3話 情報共有って言うとカッコいいけど、ぶっちゃけ一方通行
前回のあらすじ
・浅井ちゃんの願いが叶わんかった
・召喚でドラゴンの卵が手に入った
浅井の隠れ家にたどり着いた卯月は、薄影のお守りを玄関に置き、そのまま部屋の中に踏み込む。
この隠れ家は、ボロアパートの一室を防音仕様に替え、その上で魔術的強化を施したらしい部屋であるという。正直、卯月にはよくわからない話ではあるが、ともかく、ここが浅井家にも自衛隊にも見つからない秘密基地だということは理解できた。
己の願いが叶わなかったと分かって以降。浅井は目に見えて落ち込んでいたが、しかし、次の門を確実に壊すべく自己鍛錬を怠らなかった。どういう手段を使っているのかはわからないが、時たま海外にも赴いているらしい彼女は、魔法という強烈な手段を以てして廃棄物を倒すことから、とあるあだ名が付きまとっているらしい。
卯月は、リビングの扉を開けると、デスクに座りノートパソコンのキーボードをたたいている浅井に言う。
「来たぞ、今日はどうした?」
「卯月さん!」
卯月に声をかけられた浅井は、嬉しそうに顔を上げると、ノートパソコンのキーをいくつか押し、画面を待機モードに変えた。
背後からするりと現れた執事は、そっと卯月に真っ白なティーカップを渡す。
卯月はちらりとテーブルの中央に置かれた小瓶に目を向ける。様々な種類のインスタント飲料の包みの入ったその小瓶は、シンプル極まりないこの部屋に不釣り合いなほどにカラフルである。料理不可能(インスタントコーヒーの粉を湯に溶かす過程も料理に含む)な執事の出来る飲食のもてなしの限界であった。
浅井はもっぱらコーヒーを嗜むため、スティック状の袋はコーヒーのものが多い。卯月は少しだけ悩んだ後、カフェラテのスティックを選び、ティーカップに粉末を注いだ。
ケトルに沸かされた湯を流し込み、テーブルのそばに置かれた背もたれのない椅子に腰かけ、適当に溶かしてから口に含む。
安っぽいコーヒーの香りと甘みが口に広がり、コーヒー、というよりも、嗜好品全般に興味がさほどない卯月には、そこそこ飲めるな、という感想だけを覚えた。
浅井は卯月に言う。
「今日はあの卵についてです。そろそろ卵も孵化しそうなので、チェックしていってください」
「ああ、わかった。孵化機、ありがとうな」
卯月が持っているものと同じティーカップを手にした浅井は、卯月の言葉に、「とんでもない」と言うと、言葉を続けた。
「金銭に関しては創剣様も私も余るほどあるので。むしろ、卯月さんには日ごろから廃棄物の討伐でお世話になっていますし」
「いや、俺よりも、正直今は創剣が意味わからないだろ。あいつ、マジで何やってんだ?」
頭を抱える卯月は、青森県で狩り殺した変異体ワイバーンとともに写っていた創剣を思い出す。何かとスマホになれていない創剣が撮った写真であるため、ピンボケしている写真が多い中、今回はかなり綺麗にとれてしまったその衝撃映像。
初めにそれを見たとき、卯月はあきれるしかなかった。そして、同時にやたらたくさんの果物が送られてきた理由も理解した。
浅井も、少しだけ困ったような表情をし、口を開く。
「野良の召喚士にバッシングが集まる今、例外的存在で注目を浴びてしまっていますからね。あと、卯月さん。最初の門の破壊が相まって、創剣様の召喚士は女性だという説が主流になっています」
「ああ、うん。幸って、女子っぽい名前だもんな……」
少しだけへこむ卯月。そんな様子の卯月を見た浅井は、慌てて続けて報告しようと思っていた書類を魔法の炎で燃やし尽くした。そして、執事に向かって言う。
「日令を行使します。メフィストフェレス、報告書二ページ目の情報公開を禁じます! 絶対卯月さんに教えないでください!」
「いやあの、お嬢様。お嬢様のお歳では見ることもできないものまで見てしまいましたが、伝えなくていいんですかァ?」
「絶対ダメです。トラウマになりますよ?! 私だってあの情報を見つけたときは笑……いえ、驚いたのですから!」
「待ってくれ、え? 何?」
困惑する卯月に、浅井は全力で目を逸らし、つぶやいた。
「……聞かなかったことにしてください。あと、卯月様はインターネットなどは使われますか?」
突然の浅井の質問に、卯月はそっとスマホに手を伸ばす。履歴を軽く見てみたが、特に目立つような使い方はしていない。
「ニュース見たり、連絡とったり、調べものをしたり……そんな程度だな」
「なら、問題ないですね。しばらくの間、エゴサしないようにしてください」
「……えごま?」
「エゴサーチ、自分で自分自身のことを調べ確認することですよ、卯月様」
理解できなかったらしい卯月に、執事が胡散臭い笑みを浮かべて言う。浅井は執事を苦々しい目で睨むと、天を仰いだ。
実のところ、卯月は野球に打ち込んでいた時期が人生の8割であり、残りの2割も勉強か廃棄物退治で埋め尽くされている。故に、何かにかけてスマホを長時間使うということはなかったのだ。
「ああ、うん、まあ、予定はないし、調べはしないよ。ところで、さっき燃やしていたのって……?」
「卯月さんが見なくてもいい情報です。いえ、見ないほうが精神衛生上よろしい情報とも言えますね」
「えっ、もしかして、誹謗中傷? 創剣のSNSが炎上でも……って、もうとっくにしたか」
何かと過激な写真が多くなる創剣のアカウントは、停止処分にならないのがおかしなレベルでファンとアンチ、それに、どう考えても同業者のものと思わしきコメントが多い。
故に、たびたび炎上するのだが、なぜかアカウントが消えることはない。それが創剣の力なのか、またほかの力なのかはわからないが、気にするだけ無駄だろう。
卯月の言葉に、浅井は少しだけ申し訳なさそうな表情を浮かべ、言う。
「ええ、まあ、それもありますが……いえ、そうですね、それです」
やや含みのある浅井の言葉に、卯月は少しだけ首をかしげるが、それ以上を追求することはなかった。
そんな卯月に浅井は少しだけため息をつき、そっとカップの中に残ったブラックのコーヒーを喉奥に流し込む。
「次の報告です。天使からの情報提供で、三人目の七武器が召喚されたことが発覚しました。できるならこちらの陣営に引き込みたいのですが、どうやら自衛隊所属の召喚士に召喚されたらしいので、難しそうですね」
「へぇ……」
薄い反応の卯月だが、その脳内ではしばらく思考がめぐっていた。
創剣曰く、七武器は『剣』『拳』『槍』『弓』『斧』『杖』『盾』であるという。そのうち、すでに地球に来ているのは、創剣と匠拳の二人。のこり五人のうち、創剣は弓と盾は来ないだろうと予想していた。その通りならば、この世界に来たのは、槍か斧、杖のどれかであろう。
仲間として地球にやって来た異世界の人々は、願いを叶えてもらう権利を与えられるという。はぐらかしてはいたが、創剣もメフィストフェレスも何かを願っていることだけはわかっている。卯月が二か月前に召喚した卵も、何かしらを願っていたのだろう。
文字通り何でもできる創剣が、何を望んだのか。
卯月は最近、少しずつ分かり始めていた。ただ、それが正しいかなど本人しか知らないことである。もし、正しいならば、この現状なら創剣の願いは叶っている状態であるのだろう。
創剣の望みでありそうなそれに、卯月は同情しようと思えばできた。だが、するつもりはない。皆無である。
__結局、願いの方向性がたまたま穏便な方向に向いてくれたってだけで、契約で縛れていなければ何してたかわからないわけだからな……
内心舌打ちしながら、卯月はそっと浅井に言う。
「創剣が言っていたが、七武器のうち来ているかもしれないのは、杖と斧、それに槍だ。ぶっちゃけ、創剣が特別かと思っていたが、匠拳を見る限り七武器の力はそれぞれ拮抗している。全員が等しくチートだ」
「ええ、分っています」
浅井は、表情をこわばらせ、そっとノートパソコンを撫でる。
「七武器と戦うことになるのは全力で避けなくてはなりません。創剣様や匠拳様が新たに来た一人と戦うならまだしも……いえ、七武器同士で戦うだけでも取り返せないような被害が起きることでしょう。人と七武器が戦うなど、蚊と人間が戦うよりもひどいものになるのは容易に考えられます」
「たとえが酷い……でもまあ、そんな感じだよな」
その光景を脳内でシミュレートしたらしい浅井は、サッと顔色が悪くなる。
創剣と創剣に近しい力を持ったものが大喧嘩をする。本人曰く、不死者同士が戦っても不毛という言葉通り、街一つ、いや、国が崩壊するレベルで危険であろう。
卯月はため息をつくと口を開く。
「まあ、こっちにできる対策はない。門と戦うときにブッキングしたらどうするか、って感じだけどな」
「目下、それが問題でしょう。しばらく門の情報が来ていないので何も判断できませんが……できるなら、一度は直接話す機会があるといいのですが」
つぶやくように言った浅井は、そっと目を伏せる。
協力者は何人いても困らない。というよりかは、邪魔者はいないに越したことはない。特に、創剣級の邪魔者となると、これからの行動に支障をきたすレベルである。
考え込む卯月に、浅井ははっとして声を明るくする。
「まあ、暗い話はここまでにしましょう。孵化機、見ていきますよね?」
「ああ、そうする」
顔を上げた卯月は、カフェラテを飲み込み、椅子から立ち上がる。この隠れ家は比較的部屋数が少なく、物置の部屋と仮眠部屋、キッチンとリビングだけである。孵化機は物置に置かれていた。
そっと物置の部屋を開ける。そもそも浅井の私物が少ないということもあり、その部屋は主にメフィストフェレスの魔術用の材料庫となっている。四面の壁に立てかけられた棚すべてに、瓶やら何が入っているかわからない箱やら分厚い本やらが入っており、窓は覆い隠されているため常に薄暗い。下手に触ると何が起きるかわからないため、卯月はこの部屋にはあまり入りたくはないのだ。
瓶の中に詰め込まれた小さな魔石を横目に、卯月は部屋のほぼ中央に置かれた孵化機にそっとさわる。機械のほんのりとした温かみが卯月の手に伝わる。
目を閉じ、手に意識を向ければ、機械の中からこつり、こつりと何か小さな音が聞こえる。ドラゴンどころか通常の卵生の生物を育てたこともない卯月は、今何をすべきかなどわからない。
「……できれば、元気に生まれてきてくれよ」
つぶやく卯月に答えるように、卵が小さく揺れる。
そっと目を開けた卯月は、軽く体を伸ばし、物置から外に出た。
再度作業を始めた浅井に、卯月は軽く声をかける。
「少し廃棄物を退治してから家に帰る。情報、ありがとう」
「いえいえ。ご武運を」
浅井は軽く会釈すると、作業を続ける。執事は卯月に向かって一礼すると、玄関のドアをさりげなく開けた。
少しだけ申し訳ない思いをしながら、薄影のお守りを手に取り浅井の隠れ家から出ようとする卯月に、執事はそっと声をかける。
「卯月様。お気を付けください」
「……何をだ?」
執事の方へ向き直り、そう質問する卯月に、執事は胡散臭い笑みを張り付けて言う。
「最近、東京都内の廃棄物の総数が妙に減っています。召喚士が組織化されたという理由もあるかもしれませんが、それだとしても極端に減っている」
「……? 七武器の一人が頑張っているって話じゃあないのか?」
執事の言葉に、卯月は首をかしげる。執事はそっと首を横に振った。
「卯月様、七武器の方々がスライムやらワーウルフやらの駆除をしているところが想像できますか? あの方たちはそんな細かい仕事などしない。現に、創剣様は旅行をして時たま廃棄物の討伐をしますが、それも変異体や脅威になりえる程度の個体のみです。匠拳様など、そもそも廃棄物と戦う気はないように見受けられます」
玄関の傘立てに建てられたこうもり傘の柄を撫で、執事は言う。確かにそうだ、と思った卯月は、執事に聞く。
「つまり、優秀な召喚士が現れた?」
「その可能性が高いです。もし、野良で活動するなら、十分に気を付けてください。貴方の死は、お嬢様を悲しませる」
執事はそう言うと、そっと傘の柄を握り、傘立てからするりと抜き取る。何をしているのだと困惑する卯月をよそに、執事は言う。
「良いですか、卯月様。ワタクシは、お嬢様が悲しむところなど見たくはございません。故に、もし怪我でもしてみてください__」
「……っ!」
突然の殺気に、卯月はとっさに手元にバットを呼び戻し、その一撃をはじいた。
その目に狂気の光を宿した執事は、卯月の首めがけて突き出した傘をそっと地面につき、胡散臭い笑みを顔に張り付ける。
「お嬢様を悲しませたなら、ワタクシが殺します。よいですね、トップバッター様」
「……わかった。だが__」
衝撃でやや傷のついたバットが勝手に修復していく様を見ながら、卯月は切った言葉の先を執事に言う。
「メフィストフェレス、お前って、案外ロリコンだったりするのか?」
卯月の質問に、執事は張り付けた笑みをぴしりとひきつらせた。
ひきつった声で、執事は卯月に聞く。
「……質問の意図を尋ねてもよろしいですか?」
「えっ、いや、だってお前、浅井のこと大好きだろ」
「お嬢様、申し訳ありません。この男を殺」
出かけた執事の物騒な言葉に、卯月は慌てて隠れ家から逃げ出す。なんだかんだ言って、まだ死にたくはないのだ。
逃げ出す卯月の背に、執事の低い声が突き刺さる。
「もしお嬢様に言ってみろ、その瞬間貴様の頭蓋を割り砕く……!」
「さすがに勘弁!」
本気の声に、卯月は己の足の痛みも忘れて夕暮れの町へ繰り出した。
ワーウルフ
日本ではワイバーンに次ぐ脅威とされる廃棄物。
召喚士にとっては、コボルトといい勝負であるが、ワーウルフの恐ろしいところは、四足歩行で狂犬病を患っていることもあるということだろう。卯月や創剣には雑魚扱いされているが、一般人にとってしてみればかなり危険な廃棄物。
繁殖力もそこそこあるが、コボルトのように、野犬と交わって子をなすことはできず、あくまで同種同士での繁殖のみであるため、そこまで爆発的に数が増えることはない。
だがしかし、肉食寄りの雑食であるため、家畜が襲われたり、ペットが襲われたりといった被害が起きている。日本ではある程度間引かれているため、人が多く襲われるということはあまりない。
ちなみに、ワーウルフは召喚術式によって召喚されることもある。その場合は、召喚士とある程度までの意志の共有ができるようになる。また、結んだ絆次第でより強い個体に進化することもあるだろう。




