幕間 卯月の☆マジカルお料理教室
前回のあらすじ
・そんなものはない
・しいて言うなら、レッドドラゴンが精肉に変わった少しあとくらいの話
「つー訳で、これからお料理教室を開催する……!」
「いったい、どういうわけなのでしょうかァ?」
「えっと、よろしくお願いします!」
ここは、浅井の隠れ家のうちの一つ。その中でも、キッチンの設備が他よりも良いところだ。
このお料理教室の(強制)参加者は、執事にして悪魔、メフィストフェレスと、今章の出番がほぼゼロといっても過言ではない、相模である。なお、執事は悪魔ということを隠しての参加である。
「とかく、貴様ら! あまり余っている肉を消費するような料理を作るがいい!」
「怪我をしない程度にしなさい」
出資者の二人が、キッチンの隅の椅子に座る。創剣に至っては、焼いたチーズをつまみにワインを傾けている。そうだ。今日の料理教室は、あまり余ったドラゴンの肉を消費するためのものでもあるのだ。
相模は、随分と上機嫌な創剣にぺこりと一礼した。どこで知り合ったのかは知らないが、どうやら二人は顔見知りらしい。
「とりあえず、二人の出来る料理のレベルを言ってみろ」
不服そうな執事に、卯月はそう問いかける。
最初に答えたのは、相模であった。
「えっと、レトルトを温めたり、缶詰を開けたり……あっ! 最近、炊飯器でご飯が炊けるようになりました!」
「待ってください、卯月様。ワタクシ、こんなレベルと同一視されているのですかァ?!」
顔を引きつらせる執事に、卯月は大きく頷くと、一言。
「味的な意味では相模よりも下だな」
「なんと……! ワタクシ、基礎的な料理はできるのですが……」
「加工できるってだけで、味は何が発生しているかわからないレベルね」
浅井にも口を挟まれ、驚きを隠せないらしい執事。
「お嬢様、最近作ったお茶とか飲んでくれるじゃないですか!」
信じられない、という表情で叫ぶ執事だが、正直卯月にとっては、執事の紅茶を飲み干せる浅井の方が信じられない。浅井は少しだけ考えた後、執事にそっと耳打ちする。
「創剣様に教えてもらえたけれども、貴方の作る料理って、妙に魔力がこもっているのよ。味はともかく、魔術の練習をするのには最適なの。味はともかく」
「二回も言いましたね?!」
小声で話し合う二人。
あの戦い以降、浅井はより一層魔術の修練に励むようになった。創剣も、浅井家に残った稀覯本と引き換えに、たまに浅井の面倒を見ているらしい。まあ、魔術適正ゼロの卯月には、関係のない話である。
先天的に魔術適正のある浅井は、単純な基礎魔力量が多い。だがしかし、結局のところ、魔術は反復練習あるのみなのだ。
魔術師にとって、魔力は生命維持に必要なものである。ある程度は食事や睡眠、休息で補える。だが、浅井の基礎魔力量は、膨大なものである。回復に膨大な時間がかかってしまうため、意図的に魔力のこもった食事をとるほかないのだ。
「えっと、とりあえず、一緒によろしくお願いします、執事さん……?」
「どうぞ、メフィストフェレスとお呼びください、サガミ様」
「ひぇっ、あの、呼び捨てで大丈夫です!」
相模に一礼する執事。あまりにも整った一礼に、相模は体をこわばらせ両手を振ると、慌てて言う。そんな様子の相模に、執事はただ笑みを浮かべた。
卯月は深くため息をつくと、口を開く。
「執事はあまり相模をいじめないでやってくれ。さて、手を洗ってから始めるぞ」
卯月はそう言うと、食材の準備を始めた。
今日作る予定なのは、レッドドラゴンのミンチ肉を用いた、煮込みハンバークである。
ハンバーグステーキのように中が生焼けになる心配もなく、基礎的な包丁使い、調理方法を練習することができ、さらに美味しい。ついでに、レッドドラゴンのミンチ肉に市販の肉を混ぜることで、事情を何も知らない相模に抱かせる疑念を減らすことができる。
ちなみに、最近の料理はもっぱらドラゴン肉を用いた食事となっており、二人に教えるためにも何度か煮込みハンバーグを作った卯月だが、ミンチ肉にするにはもったいないほど上質な赤身肉であり、ステーキにしても煮込みにしてもかなり美味しかった。
「さて、手を洗ったな?」
「はい、しっかり洗いました!」
元気よく返事をする相模。執事は口元に笑みを浮かべてそれを返答とした。
その返事を聞いた卯月は、大きく頷き、そして、口を開く。
「今日作るのは、煮込みハンバーグだ。さて、ではまず執事!」
突然の指名に、執事は少しだけ困惑しつつも、卯月の方を見る。
「まずは、お前の味覚が違うのでは、という疑惑が出たため、まずこれを飲んでみてくれ」
「飲む……いや、卯月様と出会うまでは普通にお嬢様と生活していたので……」
言いよどむ執事に卯月が手渡したのは、二つの液体の入った紙コップ。じいさんが経営しているコーヒーのテイクアウトと、溶かすタイプのインスタントコーヒー。これの味の違いが判らなければ、そもそもお手上げである。
違いのない二つのカップを手に取った執事は、何のためらいもなくカップを傾け、そして、結論を出す。
「右のカップは薫り高くて美味ですが、左はちょっと……」
「うん、大丈夫そうだな。というか、味覚が共通していてあの味付けか……」
ちらりと目が合った浅井は、そっと首を振って卯月に言う。
「……見た目がきちんと食事だからこそ、キツイところがあります。前に果物の缶詰を開けさせたら、何故か塩味がしました」
「何か、別次元の呪いでもかかっているのじゃないか……?」
「失礼な! 味付けは最近特に頑張っております!」
疑う卯月に、執事は理解できないというように首を横に振る。
話が大幅にずれたと気が付いた卯月は、一つ咳き込むと、食材をテーブルの上に置く。
「まずは、玉ねぎをみじん切りにする。ぶっちゃけ、俺は面倒だからフードプロセッサーを使ったりもするが、今回は包丁の練習の意味も込めて、用意した包丁を使ってくれ」
玉ねぎを二つ丸ごと二人の前に出し、指示する。
不器用な手つきで玉ねぎの皮をむく相模に対し、執事は根のそばを切り落とし、皮をむきやすいようにしてからバリバリとはがしていく。
結果として、食べれる部分まで少しだけ剥かれてしまった玉ねぎと、完璧に向かれた玉ねぎが二つのまな板の上に乗った。
ここからが本番である。
卯月は、あらかじめ皮をむき、半分に切った玉ねぎを自分のまな板の上に乗せると、お手本としてみじん切りを見せる。
「コツは、先に縦に切れ込みを入れてから、横に切っていく。少し手を加えるだけで格段に楽さが違う。あと、今回の玉ねぎは冷蔵庫で冷やしたものだから、さほど目が痛まないはずだ」
卯月はそう言いながら、半分の玉ねぎをみじん切りにして見せた。
しばらくワインを嗜んでいた創剣が、ふと貧相な包丁に目をつけ、口を開く。
「そんな切れ味の鈍いもので大丈夫か?」
「大丈夫だから剣は出すな。まな板に替えはないんだ」
あっさりと言い切る卯月に、創剣は退屈そうに足を組んだ。どうも、料理を手伝うつもりはないらしい。
手際のいい執事は、すでに玉ねぎ半分のみじん切りが終わったらしく、次の指示を待っている。それに対して、相模はおっかなびっくりといった様子で包丁を操っていた。
「あ、早いな執事」
「これくらい当たり前です」
そう言ってもう半分もみじん切りにしようとする執事。ふと、あることに気が付いた浅井が、執事を静止した。
「待って。確か、玉ねぎって生でも食べられたわよね?」
「ん? いや、そりゃそうだが、どうした、浅井?」
浅井は、少しだけ表情を歪めると、執事が切った玉ねぎに手を伸ばす。そして、一片を口に含んで、眉間に手を押し当てた。
「苦い……」
「えっ、嘘だろ」
卯月は慌ててみじん切りになった玉ねぎに手を伸ばす。口に含むと、確かに苦い。まるでハッカのような、独特の苦みである。
「……マジか、おいマジか」
食材を切るだけでアウト。こうなると、もはや手の打ちようがない。頭を抱える卯月に、創剣は鼻で笑うと言う。
「何、原因はわかっておる。執事貴様、横着をするな」
「横着……ですか?」
「みじん切り程度に魔術を使うでないということだ」
あっさりと言い放った創剣に、卯月は顔を引きつらせて相模の方を見る。ありがたいことに、相模は玉ねぎと悪戦苦闘していたおかげで、創剣の発言は聞いていなかったらしい。
安堵する卯月をよそに、創剣は言葉を続ける。
「確かにそうすれば食材に魔力がこもるだろうが、この世界の食材は魔力を受けると極端に性質が変化する。故に味が変貌したのだろう」
「ふむ……あとで少しばかり実験しますか」
「そうするとよい。この世界では魔力が多ければ多いほどうまいとは限らん。現に、あの阿呆が貴様に飲ませた珈琲は、魔力なぞ欠片も含まれてはいなかったが、美味ではあったろう?」
「なるほど」
執事は興味深そうに頷くと、もう半分の玉ねぎを刻み始めた。試しに切りあがった玉ねぎの一片を口に含んでみても、もう生の玉ねぎの味しかしなかった。素材本来の味がしてここまで安堵するのも、珍しい経験かもしれない。
しばらくすると、相模もなんとか玉ねぎのみじん切りが終わったらしい。みじん切りというよりかは、粗みじんといったほうがいいくらいの大きさではあったが、まあ許容範囲内だろう。少なくとも、素材本来の味がきちんと出ているのだから。
卯月は、刻んだ玉ねぎをボウルに入れ、フライパンを取り出す。
「次は、玉ねぎを炒める。相模は確かちゃんとコンロつけられるよな?」
「卯月さん、さすがに私のことを馬鹿にしてません?! IHコンロだから大丈夫です!」
「む……ワタクシはこの板の使い方がわかりませんね」
相模を置いておき、執事にIHコンロの使い方を教え、フライパンで玉ねぎを炒めていく。
「あめ色になったらボウルにうつして粗熱をとる」
「あ、あめ色……どのくらいのRGBなのでしょう……」
「適当でいいからな、相模」
悩む美大生に、卯月は適当に言う。
ちらりと執事をみれば、普通に上手く料理をしている。特に注意すべきところも見えない。というよりかは、執事の隣にはるかに危なそうな手つきで玉ねぎを炒めている女子がいるため、それどころではない。
火傷をしそうではらはらとした気分になりながら、卯月は相模が玉ねぎを炒めるのを見守る。調理実習の担当をしている先生は、こんな気分を味わっていたのだろうか?
炒め終わった玉ねぎをボウルで覚ましている間に、各種食材の計量を行う。
「ひき肉、卵、パン粉、牛乳に塩コショウを少々。パン粉は牛乳に軽くつけておくと、混ぜるときに楽だぞ」
「は、はい!」
解説する卯月に、相模はしっかり返事をして、遠慮がちに調味料を混ぜ始める。自宅で作るときには、大抵ニンジンやら何やらを入れるが、あくまでも初心者用に必要な工程は最小限だ。
混ぜ合わせた材料に、ある程度熱の冷めた玉ねぎを加え、さらに混ぜる。
まんべんなく混ぜられたところで、ハンバーグを形成する。
「この時、空気を抜いたりだとかなんだとかあるが、まあ、むりのない範囲でやってくれ。あと、ここだけやろうとするなよ、創剣」
「……む」
ハンバーグの空気を抜くところに興味を持ったらしい創剣に、卯月はあらかじめくぎを刺す。
案の定、創剣は不満そうに眉をしかめるも、さほど時間もかからずに形成が終わったことで、すぐに興味をなくした。
「ここから後は、両面を軽く焼いてから、ケチャップとウースターソースを混ぜたソースで煮込んで完成。とりあえず、あらかじめ作っておいたスープだけ温めておくから、火傷しないように気を付けてくれ」
「はい!」
「ワタクシは火傷などしませんよ」
「フラグか?」
数分後、何事もなく出来上がった煮込みハンバーグを皿に盛り、ついでに生野菜のサラダも作って昼食にする。
「こっちの皿が相模、隣が執事だ。双方一個ずつ食べてくれ」
五人分の皿を出し、それぞれのハンバーグに箸をつける。
相模のハンバーグは、大きさがばらばらの玉ねぎが少しだけ気になるが、特にだまになっていることもなく、焦げもない。多少歪な見た目ではあるものの、初めてでこれだけなら上出来だろう。
「あの、お味は……?」
少しだけ恥ずかしそうに聞いてきた相模に、卯月は笑顔で言う。
「見た目は歪だけど、すごくおいしいよ」
「……! ありがとうございます!」
花の咲いたような笑顔を浮かべる相模。そして、彼女は思い出したように創剣に向かって口を開いた。
「そう言えば、ソーケンさん、絵、描けましたよ」
「む、誠か。後で見せるがいい」
「あ、今写真なら手元にあります。原画はもう学校に提出しちゃって」
相模はそう言うと、スマートフォンを取り出して自身の写真データを見せる。気になってのぞき込んだ卯月は、盛大にむせこんだ。
「えっ?! これ、創剣……?!」
晴れ晴れしい顔で言う相模の持っているスマホには、何やら森の中に素足で立つ創剣の姿が描かれていた。さざめくような森の葉はみずみずしく、木漏れ日に照らされた創剣の髪の輝きまでしっかりとかきこまれていた。
人の枠組みを外れた創剣の壮美を写術的に書き上げたその一枚は、正直驚くほど、内心では複雑な気分ではあるが、美しいと思えた。
「はい! 正直、ソーケンさんって、びっくりするぐらいの美人さんなので、絵の中に混ぜ込んでも人に見えなくて」
「間接的に人でなしとけなされていない気がしないでもないが、まあ許そう。なかなか良い出来ではないか!」
創剣は、機嫌よさそうに高笑いすると、手元のハンバーグを上品な手つきで口に放り込み、そして見事にむせた。
流れるような一連の動作に、卯月は思わず大爆笑する。
「執事貴様! 横着するなとあれほど……!」
創剣が食していたのは、なんと、執事のハンバーグであったらしい。整った見た目で、どこからどう見ても味に不備はなさそうに見えるが……
卯月は、少しだけ緊張しつつ、そのハンバーグを箸でつまみ上げ、そして天を仰いだ。怒鳴る創剣に、頭を抱える浅井。目を丸くした相模は、平然と己のハンバーグを食す執事を見上げる。
「俺、さすがにこれは予想できなかった。てか、どうやったらこうなるんだ……?」
まさかの無である。何の味も、何の香りもしない。食べている感覚、触感はある。だがしかし、味がない。香りがない。
__俺、今何を食べて……?
理解の追いつかない卯月。逆にすさまじい才能の持ち主なのでは、とすら思えてきた。ここまで味も香りもない素材も、そんなにないと思う。
全員がどうにかこうにか二人のハンバーグを食し終えたところで、卯月はそっと己のハンバーグを取り出す。
「ハンバーグは、作るのが簡単だからこそ、いろんな派生料理がある。相模は練習次第で十分料理上手になれると思う。執事はまあ……うん。がんばればなんとかなると思う」
「あきらめましたね、卯月様」
ジトッとした目で見てくる執事だが、残念ながら卯月にはもはや打つ手がない。魔術的観点がどうこうしているというなら、それこそ浅井や創剣と相談するべきだ。
「ともかく、今日の料理教室は、これで終わり! 料理は食器洗いまでがセットだからな!」
外は快晴、今日は、良い日だった。
「ねえ、メフィストフェレス」
「何でしょう、お嬢様?」
料理教室の後、すっかり静かになってしまった隠れ家で、浅井は執事に声をかける。
振り向いた悪魔であることを隠してもいない執事に、浅井はそっと口を開いた。
「あなた、もしかしなくても、味を魔力で判断しているでしょ?」
その言葉を聞いた執事は、肩をすくめると、バツが悪そうに言う。
「……バレていましたか。ですが、お嬢様、ご安心ください。理由はわかりませんが、この世界の食事には味を感じられます」
「でも、再現するのには魔力がないとだめってわけ?」
「そうなりますね」
そう言いながら、執事は乾かしていた皿を拭き、棚に戻す。
「ワタクシ、そもそも悪魔ですので。人の魂さえあれば、命にかかわりはありませんでした故、食事にはとんと興味がありませんでした」
「……そう」
「さては興味ありませんね、お嬢様」
コップを磨きながら、執事はそっとため息をつく。
「ですが、こちらにきて、初めて食事という行為に魅力を感じましたとも。何かを他者と共有することがあれほどまでに興味深いとは」
「……次は」
「ん?」
唐突に口を開いた浅井に、執事は顔を上げる。
浅井は、つぶやくように言う。
「次は、私も作ってみようかな……」
「ふふふ、ワタクシが教えましょうか?」
「それは反面教師という意味かしら?」
「お嬢様、辛辣ゥ!」




