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ロードテール  作者: ooi
三章 登竜門
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13話 おせっかいな観察者たち

前回のあらすじ

・しゃしん

・創剣と浅井の野次馬

 時間をかけて第一展示場の作品を見て回った二人は、次に第三展示場へと向かった。


 第三展示場は、中庭丸ごとが展示場であり、絵が展示されているのは離れのような建物の中である。

 中庭はまるで植物園のように様々な植物が、芸術作品とともに美しく整えられていた。つややかでみずみずしい大輪を咲かせた向日葵のそばに、またあの形容詞彫刻群の一つがあったが、そっと見なかったことにする。


「池とか林とか、あと、スケッチ用のスペースもあるらしいですよ!」

「そっか、どこから行く?」

「えっと、特設展示場から行きましょう!」


 パンフレットを片手に、楽しそうにそう言う相模に、卯月はそっと微笑みかけた。

 卯月の左手を引っ張り、駆け出そうとする相模。無邪気な様子の彼女に、卯月はそっと微笑む。気分は、小さな娘と一緒に美術館を回っている父親だ。


 夏の日差しに汗をかきつつ、相模は展示場へと足をすすめる。そして、ぽつり、ぽつりと口を開きだした。


「私、絵を描くのが好きなんです」


 向日葵のそばを通り抜け、足元に咲くタンポポを避け、彼女は言葉を続ける。まぶしい太陽が白い石畳に反射し、卯月の網膜に焼き付く。


「あの絵も、描き上げた段階でもうすでに、『これで満足』って思えたんです。その後の評価なんて、気にしてもいなかった」

「……?」


 首をかしげる卯月に、相模はそっと笑顔を浮かべる。

 風が吹く。暑く、湿度を含んだ、夏の風が。


「悔しかったんです。大賞から外れるって聞いて。」

「……!」


 目を丸くした卯月は、罪悪感が心に重くのしかかるのを感じた。相模の絵が大賞から外れることになったのは、創剣をモデルに絵を描いたからである。

 表情が曇った卯月に、相模は眉根を下げつつも、言葉を続ける。


「卯月さんがいなかったら、あんな大作、描き上げられませんでした。卯月さんがいてくれたから、描けたんです。それを、見せられなくなって、すごく悔しかった」

「……え?」


 悔しそうに眉根を下げた相模は、そっと白色の石畳を睨み、息を細く細く吐く。風が、木々を揺らし、ざわざわとうるさい。蝉のなく声が、何の救いにもなりはしなかった。


「あの、絵は見せられませんが、本当にありがとうございました。それで、ごめんなさい。見せられなくて」


 自虐的な笑みを浮かべ言う相模に、卯月は言い切る。


「相模さんのせいじゃあない。運が、巡り合わせが悪かっただけだ」


 卯月の言葉に、もはや迷いはなかった。確かな決意と、確信をもって言葉を発した卯月は、そっと相模の右手を握る。

 もう、自分の罪から目を逸らしはしない。


「相模さんに、言っていなかったことがある」

「……えっ?」


 きょとんとした表情を浮かべる相模。

 だが、卯月は言うつもりだった。そのうえで、警察や自衛隊に通報されても、気にすることはないつもりだった。


「俺は__」


 だがしかし、この発言が、最後まで言い切られることはなかった。


「おいコラ! 言ったよな?! 創剣の絵は、展示すんなって!」

「展示はしていません! 紹介しているだけです!」


 すさまじいがなり声と、それに負けず高く響く声。驚く二人が見たのは、第三展示場の特設展示場の入り口。自動ドアの前には、入り口で手渡されたパンフレットとはまた別のパンフレットを配っているらしい。


 文句を言っているのは、美術館の入り口で見た屈強な男。彼は、特設展示場の前でパンフレットを配っている男性に何やら文句を言っている。


__というか、創剣のことを創剣って呼び捨てにするって、案外命知らず……


 ちらりと周囲を確認した卯月は、そんなことを思いながら、怖がっているらしい相模の握る。


「とりあえず、警備員に声をかけてくる」

「……っあ! そう、そうですね!」


 日常ではありえない光景に固まっていた相模は、卯月の声に大げさなほどに体を震わせ、卯月に言う。そして、慌てて周囲をきょろきょろと見始める。

 さすがに中庭であるため、パッと見ただけでは警備員らしい人間は見当たらない。いそうなのは、特別展示場の内部であるのだが、今出てきていないならば意味はない。


 だがしかし、状況は少しずつ悪化していく。


 怒り狂った男が、美術館職員の男の襟首をつかみ、罵詈雑言を浴びせかける。それに対し、職員の男は、毅然とした態度を返すのみである。


__まずい。


 このままでは危険だと判断した卯月は、駆け出そうと足を踏み出す。

 しかし。


 ピキリ

「……?!」


 唐突な激痛に、卯月は顔をしかめて足首を睨みつける。

 左足の、アキレス腱。


 日常生活では支障が出ないはずのそれではあるが、さすがに長時間立ち続けで準備運動もなしにの行動はまずかったらしい。

 走るのをあきらめ、卯月は痛みでひきつる表情をそのままに、相模に向かって言う。


「悪い、相模さん。警備員、探してきてくれ」

「えっ?! 危ないですよ?!」

「止めなきゃ怪我人が出る」


 最悪死者も、という言葉を飲み込み、卯月はできるだけ早足で二人の元へと歩いていく。走れないのだから仕方はないのだが、あまり格好がついているとは言えないさまであった。


 特別展示場へと向かう卯月を、相模は不安そうな目で見つめながら自分も警備員を探さなくては、と後ろを振り向き、そして、声なき悲鳴を上げた。


「フハハ、存外面白い反応をするよな、画家の小娘!」

『悪趣味ですよ、創剣様』


 大爆笑してスマホのカメラを相模に向けるのは、上質な麻布でできた甚平を着た創剣。金糸で豪華に装飾されてはいるものの、和の雰囲気を崩さず、素晴らしい出来の甚平は、結い上げた白銀の髪も相まって、なかなかに涼しそうに見える。

 もともとは正式な服装で行こうかとも考えたのだが、創剣の持つ正式な服装というものは、基準が雪国であることも相まって、あまりにも暑苦しい格好である。そのため、日本での伝統的な夏衣装をまとうことに決めたらしい。


 楽しそうに笑う創剣に首を傾げつつ、相模は創剣に質問する。


「あの、ソーケンさん。警備員さんを見ませんでしたか?」

「む? 警吏は見ておらんな」

『創剣様。中庭入る前の通路右、あそこが基本的な立ち位置です』


 すでに自分側のカメラを切った浅井のため息混じりの言葉に、相模は表情を輝かせてお礼を言う。


「わ、えっと、ありがとうございます!」

『……気にしなくていいわ。パンフレットを見れば書いていることだもの』

「えっ? あっ、本当だ!」


 あまりに裏表のない相模の反応に、幼女であるにも関わらずなにかと人間不信になりそうな現状の続く浅井は、少しばかり戸惑ったように言う。

 そんな浅井の反応に気が付かず、相模はパンフレットを片手に、創剣に声をかける。


「ソーケンさん、ちょっと行ってきます!」

「む? まあ、良かろう。疾く行け。そして、さっさと俺様を案内せよ」

「はい!」


 元気に返事をして、よたよたと駆け出す相模。日頃さほど運動しない相模は、走ったとしてもそこまで早くはない。

 相模が創剣に背を向け駆け出すさまをカメラ越しに見た浅井は、困惑したように声を漏らす。


『……あの子、警戒心をどこに置き忘れたのかしら……?』

「気にするでない、小娘。あそこまで吹っ切れた警戒心のなさは、逆に周囲から守ってもらえるタイプだ」


 ぷらまいぜろであろう、という創剣に、浅井は困惑を隠せない。かちゃかちゃというキーボードを弾く音が中断され、創剣は少し目を細めた。


『今日は随分寛大ですね、創剣様』


 困惑した感情のまま、口を開いた浅井に、創剣はその氷のような目に愉悦の感情を溶かしこみ、答えを言う。


「いや、なに。あの絵師の小娘ななかなかに面白い。いわゆる、『アホの子は可愛い』というやつだ」

『……めちゃくちゃ失礼ですね』

「俺様は王だ。失礼も何もなかろう」


 堂々と言い張る創剣に、何一つ引け目や遠慮などは見えない。本心からあまりにも自然に出るその言葉に、浅井は体がわずかにこわばるのを感じた。


__彼が私の養父になると言い出したのも、王の気まぐれでしかない……


 スマホの画面を注視しながら、浅井は細く、深く、息を吐く。緊張を逃すために、己を取り戻すために。気が付けば、露出していた腕は鳥肌が立っていた。


 見えない画面の向こうから、創剣はかすかに浅井の様を感じ取り、薄く笑みを浮かべる。


「貴様は気にせんでいい。距離感をはかり、適切な敬意を持っているのは理解しておる。……まあ、執事の慇懃無礼加減はどうにかしてほしいが」

『……質問を、よろしいでしょうか?』


 自然と服従してしまいそうになる創剣の威圧感に、浅井は声をやや震えさせながら言葉を紡ぐ。創剣はさほど態度も口調も変えず、「よかろう、物問いを許す」と言い、浅井の質問を聞く。


『創剣様は、何故卯月様をお見逃しになるのですか……?』


 その質問に、創剣は「ふむ」と小さく声を漏らすと、スマホのカメラを特別展示場の方へと向ける。そこには、屈強な男性をなだめ、職員から手を離させようとする卯月の様子がありありと示された。


 創剣は、楽しそうに口角を持ち上げ、浅井に語り掛ける。


「あの阿呆は、別にあの男程度倒せんわけでもない。武器を出さずとも、十分に相手にできるだろう。だがしかし、言論で問題を解決しようとする」

『……?』


 創剣の言葉が理解できず、浅井は首をかしげる。ボクサーがリング外で拳を振るわないように、それは一般的なことではないのだろうか?

 そんな浅井の思考を見透かしたかのように、創剣は言葉を続ける。


「いいか、浅井。あやつは貴様のように、支配者として己を律するすべを学んではいない。手に入れた力を、己の好き勝手にふるう道もあった。だが、あやつはそれを選ばぬ。いや、()()()

『それは……?』


 理解できないという浅井の困惑の声。

 創剣はさも楽しそうに、屈強な男からの殴打を甘んじて受け入れる卯月の様を眺め、ニタニタと笑みを浮かべると、言う。


「あやつは、正義ではない。そして、悪でもない。ただただ、()()でしかないのだ。故に、力の快楽に溺れるという道が見えなかった。見えぬものは選べぬ、というわけだ」

『……平凡?』

「ああ、平々凡々もいいところよ。平凡な小童が、異常な状態に投げ込まれ、平凡な日常を維持しようと悶えあがく様を見ておるのだ、俺様はな」


 口の端にうっすらと血をにじませたまま、屈強な男にまっすぐとした視線を向ける卯月に、「まあ、不敬は目に余るが」と付け加えながら、創剣は目を細める。


 元の世界に、彼のような存在がいれば、己は違ったのか。

 そんな疑問が頭をよぎり、創剣はそっと目を閉じた。

 いようがいまいが、結局は時間の問題であった。それだけは確実だった。


 殴られてもひるむこともない卯月に、男は少しの恐怖を覚えつつ、後ろの職員を指さし、何やら口悪く叫ぶ。目の前で振るわれた暴力を見た職員は、完全におびえ切った様子で小さく悲鳴を上げるも、卯月はそんな職員に2,3質問し、そして、男に向き直る。


 あまりにも平凡な解決手段で、あまりにも平凡な思考で、あまりにも平凡な行動で。それでいながら、誰よりも英雄で。

 創剣は、ニタリと笑みを浮かべながら、言葉を吐く。


「見ておけ、浅井。アレが、平凡たる英雄だ。英雄たる才を持ちながらも、その才が他者に認められることはない存在だ」

『……。』


 卯月は淡々と屈強な男に言葉を告げ、そして、設置されていたパンフレットを指さし、何かを説明する。その正論にたじろいだのか、男は再度拳を振り上げる。

 がしかし、その拳が振り下ろされることはなかった。


「警備員さん……ふぅ、ふぅ……私を置いて……先行ってください!」

「は、はい!」


 運動不足が祟って疲れ切った様子の相模に困惑しつつ、警備員が応援を呼んで特設展示場の前へ駆け寄る。

 近くの木に手をつき、大きく息を乱した相模は、必死に息を整えようと深呼吸を繰り返す。そんな様子の相模に、創剣は喉の奥でくつくつと笑い声を上げながら言葉を吐いた。


「貴様、そんな『死亡ふらぐ』と呼ばれる言葉、日常で使われるとは思わんかったぞ!」

「うわぁっ! そ、そこにいたのですか、ソーケンさん?!」


 驚いた様子の相模が、素っ頓狂な声を上げる。が、彼女の視線はすぐに特設展示場前に移動した。


 展示場内の警備員もようやっと現れ、再び暴行を働こうとしていた男は、あっさりと捕縛される。多少の抵抗はしているものの、さすがに無勢に多勢であるのか、すぐに警備員室へと引っ張られていった。

 これで、問題解決だ。あまりにも平凡で、退屈極まりない結末だが、創剣はそれが面白くて仕方がない。


__毛色が異なる英雄譚というのも、なかなかに面白いものではないか。


 創剣は上機嫌に功労者である相模の頭をぐしゃぐしゃと撫でつつ、何故か警備員に説教され始めた卯月を見て、目を細めた。

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