5話 王様と小学生ズと絵描き
前回のあらすじ
・自衛隊所属の召喚士、ノア君と遭遇
・魔道具使いやすい
卯月が少年ノアと出会ったころ。創剣は久々に大和町に戻っていた。
白銀の髪の毛を動きやすいようにゴムで束ねた創剣は、もう夏ということもあり、さっぱりとしたシャツとパンツで涼し気な服装である。
__日本という国はなかなかに面白いではないか。
グラディウスを使う気分ではなかったという理由で、電車で大和町の駅前に戻った創剣は、軽くあくびをする。今日は卯月の家で寝たい気分だった。
空はオレンジに色づき、駅前は文字通りあくびが出るほど平和である。
他の町と比べても、大和町は廃棄物による被害が極端に少ない。理由は分かり切っている。トップバッター、卯月のおかげである。
浅井とメフィストフェレスも野良の廃棄物を討伐することはある。だがしかし、彼等はあくまでも大和町に根付いているわけではない。匠拳たちはそもそも大和町の隣町に住んでいるため、活動の主軸はこの町ではない。
つまり、この町の平穏は卯月の地道な戦いによるものである。
__まあ、あやつだけでなく俺様も少しは手を貸したが……
創剣の目に留まったのは、駅のそばの花壇。鮮やかな黄色の大輪が咲き誇るその花壇に、創剣は脳裏の植物図鑑と照らし合う。たしか、向日葵とかいう花だったか。
これだけ平和に花をめでるなど、地方に行くとさほどできなくなる。召喚士は全国各地にいるが、それらすべてが相応の実力があるわけでないのだ。星5の仲間など、そもそも簡単には現れないものである。
創剣は、長時間の電車で凝り固まった体を軽く伸ばし、商店街の方へと足を延ばす。どうせなら喫茶店に立ち寄ってから帰ろうと思ったのだ。
平然と駅前を歩く創剣に、周囲の視線が集まる。
そもそも、凡夫を軽く超えた美貌の持ち主である彼が道を歩いている時点で、どうあがいても注目は集まってしまう。そのうえ、彼はいささか有名人である。
現に今も、駅前の交番の巡査が警戒の意味を込めた視線を送っており、駅を利用する人々も遠巻きに創剣を眺めている。
視線が尊敬や畏怖でないことは心外であったが、創剣は何かと視線には慣れている。ゆえに、堂々と商店街の方へ足を延ばし……
「あー! 剣の人だー!」
数メートル歩くよりも先に、帰宅途中の小学生の集団に囲まれた。
容赦なく距離を詰める小学生たちに、周囲の大人、もとい創剣は一瞬ぽかんとする。
目を見開いた創剣だったが、小学生の集団の中で一番最初に声をかけ、あまつさえ指をさしている黒いランドセルの少年には見覚えがあった。
「む……貴様は確か、図書館に来ていた小童か」
「貴様じゃないよ、たけしだよ! そんなことも覚えていないの?」
目の前の男を馬鹿にする高い声に、交番の巡査はピクリと体を震わせる。
創剣も、一瞬だけ頬をひきつらせた。だがしかし。次の瞬間には創剣は腹を抱えて高笑いをしてた。
「フハハハハ、俺様を舐めるなよ小僧、いや、杉田 たけしよ! 王たる俺様が、一度聞いた人名を忘れることなどなかろう!」
高笑いをしてそう宣言する創剣に、長い黒髪をツインテールにした少女が疑わしそうに聞く。
「えー? じゃあ、わたしはー?」
「足名 こもも! 杉田の学友にして、同じ学塾に通っている、だろう?」
「せーかい! じゃあ、こっちにポニーテールの子!」
「岡田 ゆかり、だったか? すまぬな、家名は貴様の名札を見て判断した」
「すごい……! じゃ、こっちの子!」
「安藤 すばる、こちらも杉田の学友で蹴鞠……いや、さっかーぶとやらに入っているのだったか?」
「すっげえ! 俺、お前と一回しかあったことないのに!」
「ハハハ、貴様は図書館で騒ぐことがないようにな! あと、お前ではない、俺様は創剣のルシファーだ」
幼子の素直な尊敬に、創剣の機嫌はどんどん良くなっていく。
そもそも創剣には忘却という機能はほぼ働いていない。うっかりすることこそあれども、過去のことを思い出そうと思えば大体思い出せる。そういう存在なのだ。
黒いランドセルを背負った少年、たけしは、創剣に聞く。
「ねえねえ、今日はあのぴかぴかしたやつ着てないの?」
「ぴかぴか……ああ、鎧か。アレはあくまでも戦うときに身につける装束よ。普段使いするにはやや動きにくい。貴様とて、四六時中その背負子を背負っているわけではあるまい」
ランドセルを指さして言う創剣に、少年は「ランドセルだよー」と言いつつも、納得したようにうなづく。そして、背の高い創剣を見上げるようにして聞く。
「今日は着ないの?」
「俺様が戦うに値するものがいれば着よう」
「えー? 見たーい」
「俺も見たーい!」
桃色のランドセルの少女、こももとすばるが創剣にねだる。隣のポニーテールの少女も無言ではあるが、期待の視線を向けている。創剣は「む」と言葉を詰まらせる。だがしかし、高笑いをして少年少女たちに言う。
「よかろう、小童ども! 刮目せよ!」
創剣は高らかにそう宣言すると、虚空の倉庫から鎧を取り出し、一瞬のうちに完全装備を終える。荘厳な鎧姿に変わった創剣に、小学生たちは何の警戒感も抱かず、純粋に歓声を上げた。
「すごい、どうやったの……!」
「フハハ、倉庫の出口を体周囲に指定し、そのまま鎧を出現させたのみよ! うっかりすると大怪我するからあんまりしないやつだ!」
「大けが?」
「お子様に言うのはちょっとはばかる程度の大怪我をする。あと、すばる、剣は危ないから触ろうとするでない」
「ちぇー、ケチ!」
創剣の腰に装備された剣に伸ばしていた手をひっこめたすばるは、唇を尖らせて文句を言う。が、創剣は聞き届けることはなかった。
駅前でそんな目立つやり取りをしていた創剣たちには、周囲から視線が注がれる。何かと気分が良くなった創剣は、髪の毛を束ねていたゴムを外し、いつもの、というよりかはテレビで映っていた当時の恰好に変わる。さらりと流れる白銀にあわせ、少年少女の視線が揺れた。
「それ、小童ども。これでよいか?」
そう言って不敵に微笑む創剣に、少年はテレビの中のヒーローが目の前に現れたように思えていた。
目をキラキラとさせた子供たちに、創剣は優しく微笑む。
「剣でドーンってやるやつは?」
「それこそ危険だわ阿呆。理由なくするわけなかろう」
目を細め、創剣は静かにたけしを諭す。諭されたたけしは、唇を尖らせて目を逸らす。
そんなとき、少女、こももが創剣に質問する。
「ねえ、お兄さんは魔法使えるの?」
「魔法か……その類はできぬわけではないが、俺様の専門ではないな」
創剣は短くそう言うと、籠手が覆う手を軽く広げ、指先に小さな光の弾を呼び出す。金に輝くその光は、ろうそくの炎ほどの大きさでしばらくともっていたが、風に流されて消えてしまった。
残念がる子供たちに、創剣は虚空から刃の付いていない木剣を呼び出し、ニッと不敵に笑みを浮かべる。
「だがまあ、俺様の得意分野は魔術付与であるが故。付与する素体さえあれば、この程度造作でもない」
そう言うなり、創剣は木剣の柄を軽く握り、そして、質問をして来た少女に手渡す。すると、少女の手元で木剣の刃が七色に輝いた。
「光魔法の基礎、『ライト』の色彩変化をそれぞれ付与しただけの端物よ。ただ光るだけである故、貴様らも持っている玩具とさほど変わらん」
「すげー、LED?」
「魔法だと言っているだろうが。ああ、だがこっちは『えるいーでぃー』よりもエコだぞ、何せ電力なしだからな」
創剣はそう言うと、少女から木剣を取り上げ、虚空に消す。子供たちの中でも比較的基礎魔力量が多い少女に魔道具にした木剣を渡したが、あまり長時間持たせていてはもしものことがあるかもしれないと判断したのだ。
残念がる子供たちを無視し、創剣は私服姿に戻る。気温の変動程度で動けなくなるほどやわな体ではないが、さすがに夏に外で金属鎧は暑すぎる。
まだ興味ありげに創剣を見つめる子供たちに、創剣は肩をすくめて声をかける。
「さて、小童ども。そろそろ子どもは家に帰る時間ではないのか?」
「あっ、そうだった! またねー、剣の人!」
「俺様は創剣のルシファーだ! あと、貴様ら図書館では騒ぐでないぞ!」
「はーい」
ばらけて家に帰っていく少年少女たち。創剣は白銀の髪の毛をゴムで結びながら、後ろを振り返らずに声をかける。
「絵師の小娘。用があるなら話しかけるがいい」
「ひゅえっ!」
子供と戯れる創剣を眺めていた相模は、唐突に声をかけられ、間抜けな声を上げた。創剣は想定外の反応に軽く噴き出し笑う。
「何だ貴様、腹がよじれるかと思ったぞ?!」
「笑っているじゃないですか! びっくりしたんですからね?!」
文句を言う相模に、創剣は軽く一笑すると、後ろを振り返る。どうやら相模は駅を利用していたらしく、体の大きさにあっていない、妙に大きなリュックサックを背負い、みつあみを背中に揺らしていた。
相模は、ふと思い出したようにポケットから一枚の紙を取り出し、創剣に手渡す。
「そう言えば、ソーケンさんをモデルに描いた絵、展示会行き決定しました! これ、チケットです」
「ほう、なかなかに気が利くでないか。よかろう、足を運んでやる。光栄に思えよ?」
「ははは、ありがとうございます」
創剣は堂々とそう言うと、ちらりとチケットに目を移す。場所は隣町の近代美術館であり、日時は七月の第三週からであるらしい。
「して」
「?」
突然口を開いた創剣に、相模は首をかしげる。創剣は、さほど気にすることもなくチケットを虚空の倉庫に消し、相模に聞く。
「そのポケットに入っているもう一枚のチケット、渡す相手がいるのではないのか?」
「にぎゃっ」
「だから、何だその妙な悲鳴は!」
間抜けな相模の悲鳴に、創剣は腹を抱えて笑う。愉し気に笑う創剣だが、相模はそんな暇はなかった。
「な、なな、何でそれを……!」
「いやなに、普通に今も見えておるからな。はみ出ているぞ」
「あっ」
相模は、頬を少し赤く染めて、ポケットから半分はみ出していたチケットをきちんとスカートのポケットにしまう。そして、気まずそうに視線を床に向ける。
「……その、いつもお世話になっている人が、いるんです。ただ、その人が男性なので、ちょっと渡すのをためらってしまっていて……」
「俺様も男なのだが?」
「ソーケンさんは、美しいのでそこまで気にならないのですよ。ほら、絵の向こうの人って、すごくきれいだなーとは思っても緊張はしないじゃないですか」
「うーむ、少し悩んだが普通に不敬」
妙に緊張感のない相模に、創剣は思わずこめかみに手を当てる。
相模は、涼しそうな空色のスカートを少しだけつかみ、駅のタイルの床の隙間をたどるように見つめ、そっと口を開く。
「その、お世話をしてくれている人に、好意が、あってですね」
「ふむ?」
「渡すの、恥ずかしいなーって……」
そこまで言った相模は、耳まで真っ赤になっていた。創剣は少しだけ思案した後、口を開いた。
「あれか、これが少し前に書物で読んだアオハルとやらか」
「わーっ、止めてください、ソーケンさん!」
第三者から冷静な意見を言われた相模は、顔を真っ赤にして両手を振る。
相模は、幼いころから絵描きになりたくてずっと絵ばかりに興味を持っていた。だから、恋などしたことがなかったのだ。
悩める女子を前にした創剣は、高笑いすると宣言する。
「良かろう、酸いも甘いも知り尽くしたこの俺様が、貴様の些末な悩みを聞いてやらんこともない! 暇だしな!」
「あっ、はい」
うっかりすると起きる大怪我
実例を挙げると、かつて創剣がともかく手元に呼び出せればそれでよくね? という発想で座標指定を軽視していた時期。その事故は起きるべくして起きた。
かなり些細な理由で杖の人と喧嘩になった創剣は、エストックを使って牽制をしようとした。
その時、魔法やら魔術やらに深い知識を持つ杖の人は、創剣のエストックの差表指定をいじり、虚空の倉庫の出口を創剣の体の中になるように設定したのだ。体内に埋め込んだ剣のおかげで死ぬことこそなかったものの、普通に大怪我を負った創剣は、慌てて鎧を着ようと倉庫を展開し……もうすでにうっかりは発動していた。
結果は、その後創剣は杖の人に謝ったとだけは言っておく。
それ以来創剣は、座標指定だけは敵に乗っ取られないよう細工を施すようになった。が、そのせいでニュアンスで展開できていた鎧を、座標指定してから展開しなければならないという二度手間が発生しているため、ちょっとだけ不本意。
剣ならまだしも、鎧は面積が広いため、何かと体から出すときに痛みと手間がかかるのだ。
「別に、俺様の頭を割らなくたって良かったろう」
「アラ、自業自得って言葉、ご存じかしら?」




