口を開く。
「……どうした、創剣。ついに頭が……?」
「不敬!」
創剣にどやされるも、卯月はただ茫然とするしかなかった。
浅井の元から離れる?
創剣と組むのをやめる?
後者はともかく、そんなことをするわけがない。
卯月は、眉を顰め、創剣に言う。
「創剣。俺は召喚士をやめるつもりはない。そのうえで、彼女に迷惑をかけてしまう可能性があるなら、俺の代わりになれる人間を紹介するつもりだった」
「はっ、貴様はどうしようもない阿呆だな! 絵師の小娘にとって貴様の代わりになるものはおらんが、戦いにおいて代わりになる人間なぞ、腐るほどおるわ!」
困惑する卯月を鼻で笑い、創剣は言葉を紡ぐ。絵画顔負けの整った顔を持った創剣と並べられ、馬鹿馬鹿しい題名の彫刻が妙に滑稽に見えた。
「良いか、うぬぼれるでないぞ。貴様程度の実力の持ち主が二人や三人抜けたとて、治安にさほど影響は出ぬわ。今なら匠拳の弟子もおる以上、貴様が召喚士であることにこだわり続ける意味は皆無よ!」
皆無。
その一言で、あっさりと否定された己のアイデンティティに、卯月は目を丸くして創剣に噛みつく。
「皆無って……! 俺は、守りたいものを……!」
「笑止! 守りたいものを守るがために、真に守りたいものを捨てるとは何事だたわけぃ! 何度でも言ってやろう、この救いようのないど阿呆め。貴様は今となってはもはやいらぬ存在よ!」
「黙って聞いていれば、お前!」
否定される己に、卯月は奥歯を噛みしめ、創剣に歩み寄る。が、創剣は卯月を一笑すると、その瞳に嘲りの色を浮かべ、見下すように言う。
「訴えようとする力でも勝てぬ貴様に、何を言う権利がある」
「……!」
卯月は、奥歯を噛みしめ、創剣を睨む。
いくら現在弱体化されている創剣であるとはいえ、今殴り合いを始めれば、確実に卯月が不利であった。何せ、近くには子供がいる。そんな環境で、金属バットを振り回すことなど考えることもできない。
拳を握り締め、卯月は言う。
「……俺は、召喚士をやめるつもりはない。召喚士を続ける以外に、俺が俺でいるべき理由がない」
「勝手にするといい。貴様の英雄譚がバットエンドを迎えようと、俺様は俺様でこの世界を楽しむまでよ。登場人物としての貴様はそれなりに気に入っていたが、そのまま狂気の道に突き進むなら、それもまた一興」
「ああ、勝手にさせてもらう」
売り言葉に買い言葉、と言った様子で創剣に言い返す卯月。その表情は、もはや普段の穏やかな様とは異なっていた。
己を、否定される。
さしたる趣味もなく、目指していた夢も露と消えた卯月にとって……いや、自分というものがあいまいな卯月にとって、それだけは本当に駄目なことであった。
踏み込んだ左足が、悲鳴を上げる。
痛みにやや表情を歪め、浮かび上がる不甲斐ない感情とともにいら立ちが湧き上がる。
『ねえ、僕が悪いの? それとも君らが悪いの? 何で来るたびにこんなにタイミングが悪いのさ』
「?!」
「む?」
突然聞こえてきた声に、卯月は、びくりと体を震わせる。創剣は首をかしげて宙をちらりと見る。
天井の間接照明の下。そこには、相変わらず気まずそうな表情を浮かべるルマエルが所在なさげにふわふわと漂っていた。
『イレギュラーだ。本当に申し訳ないけど、もう門は開いている』
「……はぁ?! 大ごとじゃないか!」
怒鳴る卯月に、ルマエルは深くため息をつくと、言葉を続ける。
『言っておくけど、本当に異常事態だったんだって。あんな所に、門が現れるはずなんてなかった』
「……毛玉。さっさと門の場所を教えろ」
不満そうに舌打ちをしながら言う創剣に、ルマエルは大変気まずそうにそのおもちゃのような赤い瞳を逸らす。まるで三人の様子が見えていないかのようにふるまう子供たちがルマエルの下を駆け抜け、少しの間気まずい空気が流れるも、創剣の不機嫌を察したルマエルは、重たい口を動かし、嫌そうに言う。
『……東京都稲日市立美術館の絵の中ですよ、創剣様』
驚く創剣に、首をかしげる卯月。
毛玉は、本当に気まずそうに言葉を続ける。
『今回の門は、直接触れることができない。つまり、実質破壊不可能な門です』
「……はぁ?!」
卯月の驚きの声は、キーホルダーの防音機能に相殺され、誰に聞かれることもなく消え去った。
手を洗いながら、相模は備え付けの鏡を見る。
鏡に映りこむのは、冴えない己の顔。
友人に選んでもらったワンピースは着ているというよりも着られている感が否めず、いつもよりも気合いを入れて編み込んだつもりだった三つ編みは、時間の経過とともにほころびが見え始めていた。
相模は、情けない思いを感じながら、そっと己の顔に触れる。
いつもなら気にすることもなかったその表情。あまりにも、情けない表情だった。
卯月に、言いたいことがあると言われたその時。相模は、少しの期待を上回る恐怖を感じていた。
「……やっぱり、愛想つかされちゃったのかな……?」
いや、そもそも『愛』想なぞつかされる訳もない。優しい彼は、きっと既に彼自身に相応しい女性がいるはずである。
一緒にいたいという気持ちと、何のとりえもない己が、彼と一緒にいてもいいのかという葛藤。彼を考えるなら、相応しい女性に認めてもらうためにも離れたほうがいいはず。理性ではそれがわかっていても、少しの期待がそれを邪魔する。
もしかしたら、まだ一緒にいられるかもしれない、一緒にいたい、という気持ち。それが、覚えたこともなかったそんな感情が、言うべき一言をためらわせていた。
「絵を描くのしか、とりえがないなんて、不甲斐ないなぁ……」
こぼれる弱音に、相模は自虐的な笑みを浮かべる。そのとりえも、今日は展示されていなかったじゃないか。
やっぱり、あきらめるべきだ。そう思って、手洗い場から出ようと後ろを振り返ったその時。
『ネエ、オ姉サン。絵ヲ描クノ、上手ナノ?』
「ひゅえっ」
驚きのあまり、間抜けな声を出してしまった相模に、ケラケラと高い笑い声が聞こえてくる。
相模が慌てて周囲を見回すと、ふと、トイレの壁にかけられていた絵に目が留まる。その絵は、家の中が描かれたものであり、たくさんの扉の付いた廊下が長く続く絵画であった。
__あれ、この絵に。黒い扉の付いた場所なんてあったっけ……?
少しの疑問は、ついで聞こえてきた声にかき消される。
『オ姉サン、ズット絵ヲ描イテイタクナイ? 回リナンテ気ニセズ、自分ガ好キナヨウニ!』
頭が、ぼんやりとしてくる。
霞がかった思考の中、相模は、ぼうっとその絵を見つめていた。
周りを気にせず、好きなように絵が描ける? なんて素敵な環境だろう。
一にも二にもなく飛びつきたいその誘惑に、相模は引っ掛かりを覚えて同意の言葉が紡げない。溶けていく思考に、何が引っ掛かりなのかすらもわからず、茫然と立ちすくむ相模に、声の主はじれたように言う。
『ネエ、早ク来テヨ。コッチニオイデ』
「……ぁ、でも……」
言葉を詰まらせた相模に、声の主はついにじれったくなったのか、絵画の一番手前のオーク材らしい扉がバンと勢いよく開く。
そして、そこからずるりと手が伸びる。
一本ではない。複数だ。
それも、様々な手が
驚く相模だが、あまりの恐怖に、声を出すことも逃げ出すこともできず、無抵抗なままに伸びてきた幼い手に、老人のように骨ばった手に、大きな手に、大人の手に、ネイルの施された女性らしい手に、捕まれ、引きずり込まれる。
バック一つをその場に落とし、相模は、跡形もなく消えた。




