8話 ずのーせん(小学生対抗)
前回のあらすじ
・唐揚げ
・浅井ノア君
相模と卯月が美術館に行く約束をした翌日。
大学に登校した卯月は、ふと同じ講義室に飯田と大谷がいることに気が付いた。
合コン以来何かとしゃべることも多い二人に、卯月はリュックサックを背負ったまま二人に声をかける。
「おはよう」
「あ、おはよう卯月。お前さ、27日って空いてる?」
「……ん?」
飯田の唐突な質問に、卯月は首をかしげる。
大谷は講義用のルーズリーフをビニール袋から出しつつ、卯月に言う。
「飯田が美術館のチケットもらったって言ってた。どうせなら一緒に行かないか?」
「……なあ、飯田。お前、こういうので女子を誘えばいいんじゃあないのか?」
思わずそう聞いた卯月に、飯田は一瞬目を丸く見開き、そして大谷をちらりと見てから講義室の長机に頭を打ち付けた。
「その手があったか! 卯月お前、天才か?!」
どうやら考えてもいなかったらしい。
頭を抱える飯田に、大谷は申し訳なさそうに口を開く。
「……チケット、返そうか?」
「いや、大丈夫、大丈夫だ。チケットはあと一枚ある。その一枚で女子を誘えば……!」
ぐぬぬ、とうなりながらチケットの入ったファイルをつかみ言う飯田に、卯月は首を横にふって言う。
「ああ、俺は行けないから二枚だぞ? 俺はその日、女友達と美術館に行く」
「裏切り者め……! うらやましいぞこの野郎!」
「ドストレートな嫉妬をありがとう」
血涙を流さんばかりの飯田にそう言うと、卯月はちらりとルーズリーフに日付と授業時間を書いている大谷を見る。
そして、少しだけ考えてから飯田に言う。
「大谷って、案外彼女いそうだけどな」
「……?!」
驚きに満ち溢れた顔で長机から顔を上げ、飯田は大谷をまんまるな目で見る。唐突な飯田の動きに、大谷は体を小さく震わせ、「ああ、」と小さく前置きしてから口を開いた。
「今はいない」
「今は……?! おまっ、前はいたのか?!」
「っていうか飯田、お前はいなかったのかよ」
「うるせー、俺は小中高共に男子校だったっての!」
頭を抱えて言う飯田に、卯月はそっと同情の気持ちを込めて手を合わせる。大谷は既に授業の準備を終えて眠たそうにあくびをしていた。まだ一限目の前なのだが。
まあまあ整った見た目の割に、何かとモテない友人を憐れみつつ、卯月は空席につく。
「まあ、大丈夫だろ。東都大生だぞ? 優良物件なんだからワンチャンある」
「無いから凹んでんだっての!」
無責任な慰めをあくび混じりにする大谷に、飯田は負け犬の遠吠えをした。
平和な日常をたどる卯月とは対照的に、浅井は現在、創剣を呼び寄せる暇がないほどに忙しい日々を送っていた。
ノートパソコンをデスクに広げ、アナログの情報源をもとに、狭められつつあるトップバッターこと卯月の出現場所をごまかしていく。
卯月は、生来の性格から、時々人助けをしてしまう。それが忘れ物を拾う、ひったくりを転ばせるくらいなら問題はないのだが、道案内、迷子の保護となると話は別である。
具体的には、前者は接触が最低限で済むが、後者はどうしても接触が長時間になるということだ。
薄影のお守りは、所持者が声を出す、もしくは一定以上の音を立てると、その効果を失う。また、何かに触れると、その対象に対し効力を失う。
結局のところ声さえ出さなければ、顔を覚えられることはないが、薄影のお守りの所持者が他者とともに行動し、他者が声を出してしまった場合、所持者は周囲に見えるようになる。
つまり、大和町の駅前商店街には、トップバッターの目撃情報が相次いでいた。
__テレビクルー……はっきりとは写らないとはいえ、リスクは低いに越したことはない。
情報を集め、精査し、そして、虚偽の情報を混ぜ込む。
二つの門の戦いどちらにも参戦したということで、創剣とトップバッターの知名度は高い。もちろん、剣聖や木原も十分以上に有名だが、二人は既に自衛隊に所属しているということもあって、情報はある程度いきわたってしまっている。
それに対し、二人は自衛隊未所属。創剣はSNSをしているため、露出はまあまああるが、トップバッターは正に正体不明。
群衆は、正体不明のものを明かしたくなる。下心があるのだという邪推や、疑念、果てには黒幕説、有名人説などと言った都市伝説が渦巻いてはいるが、実のところ、トップバッターもとい卯月は、一般人である。
カップの中のコーヒーをすすり、浅井は薄っぺらい中身の記事を書き上げ、掲示板サイトに放り込む。事実を2割、虚偽を8割混ぜ込んだその内容は、特に騒がれることもなく流される。
__もしものことがあれば日本国内どこにでも逃げられる創剣様はともかく、卯月様は彼自身の日常がある。その日常を、崩すわけにはいかない。
画面を睨み、少女は思考する。
下手に騒がれ検証されるよりかは、流されても確かに書いてあった事実が残るほうが良い。議論に発展する内容はさけ、徹底的に情報を垂れ流すにとどめる。
玉石混交のインターネットの海に、石を増やして玉を石に見えるように加工する。石を精度のいい偽の宝石に替えるよりかは、はるかに楽な手法かつ足がつかない方法である。
集中しだした浅井に、執事はそっと声をかける。
「お嬢様。そろそろ魔術の勉強のお時間です」
「……ありがとう、執事。三十秒待って」
キーボードから指を離した浅井は、執事に短くそう言うと、慣れた手つきで履歴を消去し、電源を落とす。ノートパソコンを閉じ、少女は軽く体を伸ばした。
執事はそっとノートを取り出し、少女が座るであろう席に広げる。
ダイニングテーブルに移動した浅井は、ふと思い出したように執事に問いかける。
「ねえ、貴方は『ノア』という召喚士に関してどう思う?」
「ふむ、ワタクシの意見ですか? そうですねェ……」
執事は、そっと左の頭角に触れ、一瞬だけ思考した後、答えを下した。
「お嬢様からいただいた資料からだと、召喚士ノアは会話不可の動物のパートナー二体と本人の持つ弓矢のみでしたか。廃棄物討伐数は登録がほんの数か月前だというのに、すでに3ケタ後半に迫ろうとしている。__端的に言うなら、『異常』の一言でしょう」
薄気味の悪い笑みを顔に張り付けながら、執事は浅井に答える。
浅井は、そっと口元に手を当て、思考をしながらつぶやく。
「……そう、よね。もしかして、魔法が使えるのかとでも思っていたけれども、卯月さんの話では結構な危機にも関わらず、そう言った素振りは見えなかったらしいし……ポーションでゴリ押しをしているようにも思えない」
「自衛隊所属なら願いを行使していないはずですからね。特殊な能力を持っているわけではないでしょうし」
「……つまり」
浅井は、言葉を切ってすでにぬるくなり始めたコーヒーカップに手を伸ばす。そして、目を細め、口元に不敵な笑みを浮かべ、言う。
「私たちの敵ね」
「ええ、いずれはそうなるでしょう。少なからず、門との戦いで貢献度を稼いでしまいそうな人物ですからねェ?」
ニタリと笑みを浮かべる執事に、浅井は深くため息をついて筆箱に手を伸ばす。すでに不敵な笑みは掻き消えていた。
無表情に不満をにじませ、少女はノートに今日の日付と時間をかきこみ、浅く目を閉じる。
「早いところ、次の門が現れてほしいところね。自衛隊が力をつける前に決着をつけたいわ」
「そうですねェ。では、お嬢様。今日の講義を始めます」
「よろしく頼むわ、メフィストフェレス」
ノートに文字をかきこみながら、浅井は油断なく目を開き、思考する。
__まだ、私たちが先手をとれている。敵は後手。巻き返されないように逃げ切って、願いを叶える……!
浅井はそっと奥歯を噛みしめ、ペンを握る手に力を込めた。
ところは変わり、自衛隊特別支部。
__後手だ。現状は。
少年ノアは、軽く息を吐きながら、散々文句を言われた上に出し渋りされた資料を片手に、思考する。隣にはクー、頭上にはブラウが周囲を警戒していた。
自衛隊に所属した召喚士は、2択の選択肢が用意される。
一つは、召喚士をやめ、パートナーを自衛隊に預けたうえで日常に戻ること。自衛隊に預けられたパートナーはしかるべき手段で再契約し、他の召喚士のパートナーとなる。
2つ目は、召喚士として廃棄物や門との戦いに身を投じること。ノアが選択した選択肢であるが、当初は強制的にパートナーを剥奪されかけた。
少年ノアは、すっと目を細め、そっと奥歯を噛みしめる。
__年齢はどうしようもないことだ。保護しているとはとても思えないが、保護者が必要なのも認めよう。でも、報酬が減るのは理解できない……
3ケタをゆうに超える廃棄物の討伐を行っていながら、ノアは今現在資金不足に喘いでいた。
できるなら自分のパートナーにはいいものを食べさせたいし、いつも苦労を掛けている以上良い道具で手入れしてやりたい。だが、財布の中身がそれを許さない。
諸外国の通貨の価値は、現在の日本の通貨価値と比べると天と地である。なにせ、インフラが破壊され切った土地といまだに平和ボケできている土地の価値の差だ。父方の親戚からいただいた資金では、良くて1か月の食費が賄える程度でしかない。
この国有数の財閥である『浅井家』の養子になったというのに、その現状はさほど、いやむしろ、寮の部屋の維持費などを考えると悪化の方向へと進んでいた。
__手数が欲しい。黒の魔法少女に追いつけるだけの、手数が。
門との戦いには、どうしても強いパートナーが必須である。クーやブラウが弱いとは言わない。むしろ、不甲斐ない己自身よりも遥かに強い。だがしかし、門の圧倒的な量の廃棄物や、強力な個体との戦いには向かない。
少年の得意分野は、ブラウやクーなどの探知探索を利用した、理詰めの狩りである。正面対決は弱点だった。
__協力者を増やす……? いや、無理だ。結局のところ、僕の望みは貢献度1位をとって願いを叶えること。自衛隊所属の召喚士に協力は依頼できない。
考え込みかけた少年の耳に、ブラウの高い警戒音が響く。
びくっと体を震わせ周囲を確認すると、次の瞬間、凄まじい破壊音とともに数センチ前の金属扉が少年の右手側の壁に叩きつけられた。
「……ありがとう、ブラウ。危ないところだった」
礼を言う少年に、ブラウは嬉しそうに鳴き声を上げる。
ちらりと金属扉の向こうを覗き込めば、そこにはどこから用意したのか、妙に神々しい玉座に足を組んだ男が、不満そうに眉間にしわを寄せ、ひれ伏す職員たちに対し冷ややかな視線を浴びせていた。
「……貴様らの要件は飲めぬ。なぜ王たる我が奴隷に身を落さねばならぬか」
「で、ですが! 貴方様の力がなければ、この国は……!」
「くどい。我は不機嫌だ。今すぐ失せよ。さもなくば__」
男は、そっと腕を横に伸ばす。その手には、巨大な斧が握られていた。
黒真珠のような目に怒りを込め、男は宣告する。
「【造斧】のベルゼブブたる我が、直々に貴様らの首を切り落としてくれよう!」
__あー、やだやだ。
少年ノアは、そっとため息をついてその場を離れる。
自衛隊は、七武器の一人こと、【造斧】の召喚に成功した。しかし、その後はよろしくなかった。
召喚早々無礼な態度をとられた造斧は激怒し、もともと自衛隊所属の召喚士たちに割り当てられていた基地を一つ丸ごと破壊して見せた。当然、造斧を召喚した召喚士など、当然のように切り捨てられた。木原がいなければ、最悪の状況になったかもしれない。
現在造斧は、召喚されたパートナーであるにも関わらず、召喚士不在の状態である。
彼と契約を結ぼうと、ほぼ毎日のように謎の根拠と自信を持った連中が面会をするのだが……結果は、今日の通りである。
__手数手数とはいっても、あれだけは無いな。指示に従わないなら、どれだけ強力な力があっても危険なだけだ。
少年は軽くため息をつき、これから起こるであろう地獄を見ないためにも、足早に自室へと向かった。




