10話 これがデート前日の話らしい
前回のあらすじ
・夏休み開始
・『自由派』
追記
ガ バ が 出 た
誤記 絶賛ご機嫌斜めな様子の創剣に、木曜日ということもあって__
↓
修正 絶賛ご機嫌斜めな様子の創剣に、明日を控えて__
木曜日の次は金曜日。小学生でもわかる簡単なことですねちくせう
『自由派』を名乗る者たちの配信から数日。
絶賛ご機嫌斜めな様子の創剣に、明日を控えてバイトを入れていなかった卯月は、居心地悪い思いをしつつ、課題を進める。
「……おい、貴様」
不機嫌を隠すこともなく行動に表す創剣は、暑苦しいこの部屋の温度が氷点下に下がったのではと錯覚するほどの(本当に残念なことに、錯覚でしかないが)低い声で卯月に声をかける。
卯月は苦虫をかみつぶしたような表情を浮かべ、参考書から顔を上げると創剣に言う。
「何だ?」
「何だ? ではないわ、ド阿呆!」
創剣は、そう怒鳴るなり今日の新聞を卯月に投げつける。反射的に受け取れば、三面記事がご丁寧にも表になっていた。
ちらりと新聞紙に目を落せば、そこには『自由派』を自称する召喚士たちが起こしたという傷害事件の記事が載っていた。死者はなく、召喚士は無事逮捕されたとのこと。
「……で?」
「貴様なぁ! 己の名を勝手に使われて置かれながら、何も思わんのか!」
「いや、あそこまで別人だと別段何も思わないというか……」
「違うわ、ド阿呆!」
卯月が思い出すのは、あの映像に登場した『ユキちゃん』。世間一般のイメージはこんな感じなのか、と大笑いしたのは記憶に新しい。が、創剣は妙に憤慨していた。
薄い卯月の反応に、創剣は盛大に舌打ちをすると、缶ビールを開けて煽る。どうやら今日は朝っぱらから酒を飲みたい気分らしい。
「貴様には誇りはないのか? 二つ名までもが汚されたのだぞ?!」
「誇りって……っていうか、二つ名って『トップバッター』のことか。あのコスプレ衣装、妙に作りこまれていたよな」
新聞紙をパラパラとめくり、あっさりとそう言う卯月に、創剣はあきれたようにため息をついた。
「__そう言えば、この世界における『名前』の価値観は、俺様の国とは異なっていたな……」
「……何か違うのか?」
きょとんとした表情を浮かべた卯月に、創剣はソファから体を起こし、口を開く。今日はアルコールが入っているからか、妙に口数が多い。
「俺様の世界では、名前は神から与えられるものだ。一般に、生まれたその瞬間に名を得る。名とともに生き、そして、名とともに死ぬ。そうするのが、一般的だ」
そっと遠いところを見つめ、創剣は目を細めてそう言う。
新聞をたたみなおしながら、卯月は相槌をうつ。
「ふぅん? 親からつけられるものじゃないのか」
「ああ、そうだな。あだ名やら二つ名やらはあるが」
「二つ名……創剣の【創剣】とか?」
「何だその頭の悪い発言は」
あきれた表情を浮かべる創剣に、卯月はきっちりと折りたたんだ新聞を投げ返す。放物線を描いた新聞紙を、創剣は受け取ることもなく手で叩き落とした。卯月はため息をついて席を立つと、新聞紙を拾い上げ、古紙用の紙袋に入れる。
創剣は、軽くため息をつくと、卯月に聞く。
「そのうえで、貴様は俺様の言わんとすることがわからないと?」
「いや、俺、無宗教だし……まあ、他人に迷惑かけている連中は嫌だが、正直無関係すぎてどうでもいいっていうのが本音だ。あと、『ユキ』なんて名前、ありふれ過ぎてどのユキさんだかわからないだろ」
「……貴様」
卯月の発言に、開いた口がふさがらないと言った様子の創剣。
そんな創剣に、卯月は勉強机と化しているリビングのテーブルの前に戻ると、言葉を続ける。
「ただ、俺の大切が巻き込まれるなら、話は別だ」
当然のように、何の違和もなく、あまりにもあっさりと言われたその言葉に、創剣は一瞬目を丸くする。
卯月の瞳には、熱はない。冷ややかな殺意もなければ、確たる決意があるわけでもない。行動も、日常の一部を切り取ったままであり、何事もなく席に着いた卯月は、シャーペンに手を伸ばしている。本人にとっては、ただ当然の言葉を発しただけなのだ。
一拍置いた後、創剣はニタリと凶悪な笑みを浮かべ、喉の奥でくつくつと笑い声をあげると、言った。
「……良かろう、許す」
「いや、何を?」
「先ほどまでの無礼をだ。特に新聞紙を投げてよこした無礼を中心にな」
「そんなに嫌だったのか、アレ?!」
思わずと言った様子でツッコミを入れる卯月に、創剣は眉を寄せると低い声で「当たり前だろうが!」と怒鳴る。
「貴様、王たる俺様を前にして不敬が過ぎるからな! 目に余るどころの騒ぎではないぞ?! いっそ視界の暴力だ!」
「んなこと言われたって……」
言いよどむ卯月に、創剣は盛大に舌打ちをすると、缶ビールを煽り、空になった空き缶を虚空に消した。
そして、ソファから立ち上がると思い出したように虚空から一振りの剣を取り出す。
「そう言えば、斧の国に行ったときに創った剣があったな……」
「……は?」
創剣はつぶやくように言うと、まるで水晶を削りだしたかのようなその剣をテレビ台の横に立てかける。当然のように抜き身で。
「……おい、止めろそれ。床が傷つく」
というよりも、うっかりテレビ台に足の指をぶつけたときに、悶絶するどころでは済まなくなる以上、止めてほしい。せめて鞘をつけろ鞘を。
「えあこんを使わぬ貴様が悪い。これくらい許す度量を持たぬか」
「せめて棚の上に置けよ!」
卯月の文句に、創剣は面倒くさそうに水晶の剣を持ち上げ、卯月が普段金属バットを置いている棚の上に置いた。そして、創剣がそっと剣を撫でると、唐突に室内の温度が下がりだした。
室温低下の理由は、あの水晶の剣であるらしい。
創剣は機嫌よさそうに水晶の剣を撫でると、ソファに寝転がる。
「特に名前も付けておらんかったが、やはりたまに倉庫を漁ると面白いものが見つかる」
「……いや、何でこんな便利なのを忘れていたんだ?」
卯月の質問に、創剣はきょとんとした表情で言う。
「俺様の国、この世界の気候帯で言えば、基本的に冷帯や寒帯と呼ばれる地域だからな。フランベルジュならまだしも、わざわざ寒い部屋をさらに寒くしたいとは思わんだろ」
あっさりと言い切る創剣。創剣の故郷は基本的に夏もここまでは暑くならないうえ、さらに言えばここまで湿度が高くなることもない。熱を逃す気もない金属鎧も、そこから来ているのだ。
なお、話に出てきた斧の王こと造斧の国は熱帯もしくは乾燥帯である。そのため、この水晶の剣を創る必要が出てきた。
ちょうどいい温度よりも少し低いくらいにまで下がった室温に、卯月は思わずつぶやく。
「やっぱ、フランベルジュの扱い俺とほぼ変わらないだろ」
「変わるわド阿呆! 布団乾燥機ごときと一緒くたにするでないわ!」
くわっと怒りを表す創剣に、卯月は苦笑いを浮かべる。暖房と布団乾燥機であれば、さほど扱いに違いがないように思えるのだが。
涼しくなった室内で、卯月は勉強を再開した。
明日は、相模と美術館だ。
「えっ?」
「……ごめんなさい、相模さん」
美術館に絵が展示される都合で美術大学に行っていた相模は、教授から頭を下げられる。先生に頭を下げられるのは、正直嫌でしかなかったが、相模はそれどころではなかった。
「何でですか?! だって、私の絵、大賞だって……!」
「ごめん、ごめんね相模さん。私も抗議したの。ありえないって。絶対にだめだって。でも、決まってしまったの」
力なくうなだれた教授は、頭を上げ、相模にそっと紙を手渡す。それは、美術館からの通知ではない。文科省からの通知である。
曰く、この絵は不適切であるものが描かれているため、展示は行わない。
曰く、元の要項通り、絵の返却はなされない。
曰く、絵の即売会に相模の作品は出さない。
元の要項では、展示会に出された絵画は、展示後に即売会が開かれ、売却されなかったものは美術館でそのまま展示され続けるということになっていた。そのため、原則提出された絵画は作者に返却されることはない。
つまり、相模の絵は、展示されることも、返却されることも、誰かの手に渡ることもなく、おそらくは、捨てられてしまうのだ。
描き上げた絵が、光を浴びることなく消える。その事実を、相模は信じたくはなかった。
「不適切って……モデルの人にも了承をとっているのに!」
「私、相模さんの友人の幅に時々驚くけれども……ええ。これは正直画家に対してありえない仕打ちよ。貴女の絵は、素晴らしかった」
「何で、何で絵は返ってこないのですか?! だって、展示されないなら、返してくれたって……!」
「……私は、美術館の職員さんに確認して知ったのだけれども、絵のモデルの人、つまり、創剣って人の資料として押収するらしいわ」
写真は十分にある。何せ、創剣は不慣れとはいえSNSをつい最近まで使っていた。風景の写真がほとんどではあるが、自撮り写真や旅の道すがらに出会った飲み仲間との写真も存在している。絵をわざわざ資料として押収する理由は、ほぼない。
ふざけた内容の通知を握り締め、相模はただ悲しみを抱えていた。
「……先生。すいません、八つ当たりしちゃって。ちなみに、賞金に関してはどうなりますか?」
「確か、まだ納金されていなかったわよね? なら多分、されないと思うわ。本当にごめんなさい」
「先生のせいじゃないです! その、そう! 運が、悪かっただけですよ!」
相模は、無理やり明るい声を出すと、そっと奥歯を噛みしめた。そうしないと、涙がこぼれてしまいそうだったのだ。
__あ、卯月さんに、なんて説明しよう……?
乾いた心に、広がる滲んだ思い。
次の瞬間、相模の目元から涙が零れ落ちた。
教授は、自身もその瞳にうっすらと涙を浮かべ、相模のことを慰めるように抱きしめる。
「ごめんね、ごめんね。不甲斐ない先生で」
弱弱しい言葉に、相模はこぼれる涙をそのままに、しゃくりあげる感情を必死に飲み下して言葉を紡ぐ。
「……っあ! ご、ごめんなさい、大丈夫です。大丈夫ですから。先生のせいじゃないです」
不甲斐ない。悔しい。悔しい。
応援してもらったのに。
協力してもらったのに。
手伝ってもらったのに。
認めてもらったのに。
相模の脳裏に、そっと夜食を出してくれた卯月の姿がよぎる。
大作を描きあげたときは、大抵家が酷いことになるのに、あの時はそうならなかった。食事を抜くから大抵体もボロボロになるのに、ここ最近そうはならなかった。
「……しい……」
教授の肩に縋り付き、相模は涙をこぼす。
小さくこぼれた相模の言葉に、教授は少し驚いたように相模を見る。
奥歯を噛みしめ、涙と一緒に言葉を吐きだした。
「せんせい、くやしいです。」
好きで好きで、夢中になって描いて、塗って、とかして、見て、確認して、創りあげた一枚の絵画。
「大切な人のために、描きあげたのに! 大切な人に手伝ってもらって描きあげたのに! 私だけじゃあんなに良い絵、描けなかったのに!」
文字通り、奇跡の一枚。
卯月と出会わなければ、創剣と出会わなければ、描けなかった。
彼に手伝ってもらえなければ、描ききることはできなかった。
お礼を、成果を、見せたかった。
「やだ、なくなっちゃうなんて。やだよ」
しゃくりあげる相模。
写真には残っている。もう一度描こうと思えば描けるかもしれない。
でも、それはあの一枚ではない。
相模を抱きしめた教授は、やさしく背中を撫でる。
結果は、覆らない。
今年度の展覧会は、大賞不在のまま、開催されることが決定した。
美術館の一角。
展覧会の準備は既に済んでおり、展示用の特設の壁には、実力ある若者たちの絵が見栄えよく飾られている。
その中でも、最も注目を集めるであろうその場所。
設置された照明も、額縁も、ラベルも、そのままである。ただ、絵画だけが存在していなかった。
老齢の支配人は、特設展示場を見回りながら、絵があるはずだったその場所の前に立つ。
飾られるはずだった、若者の傑作。込められた思いも、夢も、すべてを否定されたその絵。美術館から抗議も、その絵を描いたという学生の所属している学校からの抗議も、無視された。絵に、罪はないはずだった。
文句なしの、全会一致の大賞。長年展示会を見守ってきた支配人でも、起きえなかった初めての出来事だった。技術も、色選びも、デザインも、何一つ文句のつけようがなかった。
だが、モデル。モデルのためにその苦労は、時間は、労力は、絵画は、失われた。
許されるわけがない暴挙。だがしかし、まかり通ってしまった。
支配人は、そっとため息をついてその場から離れる。
せめて、あの絵が持っていかれるまで。失われてしまうまで。それまでの間に、それがあったことを証明するため。華々しく大賞を得るはずだったその絵は、スタッフルームの一番目立つその場所に飾るように保存されている。
一目、その絵を見たかった。
そして、謝罪をしたかった。
老人の足音は、気密性の高い美術館の壁に反響し、そして、少しずつ薄れていった。




