6話 俺様、家帰っていい?
前回のあらすじ
・小学生ズと創剣
・相模ちゃんと遭遇
駅前では何かと目立つということもあり、創剣と相模は商店街の片隅にポツンと突っ立っているチェーン店のコーヒーショップに立ち寄る。創剣はここも嫌いではなかったが、何かと人が集まりやすい立地であるため、あまり利用はしていなかった。
購入したブラックコーヒーを片手に、創剣は相模に聞く。
「で? 渡さんつもりか?」
その質問をされた相模は、カフェモカの紙コップに手を伸ばしながら、恥ずかしそうに口を開く。
「い、いえ……渡します。っていうか、渡さないと」
「なら、こんなところで油を売っておらんで、さっさと手渡しに行かぬか」
「彼、今アルバイト中なんですよ」
「ふむ?」
創剣はさりげなくポケットからスマホを取り出し、日時を確認する。今日は木曜日。確か、木曜日は基本的にバイトを入れてはいなかったが……
__まあ、あやつのことだ。廃棄物退治でもしているのだろう。
そう判断した創剣は、軽くため息をつくと、コーヒーを一口含む。
そんな創剣の行動に気が付かず、相模は言葉を続ける。
「彼、結構な名門大学通ってて……勉強とか忙しいはずなのに、ご飯作ってくれたり、掃除してくれたりして、いつも申し訳ないなって思っていたりはするんです。でも、私、何もお返しできていなくって」
「別に、そやつの好き勝手だろうが」
あっさりと言い切る創剣に、相模は同意するようにうなづく。
「でも、何か返したいんです」
つぶやくように言った相模は、自分の右手を見つめる。今日もすでに絵を数枚書き上げ、友人の手伝いもした。だが、それしかしていない。それしかできないのだ。
__私、絵を描くことしかできない。
「料理とか、私もできたらいいんですけど、どうしても苦手なんです。普通の女の子みたいに、お菓子とか作れませんし、手芸もあまり得意でなくて……」
落ち込んだ様子でそう呟くように言う相模に、創剣は首をかしげて言う。
「返す、というのは、相手がくれた現物そのままを返さねばならんのか?」
「……えっ?」
相模もまた、創剣の言葉に首を傾げた。
想定以上に芳しくない相模の反応に、創剣は不思議そうに眉を寄せる。
「言っておくが、貴様は俺様が認める程度には絵画の技術はある。それで礼をしてはいけんのか?」
「……えっと、絵って、いります?」
「俺様は少なくともこの電子版の背景は気に食わんから変えたいな」
創剣はそう言うとスマホをこつこつと指先でたたく。ロック画面もデフォルトの画面も、初期画面のままなのだ。変えようと思えば替えられたが、創剣はさほど写真というやつが好きではない。長時間見るならば絵画、芸術品がいいと思っていた。
相模は、ちらりと創剣のスマホを見て、自分のスマホを取り出す。
「ああ、そう言うデジタル絵でしたか。いくつか作ったことのある絵があるので、サンプル見ます?」
「ふむ、あとで見てやる。それよりも、貴様の恩人とやらの話だ」
「うわー、話戻っちゃいますか……」
がっくりとうなだれる相模。創剣は彼女を鼻で笑うと、ブラックコーヒーを喉に流し込む。やはり、味は喫茶店に負けている。
相模はしばらくうだうだと口を開きかけ、やがて深くため息をつき、机の上に出したスマホをいくつか操作する。そうすれば、無料通話アプリに切り替わり、調理器具のアイコンをタップする。
「とりあえず、連絡入れておきます……返事が返ってこなかったらへこむな」
「そやつのことだ、返すだろう」
当然、卯月のことを知っている創剣はあっさりと言う。事実、卯月は入った連絡にはきちんと返す。電話に出なかったと言っていたが、おそらく廃棄物との戦いで音を出すわけにはいかないためにマナーモードにしているからだろう。
創剣の言葉に、相模は少しだけ緊張をしながら、アプリを操作し、文字を打ち込んでいく。
「えっと『卯月さん、明日会えませんか? 渡したいものがあります』……」
「そんな程度でよかろう。ほら、さっさと送らんか」
「わかってますって、ソーケンさん!」
そう言う相模だがしかし、送信ボタンがなかなか押せない。創剣はコーヒーをすすりつつ、画面数センチ上で指を止めた相模を眺める。
額にうっすらと汗を浮かべた相模は、ひきつった声で創剣に聞く。
「なんか、この文面だとめんどくさい女に見えたりしませんか?」
「今現状が面倒くさい女だ。さっさと送れ」
うじうじとためらう相模にいら立ってきたらしい創剣は、半分ほどに減った紙コップの中身をそのままに、相模のスマホに手を伸ばす。そして、そのまま送信ボタンをタップしようとし……
次の瞬間、着信音が鳴り響く。
「ひゅっ!」
「だから貴様、何だその鳴き声は!」
着信音に驚き間抜けな声を上げる相模に、爆笑する創剣。
画面に表示された名前は、卯月のもの。相模は慌ててスマホに手を伸ばすと、通話を開始した。
さて、ここで先に表示しておくが、創剣は身体能力のスペックが通常の人間を軽く凌駕している。その身体能力は、筋力や思考力に留まらず、視力、そして聴力にも適応している。
また、各能力は創剣が創った剣で強化可能であり、現在進行形で興味の対象がいる現在、創剣はこっそり聴力を強化する剣を左手の内に隠している。
長々と言っているが、要するに、スピーカーモードになっていなくとも、創剣には相模と卯月の通話の内容が聞こえていた。
そんなことを知らない相模は、スマホを耳に当て、口を開く。
「も、もしもし!」
『あ、相模さん? その、電話に出れなくてごめん。ちょっと仕事をしていて』
「いえ、私もそっちの都合を考えていなくて……ごめんなさい」
『いや、大丈夫だ。で、どうした?』
通話口の向こうから聞こえてくる卯月の声に、相模は一瞬身を緊張させる。が、キッと口を引き絞り、そして、伝えたかった言葉を紡ぐ。
「あ、あの! その、私、絵が賞の候補になりまして、美術館の特設コーナーに一時展示されることになったんです。それで、チケットをもらいまして……! い、一緒に行きませんか?」
『……えっ、ちょ、えっ?!』
困惑する卯月の言葉には、驚きと確かな歓喜が混ざりこんでいた。
『いいのか?』
「迷惑だったら、大丈夫ですけど……」
『ぜ、全然迷惑なんかじゃない! むしろ、俺でいいのか?』
「は、はい! いつものお礼なので!」
断られなかったと表情を明るくする相模。
そんな彼女の様子に、創剣はつまらなそうに残りのコーヒーをすすった。
__帰りたいが……見ていて面白いからな
王である創剣を差し置いて幸せそうに話す相模を見て、軽い疎外感を覚えた創剣だったが、空になった紙コップを片手に、足を組んで背もたれに寄りかかる。
そんな創剣に、ふと相模が声をかけてきた。
「そういえば、ソーケンさん。7月の27日って開いていたりしますか?」
「む? まあ、特に予定はないが……?」
スマホの予定表を確認した創剣は、7月27日の欄を確認してそう言う。日曜日であるその日は、特に予定も入れていなかった。しいて言うなら少し北海道のあたりでも目指してみるかと思っていた程度だった。
「もしもし、卯月さん。27日絵のモデルの人も来れるらしいです!」
『待ってくれ、相模さん。聞き間違いじゃなければ、創剣って聞こえたけど……?』
「はい、ソーケンさんです!」
元気のいい相模の返答。だがしかし、それは一切答えになっていない。
しばらく「あー、」だとか「うーん」だとか悩んでいた卯月だったが、ついに言葉を切りだした。
『ごめん、相模さん。そいつと代わってくれるか?』
ひきつっているであろう卯月の表情を考え、創剣はにたりと嫌な笑みを浮かべた。
困惑した様子の相模は、卯月に言われた通り、創剣に自分のスマホを手渡す。
「フハハハハ、して貴様、何の用だ?!」
『何でお前が相模さんと一緒にいるんだよ! ってか、大和町に帰ってきていたのかよ!』
「わかっておる、わかっておるとも。貴様が困惑する理由は。まあ、一言で済ますなら、巡り合わせというやつよ」
創剣がそう答えると、卯月は深く深くため息をつく。おそらく、受話器の向こうでは頭を抱えてでもいるのだろう。
少しの間押し黙っていた卯月は、やがて口を開く。
『ともかく、あとで話は聞かせてくれ。つーか、絵を見たときにも思ったけれども、マジで創剣がモデルだったのか……』
「ああ、そうだとも。で、貴様、今どこにおるのだ?」
『今は着替え終わって帰宅中だ。浅井に連絡とろうと思ったら着信履歴に気が付いて』
「ほう? 後で話は聞かせろ。ともかく、話はそれだけか?」
創剣に質問に、卯月は言う。
『相模さんの友好関係に口ははさむつもりはないが、創剣。お前は相模さんに悪影響を与えるな。それだけだ』
その言葉を聞いた創剣は、一瞬ポカンとした表情を浮かべかけ、そして楽しそうに喉の奥でくつくつと笑う。
「貴様、俺様を何だと思っている。不敬だぞ?」
『何が』
「民一人の平穏を守れずして、王を名乗れるものか。案ずるな、俺様がこの町を気に入っている限り、下らんマネはせぬし、させぬ」
にたりと笑みながらいう創剣。
しばらく無言になった通話口。
卯月は、少しだけ押し黙った後、口を開いた。
『クッソ、信用できるのにセリフが信用できねぇ……!』
「不敬!」
卯月はしばらく腹を抱えてひとしきり笑い、憤慨する創剣に言う。
『そろそろ相模さんに代わってくれ。家についた』
「貴様俺様を何だと思っている!」
創剣は舌打ちをすると、スマホを相模に投げ返した。
相模と卯月は二三言葉を話し合い、そして相模は笑顔で通話を切る。
幸せそうな雰囲気の相模は、突然、目の前の創剣に頭を下げた。
「ソーケンさん、ありがとうございました」
「……む? 何がだ?」
「卯月さんに連絡できたので。私だけだったら勇気出なくて諦めちゃったかもしれませんし」
情けない表情をうかべ、そう言う相模に、創剣は深くため息をつく。気が付けば、カフェモカは既になくなっていた。
「阿呆。貴様一人だったとしても、これしきできたであろう」
「そう、ですかね?」
疑問符を浮かべる相模に、創剣は軽くため息をつくと、席から立ち上がる。手には、すでに空になったコーヒーの紙カップが握られていた。
「ともかく、俺様がモデルになってやったのだ。賞をとるのは当たり前のこととはいえ、よくやった」
「……! ありがとうございます! ただまあ、賞候補ですけど!」
「フハハ、キサマの実力でとれぬ賞なぞ、審査員に審美眼がないのみよ!」
創剣は高笑いすると、紙コップをゴミ箱に捨て、そのままカフェから外に出ようとする。
が、次の瞬間。
創剣は機嫌よさそうだった表情を凍り付かせ、そして頬をひきつらせた。
目の前には、赤色のランプ。そして、拳銃を構えた人の群れ。中には人ではないモノも含まれている。
つまるところ、自衛隊と警察に、カフェは囲まれていたのだ。
おのおの武器を持ち、こちらを注視しているあたり、魂胆は見えて透けている。よくあることではあるが、ここまであからさまに囲まれ、敵意を向けられていい気はしない。
「何の用だ貴様ら」
額に青筋を浮かべつつ問う創剣に、後方に控えた警部が怒鳴る。
「創剣のルシファー! お前が仲間であることは分かっている! 自衛隊に投降するなら、許してやる!」
胸を張って言う警部だが、後方に控えて拡声器で怒鳴っている時点で、創剣の心には響きはしなかった。
創剣は表情を引きつらせて静かに言い返す。
「一つ。俺様は、貴様ごとき端物に呼び捨てにされる義理はない。控えよ、凡夫風情が」
怒鳴りもせず、ただひたすら軽蔑の感情を込めたその言葉。創剣の怒りが、前衛の自衛隊隊員の緊張を撫で上げる。己を刺し殺すような殺気に、一人は積み上げた訓練の成果も忘れて小さく悲鳴を上げた。
まだ怒りの抑えきれない創剣は、一歩足を踏み出すと、さらに整った唇を開き、言葉を続ける。
「二つ。俺様は仲間もとい、奴隷ではない。あくまで自由意思にのっとってこの世界で遊んでやっているのみだ」
創剣は、地を這うような低い声で言うと、虚空からグラディウスを取り出す。腹は立つが、創剣は法律に縛られていて、目の前に存在する雑兵どもを蹴散らすことは叶わない。
小さな足音が響く。
ふと気が付いた気配に、後ろをちらりと見れば、カフェの店内に戻れないようにするためか、強化プラスチックのシールドを構えた自衛隊員が創剣を睨みつけていた。
恐怖や畏怖も交じったその視線を鼻で笑うと、創剣は言葉を続ける。
「三つ。俺様は、貴様ごときに許されるべきことはない。というよりかは、何を許すと?」
かつり、かつりと堂々たる足音が商店街の石畳におちる。
多量の武器に、殺気に、視線に、ひるむことも気後れすることもなく、創剣は足を前に踏み出す。
王の視線は、ただ、警部の目を射抜いていた。
警部はただ、ひたすらに汗をにじませ、震える声で怒鳴った。
「確保ぉぉぉぉぉおお!」
その絶叫に、遅れることもなく人々が殺到する。が、創剣は彼らを鼻で笑うと、言った。
「理由なく逮捕されてやる義理もない。ただまあ、年長者として、愚か者には説教してやりたくなるものだ」
そう言うなり、虚空から木刀を取り出した創剣は、不用意に近づいてきていた警察官らしい男をちらりと見て、好戦的な笑みを浮かべる。
恐怖でしかないのにも関わらず、あまりにも美しいその笑みをまっすぐに見たその警察官は、次の瞬間には、その体を吹き飛ばされ石畳の上に転がされていた。
訳も分からないうちに、不運な彼は頭を強打し、そのまま気を失う。
いつの間にか振るわれていた木刀に、盾を構えた自衛隊がたたらを踏んだ。その隙を、創剣は見逃しはしない。
ノーモーションで加速した創剣は、構えられた盾を足場に、跳躍をした。
夕空に輝く白銀の髪。腕や体、いや、髪の一本に至るまで美術品のようなその男は、木刀に手を添え、そして短く詠唱する。
「魔術付与【風魔法:インパクト】」
うっすらとともった金の光は、創剣の木刀に宿る。
好戦的な笑みを浮かべた創剣は、着地予定地点で待ち構える人垣に、その木刀を振り下ろす。
何に当たったというわけでもなく、空を切り裂いた木刀。
だが、次の瞬間、人垣はまるで風に吹かれた木の葉のように吹き飛んだ。
「ああああああああ?!」
すさまじい悲鳴と崩壊音。そして、創剣の体に、かすかな行動阻害感。
__さすがに、法を犯したか……?
殺してはいないはず、と思いつつ、まるで重りをつけられたかのような体を動かし、腰を抜かしたらしい警部のもとに、創剣は足音を高らかにならしつつ歩み寄る。
「最後。王たる俺様に声をかけるというのに、人の群れの向こうから声を上げるとは何事か。最低限俺様の前で話をせぬか」
怒り混じりの笑みに、警部は情けない悲鳴を上げることしかできない。創剣は不愉快そうに顔を歪めると、グラディウスを取り出し、そしてその場から消えた。
大和商店街には、数名の怪我人と意識不明者、それに、手持ち無沙汰になった警察官と自衛隊員が残される。
何度目かの創剣捕縛作戦は、こうして失敗するほかなかった。
稲日市立美術館について
相模が提出した絵が展示される予定の美術館。大和町の隣町に位置する場所にあり、近代美術館の一種である。広場、第一展示場、第二展示場、中庭(第三展示場)、土産店などが広い敷地に存在する。
まあまあ有名な展示がなされ、館内の一部を除いて飲食や写真撮影、その他美術館におけるタブーが緩い場所が多く、そのことからも来客者や取材が多い。
目玉の展示物は、飲食、写真撮影不可の第二展示場に存在する、『歌う少年』の絵。
近隣の美術大学の展示なども喜んで引き受け、定期的に新しくなる展示物で来客者を喜ばせている。
なお、相模ら美術大学の生徒たちの絵は、そう言う節約が比較的緩い第三展示場に展示されるという。




