プロローグ 法案成立と魔石の利用法
前回のあらすじ
・安住区役所前に現れた門の破壊から二か月後、大学の夏休み直前
東京都千代田区永田町一丁目。
つまるところ、日本の国会議事堂で、ついに緊急法案が設立された。
内容は、野良の召喚士を取り締まるというもの。
具体的には、天使によって召喚士に指名された人間は、『願いの権利』を使うことなく、自衛隊に所属しなくてはならない、というものである。
違反した場合は、禁錮刑の実刑がかかり、願いの内容によってはさらに罪が重くなるという。
「__何だ、随分大まかな話じゃないか」
ベッドの上に腰かけた少年は、そう呟くと自室のテレビを消した。
トレントを仲間としていた召喚士の男、本名加山 丈太は、安住区役所の前に現れた門との戦いで、他の野良召喚士を傷害した。ほかにも、脱税や紙幣偽造などの罪が重なり、現在自衛隊に拘束されている。トレントという仲間がいる以上、拘留所に押し込んだところで逃げられてしまうため、同じ召喚士の多くいる自衛隊預かりとなったのだ。
そして、自衛隊では現在、魔法に関する研究がなされている。原因は、同戦いで加山に障害された少女である。
彼女は、確かに召喚士であるにもかかわらず、己の力で魔法を行使した。
召喚されていない、地球上に存在する重火器による影響を受けにくい廃棄物は、一般に召喚士の召喚に応じた武器で戦うのが最良とされている。
「黒服の召喚士……多分、あの子は、創剣の主じゃない」
少年はそう呟きながら、足元にすり寄ってきたオオカミを撫でる。金色の毛の交じった栗毛のオオカミは、喉奥で気持ちよさそうに鳴き声を上げる。少年もまた、召喚士であった。
「願いの権利を使っていないことが前提……でも、門との戦いの最前線に出れるなら……」
少年は、小さくつぶやきながら目を閉じる。
叶えたい願いは、ある。しかし、一つではない。
__最低でも、二回分。それさえあれば……!
目をつぶって、思い出すのは故郷の村。日本人の母とドイツ人の父を持つ少年は、ほんの数日前まではドイツで暮らしていた。しかし、廃棄物騒動が起きてしまった。
両親が死に、故郷が滅び、そして、少年は一人になった。
現地にいた祖父は、現状最悪であるドイツでこのまま暮らすよりは、と、母方の親戚を頼り、少年を日本に送った。それが、一か月前の話である。
しかして、少年はなかなか生活になれなかった。日本語は母から習っていたものの、四六時中日本語の生活は少年にとってストレスでしかなかったのだ。
また、少年の目立つ見た目による視線も気に食わなかった。金の髪が、そんなに目立つのか。青の瞳が、そんなに気になるのか。父譲りの己の見た目が、最近では嫌になり始めていた。
「クー。日本は、平和だな」
優しくオオカミを撫でながら、少年はつぶやく。
故郷は、ワイバーンによって蹂躙され、ワーウルフに食い荒らされ、スライムによって再起不能に貶められた。日本のように、創剣や剣聖、トップバッターなどといった有力なパートナーが召喚されなかったことが原因か、と問われれば、違うと答えるしかない。
ひとえに、願いのせいであった。
一生使えきれないほどの現金を望んだ人間に、女性に異様に持てる男性、またはその逆。突然有名になった人間。召喚士になった今なら、理解できた。彼らは、己の願いを用いて、己の欲求を満たしたのだ。
「……僕は、故郷も元通りにしたい。そして、お父さんとお母さんとも、一緒に暮らしたい。二つの願いを叶えるには、門を壊す戦いに参戦しないといけない。」
少年の小さな願いを聞いたオオカミは、じゃれつくように鼻先を少年の腹部に押し付ける。
決意の満ちた目で、少年はちらりと顔を上げる。
「……ブラウも、手伝ってくれるか?」
そう問いかけたのは、少年の肩に留まった青色の小鳥。雀よりも少し大きか、というくらいのその鳥は、少年の言葉に同意するように耳にやさしい声を上げた。
少年は、深くため息をつくと、やがて顔を上げる。
そして、養母の居る階下へと足を進めた。
己が、召喚士になったことを国に届け出るために。
少年は、決意するようにつぶやいた。
「さあ、行こう。僕が、家族と、故郷を救うんだ……!」
同日、朝。
「足元が甘い!」
「ぐぁっ!」
指摘の声が飛ぶと同時に、彼の体が地面に転がされる。目の前の存在にローキックをなされた彼は、うめき声をあげて反射的にすねを抑えかけ、急接近した死の気配に慌てて地面をそのまま転がって追撃を避けた。
彼は、表情を引きつらせて目の前の存在に怒鳴る。
「多分折れたぞ?! 今日の学校、どうすりゃいいんだよ!」
立ち上がれる気のしない彼は、なおも容赦なく追撃してこようとする目の前の存在に、慌てて両手を上げる。
あっさりと降伏した彼に、ソレは苦々しい表情を浮かべると、言う。
「死んでなかったら何とでもなるぞ、坊主!」
「骨折は気合いじゃ何ともならないんだよ、クソッたれ!」
「師匠に対してどんな口をきいておるか!」
「少なからず生活に支障が出るから言ってるんだよ」
ようやく脳の興奮が収まって来たのか、遅れてやって来た鈍痛に、彼は眉をしかめる。
__これ、星1ポーションで何とかなるか……?
ポケットの中にしまい込んだポーションに手を伸ばす彼に、ソレは首を横に振る。
「その程度のポーションでは骨折を治すには足りんぞ」
「じゃあ、本格的にどうしろって言うんだよ、匠拳!」
ソレ……七武器の一人、【匠拳】のサタンに叫んだ彼は、鼻で笑われる。そして、匠拳は彼に近づくと、そっと赤くはれ始めた患部に手を当て、思いっきり手に力を込めた。
呻く彼に、匠拳はいたずらっぽく笑って言う。
「少し痛いぞ?」
「言うのが絶望的に遅い……」
死にそうな声を漏らす彼に、匠拳はけらけらと笑い声をあげる。無邪気な笑い声に、彼は深くため息をつくしかなかった。
「それ、坊主。足が治ったんだ、もう一度やるぞ!」
「時間切れだ。俺はもう学校に行く」
すっかり腫れの引いた足を軽く地面につけ、状態を確認しながら彼は首を横に振った。匠拳は、一瞬驚いた様子で時計を見る。時計は既に七時を超えようとしていた。
消化不良であるらしい匠拳は、唇を尖らせて言う。
「むぅ……どうしてもか?」
「どうしてもだ、御年四桁歳オーバーのショタジジイ」
「おい小僧、それをどこで……さては創剣か!」
彼の目の前にいる匠拳は、己の道着の肩を震わせる。白の髪を赤色のひもで束ねたその姿は、どこからどう見ても小学生以下の男の子にしか見えないが、創剣曰く、とうの昔に四桁歳を超えたジジイであるらしい。まあ、そう言っている本人も千歳以下でしかないのだが。
「ええい、ワシの年はトップシークレットだと何度言ったらわかるのだ、剣の青二才め!」
忌々しそうに叫ぶ匠拳だが、彼は気にすることもなく顔を空にむけた。
すがすがしいほどの快晴に、彼は顔の傷を新鮮な空気にさらしつつ、深く深呼吸をした。
「
__おそらく、魔石というやつは、何らかの触媒に近い反応を示し、かつ、エネルギー源となりえる物質であると言える。
具体的な用法としては、ある一定の重量比で水につけておくと、魔石は失われ、代わりに水はガソリンと同等のエネルギーを持つ液体に変異する。その水で自動車を運転したところ、自動車から二酸化炭素などの有害な排気ガスの排出は確認されなかった。
また、火をつけることもできたが、これも同様に、二酸化炭素の排出は認められず、液体だけが燃え上がっているように見えたことから、水素に近い性質の液体に変わったのでは、という意見も研究者の間で出ている。まあ、真偽は実験中ゆえ、詳しいことは言えないが。
また、魔石を砕き、培養土に混ぜたものに植物を植えた場合、砕いた魔石を混ぜていないものと比べ、倍以上の成長速度の違いと、三倍の収穫量の増加が見られた。収穫物は通常のものと同様の味わいで、毒性も確認できなかったが、植物がここまで異様な反応を示したことはもう少しきちんと実験をした方が良いと思われる。
なお、植物以外の生命、具体的には人間や魚類、鳥類、爬虫類、昆虫などにはこの効果は現れず、逆に魔石を砕いて飼料に混ぜ込んだラットは即死してしまった。
魔石を溶かした水を与えた場合には、通常のラットと変わりはなく、そのまま天寿を全うしたため、濃度の問題があるのかと推察している。これも実験が必要であると考えられるな。
__待て、実験でできたトマトをケチャップに加工して食堂に提供した馬鹿はどの学生だ?! 退学処分にしてやる!」
「教授、落ち着いてください。ほら、このトマトジュースでも飲んで」
「ふざけているのか?!」
魔石の有効な活用方法
・召喚術式を用いた交換による換金
なお、現在は研究資材として魔石が注目されているため、召喚術式を用いるよりも研究者や自衛隊に売り払う方がお金になる。
・水に溶かして燃料にする
ある一定の割合で水と混ぜ合わせると、ガソリンとほぼ同等のエネルギー資源となる。
なお、それで機械が壊れてもメーカーは対処してくれない模様。
・砕いて肥料
植物の生育に多大な貢献をしてくれるが、安全性は未確認。
・そのまま___
死亡、または____。




