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ロードテール  作者: ooi
三章 登竜門
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9話 夏休みの宿題って性格が出るよね

前回のあらすじ

・浅井ちゃん頑張ってる

・ノアくん頑張ってる

 大学には終業式というものは存在しない。しいて言うなら、最後の講義の時間に夏休み中の課題を示されるだけである。そして、その課題も3割は終わってしまっている。


 夏休みが始まってから一週間、卯月は講義がない以外はいつもと大して変わり映えのない日々を送っていた。


 午前中は少し時間を多めに入れたバイトに精を出し、午後からは夏季休暇中の課題を進め、開いた時間に廃棄物退治。創剣は相変わらず家でごろごろしているか日本国内のどこかに行っているか。

 だがしかし、何かと蒸し暑い日本の気候に体が合わないのか、もっぱら大和町の図書館に引きこもっている。卯月の家では電気代の都合上エアコンはつけていないのだ。


 まだ図書館の開いていない時間なのか、エジプトの伝統衣装のガラベイヤにも似た衣装を着流した創剣は、グダグダとソファを占領していた。


「あつい、暑いぞ……! この国の気候は一体どうなっておる……!」


 冬は乾燥こそしたものの、吹雪くこともなく過ごしやすかったではないか! と怒鳴る創剣に、タンクトップにハーフパンツ姿の卯月は短く言う。


「日本の太平洋側の気候は、基本的に高温多湿だ。赤道近くの風が流れ込んでくるから湿気ているし、特にここいら(東京)はアスファルトの照り返しがあるからな。暑くて当たり前だろ」

「エアコンを……エアコンをつけぬか……!」

「電気代がかさむから嫌だ。ってか、そんなに暑いなら浅井のところに行けよ」


 浅井の隠れ家は、一部の施設を除いて基本的にエアコンが完備である。ついでに、浅井自身の魔法の練習のために最近はもっぱら水や氷を操る魔法を使っているため、どう考えても涼しいはずである。


 だがしかし、創剣は力なく首を横に振ると、ぐったりとソファに突っ伏す。首や額には玉のような汗が浮かんでいる。


「小娘は今、何かと忙しい。あと、いくら涼しくなりたいとて冷凍庫の中に入りたいとは一言も言っておらん」

「えっ、今そんなことになっているのか?!」


 驚く卯月に、創剣はきょとんとした表情を浮かべる。


「あの小娘、最近上級魔法も単発であればゆうに使えるようになったからな。最近はもっぱら『ブリザード』と『身体保護』の並列行使の練習をしておるからな。ぱそこんが加熱せずに良いのだと」


 ワイングラスに冷蔵庫で冷やした麦茶を注ぎ、がぶ飲みをする創剣は、今にも溶けそうな表情をしてぐったりと体をソファに押し付ける。


「パソコンが凍って支障が出るんじゃ……じゃあ、俺が行ったときはだいぶ加減してくれていたのか……」

「……貴様、確か先日も小娘と会っておらんかったか?」

「……あれ?」


 首をかしげる卯月に、創剣はやや体を起こすと、思い出したように舌打ちした。


「そうか、あの時は『身体保護』の魔法のみ使っていた……ブリザードはあの悪魔の仕業か!」


 あの不敬者め! と舌打ちをする創剣に、卯月は思わず眉をしかめて吐き捨てるように言う。


「どうせお前が暑いだのなんだの文句を言ったんだろ?」


 執事は何かと突飛な行動をするが、基本的に浅井のことを思っての行動しかしない。それ以外には無関心か不干渉のどちらかを貫く。書類上の養父である創剣に対しては、やや嫌いがあるものの、浅井の意見と心を尊重する彼は、余計な敵意は示さない。

 ゆえに、執事が敵対的なことをするのは、基本的に創剣が何かをした時のみである。


 まだぶつくさ何か言いたげな創剣を放り、卯月は外出の準備を終える。今日は朝からバイトで、午後からは廃棄物狩りの予定である。


「今日の昼飯、何か食いたいものは?」

「む……冷やし中華とやらを頼む」

「わかった。ついでに麺も買わないとか……」


 卯月はそう呟きつつ、外に出ていった。

 さほど変わり映えもない様子の卯月に軽く舌打ちをする創剣だったが、ふと、サイドテーブルに積み上げられた本の山に目を向け、軽く目を細める。


 気に入ったからという理由でもう一度借りた小説。元の世界では、ありえない話であった。


 緩やかに流れる時間。たとえこれが、門との戦いの合間の、仮初めの平和だとしても、この時間に()()()()()()()()()()退()()()はなかった。

 むしろ、この緩やかな時の流れが、無性に愛おしかった。


__さすがに、これが半世紀と続けば飽きるだろうが……


 創剣は、そっと一度借りたことのある本に手を伸ばす。本を開かなくとも、内容は記憶できている。知っている内容を二度も三度も反芻するのは、非効率だと思っていた。だが、今は、もう一度読みたいと思えていた。


 ビニールで保護された表紙をそっと撫で、創剣は本を開く。

 できるなら、この愛おしい時間に、飽きることがないことを願いながら。





 毎日相変わらずの作業を続けつつ、融資関連の仕事をしている浅井は、ふと、ある動画に目をつけ、そして小さく悲鳴を上げた。


「__まずいわ、メフィストフェレス!」

「どうしました、お嬢様!」


 無表情な顔を引きつらせ、浅井はそっとパソコンの画面を執事に見せる。


 それは、無料動画サイトであるらしく、妙に目立つロゴと広告に目を奪われつつ、執事はその動画タイトルを見つけ、そして目を丸くした。


 動画のタイトルは、『自由派同盟』というもの。投稿者名も同様である。

 画面中央に映っているのは、まるで狐のようなお面で顔上部を隠した男。


 浅井は、奥歯を噛みしめると、つぶやくように言う。


「奇襲ってところかしら……」


 小さく舌打ちをする少女は、動画を再生する。

 狐面の男は、動画が始まるなり大声で言う。


『召喚士の皆! 自衛隊には所属するな!』


 派手な演出と、妙に凝った編集。切り貼りと勢いで進むその動画が告発したのは、自衛隊への文句にも近い言葉であった。

 仮面男は身振り手振りと無駄に大きな声で叫ぶ。


『いいか、自衛隊の現状はクソだ! まず、廃棄物との戦いを強制させられる! 毎日毎日クソみたいなノルマがあって、それがこなせなければポイ!』


 内情をそれなりに知っている浅井からしてみれば、本当ともまるきり嘘とも言い切れないその内容。過激な言葉選びと、目を引く編集が、自衛隊への文句を彩る。

 そして、後半二分。そこで執事は表情を凍らせた。


『来てくれ、ユキちゃん!』

『はぁーい!』


 媚びるような返事とともに、画面に現れたのは、明るい茶髪の女。けばけばしい化粧を施したその女は、胸や体のラインを強調させる服をひらめかせながら、狐仮面の隣に立つ。


 そして、濃い赤のルージュが彩る唇を開けた。


『アタシもぉー、彼の賛同者なの。自衛隊に所属しちゃダーメ。そうでしょ、バッター?』


 媚びるようなその言葉に同意するように、画面端から卯月の野球ユニフォームに似た服を着た男が頷く。手には何やら金属バットが握られているらしい。


 動画の最後に、二人は言う。


『同意するっていう召喚士は、この動画が消される前に連絡してくれ! 俺は、自由派創立者、マサだ!』

『アタシはぁー、トップバッターの主、ユキちゃん。賛同者、待ってるねー』


 手を振る女。画面に向かって伸びる狐仮面の男の手。そこで動画は終わりを迎え、広告動画が挟まる。ゲーム広告らしいそれを放置し、浅井は奥歯を噛みしめる。


「やられた……名前を使われた……!」


 いつかは起きるかもしれないと思っていた事態であった。特に、トップバッターこと卯月なら。そして、よほどの愚者でなければやらない手だと思って警戒していなかったことでもあった。


 慌てて創剣のSNSを確認してみれば、創剣のアカウントは削除されていた。今までどんな騒動があっても残っていた、創剣のアカウントが、だ。

 公式ページで削除されたらしい時刻を調べてみれば、この動画が投稿された数分前の出来事らしい。削除理由は、不適切な投稿。


 随分今更な理由の削除理由に、浅井は舌打ちをしてパソコンの画面を睨みつける。


__再生回数が急上昇……止める手段はない……!


 思わせぶりな剣のアイコンに腹が立つ。トップバッターの服装は、鎧やら動物のパートナーよりかは簡単に用意できるものである。そこを、狙われた。

 執事はしばらく無表情でを見つめた後、にたりと笑みを浮かべた。


「ふふふ、フフフフフフフフフフ……」

「……どうしたの、執事」

「いえ、何」


 執事は、空のコーヒーカップを浅井から受け取り、凶悪な笑みで画面を睨みつけ、言う。


「あの者たちめを、同処分しようかと考えていたのでございます。狐なら皮をはげばよいマフラーになるでしょう」

「……絶対にやらないこと。良いわね?」

「フフフフフフフフフフ。恩人を真似た女は、随分な厚化粧です。ヘラで削れば剥がれますかねェ?」


 まるで話を聞いていない様子の執事に、浅井は深くため息をつく。そして、顎に手を当て思考する。


 これに、浅井を模した人間やメフィストフェレスが出なかったのは、ひとえに活躍した戦いがメディアには取り上げられなかったためだろう。そして、創剣が出なかったのは、当然の如くあれだけ整った容姿の人間が見つからなかったから。


 見る人が見れば、この動画が作り物であることがわかる。だがしかし、察しの悪い人間と、悪意ある人間、そして、召喚士にかかわりのない一般人は、八割がた信じ込むだろう。


 浅井は悔しそうにパソコンを睨みつけ、そして、いつも情報を拡散しているサイトを開く。最初の注目記事欄には、この動画についての考察が書かれていた。当然のように、お祭り騒ぎだ。


__この流れは、もうすでに取り返せない。


 大雨の後の濁流に逆らうことなど、できやしない。


 空に浮かぶ入道雲が、この先の空模様を表していた。

浅井の隠れ家の空調事情

 メフィストフェレスは、ぶっちゃけるなら創剣が嫌いである。なにせ、主たる浅井にいい影響を与えられるような人格者であるとは思えないからだ。

 それを踏まえたうえで、執事は浅井の体調を気遣い、基本的にエアコンをつけていたとしても、設定温度を高めにしたうえで弱風設定でつけている。幼少期からの完全空調はあまり良くないと知識を得ているための行動だ。

 だがしかし、そんなことを知っているのかいないのか、アポイントメントもなしに浅井の隠れ家に足を踏み入れた創剣は、容赦なくエアコンを全開にした。

 ↓

 そんなに涼みたいなら、魔術で冷やせばいいんやろ? by執事

 ↓

 ブリザード(浅井は身体保護の魔術を行使中)


 となった。


 なお、執事はこの事案よりも少し前に、突然隠れ家に来た創剣にぶぶ漬けを出したこともある。これはさすがに浅井に怒られたらしい。

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