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ロードテール  作者: ooi
三章 登竜門
42/157

1話 わかってるから、どうせあれだろ?

前回のあらすじ

・ない

 区役所前での門の戦いから丸二か月。その間に、日本は大幅に変わった。

 まずは、召喚士は自衛隊に登録義務ができた。

 登録していないと、禁錮刑などの実刑にかけられるらしい。また、願いの内容によっては罪が重くなるのだとか。


__どっちにしろ、自衛隊に所属するつもりはないし、できないんだけどな……

「おい、木原。そこの数式が間違っている。途中計算のミスだ」

「えっ、あっ! ありがとう、卯月!」


 大学の図書室で勉強をしていた卯月は、読んでいた新聞紙を机の上に置いて、木原に指摘する。怪我が治り、復帰した木原に待っていたのは、膨大な量の課題と小テストであった。


 当然、講義を受けていなかった木原に、それらがすぐにこなせるわけがない。だからこそ、教授たちも特別講義をしてくれたり、再試験を行ってくれたりとかなり優しい判断をしてくれたのだ。それでも足りない部分を、卯月が補うようにして勉強を教えていた。


 己の課題を終えた卯月は、図書館の出入り口付近に常に置かれているラックに新聞紙を戻し、スマホを取り出す。メールの通知を見てみるが、特に新しいメールは来ていない。

 ここのところ、門は現れてはいないが、時たま日本に諸外国から海伝い、空伝いにやって来た廃棄物の目撃情報が現れるようになった。そういう時には手が空いている人が、退治をしに行くようにしている。


 軽く安堵のため息を吐きながら、卯月はスマホのニュースを確認する。諸外国で現れた門の情報や、行方不明者、死者の情報がごろごろと出てくるが、日本に関しては平和そのものであった。


__新しい門も現れてはいないし、大和町にはもはやほぼ廃棄物なんて存在していない。何かと文句は言うけど、創剣も普通に生活しているし、最近は日帰り旅行も趣味になっているからな。


 浅井の采配でスマホを手に入れた創剣は、法律違反をしない、悪目立ちをしない、そして、何よりも、横暴な態度をとらないということを約束したうえで日本中を旅している。

 最終手段としてグラディウスも使える創剣は、基本的に自衛隊や警察に捕捉されることなく各地を転々としては、不定期に写真をSNSにアップしている。楽しそうで何よりだ。


 ただ、時たま土産と称して廃棄物の肉やら魔石やらをよこしてくるのはどうにかしてほしい。海産物に混ぜて送られてきた干しイカのような干物が、クラーケンの干物だということを知るのが数時間遅ければ、相模にもおすそ分けするところだったのだ。


 思い出した卯月はそっとため息をついてスマホから顔を上げた。

 自衛隊に登録している召喚士である木原の腕には、異世界の貴金属であるオリハルコンの腕輪がはめられている。この蒼銀の腕輪によって召喚士としての職務を果たすことを証明しているのだ。


「……それ、結構しっかりしてるけど、痛くないのか?」

「ん? ああ、この腕輪のことか? 魔道具らしくて、腕の大きさに勝手に合うから別に痛いとかはないかな」


 剣聖によると、これをそのまま魔法の発動体にできるらしいし、とこぼす木原に、卯月は何とも言えない表情を浮かべた。

 四六時中つけなくてはいけないというその腕輪。文字通り、国家に首輪を(この場合は腕輪だが)つけられたようなものではないか。正直なところ、いくら何でもこれはやりすぎな気がする。

 しかし、特に気にしている様子もない木原に言うのもどうかと、卯月はそっと口を閉じた。


 やることのない卯月は、自分のノートに手を伸ばす。どうせ暇なら、もう提示されている夏休みの課題でも進めておくべきである。

 ふと、あることを思い出した卯月は、ノートに文字を書きこみながら木原に質問する。


「で、木原。もうすぐ夏休みが始まるけど、召喚士としての仕事以外にすることはあるのか?」

「んー、とくにはないかな。また海外行くし……あ、アメリカ行くとして、卯月は何のお土産がいい?」

「アメリカのどこだよ……まあ、どうせなら食べ物以外で頼む」


 何かと創剣も卯月の両親も食べ物ばかり送ってくるため、基本食材はいらないのだ。既製品の菓子だとしても、創剣は最近京都に行っているらしく、どこをどう見ても高級品にしか見えない菓子が土産として家に置いて行くため、欲しいとは思えない。


 適当な卯月の要求に、木原は小さく笑うと口を開く。


「わかった。選ぶ時間が無かったら、多分ドラゴンの鱗とかになるかも……」

「それだけは、マジでいらないからな」


 はっきりと言い切った卯月に、一番人気だったのだけどな、と木原は苦笑いをした。鱗の大部分は創剣が新たな剣を創るのに使っていたが、それでもあまり余っている。


 しばらくペンを動かし続け、課題を終えたらしい木原は、体を伸ばすと、卯月に言う。


「ホント、ありがとうな卯月。これで夏休み前までの課題は全部終わりだ」

「そりゃよかった。あと、土産は五体満足で新学期も登校して来いよ。最低でも首だけは無事で帰ってこい」

「おっかないことを言わないでくれる?!」


 図書館にあるまじき素っ頓狂な声を上げた木原に、卯月はばっさりと言い捨てる。


「否定できない未来だろうが」

「でも、いや、うん、大丈夫だから!」

「不安でしかないな、おい」


 歯切れの悪い返事を返す木原。卯月は深くため息をつくと、教材をまとめてリュックサックに入れ、席から立ち上がる。


「とりあえず、俺はもう家に帰る。松里と安須によろしく言っといてくれ」

「ん? 今日は二人と帰らないのか?」

「ああ、ちょっと用事があって」


 木原に質問された卯月は、歯切れ悪くそう答える。少しだけきょとんとした表情を浮かべた木原だったが、マナーモードにしておいたスマホが鳴り出したことで慌てて図書室から外に出て行ってしまった。


__ああ、うん。あるんだよな、用事が……


 図書室の外に駆け出していく木原の背中を見守りながら、卯月は眉間に指をあてて深く息を吐いた。

 卯月は、そっとスマホのロックを解除し、音もなく送られてきたメールにさっと目を通す。今日は、どうやら大和町の隠れ家らしい。


 背負ったリュックサックが、今ばかりは少し重いと感じた。





 一度家に寄り、薄影のお守りをポケットに、野球ユニフォームをリュックサックにねじ込み、召喚で手に入れた靴を履いて、卯月は今日の集合場所へと歩き出す。

 理由は、当然わかっている。


__十中八九、新しい召喚のことなんだよな……


 深くため息を吐きながら、重い気分で道を歩く。ここ数週間でようやく本調子に戻ったらしい浅井だが、しかし、未だに覇気はない。


 結論から言ってしまうと、浅井は家族を生き返らせることができなかった。

 願いが矛盾してしまうことが理由であるらしい。


 思い出すのは、門を破壊し、レッドドラゴンを解体しきった直後。浅井と契約を取り交わした天使である、アザエルが現れたその時、不運は始まった。



 現れたアザエルは、あの毛玉、ルマエルとは異なり、子供のような姿でその背に白い翼を備えた、実に天使らしい見た目をした天使であった。

 その天使、アザエルはにこやかにその場に現れると、浅井と執事に言った。


「おめでとうございます、浅井 冬美様。今回の門との戦いで、貴女様が貢献度一位となりました。よって、願いの権利を与えます」

「……っ!」


 その言葉を聞いた浅井は、パッとその表情を明るくし、そして執事の手を握った。


「……ありがとう、メフィストフェレス。貴方のおかげで、私は、願いを叶えられる……お父さんと、姉さんに、また会える!」

「まことにおめでとうございます、お嬢様」


 張り付けたような笑みではなく、晴れやかな笑みを浮かべた執事は、そう言うとそっと少女の小さな手を握り返す。

 執事に祝福された浅井は、創剣や卯月が見守る中、己の願いをアザエルに言った。


「浅井 総一郎とその娘、浅井 春香を生き返らせたい!」

「了解しました、浅井 冬美様。願いを聞き届けます」


 にこやかな笑顔でそう言ったアザエルは、虚空から召喚術式の描かれた布を取り出すと、そっと空いた地面に広げる。そして、金の光が集まった。


 __これで、彼女は戦いから手を引ける……


 安堵した卯月に、物珍しい光景を興味深そうに見る創剣。これで、ハッピーエンドかと思えた。

 ……そう、ハッピーエンドかと、思えたのだ。


「……えっ?」


 最初に声を上げたのは、誰だろうか。

 集まった金の光は、ある瞬間に消えうせ、そして、後には何も残さなかった。ただ、召喚術式の描かれた布だけが、地面に広げられたままである。


 少々慌てた様子のアザエルは、しばらく口をパクパクと開けたり閉じたりして、そして、サッと顔を青ざめさせた。


 あまりの様子の変わりように、執事がけげんな表情を浮かべてアザエルに聞く。


「いったいどういたしましたか? どうも、お嬢様の願いが叶ったようには見えないのですが?」

「……」


 押し黙るアザエル。その表情は、お世辞にも余裕があるとは言えなかった。意味の分からない時間に、創剣も眉を顰める。


「おい、天の使いよ。何があったか疾く言わぬか。貴様には口が付いておるだろうが」


 舌打ちをしてそう言う創剣。だがしかし、アザエルはただ唇をわななかせることしかできない。

 そんな時だった。


召喚士(うづき)君、おめでとう、今回は貢献度五位……ってあれ?』

「タイミングを読まぬか、毛玉!」

『大変申し訳ありません、創剣様。ところで、そこにいるの、営業課のアザエルだよね?』


 ふよふよと浮遊するルマエルの言葉に、アザエルはピクリと体を震わせると、都合がいい、とでもいうような嫌な笑みを浮かべ、早口にまくし立てる。


「なあ、ルマエル! 願いのプロセスはお前の仕事だったろ? ならこのガキの願い、よろしくな! 権利はもう行使したから!」

『はぁ? 何を言って……』


 アザエルは早口に言い終えると、ルマエルの言葉も待たずに天に帰還する。訝し気な表情を浮かべたルマエルは、少しの間押し黙ると、悲鳴を上げた。


『あのバッカ、なんてことをしてくれたんだ……! ()()()()()()は初めに警告しろって言ったろ!』

「……?! もしかして、私の願いは……!」


 短い手足をばたつかせるルマエルに、浅井は顔を青ざめさせる。無いはずの眉間に深いしわを刻んだルマエルは、ひどく恐ろしい顔でアザエルの消えていった虚空を睨む執事にも言う。


『……本当に、うちの馬鹿が申し訳ないよ、召喚士。君の願いは、()()()()()

「は……?」


 茫然とした声を上げた卯月。ただひたすら冷え切った瞳でルマエルを睨む創剣。奥歯を噛みしめて拳を握る執事。

 浅井は、その場に崩れ落ちた。


 限界を、感じていた。この家出生活に。

 徐々に浅井家に追い詰められていくを肌で感じていた。昨日使えていた隠れ家が今日使えなくなったり、買い物をするにも敵の視線を感じたりと、終わりとの綱渡りであったこの生活。

 それを続けられていた理由は、ただ一つ。家族を生き返らせることができるからだった。


 今日の戦いですべてが終わるはずだった。

 だから、カメラの前にも出たし、切り札である魔法も行使した。


 だが、その努力は、覚悟は、水泡に帰した。


 少女は、涙もこぼすことができず、焦点の合わない瞳でルマエルを見上げる。


「私の、願いは叶わないの……?」

『……あのさ、言っておくけど、僕のせいじゃないからね? どこからどう考えても、アザエルの馬鹿のせいだからね?』

「おい、ふざけんなよ? 俺が創剣を返品しようとしたときは願いの権利が残っていただろうが!」

「強制送還を返品というな、不敬者!」


 後ろから創剣がそう怒鳴るが、もはや卯月はそれを気にしている暇などなかった。本能的に手元に呼び出していた金属バットを握り締め、卯月はルマエルを睨む。


 そんな様子の卯月に、ルマエルはため息をつくと言う。


『いいかい、召喚士(うづき)君。ボク、あの時ちゃんと言ったろ? 願いは棄却されたって。今回、あの馬鹿は願いが矛盾されるような状況かどうか確かめずに願いを()()()()

「だから、私の願いは叶わなかった……?」

『悪いけど、そう言うことだ』


 あっさりと言い切るルマエル。浅井は、茫然とうつむいた。

 そんな様子の浅井に、執事は奥歯を噛みしめ、力なく垂れようとしていた小さな手をそっと包み込むようにして握り締めた。


「話を切るようで悪いが、何と矛盾したんだ?」


 卯月の質問に、ルマエルはため息をつくと、言う。


『彼女の家族を殺そうとした人の願いと矛盾するのさ。詳しいことは言えない……いや、言おう。その願いは、「浅井総一郎の血を引くものが全員死ぬ事故が起きてほしい」というものだ』


 浅井は、奥歯を噛みしめて、悔しそうに目を伏せる。その言葉を聞いた執事は、驚きで目を丸くした。


__お嬢様は、浅井総一郎の娘ではない……?


 驚く執事を気にすることなく、ルマエルは言葉を続ける。


『その願いによって、浅井総一郎と、浅井春香は死亡した。願いによって殺されたということは、普通に死んだのとは異なった状況にあるから、普通に生き返らせれば願いと矛盾することになる。召喚術式の安全柵が破壊された状況だと召喚が継続できないのにも関わらず再召喚を望むのと同じように、矛盾した状況になれば、願いは正しく行使されない』


 だから、君の願いは空費された、と言うルマエル。

 まるで葬式もかくや、というほどの重苦しい沈黙が下りる。


 その中で真っ先に口を開けたのは、執事だった。

 執事はその瞳の奥に怒りを宿し、胡散臭い笑みを顔に張り付け、口を開く。


「……ですが、そちらの不手際ですよねェ? どんな願いでも叶えると言ったのにもかかわらず、貴方たちはそれを正確にこなさなかった」

『言っておくけど、()の不手際じゃないよ、悪魔くん。願いの行使は契約した天使との間にとりなされるものだ。クレームは君のところの天使、アザエルに言ってくれ』

「悪魔を舐めるなよ、天の使いごときが……! 契約に基づいて我が主は己の仕事を全うした。それに報酬を支払わないなど、許されることだと思うな!」


 地を這うような声で言う執事。

 激怒したメフィストフェレスの様に、ルマエルは少しだけ驚いたような表情を浮かべ、言う。


『別に、君が天と契約したわけじゃあないだろ? 君の主がタダ働きさせられたごときで悪魔たる君が何故怒る?』

「……ワタクシの願いが関わっております故。昔ならいざ知らず、()()()ワタクシは大変不愉快だ。目の前の毛玉を八つ裂きにしてしまおうかと思うくらいには」


 メフィストフェレスは盛大に舌打ちをすると、ルマエルを睨む。そんな執事の視線に、ルマエルは深くため息をつくと、口を開いた。


『さすがにタダ働きをさせるわけがないだろ。悪いけど、召喚士。君はもう一度限界を超えてくれ』

「……?」


 茫然と首をかしげる少女。そんな少女に、ルマエルは言葉を続ける。


『君が空費した願いを以てして、二人の肉体を顕著させる理由とする。だからこそ、二人にかけられた死の呪い、願いを打ち消す願いを手に入れてくれ』

「……つまり、もう一度門を壊し、貢献度一位になれってことか?」

『そう言うことだ、召喚士(うづき)君。悪いけど、マジで今回の件は僕にかかわりがないことだ。もう一回貢献度一位を拾って、アザエルの馬鹿を煮るなり焼くなり好きにしてくれ』


 力なくうつむく少女に、ルマエルはそう言う。

 創剣は胸糞が悪そうに舌打ちをすると、ルマエルに言う。


「して、貴様は何故来た? 俺様たちは貢献度一位ではあるまい」

『ああ、そのことだったね。君たち……っていうか、召喚士(うづき)君は、貢献度で一桁台だったことから、追加の召喚の権利を得たからね。それで声をかけに来た』


 あっけらかんと言うルマエル。

 卯月はただ呆れるしかなかった。

矛盾した願いの処理


・状況に矛盾する願いが発生した時

 具体的には、卯月のパターン。召喚の儀式は継続できないにもかかわらず、再召喚を望んだ場合。

 実際には、安全柵が壊されたことによって儀式にエラーが起きたための出来事であり、事実上のバグではあるため、かなりのレアケースである。

 その場合は、天使の裁量によって願いは棄却され、願いの権利は消費されない。


・二人の召喚士が矛盾する願いを行使した場合

 例えば、Aという人間が億万長者になることを願い、Bという人間がAが貧乏になることを祈った場合。この場合は、先の願いを優先することとする。

 つまり、Aは億万長者のままであり、Bの願いは天使の裁量によって棄却され、願いの権利は行使されなかったことになる。

 それでもBがAを貧乏人にさせたいのなら、Aの願いを打ち消す願いをBが行い、その上でAが貧乏になるように願いを行使しなければならない。


・不可能であることを願われた場合

 具体的には__の消滅を願うとき。その願いは天使の裁量を挟む余地もなく強制的に空費される。



 なお、不可能なことは矛盾だとはされない。あくまでも不可能でしかないのだから。

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