11話 前途多難にもほどがあるデートの開始
前回のあらすじ
・北国出身創剣
・受賞取り消し
翌朝。
早く朝食を終えた卯月は、ゆっくりと寝起きた創剣にサンドウィッチを指さし、さっそく身だしなみを整え始めた。
顔を洗い、歯を磨き、髪を整える。
服は前日の内にしっかり選んだ。薄影のお守りは今日は創剣のもの。いつものリュックサックではなく、財布と携帯の入るバッグを持ち、軽く自分の姿を確認する。
「……何だ貴様、朝っぱらから鏡の前を占領しおって」
身だしなみを整える卯月に、創剣は眉を顰める。
卯月ははっとして櫛を棚に戻すと、後ろを振り向く。
「あ、悪い創剣。今譲る」
「阿呆、鏡の一つや二つ俺様とて持っておるわ」
あきれたように言う創剣の手には、卯月お手製の卵サンド。行儀の悪い創剣に少し顔をしかめつつ、卯月は言う。
「いやでも、気合い入るだろ。女子と美術館だぞ?」
「貴様は子供か」
つまらないものを見た、という目でリビングの方へと戻る創剣に、卯月は不貞腐れたように「どうせガキだよ」と言い返す。早々に準備を終えた卯月は、軽く体を伸ばしてリビングに戻る。
優雅に朝食を腹に収めている創剣を横目に、テレビリモコンを操作してニュースを確認する。今日の天気は、太平洋側は広く晴天になるとのことだ。なら、傘はもっていかなくてもいいだろう。
時計を確認すれば、待ち合わせ時間まであと2時間。ゆっくり出発すれば、丁度いい時間になるだろう。そう判断した卯月は、眠たそうにもそもそとサンドウィッチを食む創剣を横目に、さっさと外に出た。
雲一つない快晴。
晴れやかな天気とは裏腹に、じっとりとした暑さの今日。水筒に麦茶を入れてきたため、自販機のお世話にならなくて済んではいるが、卯月は今すぐプールに飛び込みたい衝動に駆られていた。
稲日市立美術館への道のりは、街路樹のある大通りを数分まっすぐに歩くのみである。バス一本必要ないその道のりに、卯月は緊張を必死に隠していた。
__変に見えていないよな? ってか、早く着きすぎていないよな?
スマホに電源を入れては時間を確認し、通り過ぎる車のガラスで自分の姿を見る。かつてないほどに、それこそ部活動をやっていた頃以上に不安で、何が正しいのかわからない現状に、卯月は表情をこわばらせる。
不安だった。
相模に変に思われたくない。できるなら、好印象を抱いてほしい。
だからこそ、自分の今が正しいのか、よくわからなくなっていた。
__ってか、野良の召喚士をやっている時点で今更か……?
思い当たった恐怖に、卯月は軽く奥歯を噛みしめた。
願いを行使してしまったからという後付けの理由と、己の願いを叶えようともがく浅井を助けたいという思いから自衛隊には所属していないが、一般に、野良の召喚士はそのまま犯罪者である。
犯罪者が友人であることが、夢を持ち道を進む彼女にとって、不利に働かないだろうか。
__いや、働くに決まっている。
卯月は、そっと足元のマンホールに目を落す。美術館の名物である歌う少年の絵を大幅に省略したイラストが描かれたそれは、妙に印象にのこった。
かと言え、卯月は召喚士を廃業する気はかけらもなかった。
召喚士でなければ、守れないから。力がなければ、戦えないから。犯罪であろうとも、己を己として固持するためには、結局のところ、召喚士であり続けるしかなかった。もはや卯月には、それしかなかった。
いや、正確ではない。
卯月は、別のところにも己を見出していた。だからこそ、『召喚士であること』に罪悪感を見出したのだ。
青年は、相模のことを支えるという点で、もう一つの己を見出した。だからこそ、支えるべき対象の彼女に障害になりえることを他ならぬ己自身が行っていることに、矛盾と自己嫌悪を抱える羽目になっていた。
うだるような日差しの強い太陽に、卯月は酷く体が重くなっていくのを感じる。
はかりにかけても、二つの重りの計測結果は『罪悪感』でしかない。知ってしまった現状に、大切に思えた知り合いに、すべてを投げ捨てて気が付いてしまった自分の『もう一つ大切』に逃避することは、もはやできない。
__せめて、彼女に悪影響が出ないようにするには……?
そう考えた卯月には、すぐに回答が出てしまった。
自分以外の、彼女をアシスタント出来る誰かを見つけ、説得して己と立ち位置を変える。それだけで、十分であった。それだけで、十分に変われてしまった。
支えるのが自分でなくても良かった、という事実に行き当たってしまった卯月は、小さく首を横に振った。
さすがに考えすぎである。精神が不安になると、思考にも影響が及ぶとは言うが、これでは行動と言動にも影響が出てしまう。
__ただがたマイナス思考で相模さんに不快感を与えるのも、失礼な話だよな。
マイナス思考とまとめるには、やや偏狂的なその内容を忘れ去ろうと、卯月は無理やり前を向く。すでに、稲日市立美術館の敷地は見え始めていた。
美術館に近づくたび、少しずつ人が増えていく。
ほとんどが来館者であることは予想できるが、中にはなぜか物々しい雰囲気を漂わせる屈強な男や、妙に高そうな服を纏った女性などが混ざりこんでおり、場はやや混沌としていた。
「待ち合わせ場所……看板の隣の、鳥のオブジェの前って……これか」
チケット売り場のすぐ横、成人男性程度の身長を誇る卯月がほんの少し見上げる程度の大きさの、ハシビロコウのオブジェ。鋭い眼光のハシビロコウに、卯月はやや困惑しつつも、その表情が変わることは永久にないであろうその鳥の元へと歩み寄る。
スマホの時計を確認すれば、待ち合わせ時刻まであと三十分は優に残っていた。これはさすがに早く着きすぎてしまった、と少し落ち込んだ卯月は、相模から手渡されたチケットを軽く指の腹で撫で、浅く目を閉じる。
その瞬間。
「……あれ? 卯月さん?」
「ん?!」
背後からの声に、卯月は肩をピクリと震わせて驚き、そして後ろを振り向く。そこには、いつものように長い髪の毛を三つ編みに編み上げた少女が、涼し気なチョコミント色のワンピースを着て立っていた。
「相模さん?! あれ、俺、もしかして遅かった……?!」
「いえいえ! 私も早く着きすぎてしまって」
両手を横に振って言う相模に、卯月は小さく謝ると、笑顔を浮かべて言う。
「えっと、ちょっと早くなっちゃったけど、行く?」
「そう、しましょう。ついさっき、ソーケンさん、えっと、絵のモデルだった人から、あとで合流するとメールが来ましたし」
互いに顔を合わせ辛く、ぎこちなく返事をする相模。相模の言葉に、表情を引きつらせかけた卯月。
__あいつ、近くにいるな?!
そうでなければ、待ち合わせ時刻よりも圧倒的に早く着いてしまった二人に対し、あとで合流するなどメールで言うはずもない。
だがしかし、薄影のお守りを持っている創剣を、卯月が見つけることなどできはしない。キリキリと痛む頭をそのままに、卯月はそっと相模に笑顔を向けた。
すると、相模は表情を曇らせ、卯月を見上げるようにして口を開いた。
「えっと、その、先に言っておかなくてはいけないことがございまして……」
「?」
首をかしげる卯月に、相模は思い切って言う。
「私の作品、大賞取り消しになっちゃいました。あと、諸事情で展示されなくなっちゃったそうです」
「……えっ?」
残念そうに言う相模。
彼女は、申し訳なさそうに目を逸らすと、言葉を続ける。
「すいません、卯月さん。私の絵を見ていただくはずでしたが……ですが、このチケットなら、特設展示場以外の展示場も見に行けるらしいので、よろしければご一緒しませんか?」
「あ、はい。ぜひ。__って、そうじゃない。何でだ?」
そう質問した卯月に、相模は一瞬言葉を詰まらせる。だがしかし、観念したように眉を下げると、口を開く。
「すいません、何故か、美術館に展示するのに相応しくないって言われてしまって……せっかく卯月さんに手伝ってもらったのに、申し訳ないです」
相応しくない。
その言葉を聞いたとき、卯月は、あの絵のモデルの存在を思い出した。
相模の絵のモデルは、創剣のルシファーその人である。
なるほど、創剣がモデルなら、昨今の情勢の都合上、犯罪者の仲間代表が絵に描かれ、それが大賞をとるのは相応しくないはずだ。
「……相模さんが謝る必要なんて、欠片もない。」
ひきつりそうになる声を、必死にとりなし、卯月は言葉を紡ぐ。罪悪感に押しつぶされそうだった。
相模の絵の実力は、折り紙付きと言えるレベルである。もし仮に、創剣が絵のモデルになっていなかったところで、入賞程度はしていたであろう。
その上で、絵のモデル……創剣の召喚者は、卯月。つまり、己自身である。
卯月が、己自身が、創剣を召喚してしまったから、相模は、大賞から外されてしまった。
__俺の、せいだ。
相模が受賞取り消しになったのは、創剣を描いたから。もともとこの世界にいるはずのなかった存在である創剣を呼び出してしまった俺がいたから。
「運が……巡り合わせが悪かっただけだ。だって、相模さん、絵がすごく上手だったじゃないか」
自分のせいであることを棚に上げ、卯月は言葉を続ける。もはや、自分自身でも何を言っているのか、今一つ理解できてはいなかった。
ただただ、いたたまれなかった。
何も考えず、思考が追い付かないままに、口だけは勝手に言葉を続ける。
「相模さんの絵が、大賞に相応しくない訳なんてない。俺、絵とか全然わからないけど、あれを見て、『綺麗』だと思えた。__多分、本当に運が悪かっただけだ。相模さんに責任はない」
__あるのは、俺だ。
吐き気を覚えるような罪悪感に、胸が押しつぶされる。
俺が、犯罪者だったから、相模に迷惑をかけた。
茫然とこちらを見つめる相模に、卯月は無理やり笑顔を浮かべると、その手を取った。
「とりあえず、ここで立っていても暑いし、美術館の中に入ろう? __絵、見たくなかったら売店だけ寄って、アイス食べて帰ろう。おごらせてくれ。大賞予定記念だ」
「よ、予定って……だって、わたし、受賞取り消されて……」
動揺したように言葉を漏らす相模。
そんな相模に対し、死にたくなるような感情を抱え、卯月は無責任にも言葉を吐く。
「だって、来年取れるだろ? こんな運の悪すぎる出来事、一生のうちに二度もあるわけがない。なら、来年は大賞だ」
「……!」
驚いた様子の相模の手をさっとつかみ、卯月は入場口へと向かう。
吐きそうな罪悪感を自分をごまかして飲み下し、卯月は、ただ思った。
とにかく、早急に自分の代わりを見つけなくてはいけない。相模の幸せのためにも、彼女を守るためにも。
ただ。
ただ、今だけは、せめて、この美術館にいる間だけは、相模のそばにいたかった。それが、彼女に悪影響を与えたとしても。




