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ロードテール  作者: ooi
二章 鬼門
39/157

19話 利害の一致と協力者

前回のあらすじ

・浅井ちゃん……?

「お嬢様ァ!」


 執事の叫び声が空に響く。

 少女のパートナーであるメフィストフェレスは、己の契約や薄まっていくのを感じていた。


 もはや、己の願いなどどうでもよかった。ただ、契約者である目の前の少女を救いたい。悪魔らしからぬその思考に、メフィストフェレスは漸く気が付く。


__願いは、とうの昔にかなっていたのですね……?


 気分が悪くなるほどの悪趣味に、メフィストフェレスはただ焦燥感を覚えていた。失ってしまうのが恐ろしい。涙が流れ落ちることのない己の体が、ひたすらに憎かった。


「ァあ、神に! 呪いあれ!」


 張り付けたような笑みを崩し、慟哭したメフィストフェレスは、少女に突き刺さった木の根をへし折る。そして、少女を強く抱きしめた。


 ただ、卯月は、吠える悪魔と消えていく命を茫然と見守るしかなかった。


__やめろ


 思考が溶けていく。

 感情が燃え上がる。

 理性が、崩れ落ちていく。


 気が付けば、卯月は金属バットを握り締め、フードの男に駆け寄っていた。

 容赦なくバットで男を殴打する。気持ちの悪い感覚が卯月の手に響くが、もはや気にすることはできなかった。


「あぁぁぁああ?! ひぃっ!」


 突然頭を殴打された男は、頭を押さえて地面に転がり、悲鳴を上げて卯月を見上げる。突然現れた野球ユニフォームの男に、フードの男はしばらく状況が飲み込めなかった。


 そんな男の右肩に、卯月は容赦なく追撃を加える。


「いだい、痛い?! おい、屑! はやく」


 悲鳴を上げたフードの男は、右手に握った拳銃を取り落とし、トレントの方を見て叫ぶ。

 だがしかし、トレントは耳を塞いで目を閉じ、体を縮こめていた。


 そんな様子のトレントを見た男は、激高して叫ぶ。


「トレントぉぉぉぉお! 月令を行使する、こいつを何とかしろ、このウスノロ!」


 トレントは、一瞬びくりと体を震わせ、目を開くも、薄影のお守りをつけている卯月を見ることはできない。見えない者から主人を守ることはできないのだ。

 トレントは首を横に振り、不可能であることを示す。それに対し、男はただ絶望するしかなかった。


 実のところ、月令は強制力が異常なまでに強い。見えない敵から主人を守れ、という命令も、正しく絆が結べていたのであれば、男を庇うこと位しただろう。

 だがしかし、男は「こいつ」という抽象な対象に、「何とかしろ」という抽象な指示をしてしまった。ゆえに、月令は空費される結果となった。


 不意打ち気味に行使された月令に、ほんの一瞬警戒していた卯月も、何もしてこないトレント。安堵とともにバットを振り上げる。


 そして……


「トップバッター様!」


 背後から聞こえてきた少女の声で、その動きを止めた。

 卯月は、バットを振り上げた格好のまま、後ろを見る。


 そこには、血のにじんだ黒色のワンピースを纏った少女が、メフィストフェレスに抱えられていた。


「……」


 声を上げることもできず、驚いた卯月は茫然と金属バットから手を滑らせた。甲高い金属音が、タイルの上に落ちる。赤色に濡れ、凹んだバットは、そのまま転がり、その場にへたり込んだ男の足に触れる。


 どう見ても、致命傷だったはずだ。

 何で? 何故? どうやって?


 ぐるぐると回る疑問符に、卯月はようやく冷静になり始めた。


__今まで、何をしていた?


 タイルの上を転がる血の付いた金属バットを見つめ、卯月は息を飲む。文字通り、我を忘れていた。もし、浅井に声をかけられなかったら、卯月は目の前の男を殺してしまったかもしれない。


 立ちすくんでいた卯月の肩を、誰かがたたく。

 驚いてそちらを見て、卯月は息を飲んだ。


「何で、君が……?」

「あ、見えた」


 気が抜けるような声を出す彼に、卯月はただ混乱するしかなかった。声を出した卯月に、周囲の視線が一斉に突き刺さるが、気にしている暇などなかった。


「貴様ァ! アザイにグラディウスを貸し与えた! 先に帰り、解体の準備をしておけ!」


 剣聖の相手をしながらそう叫ぶ創剣に、()は思わずつぶやく。


「おなか減ってたりするのか……?」

「止めろ、今俺様を笑わせるな、()()()()()!」


 ()の言葉に、腹を抱えて笑うのをこらえる創剣は、剣聖の振り下ろしを回避すると、フランベルジュに炎を纏わせ、目くらましに使う。熱量に反射的に顔を下げてしまった剣聖に、創剣は容赦なく剣聖の腹を蹴った。

 双方鎧をまとっていたため、金属がひしゃげる音が高く響いた。


「うっわ、えげつねぇ……」


 卯月はそう呟きながら、剣聖を観察する。まるで憎悪にとりつかれたような彼女は、今まで見たことのあるような、騎士としての姿とは異なり、まるで悪鬼にも見えた。


__これが、彼女の本心なのか……?


 ふと疑問に思ってしまった卯月は、足を止めていた。


「どうした、トップバッター?」

「……」


 声をかけてくる()に、卯月は言葉を返すことができなかった。


 この戦いようでは、どう考えても創剣が剣聖を叩きのめして話は終わるだろう。

 だが、それでいいのか? それが最良なのか?


 卯月は、少しだけ悩んでから、ポケットに手を伸ばす。取り出したのは、スマートフォン。


 しばらくかけてはいなかったが、番号の登録だけはしていた。非通知に切り替えた後、ためらうことなく通話ボタンを押し、そしてスピーカーモードにした。数秒後、電話に出たらしい彼が、声をだす。


『もしもし、どちらさまですか?』

「……!」


 非通知であるのに、あっさりと電話に出た木原。

 木原の声を聴いた剣聖は、びくりと体を震わせ、創剣のフランベルジュをへし折らんと振り上げていたその剣を、動きを止めた。


「……む? もうよいのか、剣聖よ?」


 煽る創剣に、卯月は黙って首を横に振り、剣聖のそばに歩み寄る。驚いたかのように剣先を迷わせた創剣だったが、武器の一つも持っていない卯月にやがて大剣をタイルに滑らせた。

 茫然としている剣聖に、きょとんとした木原が通話口に声を吹き込む。


『いや、何で無言? ってか、近くに誰かいるのか?』

「シュウ、ヘイ様……?」

『剣聖? あれ? どうしたんだ?』


 瞳に正気が戻ってきた剣聖は、茫然と木原の声が聞こえる発光する板を見る。そう言えば、これは木原も持っていた。すまほだとか、何だとか言っていたが……


 そこまで思考したところで、剣聖はようやく己が何をしていたか思い出した。剣を構えなおすと、創剣に向き直り怒鳴る。


「創剣貴様!」

「やかましいわ蛮族! 貴様は会話という行為ができぬのか!」

『待ってくれ、今何が起きている? ってか、誰だ?』


 状況が理解できていないらしい木原に、剣聖はスマホと創剣を繰り返し見て、そして、視線を手元の大剣にうつす。

 深く息を吐いた剣聖は、やがてゆっくりと事情を説明し始めた。


「申し訳ありません、シュウヘイ様。怨敵……創剣と遭遇しまして、我を忘れておりました」

「正気をなくすの間違いであろうが、阿呆め」


 舌打ちをする創剣だが、剣聖は唇を噛み、頭を下げる。


「申し訳ない、創剣殿。私が未熟だった」

「はっ! 貴様その調子ならどうせ、他にも半殺しにしている者がいよう! そっちにも貴様のスポンジよりも軽い頭を下げに行くがいい!」


 創剣に煽られ、大変不服そうな剣聖だがしかし、己の蛮行は理解しているのか、顔を引きつらせながらも言い返しはしなかった。

 剣聖のその様に、創剣は高笑いをする。


 通話口の向こうから高笑いと歯ぎしりの音が聞こえてくる現状に、木原は思わず声を上げた。


『あのー、本当に何があったんだー?』

「そーら、疾く失せろ! 貴様ごときが俺様の玉体を傷つけることなど天地がひっくり返ったとしても不可能だろうが、それでも一応聖教国の剣聖であろうが。貴様の馬鹿力でいったい何人が怪我をしていることだろうな?」

「ぐぬぬぬぬぬぬ……!」


 意地悪く煽る創剣に、剣聖は額に青筋を浮かべ剣の柄をぐっと握り締める。


「ゆ、許してもらえるまで、私は頭を下げ続ける」

「いや別に、俺様、貴様ごときが土下座しようが五体投地しようが、見て愉悦することこそあれどうだっていいからな」

『シンプルに外道』

「黙れ似非野球野郎」

『俺はしゃべってないから誰だかわからないな。誰だろう、似非野球野郎さんって』


 すっとぼける卯月に、創剣は盛大に舌打ちする。だがしかし、浅井の視線に気が付くと、宣言通り頭を下げている剣聖に向かって言う。


「ええい、幼子が見ている前である故、許す! 面をあげよ!」

『上げなければ嫌がらせになるのでは?』

「貴様は調子に乗るなよ、トップバッター。さっさと頭を上げよ、剣聖! 単純に子供の教育に悪いわ、阿呆!」


 創剣に命令された剣聖は、少しの間の後、顔を上げた。


「貴様もしや、少し考えたな?!」

「……黙秘いたします!」

「トップバッタァァァァァァアアア!」

『俺?!』


 額に青筋を浮かべた創剣が、卯月に怒鳴る。あまりにも理不尽な暴投に、卯月は眉をひそめる。そして、二人のやり取りに薄く笑みを浮かべた剣聖に、卯月はメモ帳を見せる。


『ともかく、剣聖は冷静になったな?』

「あっ、はい、ありがとうございました」


 その文字列を見た剣聖は、はっとしてスマホに向かって声をかける。


「木原様、こちら、門の破壊無事に終了いたしました。そちらに向かいます」

『ああ、分ったよ、剣聖。えっと、何があったかはわからないけれども、気を付けて帰ってくれよ?』

「もちろんです」


 胸を張って言う剣聖を確認した卯月は、スマホの電話画面を落し、ポケットの中にねじ込む。

 そして、周囲を警戒しながらグラディウスを支えていた(決して、持っていた、ではない。体の大きさに対して、グラディウスは大きすぎた)浅井にぺこりと一礼する。


「えっと、撤退しましょうか」

「ええ、ご協力いただき、誠にありがとうございました」


 大剣を鞘に戻した剣聖は、創剣に背を向けて浅井と執事に陸上自衛隊式の敬礼を返す。その言葉を聞いた周囲の観客は、ようやく今まで何が起きていたのかを把握したらしく、焦燥の交じった視線と足音が卯月たちの団体に近づく。


「待て、事情聴取を……!」


 蛮勇にも、自衛隊側の召喚士らしき男が周囲に複数の仲間を連れて卯月たちの前に立ちはだかる。

 だがしかし、グラディウスを使う予定である彼らにはかかわりがないため、虚空に折れかけのフランベルジュを消した創剣は、男の声を無視して口を開く。


「あいわかった、拳のの弟子もさっさと来い。撤退するぞ」

「俺もいいのですか?」

「当たり前だ。むしろ拳のの弟子を戦地に置き去りにしたとなれば、俺様が奴に何を言われるかわからん」

「いや……あのジジイなら、それも修行の内だとかなんとか言いそうですけど……?」


 ()の言葉に、「それもそうだ」と笑う創剣。

 浅井は少々警戒しつつも、傷が痛んで動けないのか執事に身を任せ、その執事自身は傘の柄に右手を添えつつも、別段自衛隊の召喚士を恐れているようには見えていなかった。


 卯月は、ふと気が付いて、浅井に星1のポーションを手渡す。致命傷は治せないらしいが、何もないよりかははるかにましである。


 要求に応じるつもりのないらしい卯月たちに、自衛隊は周囲を囲むように陣形を変え、そして、彼等に向かって言う。


「今すぐ投降しろ。抵抗するなら、狙撃も視野に……」

「撃たれて死ぬのって、俺とそこの女の子くらいか?」

「おい、弟子の。俺様を何だと思っている? いやまあ、鉛玉で死にはしないだろうが……」

「ワタクシは問題ありませんね。お嬢様は少し困りますが」


 好き勝手に口を開く剣聖と執事。そこに、緊張感というものは存在していない。

 メモに文字を書く卯月は、少し遅れて()にメモを見せる。


『待って、俺も死ぬから』

「……? そうなのか?」


 首をかしげる()に、メモを覗き込んだ創剣は鼻で笑うと言う。


「何を。貴様はそこそこ生き汚いゆえ、存外生きられるのでは? やってみるか?」

『剣聖さん、こいつ切り捨ててください』

「不敬!」

「いい加減にしろ! 総員、確保!」


 しびれを切らした自衛隊が、包囲の輪を一気に詰めていく。だが、それよりも浅井がグラディウスを起動する方が早かった。


「グラディウス……!」


 少女の高い声。

 金の輝きとともに起動したグラディウスは、卯月ら5人と巨大なレッドドラゴンの死体をまとめて移動させる。



……区役所前には、奇妙な静寂と、捕縛作戦で逮捕された召喚士たち、そして、自衛隊の召喚士たちが残された。

「そう言えば、貴様、拳のの弟子と面識でもあるのか?」

「ん?」


 浅井の隠れ家……いや、実家の庭に転移した卯月は、戦いの後の余韻に浸る間もなく、創剣に命令されたドラゴンの解体作業の手伝いをさせられていた。防汚効果のあるグローブがないことに心底残念な思いをしていた卯月は、創剣の質問で顔を上げる。


「あー、あるにはある。何なら、連絡先も知っている」

「ほう? そうだったのか。だが、あちらは貴様のことを知らぬらしいな?」

「まあ、多分俺もあいつに一目で覚えられるような印象がなければ気が付かなかったと思うぞ」


 卯月は、そう言うと創剣から貸してもらった解体用の剣にこびりついた血を水で洗い流す。創剣の所持品であるこの剣は、いくら使っても血やら油やらで汚れても切れ味は落ちないが、さすがに手元までべったりと血が付いているとなると、気分が悪い。


「ただまあ、あれだろ? 浅井は執事とあいつが助けてくれたんだろ?」


 腹部のまるで鉄板のような鱗をはがしつつ、卯月は創剣に言う。


「もちろんだとも。まあ、あの二人の助けがなかったとしても、俺様がくれてやった剣が小娘を生かしておったろう。しかし、悪魔が契約者とて見返りもなく人間を助けるとは……」


 何とも珍しい光景を見た、とつぶやく創剣。

 卯月には、その言葉がよくわからなかった。だが、ちらりと脳裏によぎるのは、死にかけた浅井を必死な声で呼ぶメフィストフェレスの表情。あの表情と浅井の姿を見て、卯月は我を忘れた。


__もし、『大切』が目の前で失せたら……俺は、どうなっていたのだろうな?


 剣聖のように悪鬼に堕ちたか、復讐に走るか、それとも……それ以上か。

 そこまで考えた卯月は、そっと首を横に振る。


__そうならないために、俺はみんなを守りたい。そうだろ。


 胸に決意を抱いた卯月は、ドラゴンの血で汚れた手を睨む。

 大切なもののためなら、おそらく、この手が汚れても、結果として人を殺すこととなっても、構わない。己を保つために、血に汚れ、そして己を変質させていく。

 大いなる矛盾を抱きつつ、卯月は浅井の用意してくれた水の入った桶で手を洗う。


 きれいさっぱりに落ちた赤色に、卯月はそっと息を吐いた。



「でもさ、創剣。こんな訳の分からない肉を食うっていうのは、どうかと思うのだけれども?」

「阿呆、この国では腐った豆を食しておるくせに、ドラゴンの肉ごときで何をほざいておる」

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